双結と朗妃
不測の事態は多かったけど、卒業に向けて実践を重ねる日々は変わらない。朋泉と共に浄化をし、友と交流をして、寮で寝起きする。
それが、その日は少しだけ違った。
「久し振りだな、公清、慶透」
実践を終えて寮に戻ると、双結がいた。
(慶透の護符はそのままなのに、こうやって中に侵入できるとは。流石神様だなぁ)
「お久しぶりです、双結様」
「お久しぶりです。
双結様、お忙しいのでは?」
王族がその地位を失い、現在は双結自身が王としての役目を担っていたはずだ。
双結は私の言葉に肩眉を上げる。
「やはりお前には双結と呼び捨てて欲しいものだな」
「え」
まさかそこに言及されるとは思わなかった。
「俺にとって端花は友だ」
「私と端花様は違いますよ」
「そうだったな。
しかし、お前は道楽平や聖賢奨のことは、会ってすぐに呼び捨てていただろう」
「それは立場的に同じだったからで――」
「お前が五家に入ってなかった時でも、慶透と炎陽は呼び捨てていたと思うが?」
「……どうして知っているのですか?」
「地が一つになったことで、こちらの事象についても俺が把握できるようになったのだ」
なるほど。
慶透と炎陽については、それぞれ朋泉だからとか、危ない所を助けたからだとか理由があったけど、それを言ってしまえば、双結とは花の子としての関係がある。
(今だって、会えてとても嬉しいと感じている)
「そうですね。わかりました」
「敬語」
「わかったよ、双結」
言ってみてしっくりきちている自分に驚く。
双結も私の様子に気づいたようで柔らかく微笑んだ。
「双結様、何かお話があったのでは?」
慶透は私の肩を押していつもの席に座るように促した。
三人で卓を囲んだところで、双結が口を開く。
「今後についてだ」
「今後?」
「ずっと後回しにしてきたことでもある。
公清は兄の代わりにこの学校に入った。当初は兄の代わりに雪家の泉族としての役目を果たすはずだった。だが、今は違う。
卒業後、どうしたいと考えている?」
卒業後。
今後については慶透にも問われたことがあるが、自分の中でははっきりしていない。短期間に自分の立場が変わり過ぎて、じっくり考える機会もなかった。
とりあえずは泉師になれればと、慶透の朋泉として相応しくあれればと思っていたが、それは泉師学校を卒業するまでの話だ。
「泉族としての役目は果たしたいと思ってる。師匠と、色んなところを巡ってみたいとも」
慶透に対しての同じ答えを述べる。
師匠との旅は、私の幼い頃からの憧れでもある。それがずっと私を支えてきてくれた。
「師匠と旅か……。
それはきっと、お前に向いているだろう」
旅に向き不向きがあるかはわからないけど、そう言われて私はとても嬉しかった。
「参考になった」
「今のが何か関係あるの?」
「そうだな、あるといえばあるが、お前が気にすることではない」
双結はそう言うと私の頭を撫でた。
「慶透、食事の準備を頼めるか。もう少し、俺の愛し子と話がしたい」
「承知致しました」
「え!」
慶透はそのまま席を立って台所に向かう。
(待って!慶透一人に料理させたら……)
「双結、その――」
「何を慌てている?人間の役目を代わりに務めている俺に、少しの褒美の時間をくれ」
双結の言葉には逆らえず、私は慶透にご飯を任せて双結と話をした。
彼も食事を取ることになり、慶透の料理を冷や冷やしながら待っていたが、私が心配していたようなことは起こらなかった。
「美味い食事をありがとう」
双結はそう言って、王宮に戻って行った。
*
とある休日、私は銀家としての任を授かり、穣家を訪れていた。
「こんにちは。最近はどう?」
迎えてくれたのは朗妃だ。
前の導師であった穣家当主は処刑されてはいないものの、泉師の資格を剥奪され、遠く離れた場所で暮らしている。現在は朗妃の兄が急ぎ当主としての引継ぎを行っている途中だという。
「元気ですよ」
「ならよかった。
ごめんね、本当なら花の子を当主が出迎えないなんてあり得ないんだけどさ」
「気にしないでください。朗妃と話せてうれしいです」
「うん、公清はそういう子だよね。
入って」
朗妃の宅には何度か上がらせてもらったが、穣家の本宅に足を踏み入れるのは初めてだった。朗妃の部屋に入るまで誰にも会わなかった。啓家は家全体に対してだったけれど、それと同じような雰囲気を朗妃に感じる。
「はい、今回の薬だよ。こっちは銀家の備え。真ん中がしか――繋双の抗魔薬。そっちの袋のは公清のね」
「いつもありがとうございます」
「いえいえ。御贔屓にどうも」
朗妃が机上に準備してくれていた薬をしまって、対価を払うと朗妃はにこりと微笑んだ。
「それにしても、これが銀家としての初仕事とは思わなかったです」
「あはは、お遣いみたい?まあみんなそんなもんだよ……」
途中まで明るかった朗妃が、笑みを消す。
「朗妃?」
「ううん、違うんだ。
ごめんね公清、今回は僕が場を設けて欲しいってお願いしたんだよ」
朗妃は少し顔を俯けた。
「僕は、知っていたんだ。導師が、父上が何を企んでいるか。
僕の師匠の話はもうしたよね?王族に謀反を起こしたって王宮に連れていかれた……。
その時はね、たまたま師匠は実家に帰省していて、それで謀反の関係者だって連れていかれたんだけど、もちろん僕は抗議した。一番近い権力者は父だったから、訴えた。師匠の家族は確かに謀反に関わったかも知れないけど、師匠は関係ないって。師匠の腕を買って穣家に呼んだのは父上だし、穣家の派閥に入る話もあったじゃないか、ってね。
けれど父は受け入れなかった。僕は悔しくて、何度も父上を訪ねた。そんなことが続いたある日、偶然父上と前王の話を聞いてしまったんだ。上手くいった、声を上げる邪魔者を消せて一安心だ、って話をしてた。その時察したよ。師匠は、師匠の家族も、誰も謀反なんて起こしてないって。王が反発者を除くために、父が導師としてもっと力を得るために、濡れ衣を着せられたんだって。
僕は父上にもう何も訴える気になれなかった。師匠の暮らしていた家を手放せなくて、穣家には残ったけど跡継ぎにはなりたくなかった。父上は、僕が自分の企みに気づいたと知っていたのか知らなかったのかわからないけど、僕をどうもしなかった。もしかしたら、泉族として銀家を凌ぐ立場を穣家が手に入れたら、喜んで穣家本家としての立場を受け入れると思ってたのかもしれないね」
朗妃の声に徐々に力がなくなっていく。大きな丸い目は、何も映していなかった。
「今なら、わかる。どうして師匠が何も話してくれなかったのか。
僕を巻き込みたくなかったのもあるだろうけど、師匠は自分の祖先を知ってしまったんだ。師匠は留家の人間だった。こちら側に残って、留家とは名乗ることはできなくなっていたけど。たぶん繋双がこちらに来たことで活気づいた元留家の人間が師匠の家を焚きつけたんだよ。まだ何もしていなかったけれど、祖先を知り、きっと前と同じ気持ちではいられなくなった」
何もしていないけれど、留家の生き残りとして、祖先に酷いことをした王族を受け入れられなくなったんだろう。今後反乱の意思がないとは言い切れないし、王家に従うとは言いたくなかったのかも知れない。
「穣家のせいで師匠が死んでしまったなんて、認めたくなくて、受け入れられなくて、知らないふりをして生きてきた。王家が、導師が力を得るために花の子を利用しようとしているのに気づいていたのに、君に何もしてあげられなかった」
「朗妃……」
「ごめん、ごめんね、公清」
朗妃の瞳が潤んで、揺らめいた雫が耐え切れず頬を伝う。
「朗妃、謝らないでください。
朗妃にはたくさん良くしてもらいましたし、私がこうしていられるのは朗妃のおかげです」
私が魔に侵食された時も、初めての身体の変化に戸惑った時も、朗妃が私を受け入れてくれた。それに、私に何かあるたびに慶透が朗妃を訪ねたということは、それだけ彼を信用しているということだ。どんな背景があろうと、朗妃は信頼できる先輩である。
「ありがとう、公清。
穣家にもう大した力はないけど、何があっても味方になるからね」
「それはおかしな話ですよ。朗妃のおかげで穣家はまだ力を残してます。朗妃が、たくさん治療して救ったからですよ。あちらもこちらも関係なく。
朗妃に感謝している人はたくさんいます」
「……そうかな」
朗妃は涙を拭って微笑む。
「そうだといいな。ありがとう、公清」
朗妃は優しく私を抱きしめた。
出会って間もない頃も、朗妃は私によく抱き着いて来た。家族との接触が少なかった私にとって、それは気恥ずかしいけれど、とても温かくて心地よいものだった。
慶透は一年の夏にはもうきちんと味付けできるようになってました。
続きます。




