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実習のその後

 腹を満たしたところで、今度は別の場所に案内された。本宅からかなり離れた場所にある川の近くだった。木々が影をつくり、川の流れの音が耳に心地よく、夏だと言うのに涼しい場所だった。近くには小屋があったが、炎陽えんようはそこに入ろうとはしなかった。


「良い場所だろう」

「うん」


 この場には姿が見えないが、けい家のものが準備してくれたのだろう、竹で編まれた椅子に座る。


「お前は、自分に起きたことについてどこまで把握している?」

茨塊しかい慶透けいとうと離されて――」


 まで言ったところで思い出した。


(あれ?私は茨塊と接吻したのか?)


「ああいい、言うな。聞きたくもない。そこまで覚えているなら、その先を話す」

「炎陽が訊いたんじゃないか」

「事実確認だ」


 炎陽は私の鼻をつまんだ。


「うっ」

「できれば忘れてしまえ」


 その手は直ぐに離された。


「お前が気を失ってからの話は少ししたな。反逆者たちがこちら側から姿を消した。当然、泉族以外にもこの話は漏れる。急に大勢いなくなったわけだからな。

 それに茨塊はとんでもない土産を置いていった」

「土産?」

「王はりゅう家の玉を奪ってその地位についている、自分はあちら側から来た留家の本家の末裔で、王家に母を殺された、と」

「どういうこと?茨塊が留家の者だとしても、その母親なら最近の人だ。留家が滅ぼされたのは六百年前。今でも何か関りがあったの?」

「おそらくは、じょう家が十年前に様子を見に行った時のことを言っているのだろう」

「それなら王族は関係ない」

「そうだ。だが、そういうことにしておけば都合のいいこともある。

 大勢の泉族がこの場を離れるということは、何か契機があったと普通は思うだろう?それが親を殺されたのであれば、納得のいく理由にはなる。しかもそれほどの人数が移動するとなると、茨塊の話も法螺には聞こえない」

「でも、なぜ今?」

「準備が整ったからではないか、という話がある。あいつはこちでは泉族に関わりのない子どもだった。あちら側に渡るには魔の山に入らなければならないが、討伐時期でもない限り泉族でも近づけないし、入れないようになっている。実習ならばなんの疑いもなく、すんなりと魔の山に入れる」

「たしかに」

「そもそも、どうやって来たかはわからない。が、それが余計に茨塊の話に説得力を持たせる。 

 茨塊は連れてこられたのだと言った。母と共に。それで母を殺された、と。泉族ならばあちら側で始末すればいい」

「茨塊が連れてこられたという証拠はない」

「だから噂話程度だが、あいつは演技が上手い。直接聞いたものは、その不確定な要素にこそ真実味を感じてしまう」


 あの大きな目で、意志の強い目で迫られると自分の意志などすぐに折れてしまいそうにもなるだろう。


「とにかく、あいつの妄言のおかげで、お前についても知れ渡ることになった」

「え?なんで?」

「王家が対処に困ったからだ」


 炎陽は忌々し気に吐き捨てた。


「茨塊はあちら側の人間である、という証拠に魔を操って見せた。それは神に授かった力だ、と。現在地上と関わりのある神は魔を操る。その力を授かったのだから、神の意志はこちらにある、と。簡単に言えば脅しだな。

 王家への信頼は薄れ、茨塊の話が本当ならば、神が怒ってこちら側に罰を与えるのではないか、と民は不安がった。そこで、花の子の存在を明かした。神が大事にする花の子はこちらにいるのだ、と」


 そうすれば、少なくともこちら側に天災級の罰をもたらすとは思えないということだろうか。神がどこまで花の子を大事にしているのか、今も大事なのかなんてわからないのに。


「王は噂を否定し、あれは六百年前に反逆を起こした者の末裔であり、時を経て復讐に来ているのだと言った。逆恨みもいいところだ、我々はあちら側の者が攻め入るのを止めると宣言し、場を落ち着かせた」

「まだ留家の反逆者の印象が強かったのか」

「そういうことだ。魔を操る、というのも印象は良くないだろう。いくら神が魔を操るとはいえ、人と神では話が違う」

「じゃあ泉族はあちら側に行くの?」

「ああ。いつもの魔の山討伐の時期に、半数をあちら側に向かわせることになっている。向こうがこちらに攻め入るとしても、魔の力が強くなる年末だろうからな。それまでは戦力を蓄える、ということで授業はそのまま続く」

「半数……」

「あちら側の数は知れている。だが魔が蔓延した場所での戦いなら不利だろうと考えての半数だ。

 六百年前の真相がどうであれ、茨塊には明らかに敵意があった。放っておくわけにはいかない」


 おそらく王、いやこちらの泉族も焦っているのだろう。魔を操る力を持った茨塊がいるあちら側の戦力は計り知れない。真相を明らかにするどうこうの前に、迫りくる脅威を退けないと未来はない。


「お前も、参加することになっている」


 炎陽は私の目を見て、言った。

 花の子の存在を明かした、と聞いた時からそうではないかと思っていた。魔を操る力に対抗するには同じ力を使うのが一番だ。


「花の子の存在を疑う者もいるし、魔を操るなら害のある者ではないかと考える者もいる。そもそも、花の子が反逆を主導しているのではないかという噂もある」


 そう考えるのも当然だろう。


「望む所だ。茨塊には借りがたくさんあるし、話したい人もいる」


 結局深からは何も聞けなかった。直接話がしたい。


「お前は、強いな」

「どうだろう?事の重大さを理解してないからかも」

「そんなことはない。お前はわかっているはずだ」


 炎陽は手を伸ばして私の頭を撫でた。


「お前の意志が確認できたところで、お前について起こったことについて話す」


 魔の山で気を失ったことについてだろう。


「お前には魔を操る力がある。だが、それは完全ではない」

「茨塊に原理は聞いた」

「なら話は早いか。

 一応説明しておくと、お前に花の子について話すのが禁じられたのは、真実を知ってお前が感情を揺らせば、魔が目覚める可能性があったからだ。今までお前に魔を操る力が発現しなかったのは、そうであると知らなかったからだ。王家はお前に魔を操る力を発現させれば反逆の意志ありということでお前を捕らえると言った。杏澪様は全てを話したかったが、卒業して泉師となり王に仕えるまでは認められないと言われたそうだ」


 そもそも泉師が王に仕える、というのも時代の中で変わった認識であるが、それを変えるにもまた時間を要する。それを建前として私が自由に過ごせるときが来るのなら、と師匠は王命に従ったのだろう。


「その時は茨塊が反逆を起こすこともわからなかった。そもそも、あいつが魔を操る力を持っているという確証はなかったし、ただの平民だ。何かを成す力などないと思われていた」


 実際にはどうやったのか、こちら側の元留家とつながって計画し、今回の件を引き起こしたのだろう。


「話を元に戻すと、お前はまだ魔を操る力に目覚め切ってなかった。だから本来なら操れる魔に対しての耐性がなかった。普通の人間とは違ってすぐに侵食されることはないが、茨塊に魔を体内に流し込まれ、反応ができず気を失ったのだ」


 茨塊のあの行動は、私に魔を流し込んでいたのか。

 茨塊に触れられて体が動かなくなったことがあったけど、それも同じような理屈なのかも知れない。体内にではないからそれほど長時間効くものでもない代わりに、茨塊に触れられている間は対応しきれない身体が動かなくなる。


「じゃあ今の私は耐性がついたの?」

「いや、そう簡単なものじゃない。お前の意識がないのだから、魔を操ることはできない。朗妃ろうひの見立てでは、三月は目覚めないはずだった」

「それじゃあ、なぜ?」


 炎陽は十日寝ていた、と言っていた。あまりにも早すぎる。


「特別な、血があった」

続きます。

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