王女との会話、王子の問いかけ
荷物を持って麗家に移動すると、本宅に通された。そこで麗家当主、慶透の父と母に挨拶をした。二人とも優しそうな人だった。杏肇は銀家の中で珍しく活発だったと言われていたが、慶透は麗家の中で珍しく堅苦しいのだろうか。
慶透は麗家の中でもう父を抜いて一番に優秀らしく、当然魔の山にも参加するし、働きにかかる期待は大きい。慶透がいない間が危険だということで、今回は慶透個人の宅にお邪魔することはなく、本宅の方に部屋を用意してもらった。
銀家から連れて来た侍女に荷解きを頼んで、私は慶透の宅に向かう。体調不良を理由に王女との面会が途絶えていた。久々に会いたいと文をもらったが、銀家は五家を統括する立場で、師匠は忙しい。そこで慶透が付き添いとして選ばれたのである。慶透は優秀だが、まだ未成年だ。そこまで引っ張りだこではないらしい。そういった点も踏まえて、私は麗家に送られたのだろう。
「慶透、久し振り」
「公清、もう体はいいのか?」
「うん、元気だよ」
「ならばよい」
慶透は安心したようだった。前に会ったのは学期の最終日で、二人で混乱しながら朗妃を訪ねた。あの時は一番体調が悪い時だった。
「じゃあ、行こうか」
慶透が準備ができたのを確認してから、私は声をかけた。
王宮についた後はそれまでと変わらない。本殿に通されて、王と言葉を交わす。慶透は物怖じせずに話していて感心してしまった。慶透は私と王女と年が近いが、男性だからという理由で師匠と同じくその場に留まり、私だけが王女の部屋に案内された。
「公清!」
王女は椅子から立ち上がって私を歓迎してくれた。
「久し振りね、さあ、座って」
「ありがとうございます」
定位置となった長椅子に腰かける。
「董華様、しばらく伺えず、申し訳ございません」
「ううん、いいの。体調が悪かったのね?」
「そう、ですね」
言葉に詰まると、彼女は不思議そうに首を傾げる。
「そういうわけではないの?」
「体調が悪かったのは確かなのですが、特に病にかかったわけではないので、なんと言ってよいのか……」
王女は一度考えてから、はっと顔を上げた。
「もしかして、身体に変化があったの?」
「はい、生理というものに初めてなりました」
「ちょっと、公清!」
王女は咎めるように声を潜めた。
「そんな直接的に言ってはだめよ」
「そうなのですか?」
「そうよ、たぶん」
自信なさげに言う様子から、絶対にだめというわけでもないのだろう。それでもこのことに関して私はよくわかっていないので王女の言うことに従おうと思う。
「董華様もなるのですか?」
訊ねると、彼女はちょっと顔を赤くした。
「なるわよ、それは」
「血も出ますか?」
「そういうものでしょう?」
その言葉を聞いて安心する。自分の中からあれほど大量に出血するのに病気じゃないというのが信じられなかったのだが、彼女もそうならそれが普通なのだろう。
「私、できればもう二度と経験したくないです」
「みんな避けたいと思うわ。腰は重いし、気持ち悪いし、気分も沈むもの」
「わかります。やる気が出ないというか、心にまで影響があるのはなぜなのでしょう」
「そうよね!体だけでも十分嫌なのに」
そういう王女の顔は本当に嫌そうで、私も恐らく同じ顔をしていることに気づいて、二人で顔を見合わせて笑う。
「ふふ、だめね、こんな話ばっかりしてたら怒られちゃうわ」
「すみません、つい。他に話せる人もいなかったので」
周りは男の人ばかりで、侍女は話をするような関係じゃない。心の中では初めての現象にずっと狼狽えていたのだ。
(女の子同士、ってこういうことなのかな?慶透とは絶対にしない話だ)
「公清、私ならそういう話もできるわ。私としても、今までこんな話をした人はいなかったから、また何かあったら教えてちょうだい」
「はい、ありがとうございます」
この時、私は初めて彼女と友達という関係になれた気がした。
その後も他愛のない話をして、侍女が終わりの時間を告げたところで退室する。いつもなら最初の部屋に戻るのだが、今日は扉の向こうに慶透が立っていた。
「慶透、ここに来られたの?」
「君から離れるわけにはいかない」
慶透の表情は厳しかった。
「すぐに帰ろう」
私の手を取って、すたすたと歩きだす。周りの人が止めないところを見ると、慶透の行為は許されているのだろう。
(王宮に向かう時からぴりぴりしていたけど、より警戒心が強くなっている)
慶透にとって王宮が良くない所なのであれば、即刻立ち去るに越したことはない。私自身、ここにいい思い出はない。王女との繋がりだけが私をこの場に引き留めている。
慶透について本殿まで戻ったところで、ばったりと王子に出会った。廊下の端によって片膝を付き首を垂れた私達を見て、王は手を軽く動かした。礼を解けということだ。立ち上がると、久しぶりに見る王子の顔は疲労が目立っていた。
「公清と名を変えたのだったね」
「はい殿下。ご無沙汰しております」
「その者は、麗家次男か」
「慶透と申します」
「君のことはよく覚えている。そうか、君はこの子の朋泉だったね」
王子は記憶を手繰るように頭に手を当てて言った。おそらく、魔の山で王子を助けた時のことを思い出したのだろう。
「今から帰るのかい?」
「はい。先を急いでおります」
特に予定はないが、慶透はさらりと言ってのけた。王子は困ったように眉を下げてから真剣な表情に戻り、私達に近づいて顔を寄せる。慶透がぴくりと指を動かしたが、王子が途中で止まったのを見て動きを止めた。
「公清、君は王になりたいか?」
あまりにも真面目な顔をして言うものだから、脳に情報が届くのが遅くなってしまった。
「はい?」
(私が、王に?冗談じゃないのか?)
「殿下」
咎めるような慶透の声に、王子は首を傾げる。
「何か問題でも?」
「公清は、全てを知っているわけではありません」
間を置いて慶透が答えると、王子は腹立たし気に顔を歪め、拳を握りしめた。
「父上、いや、取り巻き達の王命か。やりにくいことこの上ない」
王命、と聞いて師匠の悔しそうな顔を思い出す。
「殿下は、よろしいのですか?」
慶透が訊ねると、王子は諦めのような色を見せた。
「過去は私には変えられない。けれど、私の想いも変えるつもりはない。私は、この国が、この国の民が平和であればそれでいい。そのために力を尽くせるのであればなおよいというだけのことだ」
「そうですか。殿下の意志はよくわかりました。ですが、私の朋泉を巻き込むことはおやめください」
「彼女がどうしたいかにもよるだろう?」
王子は私に目で問いかけたが、
「公清は私の朋泉です。失礼いたします」
慶透が私の腕を引いて歩き出したので、答えを返すことはできなかった。
続きます。




