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地上を二つに分けた神

 ()()は意外にも、私達が最初にこちらに足を踏み入れた森の中だった。途中までは木々が邪魔するように道を塞いでいたが、ある一定の場所からは目的地まで一本の通り道ができていた。そのおかげで、それほど時間をかけずに、神器の場所までたどり着くことができた。


「ここだ」

「ああ」


 もう慶透けいとうにもはっきりと分かるのだろう。

 禍々しい魔を放ちながらも、溢れるほどの泉力を纏った剣がそこにあった。


「まずは私が行こう」


 慶透が先に進み出て、神器である剣を手に取った。柄も鞘も真っ白なそれは、慶透が引き抜いて現れた刀身も真っ白だった。


「只人が持っても何も起こらない。本当にただの国宝のように見える」


 慶透のいう通り、地が別れてからずっと、この剣は象徴として扱われてきた。神器ではあるが、人が手に入れたいと願うのは、それが神から認められた証になるからである。人間に対しての後ろ盾を手に入れるための道具に過ぎない。

 これを持ち帰っても、私達側の勝利にはなるだろう。だが、ではこちらで育ってきた人達はどうなるのか。最初に泉族を見た時の反応からして、彼らは私達に対して敵意を抱いていなかった。それでも、こちら側の者を反逆者としてとらえている王はみなまとめて罰を与えるだろう。

 そうはさせない。私は何も知らないけれど、きっと神ならば全てを知っている。神とは、地上における全てを知る存在なのだ。茨塊しかいはどうでもよくなる話だと六百年前の話をしてくれたが、今に関係ないはずがない。どうでもよくなどないことだ。それこそ、王に訴え続けていた元留家の人達にとっては。


「慶透、」

「ああ」


 慶透は刀身を鞘に納めてから、私に剣を渡してくれた。

 息を吐き、訴えかけてくる何かに応えるように柄を握り、刀身を引き抜いた。

 剣は光を放ち、その光の中から一人の二十歳ほどの男が現れる。全身真っ黒な衣に包まれた青年は、顔を歪めて私を捉えた。


端花たんか――!!」


 私にとっては聞き馴染みのない名前だが、青年は私をそう呼んで抱きしめた。


「ああ、いつぶりだ。お前がその年まで生きているなんて!」


 初めて会うはずなのに、彼の腕の中は心地よかった。勝手に目頭が熱くなって、涙が溢れる。


(なに、これ……)


「手が塞がったままでは不便だろう。麗慶透、端花の手から剣と鞘を取って仕舞え」

「彼女はぎん公清こうせいです」

「ああ、今はその名なのか。いい名前だ」


 青年は満足そうに言って、私から離れた。


「あの、自分でできますよ?」

「お前がしては都合が悪いのだ」


 困ったように青年笑う。

 慶透はさっさと私の手から鞘と剣を取って、鞘に納めた。驚いたことに、真っ白だった剣はすべてが黒く染まり、鞘には白い紋様が浮かんでいた。


「さて、あまり時間はないが、まずはじゃを浄化せねばな。

 公清、手を」


 言われるがままに手を差し出すと、青年は私の手を取って、自身の胸元に当てた。


「俺の名前を読んでくれるか?」

「えっと、何とお呼びすれば?」


 青年は驚いたように目を見開いた後、寂しそうに笑う。


双結そうけつ、と」

「わかりました」


 また懐かしさが襲って、勝手に涙が流れ出る。少し後ろに立っている慶透がそれに気づいて焦っている。


「双結――」


 その名は口からするりと滑り出た。

 青年――双結が頷くと、途端に彼から泉力が満ち溢れ、彼の足元から地を伝って泉力が流れていく。その範囲が広がるにつれ、魔が急激に浄化されていき、寒々としていた空気が消え、澄み渡るような冬の冷たさだけが残る。


「これで多少は時間が稼げる。公清、話をしよう。

 慶透、人間たちに俺の沙汰を待てと伝えろ」


 慶透は、双結の言葉に頷きはしなかった。


「申し訳ございません。私は、朋泉ほうせんの傍を離れるつもりはございません」


 いつも通りの慶透、ではあるが私は少しひやりとした。双結、と名乗った青年は神器から現れた。つまりは神様である。

 だが意外にも、双結はそれに怒ったりはしなかった。


「素直でよいことだ。お前が行かねばならぬ理由もない」

「あの、よいのですか?」


 今は急に魔が消えたことで争いが止まっているかもしれないが、それも一時的なものだろう。神からの言葉がなければ、今の状況をどう理解していいかわからない。徐々に争いが再開されてしまう。


「別の方法を使った。だから心配するな」


 双結は私の頭を撫でると、くるりと後ろを向いた。


「立ち話もなんだ。部屋に案内しよう」


 彼が宙に手をかざすと、その向こうに一つの建物が現れた。それほど大きくもない、玉も何もない建物だったが、その壁には意匠が凝らされていて、特別に誂えられたものだとわかる。

 私は慶透と向き合って、一緒に双結の後に続いた。



*



 屋内に部屋は一つ。卓と椅子が用意されていたが、そのどちらも部屋には馴染んでいないように感じる。


「ここは、俺を祀るために留家の者達が建てた。顕現することもなかったから、剣を納める箱くらいしか物がない。この椅子は俺が用意したものだ」


 双結は私の心を読んだかのように言った。

 慶透が持っていた剣は、今はその箱の中に仕舞われている。


「それで、お前はなぜここに来た?」


 双結に問われ、私はここに来るまでの経緯を説明した。


「そうか、繋双けいそうが……」

「繋双は、茨塊のことですよね?」

「ああ、あちらではそう名乗っていたのだろう」

「彼は、どうしてこの反乱を起こしたのでしょう。六百年前の話はしてくれましたが、彼自身については何も知りません。

 約束が守られなかった、母や弟が殺されたというのは言っていたのですが」


 双結は柔らかく微笑んだ。


「公清は、それが知りたいのか?」

「はい。今の状況をどうにかするために必要な情報ではないかも知れませんが、私は知りたいと思います。そもそも今回の争いは六百年前にこちら側で起きた事件がなければ起きていなかったものでしょうし、今とは関係ないかも知れませんが、どうしてこうなったのか、それを理解したいのです」

「わかった。では、まず昔話から始めようか」


 双結は少しだけ苦い顔をしたが、それは恥じらっているようにも見えた。


「まず、俺について話した方がいいな。俺は、昔は天界の神だった。だが、当時邪と呼ばれていた気に核を侵され、天から降りた。そこで一度神ではなくなったが、お前たちが物語で知っている邪神が倒れたのち、創造主が地上の理を書き換えた。神は人の地上との関りを絶ち、泉力は男のみが使えるものとなり、人の魂から分離する邪は、魔という穢れへと姿を変えた。俺は神ではなかったため天に上がることはなかったが、その魔の元となる邪との繋がりが強く、地上で魔を管理する役目を与えられた。今の俺が神となっているのは、そういった話が時を経て薄れ、俺を神だと認識する人間が増えたからだ。

 今は物語としても広まっている邪神を討伐した話も、本来とは姿を変えている。花の子と人間が呼ぶ存在は、元は俺の友であり、主であった」


 その言葉には驚いた。花の子は双結にとって大事な存在であると言われていたが、まさか主だとは。神を従える人間が存在するとはだれも思わない。


「驚くのも無理はないが、この剣の持ち主はお前――花の子であり、俺はその中に住まわせてもらっていただけだ。当時は神からも外れた存在でもあったのだ」

「そうなのですね」

「ああ。俺にとって端花は大事な存在だった。だが、あの子は無茶をして、邪を自らに封じ、自分の死を持って邪神を倒してしまった」

「え?!」


 私の知っている物語では、二人は魔の神を倒した後、一緒に各地を旅していた。だからこそ、泉師学校では朋泉という二人一組の制度が取られている。共に力を高め合い、協力し、魔の浄化に役立つため。


「二人とも生きて旅をするという話は、作者の願望に過ぎない」

「作者?」

銀葉ぎんようという、女の浄化士がいた。浄化士は、まあ、泉師とほぼ同じだ。公清の祖先でもある。あの者は花の子の二度目の――いや、人生の中で唯一の同性の友だった。彼女は地上の新たな理に、それ以前の大きな混乱の中で、薄れて行ってしまう友を想い、一つの物語を書き綴った。近所の子どもたちに読み聞かせられるよう、設定は新たな理に合わせ、花の子も男として登場しているが」


 双結は呆れたような、愛おしいような表情になる。


「話が逸れたな。

 俺は役目を与えられたが、そのことだけには集中できなかった。邪との結びつきで魂が変わってしまった花の子は、魂がそのまま転生する。新たな生を受けたあの子がどういった人生を送るのか、楽しみだった。

 だが、次の人生こそは幸せにと思っても、あの子はいつも凄絶な人生を送った。ある時は濡れ衣を着せられて処刑され、ある時は周囲の人間にいら立ちのはけ口として嬲り殺され、ある時は親に見捨てられて餓死。普通の人間が三度の生を送る時間で、あの子は十度とたびの生を送る。いや、魂はそのままに新たな生を受けるために転生がはやいのだから、もっとだろうか」


 そういう双結の顔から血の気が引いていき、目に仄暗い光が宿る。


「双結様?」


 声をかけると、彼はふっと息を吐き、もとの穏やかな雰囲気に戻った。


「俺は、気が狂いそうだった。いや、実際に狂っていたから地上を分けたのだ。何故か端花は毎度、周りの人間のせいで酷い目に遭い、死んでいた。何度目かは忘れたが、ある時に自分でも抑えきれずに地を割った。俺が乱れたことで魔も乱れ、こちら側は魔に染まってしまったが、この状態であれば、また人間が端花を傷つけても、こちら側のみにしか被害が出ないだろうと考えれば都合が良かった」


 これが、地上が二つに分かれた理由なのか。

 目の前にいる双結は神なのに、あまりに人間らしい理由だ。一度神ではなくなったと言っていたが、それも影響しているのだろうか。


「しばらくはその状態で均衡を保っていた。だが、六百年前、急に人間がこちらに足を踏み入れた」


中途半端なところで切ってしまいました。

まだ続きます。

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