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花の子

 目を覚ました時には銀家の自室の寝台にいた。傍に師匠が座っていたので朗妃ろうひの話してくれたことを詳しく聞きたいと起き上がると、まだ寝ていなさいと窘められてしまった。その時はまだ痛みがあったので大人しくしていたが、翌々日には完全に回復したというのに、きっちり七日間安静にさせられてしまった。


よう、気分はどうですか?」

「師匠、もうずっと前から良くなっています」

「そう?君は痛みへの耐性がつき過ぎているから、大丈夫と言われても心配になる」


 師匠は今でも無理をしていないか疑っているらしい。


「本当に、大丈夫です」

「そうか。なら、君が聞きたがっていた話をしよう」

「本当ですか!」

「まずは身支度だね。できたら私の部屋においで」


 寝間着のままで移動することはできない。目の前にぶらさげられたご褒美に飛びつく前に一歩引かれてしまった。師匠は焦れた私の顔を見てくすりと笑みをこぼし、扉の前にいた侍女に言葉をかけて部屋を出て行った。


「公清様、お着替えをいたしましょう」


 二年次が始まる前も世話をしてくれていた侍女だが、その時は着替えを手伝ってもらうようなことはなかった。


「自分でできます」

「ご自分で晒を巻くのは大変でしょう?」


 どうやら学期途中で晒をつけるようになったことには気づかれていたらしい。


「そう緊張なさらないでください」


 それでも他人に肌を晒すのには抵抗がある。ある程度の痕は治ったが、幼い頃についたものは身体に染みついてしまっていて、消えることがないという。嫌な思い出と結びついた傷痕を自分で見たくないし、他人にも見られたくない。

 侍女は棒立ちになった私の寝間着や下着を脱がせ、雑にまかれていた晒を解いて巻きなおす。その間に息を飲んだり手が止まったりすることはなかった。私の肌に関して無反応な侍女のその態度がとてもありがたかった。

 服の着替えは直ぐに済んだ。


(そういえば、母上も一度だけ、着付けてくださった。あの時は最後に抱きしめてくださったけれど、どうしてなのだろう)


 感傷に浸っている間に長く伸びた髪も結われ、私は思い出を振り払って部屋を出た。



*



 師匠の部屋は無駄な物がなく、片付けられていたが、棚に並べられた書物が多すぎて部屋が少し小さく見えた。私は卓を挟んで師匠と向かい合って座っていた。


「公清、君の聞きたい話は泉力を使える女性のことで間違いないね?」

「はい」


 卓の上に熱いお茶が用意されたところで師匠は口を開いた。私は頷いて、朗妃ろうひにしてもらった話の内容を師匠に伝えた。


「朗妃の説明の通りだよ」

「どうして、その、魔女という認識が変わったのでしょう?」


 師匠は魔女という言葉に嫌そうに顔をしかめた。


「今では”花の子”と呼ばれている」

「花の子?」

「そう。どうして女性なのに泉力を使えるのか。それは、神々がまだ地上と繋がりを持たれていた時代に遡る」


 神々が時折地上を訪れていた、というのはみんな知っている。泉師せんし学校はその時神が訪れた場所として知られており、神域でもある。


「地上に魔が溜まり過ぎて、それを扱う神が生まれ、その神を利用する者が現れ、地上は混沌に陥った。それを解決したのが今の麗家の祖先とその友。朋泉ほうせんという言葉の始まりなのは君が良く知っているね?」


 そう私が師匠との旅を心待ちにしていたのは、その物語の影響なのだ。二人は見事に魔の神を倒し、その後一緒に各地を旅し、人々を助けた。


「物語では二人とも男性だったが、元になった実話では一人は女性だったんだ」

「そうなのですか?!」


 ずっと前から泉力を使える女性がいるというのは変な感じだ。


「今の人はほとんど知らないだろうけど、昔は男女とも泉力を使えた。魔の神の事件が起きた時に創造神が地上の理を書き換えて、今の形になったんだよ。魔も昔は邪と呼ばれていたようだしね」

「知らなかったです」

「驚いただろう?だから、それ以降は泉力を扱える女性は生まれないはずだったんだ。けれど、その女性は魂がふつうとは変わってしまって、魂がそのままの形で転生することになってしまったんだ。つまり、女性であって泉力を使える魂が、地上の理に書き換えられることなく転生した」


 師匠は真っすぐに私を見る。


「それが君だよ」


 言われても実感はわかなかった。魂がそのままだからといって、前世の記憶のようなものはない。


「そんな顔をしなくてもいい。君は君だ」

「師匠……」

「君が、花の子がどうして泉力を使えるかはわかったかい?」

「はい、ありがとうございます」

「では、今からは私の話を聞いてくれないかい?」

「はい」


 私は柔らかい雰囲気の取れた師匠の声に姿勢をただした。


「この話はもっとあと、少なくとも君が泉師学校を卒業した後、あるいは成人後にしようと思っていた。君に対しても、他に対してもね。

 ただ、そうも言ってられない状況になっていてね。君を狙う人達が現れたんだ」

「私を?」

「詳しくは話せない。けれど、もともと現王族に対してよく思っていない人達がいて、花の子を求めているんだ」


 現王族に対してよくない思いを抱いているのは、王宮で封じの玉をつけられた人達の仲間だろうか。


「なぜ花の子が必要なのでしょう?」

「恐らく、神を味方につけるためだろうね」

「神を?」

「地上との繋がりを唯一切っていない神がいるのは、君も知っているだろう。地上を二つに分けた神だ」


 今の地上は魔の山の向こう側と二つに分かれている。魔を操る神によってあちら側は魔に汚染され、魔獣の巣窟となり、人間は入ることができなくなった。


「その神は魔の神とは違うのですか?」

「ええ。魔の神は物語と同じで倒されている。今向こうにいる神は、花の子を大事に思っている。だからこそ、地上は二つに分けられたとも言える。

 なぜ神が魔を使えるのか、花の子とどういった関係があったのか、そこに関しては不確実なことも多く説明することはできてない」


 私が尋ねる前に師匠はそう言ったが、拒絶の色はなく、師匠自身は説明したいように見えた。


「君は狙われているのだから、本来なら憶測だとしてもできるだけ多くの情報を持っておくべきだ。不甲斐ない私を許してくれ」


 言えない、ということはおそらく王命だろう。


「師匠、謝らないでください。王族と対立している人たちに狙われているということがわかれば十分ですよ。気をつけます」

「ありがとう」


 師匠は眉を下げて微笑むと、また厳しい顔に戻った。


「泉族が今忙しいのはわかるね?」

「はい。雨期で魔の活動が活発になっています」

「その通り。特に、五家の人間は魔の山にも入る。君を連れていけないのは先程の理由でわかるだろう」

「はい」

「それでも君をここには置いていけない。花の子が銀家にいるという情報が流れている。そこで、君には麗家にいってもらいたいんだ」

「麗家ですか?」


 麗家も忙しいだろうと思うが、私がいるだけであれば迷惑はかけないのだろうか。


「もともと麗家と交流のあった神は人にとても優しかったらしい。その名残で、あのあたりは神域以上に浄化作用が強いんだ」

「安全な場所、ということですね」

「そうだ。私が傍にいて守りたいが、そうもいかない。せめて安全な場所にいてくれたら、私も少しは気持ちが落ち着くと思う」


 そう言われてしまえば、私には断れない。泉族としての役目を果たすのに、私が師匠の邪魔になるのは嫌だ。


「わかりました」


 こうして、残りの春期休暇の間、麗家にお邪魔することが決定した。

続きます。

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