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茨塊と手紙の内容

 楽平らくへいは口をぱくぱくさせてから、一呼吸置き、そこでまた驚いたように目を見開いた。


「おや?王族からの文とは」


 私達がの席の向かい側に、銀の帯をつけた学生が立っている。


はく聡廉そうれん……」


 私の左隣にいた賢奨けんしょうのつぶやきを拾って、聡廉は賢奨の方を向いた。そういえば、一年の時に難癖をつけられたのもこの食堂だった。あの時は体が硬くなってじまっていた賢奨だが、今日は目を逸らさずに聡廉を見返していた。

 面白くなさそうに眉を上げた聡廉は、今度は私の方を向く。


「なあせつ微光びこう、いや、公清こうせいと言ったか。欺いた身で王家からの文を頂くってのは、どんな気分だ?」


 欺いた、というのは雪家を指しているのだろう。今は銀家にいるとはいえ、私が雪家の人間であることも確かだ。

 言い返せずにいると、楽平がさっと立ち上がった。


「こいつは銀家だ」

「だが雪家の血が流れている」


 聡廉の顔からは嘲りが消えていた。腹の底で煮えたぎっている怒りが、抑え切れずに彼の目に宿っていた。


「酷い話だとは思わないか?今の銀家はそいつの母親によって正式な当主を失ったというのに、杏叡きょうえい様も杏澪きょうれい様も、そいつのために王族相手に無茶をされた」

「それだけの理由が、公清にあったからだ。雪家雪家っていうけどよ、杏肇きょうけい様の血が流れてる、それだけで銀家だ。雪家の血なんて関係ないだろ」

「それなら、杏肇様がいらっしゃらないのはなぜだろうな?」


 さあっと、体の中の血が心臓に逆戻りしていくような感覚に襲われる。

 杏肇がいないのは、死んだからだ。自らで命を絶ったからだ。私の誕生につながった、()()()()()()()()()、母との一夜が彼にとって耐えきれない苦痛となってしまったからだ。


「白聡廉、その話は――」

「なんだ?聖賢奨。私は何か間違ったことを――」


「うるせえな」


 聡廉の言葉の途中で、別の声が割って入った。


茨塊しかい……」


 怯えたように聡廉が後退りした。

 声は茨塊のもので、彼はどうやら食堂の中の視線が集まる言い争いの中、何も起きていないかのように食事を頼んで、席に着いたところらしい。周りの目も気にせず、料理を卓に置いて椅子に座る。


「銀家の派閥だろ?お前が指導してやれよ、預泉よせんの銀家の公清」


 彼の目は真っすぐ卓上の料理に注がれたままだった。それでも口角は上がっていた。


『私を無視するから指導したまでだ』

『指導?』

『本来なら同じ派閥の者がするが、こいつはどこにも属していないからな』


 一年の時、彼がこの場所で言った言葉を踏まえた嫌味だろう。聡廉は顔を真っ赤にした。


「私は、そんなことしない」


 茨塊の言葉に返事をすると、


「ふうん?いいけど、飯が不味くなる。黙って食えよ」


 茨塊は軽く流して食事を始めてしまった。聡廉は顔を赤くしたまま、鼻息荒く食堂の奥の方に進んでいった。


「ああ……行っちゃったけど、いいのかな」

「いいって、ほら、お前も汚さないようにとりあえずその手紙はしまっとけ。俺らも飯にしようぜ!」


 賢奨も立ち上がったので、私もそれに倣って料理の注文に向かった。


(そういえば、茨塊が食堂で料理を頼んでるの、初めて見たかもな)



 食事を終えて寮に戻ると、慶透はまだ帰って来ていないようだった。

 灯りをつけて、自分の椅子に座り、受け取った手紙を懐から取り出すと、ほのかに甘い匂いがした。


董華とうか様からかな……)


 封を切ると、予想通り、董華という文字が記されていた。


『騙してたのね!』

『私、本当にあなたのことが好きだったのに!まさか――女だったなんて!!』


 激しい怒りを宿した瞳と、力なく縋ってきた震える手を忘れることはできない。申し訳なさとあの時のことを思い出したくない気持ちで、手紙の文字を読む気が起きない。


(慶透が帰って来てから、一緒に読んでもらおう)



「随分と不用心だな」


 本日二度目の声に、それでもやはり驚いて、振り向くと、部屋の入り口に茨塊が立っていた。私は慌てて手紙を懐に戻す。


「何、しに来たの?」

「何って、しばらく会ってなかったと思ってな」


 さっき食堂で見たけど、面と向かって話をするのはかなり久し振りだ。最後に話したのは、夏期休暇前の泉でひと騒動あった時だ。しんとも同じくらい話せてないけど、元気だろうか。


「随分と立場が変わったみてえだな」


 それはそうだ。黒帯の落ちぶれた家の子どもだったのに、今では泉族の中で最も有名な五家に入っている。


「君も、食堂で食事するなんて、随分変わったんじゃない?」


 何となく言った言葉に茨塊が目を見張ってから、ぞっとするほど美しい笑みを浮かべた。


「よく気づいたな」


 茨塊は素早く私に詰め寄ると、私の片手首を掴み、椅子から引き上げた。ぐっと近くなった距離に固まっている間に、彼は私の懐に手を伸ばし、手紙を抜き取った。


「王族、ねえ」


 顔が近いせいで茨塊の表情がはっきりと見える。口元に笑みは浮かんでいるが、目が笑っていない。大きな瞳に光は一筋も入っておらず、暗闇のように暗く、がらんどうだった。

 それが怖くて、


「返せ!」


 と飛びつくと、茨塊はひらりとそれを躱して、私の手首を掴んでいる手を頭上高くに伸ばした。茨塊も身長は高くないが、私よりも高いことは事実なので、そうされてしまうと吊り上げられた魚のように身動きがとれなくなる。それを見て茨塊は元の皮肉な笑みに戻った。


「なあ、お前、大丈夫か?」

「何が?」


 睨み上げて言うと、彼はぱっと私の手首を解放し、反対に持っていた手紙も卓に置いた。しかし返答はなく、茨塊との距離を取る前に、先に手を伸ばされる。その動きが急で、しかも顔に向かってきたので反射的に目を閉じてしまう。

 しかし痛みは訪れず、目を開いた時、彼が片方の手を私の頬に添えていることに気づいた。そしてもう片方の手が、私の胸に当てられていた。


「え?」


 そう、学校が再開して一月。気づかないふりをしたかった、小さな違和感が徐々に膨らんできていた、そこに。茨塊は緩く力を入れて、触れていただけのその手を押し当てた。


「手紙をくすねる時に、掠めた」

「離せ!!」


 頬が一瞬で熱を持ち、私は茨塊の手を両方とも振り払った。そして庇うように胸の前で腕を交差させ、自身の肩を抱いた。恥ずかしくて、怖くて、腹立たしくて。目が少し潤んでいるのを自覚しながら茨塊を睨みつけると、彼は微笑んだ。


「お前は不思議な奴だな。

 ――そういう顔をされると興奮する」


 言葉の意味が理解できないが、彼が異常なことはわかった。熱っぽかった頬が、今度は血の気が引いていくのがわかる。


「はは、そんな顔するなよ」


 また茨塊の手が伸びてくる。今度は避けようと力を入れたが、身体が言うことをきかない。動けない。


(何で?!)


 茨塊は私の腰に手を回し、私は簡単に彼の腕の中に捕らえられてしまった。


「離せ」

「嫌だね。何を遠慮してるんだ?一度は肌を見た仲だろ?」


 今度は首に彼の手が伸びる。指先でうなじに触れた後、手のひらで首から鎖骨を撫でるようにして下着の合わせにまで下りていく。


「やめろ!」


 まさか、また脱がせるつもりなのだろうか。

 抵抗したくても何故か体は動かない。唯一自由な口で制止の言葉を言うが、茨塊は聞く耳を持たない。それどころか楽しそうに笑って、ゆっくりと上衣と一緒に下着の合わせを広げる。もう少しで帯まで間が広がるところで、



「何をしている」



 氷のように冷たく重い声が響いた。

 見れば、慶透と炎陽が部屋の入り口に立っていた。声を発したのは慶透だが、思いっきり眉を吊り上げて鋭く茨塊を睨みつけているのは炎陽である。


「何してるように見える?」

「おい」


 茨塊の冗談に炎陽が被せ気味に声を出すと、茨塊は楽し気だった表情を消した。


「冗談だよ……こいつが男連れ込んでんのがそんなに不思議か?」


 茨塊の手がするりと肌の上を滑る。この緊迫した状況下での柔らかな刺激に、思わず体を揺らすと、部屋の温度が急激に下がった気がした。慶透の眉はきつく傾斜がついており、目にも怒気が宿っている。彼が怒る時は瞳の奥の冷たさが周囲の空気を支配する。


「出ていけ」


 告げたのは炎陽だった。慶透とは反対に、烈しさを持った言葉が投げつけられても茨塊は全く怯まなかった。


「あんたの部屋でもないだろ。なんてな、冗談が過ぎたか」


 軽く言って私の服を整えると、


「また遊ぼうぜ――妖」


 腰に回した手で私を引き寄せ、そう耳元でささやいた。大きな声ではなかったが、慶透には聞こえていたようで、また少し気温が下がった気がした。

 彼が私から完全に離れると、ようやく体の制御権が戻ってきて、とりあず数歩距離を取った。茨塊は満足したのかすぐに戸口に向かい、左右に避けた二人に、


「じゃあな、せいぜい見えない尻尾で遊んでろよ」


 と言ってスタスタと部屋を出て行った。


(どういう意味だろう?)


「大丈夫か?何があった」


 直ぐに慶透が寄って来てくれて、茨塊に適当に直された服を丁寧に整えてくれた。その際に動きが硬くなった瞬間があったのは、まだ消えていない痕を見てしまったからだろう。炎陽には見えてないといいけど。


「私にも、よくわからない。急に部屋に入って来て――」


 不意に彼が私の胸に触れたのを思い出して、言葉に詰まる。


(さっき、慶透は服を直してくれたけど、気づいたのか?いや、もしそうならもっと違う反応をしたはず……)


「公清、どうした?」

「ううん、何でもない」


 心配そうに訊ねる炎陽に意識を戻される。


「二人が見た通りで、彼が何をしたかったのか、わからない」

「そうか、未だ混乱してるだろう。無理して話す必要はない」


 慶透はそっと私の手を取った。自分でも気づかない内に震えていたようで、血の気も引いていたのか、いつもは冷たく感じる慶透の手に温度差を感じない。


「戸に護符をはっておこう」

「そうだな、もうこんなことは起きない」


 慶透の案に炎陽が同意する。彼は話題を変えようとしたのか、室内に目を向けて、卓に置かれたままの手紙に気づいた。


「これはなんだ?」


 まだ読めていないままの手紙の存在で、茨塊とのことを追いやると、ようやく落ち着いてきた。慶透に礼を言って、そっとその手を解く。


「今日届いたんだ。王家から」

「王家!」


 封についていたぎょくの破片を見て、二人は身を硬くした。


董華とうか様から」

「王女か?なぜお前に」


 炎陽は繋がりが見えないことに疑問を抱いていたが、慶透は更に警戒したようだった。目に冷たさが宿って、彼の視界に入った手紙が凍ってしまうんじゃないかと思ったほどだ。


「実はまだ内容を見れてなくて……。一緒に見てくれない?」


 一人では見れないだけで、炎陽に見られても問題はない、と思う。


「もちろんだ」


 炎陽と慶透は快く頷いてくれた。

 卓上に開いた手紙を三人で見る。代筆の者が書いたのだろう、丁寧に整った字は読みやすく、内容も簡潔であった。ただ、簡潔すぎて意図がわからない。


「王家への呼び出しだと?」


 そこには簡単な挨拶と、次の休日に王家まで足を運ぶように、ということだけが記されていた。


「まだこいつに未練があるのか?」

「未練は、あるだろう。だが、再び王家に戻るようなことはない。絶対にさせない」


 炎陽の言葉を否定した慶透は眉間に皺を寄せた。


「ただ、正式な方法で届けられた手紙だ。ほとんど王族の命令に近い。応じるしかないのも確かだ」


 どうして王女から送られたかはわからないが、彼女も王家の一員であり、玉を使った封がされていたのだから、この内容には従う他ない。


「行くしかない、か」


 正直もう一度あの場所に行くのは嫌だ。嫌な思い出しかない。けれど、この手紙の差出人が王女なのであれば、彼女と話す機会もあるかもしれない。彼女を傷つけたままにしてしまったことは気にかかっていたのだ。いい機会ととらえるべきか。


「私も付き添いたいが、」

「無理だろうね」


 私としても慶透がいてくれれば心強いが、行けばいれてくれる場所でもない。それに次の休日というのは少し急だ。慶透にも予定があるだろう。


「一人で来いとは書いてない。杏澪様に付き添いを頼んだらどうだ?」


 師匠ならば、銀家に戻った人であるし、まだ籍も移っていない。五家の成人であれば、ある程度のことは融通が利くかもしれない。


「そうだね、頼んでみる」


 炎陽の提案に頷くと、少し胸が軽くなった気がした。


「ありがとう、二人とも」

「お前の力になれたのなら嬉しい」

「礼は要らない。朋泉ほうせんなのだから」


 慶透は私の頭をそっと撫でると、懐から白紙の札を取り出した。


「そうなれば、護符は強いものにした方がよいだろう。王家がまだ君に接触するだけの興味があるのなら、近くの者が強引に訪れる可能性もある」

「そうだな、勝手に部屋に入るような輩は排除するに限る」


(護符を貼る話は本気だったんだ……)


 炎陽も乗り気で、札のこととなれば私も黙っているわけにはいかない。製作に参加して、かなり強い護符が出来上がってしまった。

 後日、驚かせようと突然現れた楽平が身を持って効果を保証してくれたが、文句なしの出来だったと言える。命の危機を感じて泣きそうになっていた楽平には心から申し訳ないと思った。

続きます。

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