一年生との四人組
結局夏期休暇の間、私はずっと啓家で過ごした。泉師以上の者が魔の山での実習時に起きた事件の後始末に奔走しているようで、啓家はずっと静かだった。王族や泉族そのものに対する不信は民の中で大きく、その払拭とはいかずとも、あちら側からの侵略に対する不安を取り除こうと魔獣の退治を徹底的に行っているそうだ。泉師ではないが、例外で慶透も参加していた。そのために炎陽と過ごす時間が長かった。いくら結界で守られているとはいえ、何が起きるかわからないからという理由があったのだが、炎陽は王族に入れられる前の「修行に付き合う」という約束を持ち出した。集中するものができれば、私も前を向いていられると気をつかってくれたのかもしれない。
兄とはあの日から会っていない。彼は麗家に身を寄せているらしく、成人して麗家での明確な立場が決まるまでは、慶青様の付き添いなしでは外に出られないらしい。ただし麗家の敷地内ならば自由に過ごせるらしい。私自身もこれからどうやって向き合っていくべきなのか心が定まっていないのでそちらの方が気は楽だった。兄妹であっても、共に過ごした時間はほとんどない。一緒にいてどう振る舞うべきなのかわからない、というのもある。
夏季休暇が終われば、また学期が始まる。通常とは違い、年末にあちら側に攻め入ることが決まったので、学校は先生方を中心に張りつめた雰囲気になっていた。
集められてすぐに先生方から長いお話があったが、つまらなさそうにやり過ごす者はいなかった。明らかに同期が減っている。みな、事の重大さは肌で感じ取っているのだ。
「色々と騒がしくなっていますが、あなたたちは目の前のことに集中しなさい。それがあなたたちが泉族として、今求められていることです」
私や慶透はあちら側に行くことが決定しているけれど、学生はあちら側に行くことはない。修行を積んで一人前の泉族になることが、ここにいる意味だ。
話しが終わると、しばらく待機するようにと言われた。その瞬間こちらにやってきたのは楽平と賢奨だった。
「お久しぶりです、慶透様、炎陽様」
私に掴みかかりそうだった楽平の後ろ衿を引っ張って賢奨が挨拶をすると、楽平も慌ててそれに続いた。二人が軽く返答し、丈拳が楽平たちに挨拶したところで、賢奨は楽平を放した。
「公清!お、お前――」
楽平は一度口をぱくぱくさせてから、ぐっと顔を近づけた。
「女だって、本当か?」
どうやら花の子について、そして私についての話は本当に広がっていたらしい。
「そうだよ」
肯定すると、楽平は顔を赤くして勢いよく後ろに退いた。
「楽平、何してるの」
呆れたように言った賢奨に驚きはない。知った時は驚いたのかも知れないけれど。
「だ、って、公清が!」
「公清がどうしたの?もう知ってからだいぶ経つでしょう?」
「なんでそんなに落ち着いていられるんだ?まさか、公清が女だって気づいてたのか?」
「違うよ」
賢奨が私を見る。その瞳はとても穏やかで、温かな親愛がこもっていて、依然となんら変わらない。
「私は公清がどんな立場でも、友人であることに変わりはないと言った。女の子だとしても、そうだ」
背後でほんの少しぴりついていた慶透の雰囲気が柔らかくなった気がする。
「楽平は違うの?」
「いや、公清は公清。それに変わりはないけど」
「はっきりしないなぁ。楽平は女性の友達だって大勢いるでしょ?」
「いるけど!心の準備が必要なんだよ。いつ知ったとかじゃなく、会って、本人を前にしたからこそ動揺すると言うか……賢奨はどうしてそんなに落ち着いてるんだ?」
戸惑う楽平に炎陽が同情の目を向ける。たぶん炎陽の中では、賢奨が慶透と同じ種類の人間に分類されていることだろう。
「というか、賢奨は女の子、苦手だろ?一人だって女友達いないのに」
「今、一人になったよ。その話は別に今必要ない。私は公清の友達。それだけだよ」
「うー、それはそうだ。わかってるよ」
と言いながら、楽平は私の方を見て顔を背ける、を繰り返す。
「いいよ、楽平。気にしないで。楽平は今混乱してるだけで、もうちょっとしたら前みたいに話してくれるだろうから」
不思議と、そう思えた。以前ならば、女であると隠していたことを謝っていたかもしれないけれど、それで距離を取られる、取ろうと思ってしまったかもしれないけれど、楽平と賢奨は今までも受け入れてくれたから、立場や性別関係なくありのままの私を見てくれると知っているから。
「悪い、すぐ慣れる。なあ、俺、お前に変なこととかしてないよな?女の子だって思ってもみなかったから、何かやらかしてないか不安だ」
「あはは、大丈夫だよ!もしそんなことしてたら慶透が黙ってないよ」
私の言葉に、慶透以外全員が頷いた。本人も否定しないので、そういうことだろう。
話している間に、先生が戻ってきて移動するように言われた。一年次でもそうだったように、秋期の授業から一年二年で四人組を組むのである。そのために、一年生と合流するのだ。
演習場では、緊張した面持ちで一年生たちが待っていた。
「挨拶は組み分け後ですが、これは交流を制限するものではありません。特に、今年は一二年生の数が揃わないので、先生が指導するところもあります。ですが基本は同じです。一年生は積極的に二年生に質問に行って、どうすれば自分の動きがよくなるかを考えましょう。二年生もできれば一年生に声をかけてあげてください」
(そうか、何人か泉師学校からも消えているから、人数にばらつきがあるんだ)
幸いにも朋泉がいなくなった者はいなかったが(消えた者は朋泉とも消えた)、学校側も対応すべきことがたくさんある。影響は大きい。
「では、別れて」
先生の合図で、二年生が動き出す。私達には事前に知らされているので、もう一度頭の中で名前をおさらいする。
(一人は翠朗、もう一人は耀沢)
どちらも知っている人物の兄弟である。
「初めまして、翠朗、耀沢」
ぱっと顔を輝かせて私を見たのが耀沢。帯は銀で私と同じだ。彼は同期の耀慶の弟である。兄の方はかなり明るく、避けられていた私を気にせず慶透を食事の席に招いたり、人が訊きづらいことを訊く奔放さがあるが、弟は元気そうではあるものの穏やかな雰囲気だった。
表情を崩さずに私をじっと見ているのは翠朗。朗妃の弟だ。硬い雰囲気で、癖のない真っ直ぐな髪を頭の高い位置で結っているので朗妃とは正反対に見える。それでも大きな丸い瞳だけは朗妃そっくりだった。
「初めまして、慶透様、公清様。お会いできて光栄です」
耀沢の声は張りがあって、目は期待に満ちている。私のことをどういう風に捉えているかはわからないが、とにかく良い印象を持っていてくれているようだ。
「初めまして、公清様。久しぶりだな、慶透」
「ああ」
翠朗は慶透に砕けた口調だった。同世代の五家の本家ならばそれが普通なのだろうけど、私はもともと本家で育ったわけではないので、慶透より丁寧に扱われてしまうと変な感じがする。
「あの、翠朗、私も呼び捨てで、敬語もなくて構わないのだけど」
「ありがとうございます。慣れるまではお許しください」
と言われたものの、彼は私にそうする気はないのだとわかる。さっきと変わらない声の調子だった。
「二人とも、自分の剣を持っているな?」
「はい」
「では、公清と手合わせしろ」
「「え?!」」
慶透のいきなりの言葉に、二人の声が重なる。しかし耀沢の方は嬉しそうであり、翠朗の方は残念そうだった。
どちらも驚いていないのは、一通り家で習っているからだろうか。
「慶透じゃないのか?」
「公清の剣の腕前については話を聞いたことがあるだろう?」
「はい!兄も思わず見惚れたと言っていました!銀家に入門した者にとって、体験できるのはとても嬉しいです」
耀沢は乗り気だが、翠朗は明らかに落ち込んでいた。
「じゃあ、私が耀沢と手合わせして、慶透は翠朗とするのは?」
「だめだ」
(慶透がだめと言ったらだめだろうな)
まだ何か言いたそうな翠朗だったが、慶透が後ろに下がって空間を作ったのを見て諦めていた。
「とりあえず耀沢からかな?」
「はい!お願いします!」
耀沢は銀家の基本に忠実だったのか、とても相手をしやすかった。体は大きくも小さくもないが、力の強弱がはっきりとしており、受け流すのも攻撃するのも上手い。耀沢は耀慶の弟だから、囲山だ。五家の朋泉を務めるくらいだから能力的に優れているのだろうと思っていたが、その通りだった。
「うん、いいんじゃないかな?攻守の切り替えの時がはっきりしすぎてるから、全体を通して滑らかにできるといいと思う。そのまま活かすなら、啓家の人の技を取り入れてもいいかもね」
「ありがとうございます!」
次は翠朗の番だったが、正直、驚いた。
彼の剣の腕は、普通だった。剣の得意な啓家の門派ではなくとも、五家の子息ならばそれなりに強い。それなりに、といっても囲山とは明らかに差がある。だが耀沢の方が上手いくらいだったのだ。いくら耀沢が囲山の中では上だといっても、流石に五家には及ばない、はずだ。もし囲山と五家が同じ位なのが普通なら、炎陽も獅裂とのことでそこまで悩まないと思う。
(私が会った人達が特別に強かっただけなのかも知れないけど)
翠朗が悔しそうな顔をしているのは、それを自覚しているからだろうか。
「慶透、朗妃は穣家の型に沿ってる?それとも我流だったりする?」
気になったことを問うと、慶透は満足そうな顔になった(と言っても、表情はほぼ変わっていない)。
「後者だ」
それだけしか言わなかったが、それで十分だった。
(朗妃は小柄だ。翠朗も大きくはないが、彼ほど身軽ではない。とにかく速さがない。翠朗は朗妃の剣を見て学んだのかもしれないけど、本人に合ってない)
「私が君に教えることはない」
慶透がきっぱりと言うと、翠朗は更に落ち込んだ。
(伝わってないよ!慶透!)
麗家と銀家は傍から見れば剣の型が似ている。どちらも力を流しているように映る。けれど実際はかなり違う。銀家は強弱をつけつつも一つの流れのように攻守を続けるが、麗家は流れの中で急に逆向きの流れを生む。攻撃の時、それまで流れていた川を切り裂くように力を反転する。それほどの力が要るのだ。
おそらく、穣家は攻守の中でそれほど力の向きも大きさも変わらないのだろうと思う。朗妃は速さという武器を活かすために、その型から少しずれているはずだ。速さを持たない翠朗には向かないし、力もそれほど強くないのであれば麗家の剣も向かない。
「慶透、」
「公清、次は弓だ」
「それも公清様が?」
沈んだ声のまま翠朗が訊ねると、慶透は頷いた。
「弓の正確さで公清に勝る者はいない」
「次も私?慶透は何をするの?」
耀沢は喜んでくれているが、たぶん翠朗は慶透に学びたいはずだ。手合わせも見本も(弓は得意なので)構わないが、精神的にしんどい。
「私は君の剣の相手をしよう。弓ならば一人でも練習できる」
「そうだけど」
「流石に負担が大きいか?」
「いや、大丈夫」
慶透と剣を交えたことはまだない。単純に力の差があるからなのだが、恐らく慶透の言った手合わせは勝敗をつけるものではなく、最初に朗妃とやったようなものだ。
(見ているだけではわからいことも多い。慶透の剣を知れるのは楽しみだな)
「決まりだ」
ということで、二人の弓の腕を見て、二三助言をしてから慶透と剣の手合わせを行った。その場にいた者が手を止めてしまい、賢叡先生に見つかってしまったが、慶透が「手本です」と言い逃れをしたので怒鳴られることはなかった。流石に一年生の前で、それも尊敬してくれている耀沢の前で叱られるのは恥ずかしかったのでほっと息をついたところ、賢叡先生にじろりと睨まれてしまい、結局はあまり変わらなかった気もする。
(それにしても私だけなんて、酷い。慶透が言い出しっぺなのに)
これが培われた信頼の差かと思ってしまった。私は賢叡先生の寿命を縮めるような行為しかしてこなかったので文句は言えない。
続きます。




