騒動の後
あちら側での騒動から半月が経った。
「公清、そっちはどうだ?」
「だいたい終わったかな」
今、泉弟の学校も含めて泉族の学校の学生は必死に浄化を行っている。
理由は一つ、魔が強くなっているからだ。ではなぜ強くなっているかというと、二つに分かれていた地が一つに戻ったからだ。
魔を操る神とされていた双結は、地上を一つに繋げた。その前に力を取り戻した彼は全体の浄化を行っていたが、魔が完全に消えることはない。双結いわく、人が生きている限りは生まれ続けるものなのだそうだ。そして、定期的に泉族によって、または源泉によって直接浄化されていたこちら側とは違い、あちら側は魔が溜まり続けており、一つの地となったことでその魔が全体に広がったのだ。そのぶん、一つの面積当たりの魔はそれほど強くないが、まんべんなく地を浄化するのはむずかしい。
もちろん大人も参加しているが、演習で成績をつける泉族の学校の学生(主に二年生)は、演習ではなく実践を評価すれば丁度いいのではないか、と誰かが言い出したことによって、一生懸命取り組んでいる。
「あ、あっちに白聡廉がいるぞ」
楽平は私の腕を引いた。
白聡廉は私に事あるごとに突っかかっていたが、楽平が避けるのはそれが理由ではない。彼は朋泉と共に茨塊たち側に与していたのだ。
(けど、彼の家自体はこちら側に留まっていたはず……)
彼の朋泉は完全に茨塊側についていた。もしかすると朋泉に合わせたのかも知れない。もしそうなら、彼にとっての朋泉の意味がいつからか大きく変わったのだろう。成績が貼り出された時には彼の朋泉は委縮してしまっていたが、今では二人でいる所をよく見かける。
「楽平、そんなに避けなくてもいいのに」
「あのなぁ、いくら双結神が仲良くしろって言ったって、それぞれの感情がどうにかなるわけじゃない。お前はもっと危機感を持てよ」
地上が一つになり、争っていた者達は共に暮らすことになった。その際に双結は今後、それまでの因縁を断ち切つようにと言ったのだ。実際に戦いに参加した者、特にそこで親しい者を失くした者は納得のいかない顔をしていたが、もう少しで魔の神が生まれるところだった、という双結の嘘のような嘘ではない話に、今人の間でいがみ合ってもしょうがない、それによって魔の神が生まれては困る、と不承不承従っている。
「それに、今日は茨塊に会いに行くんだろ?つけられても困る」
「彼はそんなことしないでしょ」
「何があるかわからないぞ」
「楽平がそんなこと言うなんて」
楽平はちょっと用心深くなった。あちら側で争いに参加して、彼なりに思うところがあったのかも知れない。
「お前の護衛を任されてるんだから、当然だろ?!」
私のせいだったらしい。
「まだ泉器を使いこなせるわけじゃないし、潤沢な泉力もないのに、尊いお方をお守りしろなんて……」
「楽平、そんな言い方ないでしょう?」
「お前はお前だよ。でも!そのお前が花の子なんだぞ?!」
今では全ての過去が明かされ、花の子の存在も広まっている。
「もうちょっとしたら、賢奨が戻ってくるよ」
「うう、早く来てくれ」
楽平の泉器は壁の要素が強く、結界を展開する泉器だが、賢奨の泉器は札の強化を行う。それも花の子の作った泉器なので、古の術を発動させられるとのことで、強大な泉力を持つ慶透と一緒に重要な地域の浄化を行っている。つまり、私と賢奨は今、朋泉を入れ替えている状態なのだ。
昼になり、慶透と賢奨が先生方から解放された。そこで四人で昼食を取ってから元の朋泉での二人組に戻る。ちなみに楽平はまだ慶透とご飯を食べるのは緊張するらしい。
「公清、何かあったら直ぐに呼べ」
「うん、ありがとう」
慶透と二人で向かったのは、新しく繋がった部分だ。
地が一つになったとはいえ、人間が一度に一つになるわけではない。しばらくは、あちら側とこちら側は今まで通り分かれて暮らすことになる。もちろん、移りたい者はどちらに移ってもいい。元留家は地の中央部分にあったので、その辺りに新しく住む人もいるそうだ。
私がいるのは、元あちら側の人が多く住む範囲の中央。こぢんまりとした素朴な家だが、その扉には何重にも結界が張られている。私が手を伸ばしても何も起こらないが、中の人物の許可がないと扉に触れた段階で弾き飛ばされる。
「久し振り」
勝手に扉を開けて中に入ると、小さな窓から入る僅かな光で薄暗い室内が見える。
「暇なのか?」
挨拶を無視してそう言ったのは茨塊。いや、繋双だった。
「深はいないの?」
「あいつなら買い物だ」
「そうか……」
「んな残念そうにするんじゃねえよ。いても飯は出さねえ」
「そんな遅くまで居座るつもりはないよ」
繋双は今、ひっそりかつ堂々と暮らしている。深と一緒に。
反乱を先導し、人々を傷つけたとして、こちら側の人間は繋双に罰を求めた。そこで双結は繋双の魔を操る力を奪った。彼としては与えられていた力を返しただけらしいが、周りからすれば、その力が恐ろしかったのだから、力を抜かれたことに安心している人も多い。泉力は残っているが、彼自身にもう何かしようとする気はない。
「双連はどうだ?」
「元気そうだよ。紫蓮様と一緒に色々整備してくれてる」
「紫蓮様?もう王族でも何でもねえだろ」
紫蓮は元王子だ。そして、彼の友として紹介された双連。彼は繋双の弟だった。ずっと殺されたと思っていたが、双連は王家に迎え入れられたのだという。
「王族ではないけど、これからの国を支えてくださる方だから」
「変な奴だな」
王族の六百年前の留家への仕打ちは考慮されないものの、今の王は導師と協力し、不当にあちら側の者達を傷つけた。王族の立場を追われることになったが、ただの人間として国政に関わることは許された。王子の紫蓮は私が泉師学校の山であったように、色々な場所に赴いては人と話をしていたようで、こちらの民からの信頼が厚かった。
また、繋双の弟双連は、あちら側の大事な人物であり、彼と共に育ち信頼を得ている面から、あちら側の人にも印象は悪くないようだ。双連も当初の予定通り、紫蓮と共に国をいい方向に進めていきたいという本人の意志で、こちら側の範囲に留まっている。
二人の若者が共に手を取り合い協力していることが、現状を穏やかなものにしてくれている。皮肉にも、王の語った「あちらとこちらの若者を育てて、双方を繋ぐ」という騙りが実現しているのだ。
「おい、いつまで突っ立ってるつもりだ?早く座れ」
繋双に促され、彼の近くに座ると、彼は私の顔に手を伸ばし、ゆっくりとなぞる。
「不服そうだな」
私の眉の辺りを触って、繋双は愉快そうに言った。
私が魔を暴走させ、深が生死の境をさ迷った。繋双は深の魔を自分に移すことで深を救ったのだ。
いくら魔を操る力があっても、私の魔は別物らしく、今度は彼が死にかけた。幸い、深が意識を取り戻して呼び掛け続けたことで意識は繋がっていたが、繋双自身にそれほど生きようとする気力がなかった。そんな中で、双結がこちら側にいた双連を感知した。それを知った繋双は一気に生きようとする力が強くなり、命を繋いだのだ。
双結は私を危険な目に遭わせた罰として丁度いいとして、最低限の魔しか抜き取らなかった。それにより、繋双は完全には復活しておらず、まだ目が見えない。
「繋双が早く帰れっていったんでしょ」
「長居するなと言っただけだ」
「一緒のことだよ」
私は繋双の目に手を当て、泉力を流すと同時に魔を自分で吸い取っていく。
これを何度か繰り返せば、繋双の中の魔はなくなり、目も見えるようになるのだそうだが、暴走していた私の魔はかなり濃いらしく、まだ茨塊の目は見えないままだった。
「終わったか?」
「うん、終わ、り?!」
急に腕を引かれ、私は椅子から崩れ落ちる。繋双も私の体重がかかったことにより、椅子が傾き、二人仲良く地面に倒れ込んだ。
咄嗟に目が見えない繋双を庇ったため、私は強かに背中を打ち付けたが、自分の上から感じる繋双の重みに、その無事を知る。
「ちょっと、危ないことしないでよ」
「危ないこと、なぁ」
繋双はちょっと考えた後、私の身体の上から上体を退かせた。だが、私の太もも辺りに座ったままで、立ち上がろうとしない。
「繋双?」
繋双は何かを探すように私の身体を探った後、両手を素早く掴み、頭上に固定した。
「茨塊!」
「泉族ならわかるだろ?名は大事だぜ?間違えてくれるなよ」
「悪かった!放してくれ!」
じたばたと足をばたつかせるも、繋双は気にもしていないようだった。
「動くな、わかんねえだろ」
繋双は確かめるように私の頬に触れ、その手を首へと滑らせた。
(まずい!上に既視感がある!)
一年の時に繋双と交色街に行った時だ。あの時は上衣の合わせを解かれ、下着さえも剥かれてしまった。
「待って待って待って!無理だから!」
目が見えない繋双に傷痕を見られることはないだろうが、あの時とは違い、私の身体は成長している。主に胸が。
「う、あぁ……」
丁度繋双の手が私の胸部の真ん中に滑り落ちた。
「ふうん、育ったか?
にしても、鼓動が速過ぎだ。焦ってんのか?緊張か?」
「おい、何してる」
外部からの光と、聞き馴染みのある声にほっと体の力が抜ける。
「深~!」
「繋、洒落になんねえぞ」
「いいだろ?この前二人仲良く飯食いに行ってたこと、隠してたくせに」
「しょうがないだろ!お前は外に出られねえんだから。
そんなことで妖に八つ当たりすんなよ」
「はいはい」
繋双はさっと私の服を整えると、元の席に戻った。
「酷い」
「前はもっと際どかったぜ?」
綺麗に口角を上げた繋双は絶対に反省していない。
「掘り返さないで!」
「深い口づけを交わした仲なのに?」
「それも!!」
思えば繋双には随分な仕打ちをされ過ぎている。
「妖、言い返しても繋は喜ぶだけだぞ。ほら、」
ありがたく差し出された深の手を掴んで立ち上がる。
「ありがとう」
「ん。用はもう済んだのか?」
「うん。深にも会えたから、幸運だ」
「そうかよ」
深は優しく笑って頭を撫でてくれた。
「なら、とっとと帰れよ」
「言われなくてもそうする」
ひらひらと手を振った繋双を睨みつけて、外に出た。
「公清、服が乱れている」
「え、そう?」
出るなり、慶透が眉を歪めた。
「またあの者に何かされたのか?」
「いや、えっと、あはは」
「待っていろ、話をつけてくる」
「いい!いいから、慶透!」
慶透なら扉の結界も破れるだろうが、無駄な争いごとは避けたい。というか、今戻ったら絶対に繋双がにやにやしている。
「早く帰って、ご飯を準備しよう」
「うん、それもそうだな」
慶透は怒りが静まったのか、学校の寮に向かって歩き始めた。
(絶対に一人では作らせない)
私も、慌ててその後を追った。
現在、王はいません。双結自身が国を治めている状況です。
あとちょっと続きます。




