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師匠との約束

 あれから炎陽えんようは積極的に私に絡んでくるようになった。ある程度周りに知られたからだろうか、私に触れる頻度も増えたし、慶透けいとうの視線さえ気にしていない。

 楽平らくへいがにやにやしてくるので恥ずかしいのだが、その炎陽の行動のおかげか、結婚の話を持ち掛けられることもなくなった。


「炎陽はいつまでこういうの続けるんだろう」


 自室に戻れば慶透と二人だけで、心を落ち着けることができる。卓の上に突っ伏すと、慶透が慰めるように頭を撫でてくれる。


「君が了承するまで、だろう」

「うう……」

「君は、炎陽と結婚する気はあるのか?」


 何度か私の頭を往復した手がそっと離れた。


「そもそも、結婚する気はない、というか、そんなこと考えもしなかったから……。

 家の関係で必要があるのであれば、するのかな。嫌な人じゃなければ別に構わないけれど、もし跡継ぎがどうこう、とかなったらちょっと嫌かも」


 誰とどういう関係になってもいいが、もし子を成さなければならないなら、気にかかることがある。私の肌には消えない痕がある。それを見られるのは嫌だ。


(そんな我儘、通じないかもしれないけど)


 もし希杏ききょうが正式な当主となり、子どもでもできれば本家筋との関りはほぼなくなるだろうが、それでも銀家のためには血が繋がっていく方がいい。それこそ炎陽と結婚となれば、けい家の跡継ぎは絶対に必要だ。啓家には彼しか跡を継げる者がいないのだから。


「無理をする必要はない」


 慶透はまた私の頭を撫でた。

 私が何を考えているかなんて、慶透にはお見通しなのだろう。


「炎陽も本気かわからないしね」


 大丈夫と示したくて、明るく言う。身を起こすと、真剣そうな瞳の慶透がいた。


「彼は、本気だろう。他家との本家筋同士の結婚は難しい。それを知っていながら、みなの前で口に出したのだ」

「そうなの?」

「ああ。だが、そのことを君が考える必要はない。君がどうしたいかが問題だ」


 私がどうしたいか。

 今は全くわからない。


「もうすぐ決起会だ。終われば一度家に戻る。その際に杏肇きょうけい様に話してみてはどうか」

「うん、そうする」


 師匠に会えるのは嬉しい。が、それとともに向こうへ攻め入る時期が近づいてきていることも確かで、不安も少しずつ大きくなっていた。



*



 決起会は終始慶透が側にいて、親たちの視線は感じるものの、特に接触もなく終わった。昨年とは違い、師匠は迎えに来れないので家まで慶透に送ってもらった。


「師匠、お久しぶりです」


 師匠は銀家の派閥での決起会に参加していたため、会えたのは翌日になってからだった。


「久し振り、よう


 三か月ぶりに会った師匠はまたやつれたように見えた。


「師匠、お疲れのようなら、また日を改めますよ?」

「いいや、構わない。大丈夫だよ」


 今は師匠の部屋にいるのだから、せめて寝台で体だけでも休めて欲しいが、師匠は聞いてくれないだろう。


「学校はどうだった?何か困ったことはないかい?」

「その、花の子であるということが広がっていたのですが、楽平も賢奨けんしょうも受け入れてくれました」

「いい友を得たね」

「はい!それから、朗妃ろうひの弟の翠朗すいろうと銀家に入門している耀沢ようたくと組み分けで一緒になって、色々話しました。

 困ったことはこれといってなかったのですが、何人か結婚の話を持ち掛けてくる人がいて、どうすればいいのかわからなかったことがあります」


 そこで師匠はげんなりとした様子で溜息を吐いた。


「子どもにまで……」

「師匠?」

「君が気にする必要はないよ。銀家こちらにもそういった話が多く舞い込んできててね」


 それで師匠は疲れていたのか。


「ほとんど全て断ったよ」

「ほとんど、ですか?」

「ああ。家同士としての話ではなく、あくまで個人の話だけど、炎陽えんようから申し出があってね」


 まさか師匠に話しているとは思わなかった。


「師匠は、どう考えますか?」

「君は――君が望めばそうすればいい、と思っている。

 君が結婚しなければならない理由はない。君が考えるべきことは君自身が幸せになることだけだよ」


 師匠の目は優しくて、悲しそうだった。


「今はまだ、よくわからなくて」

「ならばまだ考えなくていい。もうすぐあちらに攻め入る。それが終わってから考えよう」

「はい」


 今すぐの話ではない。後でじっくり考えれば、何かまた変わるかもしれない。今はあちら側に行くことが重要な役目だ。


「妖、あれ以来魔を感じることはあった?」

「いえ」


 あれは兄と会った時の話だろう。母の死を聞かされて酷く心が乱れた。だがそれ以降は特に何もない。


「なら、ある程度制御できているのだろう」

「できているのですか?」

「君の中に魔を感じる。それでも何も感じない、ということはその状態が自然になっているということだ。一度大きく放出して、閉じられていた道が開かれたのだろう。茨塊しかいのように意識して操ることはできないだろうけど、魔獣に君の意志を伝えることはできるはずだ」

「そうなのですね」


 自分が花の子であるという事実を知る前にも、王子に襲い掛かった魔獣を止めることができたのだから、それくらいはできるのだろう。


「本当ならばその力を使うために訓練する必要があるのだけど、誰も教えることはできないし、泉師学校に通っている間は魔の力を出すことはできなかった。

 だから、決して無理はしないように。また大きく心が揺れれば、君が処理できないほどの魔が君の中からあふれ出る。君にできる範囲の仕事をしなさい」

「はい」


 こちら側の者は私が魔を操ってあちら側に立ち向かうことを期待しているのかも知れないが、向こう側へ行って魔獣を抑えられたらそれだけで充分だろう。というか、そこで留まれということだ。


「私も共に行くが、銀家を統率する立場だ。君と共にはいられない」


 師匠は私の手を取って、真っすぐに私を見つめる。


「無理はしないと、約束してくれるね」

「はい。必ず師匠のもとに帰ってきます」


 両手で師匠の手を握ると、師匠はやっと安心したように微笑んだ。

次からあちら側に行きます。

続きます。

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