表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/75

意外な人物

 木々が揺れ、そのざわめきに隠れて魔獣が動き出す。私の魔に触発されて攻撃性の高まった魔獣たちは人に襲いかかろうと山から飛び出した。

 それを感じながらもどうすることもできない。


「仕上がったな」


 茨塊の声に嬉しさはなかった。

 無感情に計画の進行を確認しているようだった。


「しばらくすれば、泉族の()()が終わる。それまで大人しくしてるんだな」


 茨塊が私に手を伸ばした。



「触るな!」



 遠くから声が聞こえた。

 ここで聞こえるはずのない声に、私は幻聴ではないかと思った。


(この声は――)


 現れた人物は白い衣を纏い、銀の帯を着けていた。つまりは学生だ。


賢奨けんしょう……」


 荒々しい言葉遣いも相まって信じられないでいると、その隣に楽平らくへいが現れた。


公清こうせい!しっかりしろ!お前の魔なら俺が止めてやる!」

「楽平」


 気づけば、私の周りに結界が張られていた。

 外部から守るというより、内側から出さない結界だ。


「何故花の子の魔を抑えられる?」


 茨塊も予想外のようで、瞳が揺らいでいる。


「それに俺の拘束も――」


 その言葉で魔の拘束が消えていることに気づく。

 術で泉力が消費されたのだろう。覚えのある泉力の残滓は賢奨のものだ。


「大人しくしろ」


 いつの間にか茨塊の背後に炎陽がいた。


泉糸網せんしもう


 札を取り出し術を発動させると、茨塊は地面に倒れ込んだ。

 茨塊の上には泉力の網が張られており、それが地面に茨塊を押さえつけたのだ。人にはあまり意味のない術だが、魔を操れるからだろうか、茨塊には効果てきめんだった。


「くそっ!」

「楽平、こちらにも結界を」

「炎陽様!人使いが荒すぎます!」

「泉力は供給する。早くしろ」


 茨塊は大人しく倒れてはくれず、魔で抗って泉糸網を崩し始めていた。楽平はそれを見て、唸りながらも結界を展開する。


「何なんだ!この結界は!」


 再び力を抑え込まれて茨塊が吠える。

 今まで、茨塊に対してはどんなに強力な結界も護符も意味を持たなかった。

 楽平は苦しそうにしながらも挑発するように笑んだ。


「泉器の効果だ」

「泉器だろうと同じことだ」

「特別なんだ」


 今度は賢奨が答える。


「六百年前の花の子は、麗家で泉族について学ぶこともあったという。賢叡けんえい先生は、その際に花の子が作った泉器だと考えてる」


 賢叡先生は二人が泉器を扱えるように指導してくれていた。出自まで突き止めていたのは流石である。


「花の子の、泉器?」


 茨塊はぽかん、としてから顔を大きく崩して笑った。


「ははは!そりゃあ()()()()があるわけだ!

 そんなもんがあったとは知らなかったぜ!それも偶然!こいつが行った市に流れてるなんてよ!」


 茨塊にとっては本当に想定外のものだったのだろう。彼が王家に、その地の者達に戦いを挑もうと考えられたのは、彼の操る魔の力が、防ぎようのないものだったからだ。それを止められる泉器が存在してしまっては、前提が崩れてしまう。

 悔しいのは、自分も授業の中でその騒動を目にしていたことだろう。


「わかったら大人しくしてるんだね。

 賢叡先生と杏澪きょうれい様が泉器を解読して、新しい術を開発された。花の子と、花の子が生み出した泉器を操る私達しか使えないけれど、古の術に近い術を発動できる札がいくつかある」


『これを使え』

『これは?』

『杏澪様が新しく開発したものだ。古の術は今では使えないが、近い術を発動できるように書き換えられた』


(あの時の札か!)


 茨塊たちが姿を消した魔の山で、慶透に渡されたものだ。あれはきちんと発動できるか、試作段階で確認されていたのだろう。


「言われなくても、動けねえよ」


 茨塊のまぶたが徐々に閉じていく。それほどまでに楽平の張った結界が強力なのだろう。


「楽平、気を抜くなよ」

「わかってます!けど、俺も結構きついっていうか」


 楽平がこちらを見る。

 茨塊は大人しくなったけど、私の中からあふれる魔がおさまらない。


「わかった。そちらの結界は緩めろ」

「いいんですか?!どっちかというと公清の方が止めないといけないのに――」

「いい。俺が行く」


 楽平が驚いて口を開ける中、炎陽がこちらに近づいてくる。


「え、んよう。だめだ、来ちゃだめだ!」


 炎陽は私の声なんて聞こえていないかのように結界内に侵入した。途端、彼の額に汗が浮かぶ。高濃度の魔が蔓延する場所なのだから当然だ。


「怯えるな、公清。俺を殺したいのか?」

「そんなわけないだろ!離れてよ!」


 炎陽まで深みたいになったら、どうすればいいかわからない。


「落ち着け。俺がいることで、今この中の魔は少しずつ浄化されている。そうだろう?」


 炎陽は五家の人間だ。そもそもの泉力が桁違いに多い。加えて、彼の泉力の器が広がっているような、今までの彼とは違う感覚もある。


「よし、いい子だ」

「それでも、ずっとここにいたら炎陽が死ぬ」

「まあ、そうかもな」


 炎陽は座り込んだ私の前に視線を合わせるようにしゃがみ込み、私を抱きしめた。


「お前の前で死ねるのなら、俺は本望だ」

「なに言って――」


 炎陽は私の頬にそっと手を当て、口を重ねた。

 遠くで楽平の悲鳴が聞こえる。


「炎陽様!こんな時に!」

「違うよ、楽平!」


 楽平の元に来た賢奨は正しく意味を理解して顔を真っ青にしているのだろう。


(炎陽が、私の魔を浄化している)


 つながった部分を通して、炎陽の泉力が流れ込んでくる。

 けれどそこで浄化しきれなかった魔は、炎陽の中に侵入していっている。


「炎陽!」


 何とか力を振り絞って炎陽を離すと、彼は青ざめた顔で笑った。


「ふ、お前にはまだ早かったか?」

「え?いや、今そんなこと……」


 関係ない、と言おうとして、先ほどの炎陽の行動が外から見ればどう映るのかに思い至り、言葉を紡げなくなった。


「一度周りを見ろ、どうだ?魔の放出が弱まってるだろ?」


 言われてみればそうだった。というより、炎陽が変なことを言うせいで、別の方向に心が揺れて、強制的に魔の量が少なくなった気がする。


「そうかもだけど、下手したら炎陽が死ぬのに。今だって、平気じゃないでしょう?」


 結界内に入ってから顔はずっと青くなる一方だ。今だって、意識を保っているのもぎりぎりなはずなのに。


「そう心配そうな顔をするなよ。

 あいつは、お前と共にいたいと、お前がいないと意味がないと感じるだろうが、俺は違う。俺は、お前のために命を捧げられる。だから、大丈夫だ」

「それ全然大丈夫じゃない」

「大丈夫だ。俺はただの時間稼ぎだからな」


 炎陽が視線を動かす。その先を見ると、しばらくぶりの朋泉がいた。



「慶透……!!」



 自分でも驚くほど、魔が抑え込まれていくのがわかる。


「公清、よく持ちこたえたな」


 炎陽が譲るように私から離れると、楽平は私の周りの結界を解除した。慶透は優しく私の頭を撫でると、倒れたままだった深の前に膝をつく。


せい賢奨」

「はい。応急処置は施してあります」

「助かる」


 私が混乱している間に、賢奨はやるべきことをやってくれていたのだ。深は相変わらずぴくりとも動かないけれど、微かに息をする音が聞こえる。

 慶透は懐から何かを取り出し、深の口元にそれを持って行った。きらりと光るそれは、源泉の水の入った玉だった。

 慶透が何か唱えると、そこから源泉の水が出て行き、深の口に入る。


「体内に薄い結界を張った。浄化には時間がかかるだろうが、これで死ぬことはなくなった」


 淡々とした低く心地よい慶透の声が、私の心を包んでいく。

 身体と心の制御権を取り戻した私は、まず最初に魔獣を抑えた。完全に魔の力に目覚めたからだろうか、それは一瞬で、しかもはっきりと自分の意志が伝わったと感じた。


「よくやった」


 慶透は私が何をしたのかわかったのだろう。

 自分だってぼろぼろなのに、慶透は私を褒めてくれた。


「みんなの、おかげだ」

「ああ。聖賢奨やどう楽平、炎陽の力がなければ、君も、理雪もどうなっていたかわからない」


 楽平も、賢奨も、炎陽も。みんなが私を繋ぎとめてくれた、助けてくれた。


「礼なら後で受けてやる。

 公清、行け。お前にはまだやるべきことがあるだろう」


 そう言ったのは炎陽だった。

 私達がこちら側に来たのは、神器を手に入れるため。

 魔獣が人に襲い掛かったり、魔が蔓延することはもうないけれど、人の争いは止まっていない。今後どうなるかは置いておいて、今は両者にとって共通している神器を手に入れ、争いを止めなければならない。


(それに、呼ばれている気がする)


 私が魔の力に目覚めてから、ある場所に強く反応する。恐らくそこに神器がある。


「俺にも、泉器を通して何となくわかる。

 行けよ、公清」


 今度は楽平だった。


「大丈夫だ、理雪のことは俺らに任せろ」


 同意するように賢奨が大きく頷く。


「行こう、公清」


 手を差し伸べてくれたのは慶透だ。


「一緒に来てくれる?」

「当然だ。私たちは朋泉なのだから」


 私は冷たくも優しいその手を握った。

続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ