二人の友と一つの諍い
私は銀家元本家三男杏肇と雪家の欄との子どもであること。師匠と雪家の間で条件があり、雪家に親権が委ねられていたこと。雪家はそれを破って私を王族に入れたこと。そこで師匠は行動を起こし、雪家は王家を欺いたために取り潰され、私は銀家に移ることになったこと。
ここまでは楽平はとうに聞いていたようで、賢奨だけがところどころ表情を変えていた。
「雪家と杏澪様との条件って何なんだ?」
「雪家側としては私が兄上の代わりに雪家の泉族として働く代わりに、私の身の上を明かさないこと。師匠にとっては私を雪家の子とする代わりに、私が泉族の学校を卒業すれば共に旅に出ること。
母上は、夫のある身で杏肇様と契ったから。銀家としては私の存在は醜聞にしかならない」
どうしてそんな条件を、と聞かれる前に、聞かせてしまう前に私は自分で言った。
「そんな!醜聞だろうが何だろうが、銀家次期当主の息子だろ?そこまで雪家に譲ってやる義理はないはずだ。父親が杏肇様なら、公清は銀家の子どもだ」
本来ならばそうだろう。囲山から滑り落ちた家の言うことなど、五家がわざわざ聞く必要もない。それでも師匠は聞いた。杏肇は、人の妻と契ったことを罪として、自害したからだ。
「もしかしたら賢奨は噂で聞いたかもね」
「そんな、まさか……」
こういった話は噂話として、同門の間で広がりやすい。楽平は知らないだろう。
「杏肇様は、私の母が人の妻であると知って、自害なさったんだよ」
だから私を受け入れられない銀家の派閥の者もいる。特に杏肇を慕っていた者や、次期当主の座を狙っていた者だ。銀家当主は代理としてその場所についている。もし自分以上に優秀な者がいるのなら、その場所を譲るつもりだと言っていたらしい。彼としては自分の弟たちを指していたのだろうが、それを勘違いしていた者もいるのだ。それに以前の杏叡ならば、本当にその場所を譲っていたかもしれない。
「私を厄介に思う人たちが作った話じゃない。事実だ」
「……杏肇様は、公清の存在を知っていたの?」
賢奨は縋るような目で私を見た。
「ううん、知らなかったと思うよ」
自分が一夜を共にした娘が夫のある身だと知って、彼は飛び出して行ったという。師匠がその痕跡を見つけた時には、もう、身体は消えていたというのだから、その後すぐに自決したということだ。私の存在を知ることはできなかっただろう。
「そう、だよね」
賢奨はほっとしたように肩を下ろした。私も、それだけが唯一の救いだった。もしかしたら、子どもができていると知っていたら、杏肇は死ぬことはなかったのかもしれない。そう思うと少しだけマシに思えた。
「雪家の息子は王家に入ることになっていた、だから雪家はお前を兄の代わりにしたのか?」
「そう。最初は兄が泉力を使えないことを理由にしていた。それが本当かはわからないけど、一番の理由はそうだろうね」
無意識に喉の奥が引きつって、言葉が少し裏返った。賢奨はそれを聞いて立ち上がり、私の方まで歩くと、座ったままの私をそっと抱きしめてくれた。
「よく、頑張ったね」
「賢奨……」
「君は二つ年下だろう?身体もまだ成長していないし、他人の泉名での修行は厳しかったはずだ」
雪家の妹は弟だった、という話になっている。登録は妹だが、兄と交換されるまでの私を知っていたのは深たちの使用人一家だけである。彼らは火事で亡くなったので、実際に雪家の妹を見たことのあるものは深以外いない。
「ありがとう」
賢奨の胸に頭を預けると、優しい彼の心音が聞こえてきて、それに引き出されたかのように涙がこぼれた。
「お前、ちゃんと泣いたのか?」
「え?」
楽平は座ったまま、私をじっと見つめていた。
「さっきまで淡々と話してただろ。まるで他の誰かの話みたいに」
「どういうこと?」
「俺は、上手く言えないけどさ。なんていうか、色々大きな変化があったのに、お前は流されるまま、っていうか、それを受け入れて。受け入れるしかなくて、それを当然みたいに思ってて……」
楽平は言葉を引き出そうと手を握ったり開いたりしていたが、申し訳なさそうに賢奨を見た。近くにある賢奨から笑い声のような息が聞こえた後、彼は私を抱きしめる力を少し強くした。
「公清は我慢してるんじゃないか、って話だよ。
王家に入れられたことも、両親の事実を知らされたことも、銀家に移ることになったことも、全部急だったでしょう?きっと傷ついたこともあったはずだよ。それでも君は何でもないみたいな顔をするから。
誰でもいいんだ。ちゃんと、そうした自分の感情を、誰かに出せたかい?」
言われてはっとした。王家に入れられてから考えることが嫌で、自分の気持ちと向き合っていたくなくて、自分の殻に閉じこもっていた。そうしてしまうと困らせると思ったから。救い出してくれた銀家にも、色々話してくれた師匠にも、感謝しているのに、申し訳ない気持ちにさせてしまうんじゃないかと思ったから。
「それは――」
「泣けよ、公清」
楽平は卓の上に投げ出された私の手を握った。
「今はどうかわからない。結果として銀家に移れたことはいいことなのかも知れない。それでも、そこまでに起きたことは悲しかったこともあったはずだろ。
つらかったな、悲しかったな、お前はよく頑張った、頑張ってるよ」
言いながら、楽平の顔が徐々に歪んでいく。
「何で、楽平が泣いてるの?」
「うるさい。公清が泣かないから、代わりに泣いてやってるんだよ」
「私もう泣いてるよ……」
「そんなんじゃ足りないだろ」
ぐずぐずと鼻を鳴らしながら泣く楽平に、私もつられて涙が止まらない。賢奨はゆっくりと私の頭を撫でてくれた。
「遠慮なんてしなくていいんだよ。私達は公清の友達だからね。つらいことも、楽しいことも共有していいんだよ」
「うん。ありがとう……」
賢奨にしばらくあやしてもらって、私は泣き止んだ。
「私、二人が友達でよかったよ」
「ありがとう、その言葉が聞けて嬉しいよ」
「俺も、お前の友達でよかった。何かあったら頼っていいからな」
頼もしい二人の友は優しい笑みで言ってくれた。
*
楽平と賢奨の部屋を出たところで、炎陽とばったり会った。
「お前、こんな所にいたのか。慶透がお冠だぞ」
「うわ、そうだ、何も言ってないんだった。ありがとう!」
「おい」
急いで部屋に戻ろうとした私の腕を炎陽が掴んだ。
「なに?」
「今までどこにいた?」
「どこって、賢奨と楽平のところだけど」
正直に答えると、炎陽は目を丸くして何かを言いかけた後、呆れたかのように溜息をついた。
「お前は。こんな夜遅くに危ないだろう」
「危なくないよ。友達の部屋だし、寮から出る訳でもないのに」
「――女だろう?」
炎陽は周りに誰もいないのを確認して、声を潜めて言った。
「だから何?」
「だから危ないと言っている」
「炎陽は、私が女だと知る前に同じことを言った?」
「どういう意味だ?」
胸の奥がもやもやする。
「炎陽は、変だ。いったい何をそんなに不満に思っているの?」
「不満に思っていることなんかない」
「でも、女だから危ないって言われたら、私が女であることが、私の能力を疑わせてるみたいだ」
私は何も変わってない。それなのに、女だから気をつけろと言われてしまうと、女である私はそんなに不甲斐ない存在なのかと思ってしまう。
「違う。そういうわけではない」
「なら、それを理由に私を心配しないで。ここでは私の性別は男のままだ」
「――へえ、ちゃんとわかってるんじゃないか」
炎陽は私の腕を握る手に力を入れ、そのまま引っ張った。
「いたっ」
「来い」
強い力に抗うこともできず、私はどこかの部屋へと連れ込まれた。
「炎陽様、お帰りなさいませ」
丈拳が出迎えたのなら、炎陽と丈拳の部屋なのだろう。
「公清様?」
「丈拳、しばらく出てろ」
「……はい、かしこまりました」
丈拳は私を見て驚いていたが、主の言葉に素直に部屋を出て行ってしまった。
「炎陽――うわ」
炎陽は寝台まで進むと、私をそこに腰かけさせてから、肩を押し、布団の上に転がした。
私が起き上がるより早く炎陽は私に跨り、今度は両手首をひとまとまりにして私の腕を拘束した。
(なんか、この感じ、身に覚えがあるな……)
「茨塊……」
ちょうど思い当たるところを言い当てられて、私はどきりとした。
交色街で茨塊に押し倒されたことがあった。
「いつかはわからないが、茨塊に服を脱がされたんだろう?」
どこでそれを、と思って、慶透の顔が浮かぶ。慶透と炎陽は、いつからか親しくなっていた。話を聞かない慶透が炎陽の助言を気にするくらいには。
するり、と炎陽が私の帯を解く。
「ま、待って、炎陽、何しようとしてるの」
「おなじことだ」
つまりは、私の服を脱がせるということか。さぁっと全身の血の気が引くのがわかる。
「や、やめて、やめろ!」
炎陽の拘束を解こうと暴れるが、彼の手の力が弱まることはない。むしろ私を抑え込もうとする力が強くなり、彼の体重がぐっとかかる。長く綺麗な髪が顔の上に滑り落ちて来た。
「もっと抵抗しろ、公清。男に肌を見られるのは嫌だろう?」
言い聞かせるような炎陽の声に私はカチンときた。彼にとっては、これは私への躾のようなものなのだ。女の力では男には抗えないぞ、という。
言いたいことはわかる。私だって恥じらいはあるし、男女のどうこうを知らないわけではない。でも、それとこれとは別なのだ。
私が肌を見られたくないのは女も男も関係ない。醜い痕を見られたくないからだ。炎陽はそれを知らないのだから、彼に非はない。それでも、私はそのことを男女のことと一緒にされたのが嫌だった。
「炎陽の馬鹿!」
きっ、と睨みつけると、炎陽はたじろいたようで、腕の力を緩めた。その隙に彼の下から抜け出して、手繰り寄せた帯を締める。
「公清、」
「心配をそのまま受け取らなくて悪かったよ。私だってわかっている。炎陽が言うほど意識はできてないんだろうけど、ちゃんとわかってるんだ」
「わかっているなら、なぜ――」
「慶透は絶対そんなことしないし、楽平も賢奨もしない。だから部屋も変えなかったし、二人の部屋にお邪魔した。慶透は朋泉として、二人は友達として、私を扱ってくれている。
そんなことで崩れるような関係性だと疑わないでほしい」
炎陽はぐっと言葉を飲んだ。
「逆に、どうして炎陽はそこまで性別を気にするの?」
「それは――知っているからだ」
「何を?」
炎陽は言い淀んで、決意したように私を真っ直ぐ見た。
「男女の性の違いで、人の捉え方は簡単に変わるのだと」
嘘は言っていないのだろう。私が男女など関係ないと思うのと同じで、炎陽は男女によって違いは大きくあると思っている。彼にとってはそれが真実で、それを否定することはできない。
「炎陽の言いたいことも――」
「お前が男ならば、俺だって何も言わなかった」
落ち着いて冷静になろうとした矢先、一番言われたくないことを言われてしまった。
――どうして男に生まれなかったんだ。
「私だって、好きで女に生まれたわけじゃない!!」
炎陽がはっとした顔をした。彼は私がどのような理由でこの学校に入学したかを思い出したのだろう。そして私も、炎陽にとってさっきの言葉が大した意味を持たないことに気づいていた。わかっていながら、八つ当たりのように叫んでしまった。
(これは、私の問題なのに……)
「ごめん。慶透が待ってるから、もう帰る」
それだけ言い残して、炎陽の返事も待たずに部屋を出た。
続きます。




