二年生開始
時間が過ぎるのは早いもので、私はまた泉師学校に戻って来ていた。新入生の人だかりを抜け、寮に入る。すれ違う人からの視線は痛いが、致し方ない。
(そりゃ、黒帯が急に銀の帯を着け出したらびっくりするよね)
五家に近しい家の者(囲山や門衛の一部)は私の噂がやんわりと広がっているが、それより家格が下の者や、泉族の家系ではない者はあの騒動を知らない。
「公清、遅かったな」
「慶透!」
彼は一足早く来ていたらしい。荷解きはもう終わっているのか、椅子に腰かけて、書物を捲っていた。
「中々荷物がまとまらなくてさ。杏叡様が泉器をたくさん持たせてくれようとしたんだけど、師匠はさすがに多すぎるって反対して。二人が言い合ってる間に、希杏がこっそり薬をくれたんだけど、それが師匠に見つかって――って、ごめん、いっぱい喋っちゃって」
「いい。私は、君が嬉しそうなら嬉しい」
慶透は僅かに口角を上げた。
今までは家族の話題は避けるべきことだったし、人に話せるような話もなかったけど、銀家に身を置いてからの生活は毎日が賑やかで、ついつい嬉しくなってしまう。
それと同時に、兄の言葉を思い出して後ろめたい気持ちも湧くが、これでいいのだと自分に言い聞かせる。
「そういえば、慶透の家族の話はあまり聞かないね」
何気なく言った言葉に、慶透がぴたりと頁を捲る手を止めた。もしかして、聞いてはいけないことだっただろうか。
「私は、自分の宅があるから、あまり話すようなことはない」
「そうなんだ」
「両親共に良い人だ。優秀な兄もいる」
慶透はぱらりと頁を捲る。
「君に話したくないことなどはない」
私の思考は見透かされていたようで、恥ずかしいような、ほっとするような妙な気持ちになった。
「うん、ありがとう」
「では、」
慶透は文字をいくらか追ってから、手に持っていた書を閉じた。
「君の荷物を整理しよう。杏澪様から手伝うように言われている」
「え?」
「泉器をいくつか持って来ているだろう?二年では使う機会もあるから。君は扱い方に詳しくないので、説明してほしいと頼まれた」
慶透は立ち上がり、私から荷物を取り上げると、私の寝台にそれを広げていく。
「授業は明日からだが、一足先に勉強するとしよう」
「うん」
慶透を追って、私は部屋の中に入った。
今日くらいはゆっくりしようとも思ったが、慶透の朋泉であるため、泉師を目指すため、銀家の一員としてあるために知識は必要だ。それも朋泉が直々に教えてくれるのであれば、断る理由もない。
*
二年の授業は復習から始まる。札、術、弓、剣の四つを一月でおさらいし、次の月からは泉術、武術の二つに分けて鍛錬を積み、同時に泉力の強化、演習が追加される。一年の前半はひたすらに山を登り、札と術を中心に学んできた。それに比べると忙しくなる。
「び――公清!いったいどういうことなんだ?!」
学校が開始して数日が立った頃、授業終わりの夕餉時、楽平は食堂で叫んだ。といっても、内緒話をする声より少し大きいくらいだ。
今日は授業終わりに魔物が出たため、慶透はいない。今日は数日分の野菜を買って、肉となる動物を山に取りに行こうとしていたが、その魔物騒動で学校が閉鎖されてしまった。食材が手に入らなくなったため、食堂で済ませることにした。
そこでようやく、二年が始まって初めて、楽平と話すことができたのである。
「色々あって……」
楽平は声をひそめていたが、みんな私から距離を取っているため、話を聞かれる恐れはない。普通の声量で喋り始めた私に楽平はぎょっとしていた。
「ばっ、聞かれるだろ」
「聞かれないよ。離れてるし、みんな喋ってる」
「聞き耳立ててるやつがいるかも知れないだろ」
「聞かれて困るような話なんてないよ」
二人には申し訳ないが、私の性別については隠すのだ。それ以外のことは知っている人なら知っているので、特に聞かれても問題ない。
楽平は私の言葉にむっとした。
「ちょっとくらい、聞かれても困る話をしてくれたっていいだろ?」
「どういうこと?」
視線を逸らした楽平を見て、賢奨は困ったような笑みを浮かべた。
「それなら場所が違うだろう?公清、食事が終わったら私達の部屋に来てくれいない?久し振りに話したいんだ」
私はもちろん頷いた。
楽平と賢奨の部屋は予想以上に綺麗だった。ものも整理されているし、床に何か散らばっているわけでもない。だが、一つの寝台だけ、掛布団が大きくのけぞっている。
(普段は賢奨が掃除とかしてるんだろうな)
「な、何だよ!」
楽平はさっと布団を直した。
「何でもない」
「嘘つけ!言ってみろ!」
「賢奨が部屋を綺麗にしてるんだなって思った」
「本当に言う奴があるか!俺だって、ちょっとはちゃんとしてるんだぜ」
「ちょっとはちゃんと、ってどういうこと?」
「そういうことだ!」
「ふ、ふふ……」
楽平と軽口をたたいていると、賢奨が急に笑い出した。
「賢奨?」
「ごめん、何でもない。君は君だな、って思っただけだから」
賢奨はすっと肩の力を抜いた。どうやら今まで気を張っていたようだ。
「公清、座って。今お茶を淹れるから」
私は言われた通り、示された席に座った。普段から誰かが部屋に来ているのか、二人の部屋は椅子も湯飲みも人数分以上あった。
楽平は言われずとも湯飲みと鍋敷を用意し、卓を挟んで向こうに座った。急須を持って現れた賢奨は三人分注いでから、それを鍋敷の上に置いた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
差し出されたお茶を飲むと、ほんのり甘い味がする。
「美味しい」
「良かった」
賢奨はにこりと微笑んで、自分もお茶を飲んだ。
「何だかすごく久し振りな気がするね」
「そうだね。長期休みもあるけど、授業が大変だったからなのもあるかもね。
毎日課題が出て、できるまでは居残りだし」
「公清は一発合格だっただろ」
「そうだけど」
その楽平は初日の課題を今日まで引きずっていた。それ以降の課題は合格できていたらしいけど、不合格の課題があれば居残りは確定なのである。
「本当はすぐに話すつもりだったんだ」
楽平はそこで言葉を切って、お茶を飲んだ。賢奨は見守るように彼を見ていた。
「でも、授業は課題で引っかかるし、慶透様が前までよりお前とずっと一緒だから、全然話せる時間がなかった」
それはそうかも知れない。今までは授業の手伝いでいないことも多かったけど、二年に上がってから、彼が先生の準備を手伝っているところを見たことがない。
「それと、少し、怖かった。
お前はもう、俺達と一緒にいてくれないんじゃないかって」
「そんな――」
「馬鹿だよな、そんなこと、なかった。あるはずなかったんだ」
楽平はぎゅうっと湯飲みを握って、ゆっくりとその手から力を抜いた。
「俺は、一応は囲山だからさ、ある程度の話は聞いた。けど、お前の口から聞きたいんだ。
友達だから」
楽平は真っすぐに私を見た。
「いいか?」
「もちろんだよ」
それに、と私は少し後ろめたい気持ちで続ける。
「私も、君たちに話すつもりだったんだ」
けれど急に変わってしまったこの立場で、どのような振る舞いをしなければならないのか、二人は今まで通りに接しても問題ないのか、わからなくて、自分から二人に話しかけることができなかった。
「私から言えなくて、ごめんね」
「ううん、君の気持もわかるよ」
答えたのは賢奨だった。
「一番混乱していたのは君でしょう?けれどね、前に言った通りだよ」
『微光がどんな立場になっても、友人であることに変わりはないよ』
私はもう”雪微光”ではないけれど、賢奨は私を私として見てくれている。
「前?何の話?」
「楽平には秘密」
「なに?!」
楽平はあの場にいなかったから知らない。いなかったからこそ、賢奨はあの話をしてくれたのだろうとも思うけど。
「冗談だよ。私はどんな立場であっても、友人であることには変わりないと、そう言っただけだ」
「そんなの俺も同じだよ。
俺も、お前はお前だ。名前が変わろうが、立場が変わろうが、俺はお前を尊敬してるんだ」
楽平の言葉を噛みしめて私は頷いた。
「ありがとう」
私はこれまでのことを話した。
続きます。




