表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/75

朗妃宅にて

 休みには王家に呼び出される日々が続きながらも、私は何とか春期の授業を終えることができた。山登りがなくなったとはいえ、武力の鍛錬や泉力の引き上げは別の方向で体力を消費するので、かなりきつかった。


公清こうせい、また一番だな」


 そう言ったのは楽平らくへいである。最終成績の確認には楽平と賢奨けんしょうと一緒にいるのが恒例となっている。慶透も確認はしているのだろうが。


「楽平と賢奨も、また順位を上げたね」


 上から見てすぐに見つかる位置に二人の名前はあった。


「そりゃ、泉器がすごかったからさ」

「それを使いこなせるようになったんだから、二人の実力でしょう?」


 もちろん泉器の扱いがよかったからといって、それが全てでもない。座学が苦手だった楽平は呻きながらも自主的に書室で勉強するようになったし、賢奨は度々賢叡(けんえい)先生の元を訪ねて、補習と言う形で泉力と泉術の強化に励んでいた。


「ありがとう、公清。でも泉術に力を入れたことで、武術はけっこう怪しかったから、家でも頑張らないとね。数日動かないだけで、感覚が鈍るんだ」

「そうだな、俺も頑張らないと。そういや公清は自分の剣がないのに余裕だったな」

「余裕じゃないよ。自分の剣を見つけられていない時点で、よくない」


 泉族は自分の武器を持つ。泉力を流せるように特別なつくりになっているので、自分に合う剣、合わない剣がある。私は銀家での短い滞在期間中に剣を選ぼうと思ったが、剣に拒絶されているように泉力が弾かれてしまったのだ。学校の剣なら泉力を流せるけど、もともと訓練用に誰でも使えるようになっているので普通の剣の半分も泉力を流せない。二年次の過程では自分の剣が必要だった。


「それでも、杏肇きょうけい様の剣を使いこなしてたろ。ふつうは高位の人の剣なんて持つのも大変なのに」


 唯一、私の泉力を受け入れてくれたのは杏肇の剣だった。多少泉力は弾かれるが、二割にも満たない。

 泉族の剣は泉力が流されていくことで鍛えられていくので、高位とはいえ若くして亡くなった杏澪の剣はそれほどではなかったのだろうと思う。


「やっぱり、親子なんだね」


 微笑む賢奨には私の考えはばれているのだろう。杏肇の剣が使えるとわかった瞬間、するりと泉力が剣に流れていくのがわかった瞬間、私は嬉しかった。会ったこともない、母と出会ったことで亡くなってしまった人だけれど、私の父親は、この剣の持ち主なのだと確信した。もうその剣の主はいないけれど、私を受け入れてくれているような気がしたのだ。


「私が成人したら銀家で大々的に葬儀を行うから、それまでには見つけないといけないんだけどね」

「公清なら大丈夫だろ。俺らに泉器を授けたありがたい存在だからな」

「楽平、からかってるの?」

「そんなわけないだろ。本当だって!ま、なるようになるさ」


 修行にいそしむようになった楽平だが、そういうところは変わっていない。


「それにしても、二年になってから授業の切り替わりが速くなったのもあるけど、みんな一年次より頑張ってるね」


 周りの生徒が深刻そうな顔で張り出しの紙を見ているので気になって口に出すと、楽平が呆れた顔になった。


「お前なあ、泉師学校の成績は二年からが本番だろう?二年の成績全部で泉師せんし泉弟せんていか決まるんだよ」


 最初は泉師になるつもりはなかったので、そういった仕組みは全然頭に入ってなかった。慶透は導師どうしになるのが目標だから、その線を気にしたこともないのだろう。彼が把握して意識していれば私も知っていたと思う。


「そうなんだ」

「まったく、お前って変なとこで抜けてるよな」

「いつもぬけぬけの楽平には言われたくないね」

「おい!」

「まあまあ、二人とも。

 二年はいい滑り出しだったから、夏期もがんばろうね」

「うん!」

「おう!」



*



 二人と別れて部屋に戻ると、慶透が椅子に座って書物を捲っていた。


「公清、だいぶ顔色が悪いが、どうした」


 私に気づいた慶透は眉間に皺を寄せた。

 このところ、泉族としての力はぐんと上がっていた。自分の剣が見つかっていないという点を除けば、全てが上手くいっている。それと反するように、身体の状態は悪くなっていた。胸のふくらみはまだほんの小さいものだけど、違和感が酷くて晒を巻くようになった。それほど育たないくせに、時折走る痛みだけは激しい。

 今日は朝からずっと腹が痛かった。試験があるので午前中は緊張からかとも思ったけれど、試験後に痛みは強くなった。


「お腹が、痛くて」

「朝より酷いか?」

「うん」


 どうやら体調が良くないこと自体は気づかれていたらしい。


「どういう痛みだ?」

「腹の下の方に、重い、というか鈍い痛みがある。たまに引き絞られるような痛みになる」


 言っている間に、また引き絞られるような痛みが襲い、心配して傍に来てくれた慶透にもたれかかるようにして椅子に座る。その時、自分の太ももが濡れていることに気づいた。どろりと粘りのある液体が肌を滑る感覚に身震いする。


「け、慶透、私、変だ」


 おそるおそる下着ごと服を捲ると、脚の上を赤い液体が流れているのを見つける。


「血が……」


 慶透の顔から血の気がさっと消える。彼は無言で立ち上がると、まとめてあった荷物の中から数枚服を取り出して私の腹部から脚をぐるりと覆った。


朗妃ろうひが一番詳しい」


 慶透は座った状態の私を抱き上げると、そのまま外に出て泉器を使って移動した。



「まったく、なにごとかと思ったよ」


 朗妃は私に薬を飲ませながら言った。


「ごめんなさい。急に押しかけて」

「ううん、いいの、いいの。何かあっても困るからね。それに公清は初めてのことで怖かったでしょ?」


 どうやら私の身に起こったのは生理という現象らしい。詳しく説明してもらったけど、いまいちよくわからなかった。病気でも何でもないけれど、人によっては気を失うくらい痛みを伴うものなので無理はしないようにと言われた。


「それにしても、慶透の慌てっぷりったらなかったよね。取り乱してくれたらまだ可愛げがあるものの、怖い顔で詰め寄ってくるんだから」


 その慶透は私の荷物を取りに寮に戻り、そのまま銀家に預けて、師匠に連絡をしにいっている。


「慶透にも知らないことがあるのには驚きました」

「知識として知っていても、僕達は男だからね。見てもわからないと思うよ。特に内部的な変化だから」


 その割に、朗妃はすぐに対応してくれた。出てくる血を吸収する綿を仕込んだ布を股に沿わせて、それを上から留めるようにという指示を受けた。私が汚れた服を脱いで用意された服に身を通すと、別室に布団が敷かれていた。私は今その中で横になっている。

 朗妃が頭を持ち上げて薬を飲ませてくれたおかげで、痛みはあまり感じなくなった。


「朗妃はどうして詳しいのですか?薬学が得意と言ってましたけど、それと関係があるのですか?」


 朗妃は大きくて丸い目を更に大きくした。


「覚えてくれてたんだ、ありがとうね。

 そうだねぇ、薬学が得意なのもあるけど、それだけだったら手際はここまでよくなかったかな」

「ではなぜですか?」

「僕のお師匠様が女性だったから!かな?」


 朗妃はにこり、と笑った。いつものような元気のある笑顔ではなく、過去を懐かしむように目の奥が少し遠くを見ている。


「師匠の元に訪ねてくる人は女性が多かったから、自然とそういった時の対処も実際に手伝って覚えたんだ。僕の宅にある備品は師匠のものなんだ」

「そうなんですね。使ってしまってよかったのでしょうか?」

「うん、そのままだったらただの箪笥の肥やしだしね。って、ちょっと意味違うかもだけど」

「それは――」

「はいはい、急に起き上がらない」


 朗妃は持ち上げた私の頭を優しく下ろさせて、ずり落ちた掛布団を首元まで引き上げた。


「そう、師匠はもういらっしゃらないんだ」


 朗妃は掛布団の上から私の首元に手を添えた。


「ある日王族に謀反を起こした一員として連れていかれて、封じのぎょくをつけられて戻られた」


 王女が見たのは、その時に玉をつけられた泉族だったのかも知れない。謀反であれば、管轄は王家に移る。


「師匠に謀反の意志はなかったみたいだけど、詳しいことは話してくださらなかった。泉力を封じられ、体調を崩されて、そのまま亡くなられたんだ。それを考えると、師匠が戻って来られたのは、危ない状態だったから許されたのかもしれないね。

 男性と違って女性は泉力を使えない。厳密には使ってるんだけど、外に放出することはできない。だからひたすら泉力が消費されていく男性と違って、女性は封じの玉で泉力を抜き取られた形になるんだ。急激な泉力の消耗は体が準備された状態でも命に関わる。泉力の器が急に空っぽになって、それが身体にも響くってことだね。

 だから君が封じの玉をつけられて意識がないのを見て、本当に怖かったんだよ。死んじゃうんじゃないかって」


 朗妃はもとから私が女だと気づいていたという。私が泉力を使えるということを知っていても、師匠と重なってしまうのは無理もない。


「私は、死にませんでした。みんなの、おかげで」


 小さく震えている朗妃の手を握る。彼は力なく笑って、私の手を握り返した。


「そうだね。君は、ここにいる」

「朗妃は、私が泉力を使えることを不思議には思わなかったのですか?」


 話題を変えようと、以前から気になっていたことを訊ねてみた。


「ああ、そうか君はまだ知らないんだったね。

 女性は泉力を使えない。けれど、数百年に一度くらいの間隔で泉力を使える女性が一人現れるんだ。必ず一人だったけどね。怖がって魔女と呼ぶ時代もあったけれど、最近その理由がわかったんだ」

「その理由を教えてもらうことはできますか?」

「できないよ」


 朗妃は握っていた手と反対の手を、ぺちりと私の額に手を当てた。


「その役目は僕じゃない。それに、今話すようなことでもないよ。僕がどうして不思議に思わなかったかわかったんだから、満足でしょう?」

「はぐらかされた気がします」

「はぐらかしてるの!だから、大人しくしてて。そろそろ薬の副作用で眠くなってくるから、そのまま寝ちゃいなよ」


 額にあった手がおりて、私のまぶたを閉じる。


「おやすみ、公清」


 柔らかい朗妃の声を聞いて、私の意識は薄れていった。

朗妃の言う師匠は薬学の師匠です。

続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ