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楽平と賢奨の泉器

 王家への呼び出しについて師匠に文を送ったところ、そういった旨の報せは銀家に届いていないとのことだった。私が受け取った以上、王家に行くしかないというのは師匠でも変えられないことで、師匠が付き添ってくれるとのことだった。


(銀家に戻って、自分の仕事もあるだろうに……)


 予定を調整してくれたのだろうと思うと、申し訳なさと共にありがたみを感じる。

 王家からの手紙と共に、心を乱すことがある。茨塊しかいにも言われた、身体の変化だ。


『――正しい泉名を得て、それが自身に浸透した今、身体にも変化が訪れるかもしれない。それだけは覚えておいて』


 朗妃ろうひが言っていたのはこのことだったのだろう。何のふくらみもなかった胸が、柔らかさを持ち始めている。そして、内側から何かが飛び出てくるのではないかと思うほど、激しい痛みを感じる時がある。


公清こうせい、そろそろ出よう」


 だけど、授業は止まることなく進んでいく。泉族としていきると決めた以上、慶透けいとう朋泉ほうせんとして相応しくあれるように、泉師せんしを目指すのが私の目標になっていた。


「うん、行こう」


 不安よりも先へ進むための努力に目を向ければ、自ずと気持ちが明るくなった。



 二年生の二月目、最初の授業は泉術せんじゅつだった。


どう楽平らくへい、もう一度だ」

「は、はい」


 珍しく授業中に楽平が近くにいるのは理由がある。泉術の初日の授業で、各自が用意した泉器を使う練習があったのだが、楽平があの日買った指輪を使った瞬間、倒れたのである。気を失った楽平を守るように、強固な結界が形成されており、それを破壊するのに賢叡けんえい先生が苦労していた。どうやら指輪の泉器はかなり由緒正しいものであり、そこらの市場で売られているような物ではなく、効果が強すぎるために泉力を搾り取られてしまったらしい。

 それを聞いて驚いたのは私と、嫌な予感がして泉器を使わなかった賢奨けんしょうだ。私たちはそれを街で買った。売れないから、と値下げしてもらって。


「それは確かか?」


 授業後に朋泉である賢奨と、賢叡先生が怪しいと感じたからという理由で私が呼び出された。


「普通、こういった効能の高いものは泉族でも泉師がつくるものだ。泉族は商売をしないから、商家に買い取られることはあるが、その場合効能の記載が漏れることはない」


 賢叡先生は眉間に皺をよせ、賢奨が差し出した指輪も調べる。


「これも、道楽平と同等の泉器だ。なぜ効能のわからないものを選んだ?」


 賢奨はちらりと私を見て、察した先生は深い溜息をついた。


「君が発端か」

「ち、違うんです。彼は、泉器の効果を予想してくれて、確証はないとわかった上で買ったのは私です」

「遊び気分で買ったと責めているわけではない」


 賢奨は私を庇うように言って、賢叡先生はそんな彼を宥めるように「落ち着きなさい」と優しく言った。私はそんな風に優しく言われたことはない。


「なぜ、泉器の効果を予測できた?」


 問われて、私はそのままを答えた。何となく、ではあるものの、泉器に与えられた要素がわかったので、そこから考えられる効果を予想した、と。賢叡先生は一度黙り込んで何やら考え込んでいたが、そこに対しては「そうか」の一言で終わらせた。


「他にも同じようなものはあったか?」

「ありました。けれど、それらにはあまり惹かれなかったというか……」


 思い返せば、楽平と賢奨に選んだあの二つだけが、強く印象に残っている。二人が私に贈ってくれたものも、他の指も、同じように要素が見えたことには見えたが、二人に勧めようとは思わなかった。


「それは金に困った泉弟せんていが作ったものか、練習用に作られたものだったのだろう。それらには特に効果は記されない。泉族以外がお守りとして使うためのものだろう。

 なにはともあれ、道楽平と君の泉器は出自はわからないが、効果の高い泉器だ。使いこなすには時間がかかるだろう」

「それでは、別の泉器を用意した方がよいのでしょうか」

「その場合は、その泉器は調査のために五家で預かることになる」


 賢叡先生の言葉に、賢奨は下を向いた。


「私が、使うと言ったら――」


 賢奨は拳を握りしめて、賢叡先生を見上げた。


「私がその泉器を使うのであれば、私はそのまま所持できるのでしょうか」


 賢叡先生は驚いたようだったが、それでも頷いた。


「君が手に入れたものだ。君が所有者である限り、他の者に渡ることはない。泉器に少しでも泉力を流していたのなら、その主人は君だ」

「流しました。楽平に驚いて、ほんのちょっとですけど」

「使いこなすには時間がかかる」


 賢叡先生はもう一度忠告したが、賢奨は退かなかった。


「努力します。この泉器は、公清が選んでくれたものです。私の実力不足で手放すのは嫌だ。それに、使えるようになれば、泉族として大いに役立てます」

「そうだな、特別な泉器を扱うことで、身を立てた者もいる。君にそこまでの覚悟があるのなら、私も教える者として、君に協力しよう」


 賢叡先生が指輪を返すと、賢奨はそれを大事そうに手の中に包んだ。

 楽平の方でも同じような話がされて、二人とも泉器をそのまま使うことにしたらしい。それで翌日からの授業は、相応の泉器を扱ったことのある五家の人間と受けるようにとなったのだ。

 楽平は慶透と、賢奨は炎陽と一対一で授業の半分ほどを一緒に過ごす。その間、私は横で賢叡先生に見張られながら、丈拳じょうけんと一緒に指導を受ける。


「公清、他人の心配をしている暇があるのか」

「うぶっ!」


 慶透に怯えながら頑張っている楽平を見ていたことに気づいた先生が、私に石を投げる。私は護符を持っていたにもかかわらず、それを防ぐことができなかった。


「泉器を扱いながらの札や術の扱いは難しい。それでも、機動力のある魔獣と対峙した際はそれをやらねばならない」


 ということで、銀家から持って来た泉器の靴で浮きながら術や札を使っているのである。


(泉器は自分の泉力が置き換えられるから、変な感じだ。それなら独自飛行した方が楽なのにな)


「独自飛行の方が楽だ、とは考えているまいな?」


 思考を読まれてぎくりとすると、賢叡先生のこめかみに筋ができる。


「確かに泉力の操作はしやすいが、泉力の無駄遣いだ。そんなに泉力を使いたいのなら、授業後も私が付き合ってやろう」

「遠慮しておきます!」


 授業後は楽平と賢奨と特訓するのだ。先生に捕まるのはごめんだ。


「ならば集中しなさい」

「はい」

「丈拳、安定しているな、その調子だ」

「はい!ありがとうございます!」


 先生は横で泉器の靴の操作を習得している丈拳には励ましの言葉をかけた。よそ見している私も悪いが、先日の賢奨に対する態度といい、私だけ厳しく当たられている気がする。


(まあ、賢叡先生には微光びこうの時に色々迷惑かけたけどさ)


「公清!」

「はい!集中します!」


 よそ事を考えているのもばれてしまった私は、その後授業終わりまでずっと気を抜かなかった。そのせいでどっと疲れたのを、隣で聞いていたのだろう、同じく息の荒い楽平に笑われてしまった。


 努力の甲斐あって、最終日の試験では、楽平も賢奨もいい成績だった。賢叡先生がよくやったな、と二人を褒めると、同じ派閥の子たちがそれに続くように二人を祝った。

続きます。

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