昔話
戦いは思った以上に苦戦した。
こちら側の方が圧倒的に人数が多いのに、茨塊が魔を操るせいで動きが制御されてしまう。しばらくすると魔獣まで襲い掛かってきたが、そちらの方は私が対処した。
「へえ、多少は成長したんじゃねえの?」
茨塊と目が合った。大きく力のある瞳は楽しそうに歪んでいて、思わず身体に力が入る。
「公清、見るな」
慶透が間に割って入ってくれた。
「ちっ、相変わらず邪魔な奴だ」
茨塊は近くにいた仲間に何か耳打ちする。
(何を話している?)
警戒を強めたところで、身体に何かが巻き付くのを感じた。
(これは!)
「二度同じ手は食わない!」
慶透が私に巻き付く魔を切ってくれたが、茨塊はしつこく私を捕えようと魔を操る。
この魔には結界は通じない。泉器を使って避けていたが、急に慶透が複数人に襲い掛かられた。
「慶透!」
「気にするな!」
慶透を助けたいが、魔が伸びてくる速度は上がっていく。やはりこの地が茨塊の魔の力を強めているのだろうか。
「うあっ!」
ついに避けきれず足を絡めとられた。
「公清!」
「くそ!」
術を発動させるより早く、新しい魔が身体に巻き付いてくる。
「公清!」
「慶透様!何をなさっているのです!まずはその者達を!」
慶透だって多勢に無勢の状態で、周りの人が助けてくれているがこちらにまでは来れない。
「私はいい!公清を!」
「朋泉が大事なのはわかりますが、あれは花の子です。魔に対抗できるのであれば、そのままあの者の相手をしてもらった方がよいでしょう!」
慶透を助けに入った者が言う通りだ。茨塊が私に意識を向けてから、皆を惑わせていた魔の棘は出なくなっていた。恐らく周りも納得したのだろう。慶透の方に加勢し始める。
唯一銀家の者はこちらに向かってきてくれたが、その助けが届く前に、私の身体は魔に引っ張られてしまった。
景色が流れ、音が遠のき、森の中を少し移動したところで体が地面に投げ出される。
「うっ!」
それでも身体に巻き付いた魔はそのままで、身動きは取れない。
「よお、久しぶりだな、妖」
「茨塊……」
「おっと、動くなよ」
「ああ!」
縄のような魔は私の腕を後ろに拘束し、近くにあった木と私の足を繋いだ。無理な体勢のせいで体が軋む。
「うっ、茨塊、私をどうするつもり?」
「どうもしねえよ。安心しろ、殺しはしない。ただ、心の方は折らせてもらう」
「どういうこと?」
「はっ、そんな怯えた顔をするな。まずは昔話からだ」
茨塊は私の前に腰を下ろした。
「六百年前、この地で何が起こったか、話してやろう」
「どうして今、そんな話を?」
「この戦いで勝っても負けても、この話はどうでもよくなるからだ。あとは、お前が少しでもこちら側に加入してくれりゃいいなと思ってだな」
「そんなこと……」
「答えは終わってからでいい」
茨塊はつまらなさそうに言った。
「今から六百年前、地上が二つに分かれて初めて、人間がこちらに足を踏み入れた。目的は一つ。お前たちと同じ、失った神器を手に入れるためだ。何百年も出来なかったことだが、花の子の存在を知り、こちらの調査ができるのではと思った、というのが表向きの理由だ。
もちろん、そうでも良かったが、その決定を後押しした王の中には考えがあった。魔の蔓延する地に足を踏み入れた当時の導師に適当な理由をつけて反逆者とし、留家を滅ぼしたかったんだ」
「留家を滅ぼして玉を手に入れ、泉族の上に立つ?」
「そうだ。で、結果は王に都合がいいように動いた。
六百年前の混戦、あれの事の発端は花の子が殺されたことだ。魔獣を抑えていた花の子が死んだことで魔獣が急に襲いかかってきたという状況が生まれたわけだ」
炎陽から聞いた話では、その部分だけが全員の供述に共通していた。
「ではなぜ花の子が殺されたのか?死ねば、自分たちの身が危なくなるのにわざわざ自殺行為はしない。花の子が死んだのは事故だった。もとは麗家の人間を妬んでいた奴が、そいつを殺そうとした。魔に侵されて気も狂ってたんだろうがよ。だが花の子が庇った。結果、死んだんだ。
魔を操る力を持っていると知れて花の子は麗家の預かりとなったが、監禁状態とはいえ不自由なく暮らせた。その時に親しくなったやつが、丁度妬まれてた麗家のやつだったってわけだ。
そいつは自分のしでかしたことを隠すために、魔に惑わされたのだと主張した。魔獣も襲い来る中、情報はいつの間にか異変を察して花の子のもとに駆け付けた導師の話となり、それを信じて疑心暗鬼になった奴らが殺し合いを始めたのさ」
初めは神器を探しに来ただけだったのに、麗家の者を妬んだ者が魔に侵されてその者に襲い掛かり、麗家の者と親しかった花の子が代わりに死んでしまった。結果、魔獣の制御ができず、魔獣に襲いかかられた。導師が魔に侵されたのだと誤った認識が広がり、人同士で殺し合いが行われた。
全ては偶然だったのかも知れないし、もとから王が導師について悪い噂を流していたのか、泉族に王側の人間がいたのかはわからない。だが、混乱していたその場では、何が正しいかもわからずに戦っていた者も多かったはずだ。だから最初は自分に言い聞かせるように導師が反乱を起こしたとしていた者も、数十年と時間が経つ中で罪悪感が育ち、証言を変えたのだろう。
「途中で我に返った奴らは逃げ出すように向こうへ渡った。だが、深手を負った者は戻るだけの泉力がない。魔獣に襲われていく中、最後までその場を離れなかったのが当時の導師だ」
それが茨塊の祖先、留家の元当主だったのだろう。
「その姿に何か感じるところがあったのか、その場に命神様――お前らで言うところの魔を操る神、だな――が現れ、魔獣を抑えてくださった。その後も懸命に生きようとする者達のために代表者である留家の者に魔を操る力を与えて、こちら側でも生きられるようにしてくださった、ってわけだ。
魔に汚染されたこちらでは泉力が十分に回復しない。泉力の器は損傷しないが、一定以上の泉力には戻らず、帰るだけの泉力を得ることは出来ない。導師だけならば帰れたかもしれないが、導師は魔の力を与えられた。戻ればそれこそ反逆者にされかねない。だからひたすら生きるためにこの地に残った」
それがこちら側で人が生きられる理由なのだろう。
「どうだ?こちら側に与する気になったか?」
「……今と六百年前は違う」
こちら側に残された人達には同情するが、それとこれは話が別だ。
「それに、私には何の関係も――」
「関係あるだろ。前は花の子が死んで混乱が生じた。それを利用して留家を滅ぼしたやつらがいる。
今回も同じように、お前は混乱を生じさせるために殺されるかも知れない。そうなれば俺の庇護下であるこちら側以外の奴等、お前の師匠や大事な朋泉は魔獣に殺されるぜ?」
「関係ない!前は、そうなってしまったかも知れないけど――」
「故意じゃないって?はっ、前例があれば踏襲するもんだろ」
ありえない。いい加減な話をしているのに、茨塊には妙に説得力があって、本当にそうなるのではないかという気にさせられる。
「ま、そう思わねえならそれでもいいさ。昔話はここまでだ。
だが、最初に言った通り、心は折らせてもらうぜ?」
そういえばそんな話をしていた。縛られた状態で身を固くして茨塊を睨みつけると、がさりと音がして、良く知る人物がその隣に立った。
続きます。




