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これからについて

 無事に泉族せんぞくとして生きることができるようになった私だが、学校はまだ休みの期間だった。それまでにいろいろとやらなければならないことがある。

 まず、今回の騒動で、雪家は取り潰しになった。とはいえ、親族は少ないし、祖父母もなくなっていたらしい。実際には父と母が罰を受けることになった。

 父は処刑され、母と兄は泉族ではなくなった。王を欺いたのは両親ともだろうが、そこには王の個人的な感情が見えると誰かが言っていた。父の処刑は重く、母の処分は軽い。これは母の分も父が責を負うと決めたからなのかもしれないし、単に王が気に入らなかったからなのかもしれない。


よう、大丈夫かい?」


 気遣ってくれるのは師匠だ。

 私は雪家の枠から外れ、銀家として生きていくことになった。今日は自分のものを取りに雪家に来ていたのだ。少ないとはいえ、この手を離れてしまうのは惜しいものもある。

 母の処分が軽いと言われるのには他にも理由がある。泉族ではなくなり、実質的に門衛もんえいとしての雪家はつぶれたわけだが、特に財産を没収されることもなく、母と兄はそのまま屋敷に住むことが許されたのである。


「大丈夫ですよ、師匠。少し、寂しいとは思いますけど」


 もともと、卒業後は旅に出るつもりだったのだ。家を出る時期が一年早くなったくらいだ。


「そう。無理はしないようにね」


 師匠の声は悲しげだった。


 半月と少しぶりの家は、しんと静まりかえっていた。兄が六つになってからはあまり母屋で過ごすことはなかったけれど、少し離れた場所で、賑やかな音を聞くことは多かった。不確かな意識の中で。


(変な感じ)


 まだ、ふわふわとしている。父が処刑されたことも、家を離れることも。私はきちんとその意味を理解できているのだろうか?


「お前のせいで!!」


 急に音が割り込んだ。

 ぱんっ、と障子が開き、その向こうから少年が姿を見せる。目は血走り、眉はつり上がっていたけれど、それでも美しい人だった。

 隣にいた師匠は、わたしを庇うようにその間に割り込んだ。ちょうど視界も遮られてしまい、私の目には暗く闇のような室内が見えるのみだった。


「人のせいにするのはよしなさい」

「誰だよ、あんた。どけ、俺が用があるのは後ろのやつだけだ」


 師匠は退かなかった。


「くそっ――なあ、おい!気分はどうだ?五家の家に入るんだってな?

 俺は、おまえのせいで、外に出られなかったのに!

 父上は殺され、俺は母上と屋敷から出ないように命じられた。一月はこの部屋からも出られない!俺はずっと閉じ込められたままだ!」


 やっと、今喋っているのが兄上だと気づいた。


「あ、兄上――」

「その言葉を使うな!」


 思わず、ぎゅっと身を寄せた。父はよく、この言葉と共に鞭を打っていたから。


「お前のせいで――」

「違うのよ」


 姿は見えなかった。それでも、その凛とした声を聞き間違えるはずもない。


「母上……」


 どこか疲れたような色もあった。大丈夫だろうか、昼間は温かくとも朝夕はまだ冷える季節だ。


「妖――」


 一瞬、時が止まったかと思った。

 母が、その名で私を呼ぶのを、初めて聞いた。



「――ごめんね」



 細い声は、水面に雫が吸収される時のように、静かに鼓膜に染みた。

 問い返す間もなく、障子が閉まる音がする。


「母上、」

「妖、行きますよ」


 伸ばしかけた手を師匠が取った。


「ここに用はないでしょう」


 怒っているような、悲しんでいるような声だった。



*



 無事に引っ越しの済んだ私は、銀家で与えられた部屋ではなく、慶透けいとうの宅に来ていた。そこには炎陽えんよう朗妃ろうひ堅玄けんげん希杏ききょうも集まっていた。静かな慶透の客間も、これだけ人数がいると賑やかである。


公清こうせい!待ってたよ~!」


 慶透の後に続いて部屋に入るなり、朗妃に抱き着かれた。


「うわっ!朗妃、危ないですよ」

「うふふ、そんなこと言っちゃって~。もう慣れたでしょ?全然よろけてないじゃない」

「それとこれとは別です!」


 それをべりっと剥がしたのは慶透だった。


「大人しく、座れ」


 朗妃はむっとしながらも元の席に戻り、私も慶透の隣に座った。


「ちぇっ、慶透はお堅いなぁ」


 朗妃は周りに同意を求めたが、堅玄は呆れた目で見ているし、希杏は困ったように微笑んでいる。炎陽にいたっては信じられない、という風に驚いていた。


「公清は、女だろ?」


 どうやらそれが彼の驚いている理由だったらしい。


「だから?僕は最初っからわかってたもん!」

「ええ?!」


 慶透以外が驚いて目を大きくする。


「ど、どうして?」

「どうしてもこうしてもないよ。公清はどこから見たって、女の子でしょう?

 男だって先入観があるから男にしか見えなかったんだろうけど」

「先入観ってより、お前のせいだろ」


 と言ったのは堅玄だ。


「ええ?なんで?」

「お前のように五家の子息で顔の知れているやつが、女みたいな顔してるからだろ」


 私も朗妃を始めて見た時、女の子みたいだと思った。それでも泉族の男児がそんなわけないし、と自分を棚上げして考えていたのだ。泉力が使えるならば男だという刷り込みがある上に、女の子みたいな男の子が存在している。みんなの感覚もマヒしていたのだろう。


(同期に茨塊もいるしね)


「酷いなぁ……って、こんな話を広げても意味ないんだよ!

 今日は公清からも話があるんだよね?」


 朗妃が優しく目を細めた。彼には私の心の内さえ見えているようだった。


「うん。みんなに言いたいことがあって」


 やるべきことがある、と後回しになってしまったが、本来ならば真っ先に言うべきことだ。


「玉を壊すために、協力してくれてありがとう。私が泉族として生きる道を選べたのは、みんなのおかげだ。

 それから、ずっと騙していてごめんなさい。私は雪微光ではなかった」


 自然と目線が下を向く。


「公清、前を向け」


 慶透に指摘され、もう一度みんなの方を見ると、穏やかな表情の顔ばかりが目に映った。


「公清、私には礼は要りません。銀家の者として、当然のことをしたまでです。むしろ、今まで君の存在に気づけず、存在を偽らなければならない状況に置いていてしまったことを申し訳なく思います」

「そんな!希杏様のせいでは……」


 私の言葉を彼は静かに否定した。


「私は銀家の者です。その中で一番君の近くにいた。賢叡けんえい先生は、教師と生徒の距離がありながらも、君について気づいていたことがあります。私は、未熟ゆえにそのわずかな違和にさえ気づくことができなかったのです。

 何度も言っては君が傷つくだけなのでもう言いません。それでも、一度は言わせて欲しかったのです」


 真っすぐに見つめられて、私は頷いた。

 きっとみんなも私の偽称を仕方のないものとして受け入れてくれている。それでも謝りたいと思って告げたのだ。希杏も同じようなものなのだろう。

 その隣の堅玄に視線を移すと、彼は緩やかに口角を上げていた。


「俺は礼を受け取ろう。だが、謝罪は受け付けない」

「堅玄様」

「それも止めねばな。お前は本当は十四だというが、同世代の者は呼び捨てるのが基本だ」


 希杏も同意するように頷いた。


「驚きはしたが、お前についての俺の印象は変わらない。小さくて可愛いと思っている」

「……相変わらず、率直ですね」

「それが俺の美徳だ」


 堅玄はにっと笑った。


「これからもよろしく頼むぞ」

「はい!」

「じゃ、次は僕だね!」


 堅玄の横の朗妃が身を乗り出した。


「さっきも言ったけど、僕は君が女の子だってことには気づいてたし、充分な実力もあるから五家の血筋であることに関しても何も思わない。

 これからもよろしくね、公清!」

「お願いします」


 お喋りな朗妃には珍しく、簡潔な答えだった。


「俺も左に同じく、だ」


 と素っ気なかったのは炎陽だ。


「なんだ?わざわざ公清が用意した言葉に何も返さないつもりか?」


 冷めた目で堅玄が言う。


「違う、俺は――それより、今後が気になっただけだ」

「話を逸らすな」

「今後はどうするつもりだ?泉師学校に戻るといっても、部屋を変えるなら時間がいるぞ」


 炎陽は堅玄の言葉を無視した。堅玄も何度も炎陽に喋るかける理由はないからか、呆れたように笑って前を向く。


「部屋は変えない」


 炎陽の問いに答えたのは慶透だった。


「何故なら、朋泉だからだ」

「は?」


 炎陽は顔を歪めるが、慶透は見つめ返すだけで言葉を重ねなかった。


「朋泉を変えないのは、わかる。だが部屋をわけないのは――」

「どうして変える必要がある?私は()()()()()。彼女の性別も、雪家での事情も。彼女が知り得ることについては、知っていたのだ。銀家の子どもだからといって、部屋を変える必要はないだろう」


 私もその考えには至らなかったので驚いたが、慶透と同意見であることを伝えるために頷く。


「待て、男女が、この年頃の男女が同室でいいわけがないだろう?」

「朋泉だ」

「朋泉でも、だ。そもそも、朋泉の制度自体、男同士が前提だろ?」

「それは違う」


 慶透は即座に否定した。


「朋泉に性別の制限はない」

「それでも!よくはないだろ!」

「君は、やけに男女にこだわるな。性別で人を判断するのか?公清が女だということが、君の認識にそれほど影響を与えるのか?だから先ほども返答しなかったのか。女だとわかった公清とは変わらず接することはできないと?」


 たたみかけるような慶透の言葉に、炎陽は顔を赤くしたが、咄嗟に言い返すことはなかった。

 図星、だったのだろうか。


「公清は公清だろう」


 慶透の言葉を最後に、部屋の中に沈黙が訪れる。みな、何か考えているようだった。


「あの、さ」


 それを破ったのは朗妃だった。彼の性格的に耐えられなかったのだろう。


「僕はね、慶透の言うことも、炎陽の言うこともわかるよ。

 慶透の言う通り、公清は公清だけど、男女という性が絡むと問題が起こる可能性もある。体のつくりが違うからね」

「では部屋を変えろというのか?」

「それは、二人次第かな。

 表向き、公清が女であることは隠すことになっている。だから部屋を変える必要はない。けれど理由はいくらでもつけられるんだから、変えてもいい」

「お前の師匠はどういう考えだ?」


 堅玄は私の方を向いてたずねた。


「師匠はもとから慶透が私が女であることを知っていると、知っている。その時は何も言われなかったし、たぶん、師匠は慶透を信頼している」


 泉名せんめいをつけてもらうこともそうだけど、師匠は慶透に多くを許していると思う。今回の騒動でそれはより大きくなったようだった。


「杏澪様がそう判断されたのなら、大丈夫でしょう」


 希杏は「心配なこともありますけどね」と苦笑いした。


「じゃあ変えなくてもいいんじゃない?二人のことに炎陽の考えを割り込ませることもないし」


 炎陽は非難するように朗妃を見たが、彼は仕方ないな、と首をすくめるだけだった。


「慶透は公清の性別にまるで興味はないし、公清もずっと偽ってきたから感覚が麻痺してるでしょう?君たち二人に何か起きるとは思わないよ。

 だけどね、」


 朗妃はいつもの笑みを引っ込めて、真面目な顔になった。


「公清の身体がそういう風に発達していないのは、通常は女性に使えない泉力を使えるから、そのために体内でそういった養分が断たれているからとされてきたけど、それは違う。

 女性は泉力を使えないが、身体の構造的には使えるんだ。君の成長が進んでいないのは、今まで間違った泉名であったせいで、泉力が体内で絡み合ってたからだ。泉力を上手く使えなかったのと同じ理由。だから、正しい泉名を得て、それが自身に浸透した今、身体にも変化が訪れるかもしれない。それだけは覚えておいて。

 そして、その変化の中で君の心も変わったのなら、無理をせずに話してほしい。慶透は嫌がるかも知れないけど、彼も君に無理を強いてまでともにあることにはこだわらないだろう」


 私は慶透を見たが、彼とは視線が合わなかった。朗妃の話も聞いていたか怪しいぐらいだが、私には断言できる。


(慶透は私に無理を強いてまで、一緒にあろうとするよ)


 朋泉を変えることを断固として拒否してきたのだ。今更彼が曲がるとも思えない。

 だけど、炎陽の顔から険が除かれたのを見て、変に口を開くのも憚られた。


「わかった」


 大人しく頷くと、四人ともほっとしたように肩の力を抜いた。

 もしかすると、同室であり続けることはかなりおかしなことなのかもしれない。私にはまだわからない感覚だった。


「よし!じゃ、おさらいね。

 公清は銀家元本家三男杏肇(きょうけい)様の子どもであること。その兄杏澪(きょうれい)様との条件をつけ、雪家に親権が委ねられていた。それが破られたため、杏澪様は行動を起こし、雪家は王家を欺いたために取り潰され、公清は銀家に入ることになった」


 私が女であることは、王を説得するために必要な条件だったらしいが、銀家の出身であるというだけで、王家に入ることは拒めるらしい。また、女が泉力を使うのは非常に珍しいが前例がある。今ではその解明が進んだものの、まだ悪い印象があるし混乱を避けるために私の性別は隠す。私が泉師学校に戻らなければ、性別を偽らないで済むように説明も用意されていたが、私は泉師学校に戻った。

 それでも、その存在についての説明は、私も含めて、泉族に広められる予定らしい。


「これが五家での共通認識ね」


 全員が理解したところで、朗妃は急に立ち上がった。


「さ!頭の痛くなる話はこれで終わり!公清の五家への参加を祝って、ぱあっとやりましょう!」


 ぱちん、と指を鳴らすと、泉力だろうか、淡い光が飛んで行った。そして数十秒後に部屋の戸が開く。


「朗妃様、お持ちいたしました」

「うんうん、ありがとう!」


 現れたのは白地に青を使った服の使用人。それは麗家の証である。


「君はまた、勝手に……」

「いいでしょ?慶透ったら食事以外は全部自分でやっちゃうんだもん。たまには、お役目を果たしたいよね?」


 朗妃が問いかけると、使用人は表情を崩さないままぶんぶんと頭を上下に振った。


「本当ならば食事も自分で用意したいのだが……」


 慶透の言葉になぜか私の背筋がひやりとする。偶然目の合った使用人も顔色が悪くなっているのを見て、私は彼と通じ合った。


(絶対やめてほしいよね!!)


 向こうも何となく察したのか、私に同情の目を向けていた。


「まあまあ、人それぞれだけど、仕事を奪われるとつらい使用人もいるんだから」

「む、君が言うなら……」

「やった~!」


 喜んだのは朗妃だった。


「さあさあ、どんどん持って来て!」


 その言葉に、ぞろぞろと人が集まってきて、机の上にできたての料理が所狭しと並んでいく。本当にぱあっとやるつもりらしい。というか、そのつもりで準備してたのがさすが朗妃というか。

 結局はみんな受け入れて、美味しい料理に舌鼓を打った。

次から学期はじまります。

続きます。

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