留繋双
何が悪かったのだろう。茨塊、留繋双は地面に倒れながら己の過去を振り返った。
繋双は魔に汚染された土地で生まれ育った。とは言っても、生まれた時からそうだから特にそれを気に留めたことはない。自分が役割の与えられた家系で、魔を操る力を授かる必要があった時に意識するくらいだ。
繋双の父は早くに死んだ。命神の存在が危うくなり始めたのが原因で、魔を操る力が暴走したのだ。命神が用意した玉に力を溜め続けるのが留家本筋の役目で、その力が尽きるには百年かかる。集落に魔獣が来ることはないが、それでも魔を操る者がいないというのはこの土地では不安なことだ。みな繋双が六つになるのを待ち望んだ。
そしてようやく魔を操る力を授かる日、急な来客があった。今では客などと思いたくないが、あの時はまさに嬉しい来訪だったのだ。
「あちら側の導師だ」
「何を今更」
「もう随分と昔の話だ。怒ることもないだろう」
儀式用の服に着替えている間、大人たちの噂話が耳に入った。
「誰か来たの?」
「あちら側の者のようです」
「どうして?」
「さあ。わかりませんが、どうやら交流を持ちたいらしいです。どうやって私達の存在を知ったのかはわかりませんが……」
六百年前の事件以来、こちら側を訪ねるものはなかった。こちらで生きている者がいるなど考えもしなかっただろうから、と世話係は言った。
「また花の子が生まれて来たというのならあり得そうですが、命神様に反応がないところを見るとそうではないようです」
「残念だね」
「そうですね。でも、まあ喜ばしいことではあるかもしれません」
「どうして?」
「花の子を捜索できるからですよ。この六百年、こちら側で花の子は誕生しませんでした。もしかしたらあちら側では生まれていたのかも知れません」
花の子についてはみな知っている。命神の大切な人間だ。地を分け、関わる人間との接触が減り、悪い印象が強くなった命神は徐々に神としての存在を失いかけている。その命神に力を与え復活させられるのが花の子だ。
「花の子が命神様のお傍にいれば、命神様も存在を強くなさいます」
「そうなったらいいね」
「ええ。
繋双様、準備が整いました。こちらのことはあまり気にせず、お役目を果たしてください」
「うん。行ってくる」
繋双は予定通り命神のもとまで行き、その力を授かった。
儀式を終えて戻っても、空気はざわついたままだった。
「何かあったの?」
宮で待っていた世話係に訊ねると、彼は困惑して答える。
「こちら側の王族を引き取りたい、と」
こちら側に王族はいない。命神から力を授かる役目のある血筋はあれど、それはただの役目である。みなが一つの仲間である。
「恐らく繋双様と弟君をとのことなのですが……」
いくらあと百年は魔獣の危険がないといっても、こちら側に魔の力を操れる者がいなくなるのは困る。
「めちゃくちゃだ」
「ええ」
世話係は憤りを見せたが、その態度は煮え切らない。
「断れないの?」
「できればそうしたいですが、向こうの戦力が大きいです。また、花の子が見つからなければこちら側の者は少なくとも百年待たずに滅ぶでしょう」
命神の加護があれど、その命神の存在が消えてしまえばそれは意味を持たない。魔獣が暴れれば、泉力を持たない(泉に浸かって泉力を授かることができないので)こちら側の人間は死んでしまうだろう。
「向こうとしては、こちらとあちらの未来の若者を共に育てることで、あちらとこちらを繋ぎたいそうです。現在の主がいないのは想定外だそうですが、百年魔獣への耐性があるのなら預けてみないかとのことです。成人すればこちら側に繋双様たちを戻し、二つの地で交流を持とうと」
繋双は納得がいかなかった。
「あちらに利がないよ」
「さすが繋双様ですね。よくお気づきです」
「何て言ってるの?」
「繋双様の遠い親族の方がずっと抗議されて、反王政派となっているそうなのです。その勢いを落としたいと王はお考えなのだそうです」
六百年前に分断された留家の一部やその周辺だ。二つの地で交流が始まれば、厄介な反逆者をこちら側に送ることもできる。
「ふうん。まあまあだね」
「ええ。それでもまだ怪しいので、現時点では繋双様の存在は隠しております」
「そうなの。だとしたら連が――」
「ご心配なく、我々と一緒に繋双様にも来ていただきます。身を隠してあちら側に渡るのです。向こう側に変な気がないのであれば、あちらで繋双様の存在を明かしましょう」
「もし何かあったら?」
不安そうな繋双に、世話係は情けなく微笑んだ。
「あちらから逃げ帰ります。泉力のない私達では力が弱いので、繋双様のお力を借りることになりそうですけれど」
「任せてよ」
結果、あちら側は謀をしていた。
妓楼に似た雰囲気の街で待機させられたかと思うと、いきなり刺客が現れ、幼い子どもの支えとして同行していた繋双の母を殺した。
繋双たちは母の入った建物の陰に隠れていたが、事件が起きたのを知り、その場を離れようとした。しかしその存在は露見していたらしく、みな殺されてしまった。
「おい、この餓鬼は?」
「知らねえな。依頼には子どもの始末は入ってねえ」
「どっかの店の子だろ」
「見られただろ。消しとくか?」
繋双は逃げようとしたが、すぐに捕まり袋叩きにされてしまった。これで死ぬのだと思いながら意識を失った。
「おい、大丈夫か?」
自分が死んでいなかったのだと気づいたのは、目の前に同じ位の年頃の男の子が現れた時だった。
身体は軋むが、目は見える、声は聞こえる。息をしている。
「お前、死にそうだったから。俺の友達に似ててさ」
死にそうな姿が似ているとはいったいどういうことだろう。
「母さんに手当の方法習っといてよかったぜ」
にこりと笑ったのは、今後を共にすることになる理雪だった。
泉族の友人を助けたいと思っている理雪は泉族に詳しかった。もともと仕えていた家が泉族で、その家に家族を殺されたらしい。それは許せないが、だからこそその家で虐げられている友人を助けたいのだという。
泉族の学校、それも泉師学校に入れば実習で魔の山に入ることがあり、そうすれば元いた場所に帰れると思った繋双は理雪をその気にさせて一緒に試験を受けた。自分が泉族になれば、同じ立場で友人を迎えにいけるぞといえば理雪はすぐに心を決めた。
いつまでも理雪に世話になることはできず、繋双はその整った顔で交色街の店に引き取られた。奇しくもそこは自分の母と弟が殺された場所にあった。同じ建物ではなく、距離もあるので自分の存在を悟られることはないだろうが、こちら側の者、特に王族に対しての憎悪は日々強くなった。
無事に(意外にも理雪を含めて)二人とも泉師学校の試験に合格した。どうしようもなければ、自分を気に入っているどうしようもない泉族に裏口入学でもさせようと思っていたが、その必要はなくなり、繋双はただひたすらに魔の山に入る時期を待った。
力は持っている方がいいと真剣に学び、同時に同志(留家の親族)を探すために魔獣を操って騒ぎを起こし、各家の反応を見た。その中で王への不満を漏らすものを捕まえ、自身の正体を、王族と導師のしたことを話した。
六百年前の真相を聞いて(その真相自体は命神によって反逆者とされた者に伝えられ、口伝で繋双の代まで伝わっている)、ほぼ全ての者が繋双に同情した。こちら側にいる経緯について話し、ただ故郷に帰りたいと言えば、喜んで海を渡るための泉器をくれた。
途中で花の子が理雪のいう友人だと判明したが、そこに首を突っ込む気にはなれなかった。とりあえずは母と弟が殺されたこと、交流を持ちたいというのは嘘で、今後攻撃されることがあることを仲間に伝えなければならない。花の子が存在すると伝えるだけで命神は力を取り戻し、おそらく繋双たちとこちらを攻めるという選択をする。
その方針が変わったのは、理雪が妖の性別に気づいてからだ。噂で雪家は兄妹だと知り、衝撃を受けていた。あまりの落ち込みように、繋双は全てを教えてやった。泉力も魔も使える女がいること。花の子と呼ばれていること。これまでに哀れな運命を辿っていること。
予想外に王家に不信を抱いている者が多かったため、繋双はその者達をあちら側に連れていくことになっていた。繋双たちの、神の味方となりこちら側の腐った王族を倒すのだと話が大きくなったのだ。
理雪はただ傍にいれば使えるかと思って泉師学校の試験を受けさせただけだったが、長い時間を過ごして情が湧いていた。一緒に来ないかと誘った。花の子も一緒にくれば繋双にとっても話が早い上に、花の子と関わるにつれてそちらにも同情してしまっていた。
その話が狂ったのは王族が首を突っ込んで来てからだ。
雪家は長男を王家に差し出すことが決まっていた。その入れ替わりがばれて花の子は銀家に移った。表向きとしては雪家ではなく銀家の子であるからという理由で、雪家から王家への差し出しがなくなったが、花の子が女であると知っている繋双は裏の事情に気づいていた。
師匠が銀家の者だとすれば、女でありながら泉力を使うことを受け入れているとすれば、もう”花の子”の存在はこちら側の者にも広がっていると考えた方が良い。それは五家全体で、おそらく王家にも共有されている認識のはずだ。
そうなれば、また花の子が何かに利用されてしまう。最悪死ねば、せっかく見つかった花の子の行方がわからなくなる。自分たちの地が危うい。
繋双は説得ないしいずれ命神に引き渡すという考えを捨て、なんとしても花の子をこちら側に引き入れようと考えた。
王は反逆を恐れて魔の力も使えることは伏せるだろう。花の子がその事実を知らないのを確認しつつ、心に揺さぶりをかけ、魔を目覚めさせる準備をした。事実を明かせば衝撃を受け、魔の力を解放させれば一緒に来ざるを得ない状況に追い込める。
だが、それは理雪が迷ったのでなしになった。彼としては花の子の考えを尊重し、無理やりではなく説得したいらしい。以前の繋双ならその迷いなど気にも留めなかったが、考慮することにした。
魔の山の実習で故郷に帰る時、眠らせてしまえばこちらの邪魔にはならない。ことが終わるまで力を使えない状態にし、あちら側の戦力にさせない。そうすれば魔獣を操って有利に攻撃をしかけられる。目覚めた頃にはもう終わっている。
その考えは甘かったらしく、花の子はすぐに目覚めてしまった。自分の魔を与えていた繋双にはそれがわかった。どうすべきか、と考えていたところ理雪が覚悟を決めた。
「妖が完全に力に目覚めれば、命神様にも伝わるんだろ?それで力を取り戻せば、今まであいつをいいようにしてきたやつら、向こうの奴等は裁きを受ける。この戦にも勝てる」
「いいのか?恐らくあいつはそれを望んでない」
「いい。これは俺の我儘だから。
いいように妖が使われるのは嫌だ。それでこちらが負ければ、きっとまた王族が妖を手に入れる。玉を手にしている王族には、あいつの師匠だって勝てない」
「そうすりゃただの道具として扱われるだけだもんな」
「ああ。
茨塊、俺を使え。多少は、妖の気持ちを揺らせるだろう」
理雪は笑ったが、顔色は悪かった。
自分が花の子にきっかけを与えられるほど大きな存在ではない、と思い込んでいるのだろう。繋双の説得に花の子が応えなかったのも一つの要因だろうが。
「お前なら十分すぎるくらいだぜ」
計画は、上手くいった。
帰還を伝えて民たちに緊張を持たせることをしなかったおかげで、こちら側で暮らしている人々について知らなかった泉族に奇襲をかけられた。問題である朋泉とも離して、花の子の力を覚醒させた。
それなのに、繋双は地面に転がっている。
(俺は何もなしえず、ここで終わるのか。母上も連も失ったあの日、死んでおくべきだったのか)
鉛のように重かった身体に徐々に感覚が戻ってくる。
(道楽平の泉力がもたなくなってきたのか。いくら泉器が強力でも、使えなければ意味はない。
最後にあいつらのどれかひとつでも道連れにするか)
ゆっくりと瞼を持ち上げた繋双の目に映ったのは、彼を邪魔した三人。そしてその向こう側で倒れている理雪だった。
(理雪!死んでないのか!)
驚きと共に、繋双は自分の身体に力がみなぎるのを感じた。
(今なら結界を壊せる)
無茶だとはわかっている。結界を壊すのがやっとだというのがわかっている。それでも、繋双は手を伸ばさずにいられなかった。
「炎陽様!茨塊が!」
賢奨の焦る声も、繋双の耳には届かなかった。
(生きろ、理雪。お前の大事な奴は、まだ生きている)
繋双の力は借りものだ。命神から力を操る権利を貸し与えられているだけだ。魔を自らの力とする花の子の魔までは制御できないかもしれない。
理解した上で、繋双は魔を手繰り寄せた。少しでも、理雪の体内の魔を取り除くために。
消耗していた繋双が動けたのはほんの短い間だった。だが、繋双は体中を満たすような満足感の中、意識を失った。
茨塊(繋双)の事情でした。
彼は自分で思う以上に、深(理雪)を大事に思っています。
続きます。




