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結婚の話

 時が過ぎるのは早く、着々と向こう側へ攻め込む時期が近付いていた。翠朗すいろうは剣もだいぶ扱いになれ、実戦形式での実習でも活躍を見せるようになり、今では慶透が剣の相手をすることもある。耀沢ようたくも得意の札を披露する場面が増え、四人組の修業の成果は大きなものになっていた。

 そんな中、少々困ったことが起きていた。


「魔を操る?本当にそんなことができるのか?」

「花の子だというが、何か証拠はあるのか?」

「今も向こう側に情報を流しているのでは……」


 常に慶透けいとうが近くにいるので面と向かって何かを言われることはないが、不安が大きくなっているのか、そういう声が聞こえてくるようになった。

 しかしこちらは大した問題ではない。私の悪い噂は入学当初からずっと流れている。もう慶透の足を引っ張っているようなことはないし、気にするようなことではない。


「慶透様、公清こうせい様、突然失礼いたします」


(来た……)


 恐らく囲山いさんの家格の学生が度々話しかけてくるようになった。

 最初に挨拶、そして名前を告げる。そのやり取りのあと、必ずこう尋ねる。


「公清様は、心に決めた方がいらっしゃいますか?」


 その後は人によって違えど、何度かやり取りをして同じような話になる。要約すると、結婚しないかということだ。


「いないよ」


 私の返事も変わらない。

 そもそもは兄の代わりとして泉師学校に入った。その後は師匠と旅に出る予定で、兄の代わりに泉族の役目を果たすのであれば結婚などできない。そういった道は私になかったのだ。心に決めた相手もいない。


(将来を考えた人、ということなら師匠だろうけど、それもまた意味が違うしなぁ)


「では、私との――」

「いつまで茶番を続ける気だ?」


 ずっと黙っていた慶透が口を開く。

 いつもならば彼の言いたかったであろう言葉を聞いて、断って、せめて名前だけでもと言われて終わる。慶透が口を挟むことはない。慶透は人の話を聞かないところがあるし、こういう話に興味なんて全くないだろう。

 それが今日はどうしたのだろうか。他の人より粘り強かった気もするが、大した差ではないはずだ。


「茶番、ですか?」


 慶透は怒ると声が一段と低くなる。表情は変わらず、怒気がじわじわと肌を刺すような冷たさとなって現れる。だから彼が怒ると、たいていの人は怯むのだ。それなのに、目の前の男は言い返した。


「私は真剣です。彼女のことが好きなのです。他の者は知りませんが、私は彼女の家柄などではなく、本当に彼女が!」


 その男の言葉には熱がこもっていた。嘘っぽくはない、ただし異様な熱だった。


()()()はみな、私の朋泉の立場に惹かれているのだろう。もしあちら側で公清が命を落とすようなことがあれば、彼女の夫であるという理由で銀家を乗っ取ることができるという浅はかな考えの者もいよう」


 敢えて口には出さないが、慶透の言うことの意味は分かる。前の代の銀家本家では杏肇きょうえいが跡継ぎとなっていた。もしそうなっていたら、本当の意味での銀家本家の子どもは私だけになる。杏叡きょうえいはそのことを気にしている。


(そんなことにはならないだろうけどね)


 私に銀家を継ぐ意思はないし、師匠が銀家に戻った今、杏叡も下手に周囲を混乱させるようなことはないだろう。本人はずっと代理のつもりだろうが、周りからすれば彼が当主だ。

 それはさておき、そういった目的ではないというのが目の前に立つ彼の主張だ。慶透も何故かそのことは理解しているようだった。



「では、なぜ茶番とおっしゃるのですか?」


 今は授業が終わったところだ。二年のこの時期にさっさと自室に戻る者は少ないが、ばらばらと人が帰り始めている時間だった。それがいつの間にか大勢の人が集まっていた。帰ろうとして留まった者、言い争う声を聞いて戻ってきた者、授業終わりに興味本位で顔を覗かせた一年生。まだ先生は来ていない。来れば問題になりかねないが、もういっそこの場を壊してほしいとも思う。


「あなたは、なぜ公清と婚約したい?」

「先程から申している通りです。公清様のことが好きだからです。ずっと前から……」


 彼は昔を思い出すように目を閉じて声を絞り出した。

 そこまで言われれば嬉しい気もするのだろうが、何も感じなかった。私は彼を知らないし、おそらく接点もなかったはずだ。


「公清が泉に落ちた時から?」


 慶透の言葉に男は動きを止め、恍惚とした笑みを浮かべた。それは好意を抱いている表情に見えない。


「ええ、ええ!!あの時の公清様はとても美しかったです。あの女男に捕まえられて困っている顔が愛らしかった。けれどそれよりも更に前からです。私はずっと公清様をお慕いしていたのですよ」


 女男とは茨塊しかいのことだろう。彼は不埒な視線を感じた、とわけのわからない言い訳をしていたが、あながち間違いではなかったのかも知れない。

 ぞわりとして思わず慶透の袖を掴んでしまった。


「今後何がどうなるかもわからないのに、立場のために公清に近づこうとする者もどうかとは思うが、あなたはそれより更に悪い」

「悪い?私が?」

「あなたは公清を好いているというが、彼女を支配したいだけだ。彼女が好きなのではない。彼女が苦しんでいるのが好きなのだろう」


 語りは淡々としているが、低い慶透の声は地を這うようでもあった。


「あなたは最初の試験で炎陽えんようを助けようとして傷ついた公清を見て、笑っていた」


 慶透は先生に伝えに行ってくれていたはずだから、私が炎陽と崖の下に落ちてしまった後の話だろう。


「それでも公清に接触することはなかった。だから何も言わずにいたが、目の前で茶番を繰り広げられては口を挟みたくもなる。

 本当に好きだというのなら、なぜ早く言わない?他の者が言い始めてからしばらく経つのではないか?あなたは自分の欲望を隠すために今まで黙っていた。そして他の者の思惑に紛れる今、彼女に想いを告げたのだ」

「私の好意の形がどうであれ、慶透様には関係ないでしょう」

「ああ。あなたの趣味嗜好などどうでもいい。

 だが、支配し甚振りたいがために想いを告げられている状況を許すことは出来ない。彼女の朋泉として」


 くっきりと慶透の眉間にしわが刻まれる。つり上がった眉に、射貫くような瞳。思わず逃げ出したくなるような怖い顔の慶透を見て、私はどこか安心していた。


「そ、それでも、慶透様にはどうにもできないでしょう」


 流石に彼も怯んだようだが、食い下がった。


「もし公清様が私にを好きになれば、関係ない」


(そんなことは絶対にないけどね)


「そんなことは絶対にあり得ない」


 思わず笑ってしまいそうになったが、今はそんな場合ではない。笑いはぐっと飲み込んだ。


「なぜ言い切れるのですか?」

「わかるからだ。私は誰より公清を知っている。あなたにはわからないのだろうが、彼女はあなたを好きにはならない」


 慶透はくっと腕を持ち上げて、袖を掴んでいた私の手の上に自身の手を重ねた。


「公清は日常的に私の袖を掴んだりしない。あなたに怯えているのだ」


 目に映るものですらわからないのか、とでも言いたげな慶透の視線に、目の前の男は顔を真っ赤にして走り去っていった。

 同時に張りつめていた空気が解け、観客と化していた学生たちははっとしたように各々のやることにとりかかる。


「慶透、ありがとう」

「礼を言われるようなことはしていない。私が嫌だった」


 慶透は私の手から慶透の袖を外させ、そっと戻してくれた。


「慶透様」


 声をかけてきたのは耀慶ようけいだった。弟である耀沢はもう戻ったからか、兄として模範になるように行動してはいない。声の調子も軽かった。


「何だ?」

「慶透様は、公清様とご結婚されるのですか?」


 突然の質問に、また周りの者の動きがぴたりと止まる。

 耀慶の声はそれほど大きくはなかった。みんな聞き耳を立てていたのだろうか。


「なぜそうなる?」

「違うのですか?」

「そんな話が出たことは一度もないよ。そもそも、私が結婚するかどうかもわからないし」

「そうなのですか?」


 私が答えると、耀慶は不思議そうに首を傾げた。不思議なのはこちらの方だ。


「あの、では、耀沢を婿としていただくことは可能でしょうか?」

「え?」

「家自体は麗家に入門しているので、銀家の派閥に人脈がないのです。一人だけ銀家に入門した耀沢に麗家の派閥の者を嫁にすると、些か問題が生じるので、銀家の門派の家に婿入りするのが一番だと考えております」


 麗家の派閥の者が嫁入りすれば、銀家に入門した耀沢に合わせて銀家の派閥に行くことになるだろう。銀家の派閥の者が嫁入りしてもいいが、耀沢の方が立場が上であれば、その者の家は耀沢の家に合わせていかなければならない。銀家の高位の家に婿入りするのが家のしがらみに縛られない。


「公清様から見て、耀沢はどうですか?」

「ううん、いい子だと思うよ。能力も高いし努力は怠らない。性格も明るくて誰にでも優しいし」


 耀慶は弟が褒められて嬉しいのか、照れたように笑った。


「慶透はどう思う?」

「耀沢か……。悪くはない。今まで君に近づいてきた者とは比べものにもならない。彼は根が素直だ。麗家にも近い血筋で、私も安心できる」


 慶透は一瞬何かを考えていたが、耀沢を高く評価した。実際にそうするかは別として、耀沢は慶透の中で基準より上だということだ。

 耀沢は既に翠朗の朋泉で五家とも関われているし、彼の性格ならば、銀家の後継者問題を引き起こさないだろう。


「ありがとうございます。

 もし慶透様と既にお話が進んでいるようなら、話を持ち出すのも憚られましたが、一度検討して頂けるとありがたいです。

 まあ、沢は一生妻帯せず銀家で札の研究をするつもりみたいなので、あまり重く考えないでください」


 最後の方は小声で、慶透と私だけに聞こえるような大きさだった。そういう話もあるにはあるのだろうが、どちらかというと、今後私がそういった話を聞かされないようにという心遣いなのだろう。耀沢が候補として上がり、慶透も認めているならば、無理に近づこうとする者もいないはずだ。


「ありがとう、耀慶」

「何がありがとうなんだ?」

「うわ!」


 突如後ろから聞こえた声に驚いてよろめいたが、隣の慶透が支えてくれた。


炎陽えんよう!」


 炎陽の後ろには丈拳じょうけんが控えており、目が合うと微笑んでくれた。


「どうしてここに」

「書室にいたら、楽平らくへい賢奨けんしょうが教えてくれた。お前が何やら言い争っていると」


 言い争っていたのは慶透なのだけど。

 いつの間に楽平と賢奨と仲良くなったんだろう。泉器せんきの扱い方を教える過程で関わっていたが、同じことをしていた慶透はそれほどではない気がする。


「炎陽様」


 耀慶が進み出て、礼をする。


「耀慶か」

「はい。私がご説明しても?」

「話せ」


 耀慶は私や慶透に話す時とは違い、堅苦しい言葉遣いで炎陽に説明した。私に結婚しないかと話を持ち掛けてきた男と慶透が言い争って、男の方は逃げて行ったこと、その後で慶透との婚約の話がないのであれば、耀沢を婿に取らないかと耀慶が提案したこと。


「なるほど。言い争いはそれほど長くなかったのだな」


 もしかすると先生が来る前に場を収めようと駆けつけてくれたのかもしれない。炎陽はそこで一息ついた後、耀慶と目を合わせた。


「それで、耀沢とのことについてだが、周囲への牽制と捉えていいか?」

「はい。もし事実となっても構わない程度ですが」


 耀慶は私と耀沢が結婚するとは思っていないが、嘘を吐くような人物でもない。もしそうなったとしても発言に責任はとれる、という覚悟の上での話だ。


「ならば、その話を撤回しろ」


 炎陽は苛立ったように告げた。


「は、それは、どういう?」


 耀慶はまさかそんなことを言われるとは思わなかったのか、固まってしまった。


「周囲への牽制に耀沢は十分だが、俺の方が効果はあるだろう」


 ということは、炎陽が私と結婚するという話を出すのだろうか。


「というか、」


 じろり、と炎陽の眼球が私を捉える。


「お前は!俺の気持ちを知っているくせに」


 炎陽は私の両頬を片手で挟み込んだ。慶透がすぐに外させたが、情けない顔を晒してしまって恥ずかしい。たいていの者はもう部屋に戻ったか、どこかに行ったが、まだまだ残っている者もいる。


「炎陽様の、気持ち?」


 耀慶が戸惑っているように、周りも炎陽の言葉を理解しざわざわとしだした。


「俺がお前を好きだと知っていて、他の男の話を聞き入れるのか?!」


(ああ!こんなところで大声で言わないでくれ!)


 と言いたいが、実はここ最近ずっと四人組で行動していたせいで、すっかり炎陽のことを忘れていた。会わないわけではないが、想いを告げられて以降からかいのように触れてきたりしていたのだが、そういったことがなかったのだ。ちょっと申し訳ない。


「あの、慶透様もご存じなら、どうして耀沢との話を――」

「受けると言った訳じゃない」

「そうですが、かなり好意的に捉えてくださっていたのでは?」


 いや、待って。私の結婚について慶透が決定権を持っているわけではない。単に朋泉として、一番親しい者として慶透に訊ねただけで。どうして私じゃなく慶透に話しかけるの、耀慶。


「好意的に捉えるに決まっているだろう。耀沢は慶透を尊敬している。慶透が公清との時間を作れ、といえばつくるだろう。それができるのならば好都合と考えたに違いない」


 たしかに、慶透が何かを考えている時間があった。何かは言わなかったが、炎陽の言うことが一番近い気がしてならない。


「おい、黙るな!」


 こうやって慶透が黙る時は興味がないか、話を聞いていないか、都合の悪い時だけだ。今回は都合が悪いのだろう。


「慶透様、もし炎陽様のおっしゃることが本当ならば、私は先程の話を取り下げます」

「そうか」


 慶透はあっさりと認めた。だが炎陽の方は見ようともしない。


「ではここに用はない、行くぞ、公清」


 私の肩に手を置いて炎陽とは反対方向に歩き出す。


「公清」

「炎陽、また今度話そう」


 炎陽が引き留めるように私を呼んだが、私はそれ以外口にできなかった。私の肩を押す慶透の力は強いし、何より好奇の視線の突き刺さるこの場からははやく立ち去りたかった。

 炎陽は逃がさない、とでも言ういように、私が視界から消えるまで、視線だけはじっと私から逸らすことはしなかった。

続きます。

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