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深の願い

 ずっと会いたかった、会って話をしたかった。


「し、ん……」


 しん茨塊しかいと同じく黄色の衣に赤の帯を纏っていた。

 俯いていてよく見えないが、その表情は暗く、やつれているように見える。


よう、久し振りだな……」


 深の顔が持ち上がり、変わらないつり目と垂れた眉が現れる。それに安心しつつ、誰か知らない人のような気もして心が落ち着かない。


「深、」

「なんだ?」

「どうして――?」


 聞きたいことは、言いたいことはたくさんあるのに、言葉が出てこない。

 もどかしくて、今すぐ駆け寄りたくて。魔によって拘束されていることも忘れて体が前に進む。


「妖、ごめんな」


 深はすぐにそれを読み取って、近づいてくれた。

 頬に添えられた手は変わらず優しいのに、やけに冷たく感じた。


「俺は、気づいてやれなかった。お前とはずっと一緒に育って来たのに。

 お前が微光びこうの代わりにされてたことは知っていたはずなのに、そこに疑問すら持たなかった。俺は能天気で、お前が家族に会えていないのなんて気にせずに、お前と会えることを喜んでた。そんな俺を母さんは叱ったけど、理解できなかった」

「深……」


 深が気づかなかったのは当然だ。私のことは秘密にされていたし、花の子だなんて私もつい最近まで知らなかった。


「深、謝らないで。深が悪いわけじゃないでしょ?」

「お前が俺と話したそうにしているのに気づいて、知らねえふりしてても?」

「いいよ、そんなの」

「ただ自分が情けなくて、合わせる顔がなかっただけなのにか?」

「そんなこと思わなくていい。今、こうやって、話してくれてる」


 そうだ。状況は最悪だけど、私は深と話がしたかった。その望みは叶っている。


「ありがとうな、妖。お前は誰より優しいよ」


 深は優しく私の頭を撫でた。


「なあ、このままこちら側で一緒に暮らそうぜ」

「え?」

「聞いただろ、茨塊の話。六百年前の花の子は監禁されて、いいように使われて巻き添えをくって死んだ。そうでなくとも、命神めいしん様が地上を分けるほど、今までの花の子は悲惨な目に遭っている。

 お前は、既にせつ家で酷い目に遭ってるだろ。それだけじゃなく、もう既に王族に目をつけられてる。あちら側に戻っても、お前は王族にいいように使われるか、泉族と王族のごたごたに巻き込まれる。

 俺は、それが許せない」


『あいつも、理雪りせつも来る』

『お前のためだよ』


 茨塊がそう言っていたのを思い出した。


「ここならそんなことにはならない。

 今までは遠くで見守ってきた命神様だが、ここ数十年は存在が危うくなってきている。花の子が命神様を救える唯一の存在だ。お前を守るためなら、どんなことでもなさるだろう」

「神の存在が何よりも尊ばれるべきだろ?」


 茨塊が口を挟んだ。

 私達側の人びとも、魔を操る神を神として敬っている。王族よりも神が優先されるのだから、茨塊の言うことは間違ってはいない。


「深、私は、一緒に暮らせないよ」

「何故だ?お前を心配するやつがいるからか?」


 深を庇うように押しのけて茨塊が前に進み出る。大きな瞳は歪められていて、つり上がった眉に激しい怒りが現れている。


「お前の師匠か?あいつはただお前を地獄に繋いだだけだ。家の力を使えばお前を引き取れただろうに、お前より弟がかわいかったのさ。後はその罪滅ぼしとしてお前の傍にいただけだ」

「違う!師匠をそんな風に言わないで!」

「あいつを庇う前に理雪に目を向けろよ!

 お前、まさか本気でこいつの家族が火事で死んだと思ってるんじゃねえだろうな?

 十年前、雪微光(びこう)が六つの時に?お前との入れ替わりを行う時に?」


 茨塊の言葉を十分理解しない内に、できない間に、身体だけはすぐに反応して血の気が引いていく。

 思わず深を見た。深は、悲しそうに笑っていた。



「深の家族は雪家に殺されたんだよ。雪微光の秘密を守るためにな」



 どうしておかしいと思わなかったんだろう。

 深の一族は代々雪家に仕えていた。兄が生まれたことも、私が生まれたことも当然知っている。世話をしているのだから、その性別を知らないわけがない。

 深は気づいてなかったけど、私の怪我を手当てしてくれたおばさんは知っていたはずだ。その家族も。

 秘密を万全にするならば、秘密を知る人は少ない方が良い。いない方が、都合がいい。


(本当に、雪家が――?)


『俺もあの時家にいた。寝てる時間だったから火にも気がつかなかったけど、いつの間にか外に運び出されてたんだ』

『でも家には戻って来なかったんだ?』


 私が訊ねた後、深はしばらく考え込んでから、苦笑していた。


『まあ俺は餓鬼で、できる奉公も限られてる。戻っても俺の世話の方がかかるだろ』


 そうじゃない。深は戻れなかったんだ。生きていては雪家が困るから。戻れば、殺されてしまうから。

 深は知っていた。自分の家がなぜ、誰によって焼かれたのか。


 胸の奥がざわざわする。気持ち悪くて、吐き出してしまいたい衝動に駆られる。


「それでもこいつは、お前を助けたいと願っていた。お前が虐げられていたのは知っていたから、泉族になればお前に会えると、お前を助けられると信じて泉師せんし学校の試験を受けた。

 お前の家族に自分の家族を殺されても、理雪はお前を心配して、大事に思ってきた」


 ぐらぐらと揺れている。揺れて、深に目がいって。寂しげなその表情に胸が締め付けられる。


「答えろ、妖。俺達とこちら側で暮らす気にはならないか?」


 こちらに留まれば、深と一緒にいられる。自分の身は守られる。

 それでも、今度は離れた土地の人びとがどうなるかわからない。

 茨塊は王族に恨みがありそうだったし、地上を分けてしまったこともある魔を操る神は、はなのこのあちら側での扱いを知ってどう出るだろうか?今こちら側に攻め入る形になってしまった泉族たちは?師匠は?慶透は?


「妖、一緒に来い」


 深がまた傍にきて私の頬に触れる。優しいけれど冷たい手。小さい時から私を励ましてくれたその手に、全てを預けてしまいたくなる。


(けれど)


「深とは一緒に行けない」


 目を見ては言えなかった。


「俺が気づけなかったからなのか?」


 あまりにも悲しそうな声に顔を上げると、予想とは違い凪いだ瞳とぶつかった。


「麗慶透はすぐに気づいたのに。俺は小さい頃からずっと一緒にいたのに――」

「違う!」


 深に激しい感情が現れないのは落ち着いているからではない、諦めているからだ。私が深の誘いを断ったことを悲しむのではなく、私の秘密に気づかなかった自分に後悔している。

 ぐらぐら揺れていた心が振り切って、偏った。自分の中から何かが出て行くのがわかる。苦しいのに解放感のあるこれは、魔が出ている状態だ。


「深!離れて!!」


 耐性のあった兄ならば問題ないが、魔は人にとって毒だ。魔に侵されれば死に至ることもある。垂れ流しになった魔を近くで浴びれば、いつ致死量を超えるかわからない。

 それなのに深は私を抱きしめた。


「俺はお前が何に怯えることもなく、幸せに暮らしてくれたらそれでいい」


 穏やかな声に、それこそが深の望みであるとわからされる。

 深を傷つけたくないのに、魔の止め方はわからなくて、離れたいのに茨塊の魔の拘束は解けない。


「深!死んじゃうよ!」

「俺はどうなってもいい。お前が隠し事なんかせずに、お前の力を、お前自身を全て肯定してのびのびと生きていけるのなら。

 あとは任せたぞ、茨塊」


 深が言うと、茨塊は珍しく真面目な顔で頷いた。


「任せろ。俺が、お前の願いを叶えてやるよ」


 その言葉を聞いて、深は私を抱きしめる力を強くした。


「嫌だ!深!離れて、放してよ!!」

「ごめんな、妖。悲しい思いをさせる。

 けど俺は嬉しい。お前は俺のことでこんなに心を乱してくれるんだな。もしかしたら、もう、どうでもいい存在なのかもしれねえって思っていたけど、そうじゃないんだな」

「当たり前だよ!」


 小さい頃から知っていて、面倒を見てくれて、死んでしまったと思っていたのにまた出会うことができて。

 もしかしたら深にとってはどうでもいい存在なのかも知れないと思ったのは、自分の方で。

 深は私にとって大事な人だ。


「そうか……」


 深の声は嬉しそうで、一向に私から離れる気配がない。

 それでも徐々に、私の魔に蝕まれているのだろう、腕の力が抜け、私にもたれかかるようになる。


「深!お願いだから、離れて!!」


 このままでは本当に死んでしまう!

 焦れば焦るほど、魔の放出は止まらない。それにまた怯えて、悪循環に陥っている。



「妖、愛してる」



 どさり、と深が地面に倒れ込んだ。

 魔を感じられるようになったこの身では、もう既に深がどれほどの魔を溜め込んでいるのかを嫌でも知ってしまう。

 深は動かない。目は閉じられて、呼吸は浅く、今にも止まりそうだ。


「どうして?!」


 茨塊の魔は解けない。深に駆け寄りたいのに、触れることすらできない。

 呼吸は徐々に消え入るようになっていき、深の命が魔に侵されているのをただただ眺めている。

 焦りとか不安とか全部吹き飛んで、真っ暗闇に突き落とされる。


(深が、死ぬ。私のせいで)


 ぷつり、と何かが切れる音がした。


(ああ、だめだ)


 今になって、茨塊の言葉の意味を理解する。


『安心しろ、殺しはしない。ただ、心の方は折らせてもらう』


(あれは、こういうことだったんだ)


 抗う気もなくなって、私はひたすらに魔を放出し続けた。

続きます。

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