妖の進む道
師匠は自身の過去も併せて、雪家の企みと、師匠との間で交わされた約束を話してくれた。包み隠さず、それでも私が傷つくだろうことは婉曲に。
「そう、ですか……」
話が入り組んでいて理解するのに時間がかかった。
(私は、母上が杏肇様をだまして作った子ども。女だから要らない存在だったけど、消されないように師匠が雪家と約束を交わした。泉力の使えない長男と使える長女の入れ替え。けれどそれは表面上で、本当は王家に差し出す長男の代わりが欲しかっただけ)
本来ならばありえないことだ。門衛であった母が、五家である師匠を脅したり、騙したりすることなど。私の知る母上からは想像もできなかった。
(いや、そこまでして守りたかったのだろう。兄上を――)
空っぽになった真っ黒な心から、また、何かが垂れ流れていく気がする。
「師匠、それに銀家の方々も。私は、杏肇様と師匠を騙した、母上――雪蘭の子でもあります。
――私のことが憎くないのですか?」
聞かぬ方がよいとわかっていても、口からつるりと言葉が滑ってしまう。
師匠は私の肩に手を置いた。そして私に促すように、銀家の者たちを見る。
「そんな顔をしている者がいるかい?」
師匠の後を追って部屋の中を見れば、そこにいる銀家の人達はみな、穏やかな顔をしていた。繕っているのではなく、本当にそういう感情なのだろう。一人を除いて。
「何だ、なぜ私を見る」
賢叡先生が、じとっと睨み返してきた。
「叔父上は元からこういう顔なのですよ」
「杏澪、適当なことを言うな」
「では、この子に不満が?」
「そんなわけなかろう。そう怖い顔をするでない」
横にいる師匠の顔はよく見えなかったが、一番若い銀家の者の顔が強張ったのを見て、先生の言うことは本当なのだろうと思う。
「私は、君が不安そうなのが心配だ。
慶透の朋泉として日が浅い頃、自分では釣り合わぬと思っていながら、朋泉を変えなかっただろう。彼が何か言ったのかも知れないが、精神的には良い状態ではない。それでも君は変更をしなかった。実際、何度か深く落ち込んだり傷ついたことがあっただろう。
私は、今の状況がその時と酷似していると思っている。雪家は昔は大きな家で囲山としての地位も固かったが、君はその頃を知らない。門衛の、泉弟の家の子であるという認識が強い。それも、家のためにと動いてきたのであれば……」
賢叡先生は一度言葉を切ってから、非難するような目を銀家当主と師匠に向けた。
「急にこの場に連れ出されて、銀家の者であると、それも本来ならば本家を継ぐはずだった者の子どもであると言われても、困るだろう」
当主は申し訳なさそうに眉を下げた。師匠の方は、私の肩を抱き寄せた。
「わかっています。それでも、この子には時間がないのです。選択をしなければなりません」
賢叡先生は表情を変えなかったが、私には師匠のこの言葉で十分だった。
師匠は私のことをよくわかっている。私が困惑するのも分かった上で、必要だからこうするしかなかったのだ。不安は消えないが、師匠がいる限り、私は真っすぐに歩ける。
「師匠がそう言うなら、そうなのでしょう。失礼なことをきいてしまい、申し訳ございませんでした」
非礼を先に詫びて、近くなった師匠の顔を見上げる。
「それで、私は何の選択をしなければならないのでしょう?」
師匠は、私を褒めるように、そして何かを悲しむように微笑んだ。
「君が銀杏肇の子どもであること。これは直ぐに公表される。決定事項だ。けれど、君の性別に関してはまだ伏せてある。
君はこの先、どうしていきたい?銀家の娘として生きていくかい?それとも、泉師学校に戻って泉師を目指す?」
私はちらりと横を見た。師匠のその奥に、慶透が座っている。真っ直ぐ伸びた姿勢も、真剣な表情も崩していない。けれど、その瞳は揺らいでいるように見えた。
「私は、泉師学校に戻って泉師を目指したいです。朋泉もいますから」
慶透に向かって微笑むと、慶透は僅かに目と口を開いて、柔らかな笑みを浮かべた。
滅多に表情を変えない慶透の微笑に、周りから驚きの声が聞こえる。
「麗家の子が」
「笑った」
いつもの通り、慶透の耳には入っていないのだろう。彼はそこに対しての反応をしなかった。
「そうか、わかったよ。
ああ、それと。銀家の後継に関しては君が決めていい。本来ならば君が銀家の本家だ」
さらり、と言われて私は焦った。
「し、師匠!私には無理です。杏叡様は当主の風格もございますし、希杏様も、とても優秀でお優しいのです」
希杏は自分の名前が出て驚いたようだった。
思えば、彼を見て安心したのは、師匠に似ていたからだろう。堅玄に雰囲気が似ていると言われたのも、従兄妹だからとすれば当然ともいえる。
(希杏様と血が繋がってるのって、変な感じだなぁ)
「ありがとう、公清。私も、この子も、銀家をまとめるだけの力は得ているつもりだ。それでも、君が望んでくれるのであれば、私は当主の座を喜んで降りるよ。それだけは覚えていてくれないか?」
「わかりました。けれど、私が当主になることは絶対にありませんよ。私は、師匠と旅をするのです」
師匠を見上げると、師匠は「そうですね」と頭を撫でてくれた。
「そもそも、別に私のことは何も広めなくてもよいのではありませんか?それは、つまり、師匠が秘密にしたかったことを明かしてしまうようなものではないですか」
「君はそういったところに気が向いてしまうね」
師匠は悲しそうに笑った。
「今回、王家から君を奪還するにあたって、真実を述べる必要があった。少なくとも、君が銀家の者であること。それだけは示さなければ、どうして王命を破って銀家にいるかの説明ができなくなる。
そう悲しい顔をしないで。君の命が大事なんだ。私はその場しのぎで雪家と約束を交わしてしまった。卒業後に解放されるとはいっても、それまではあの家で過ごさねばならない。その時点で私は君を蔑ろにしているんだよ。
もし、肇がいたら怒っていただろうね。あの子は君の存在を知らなかった。だから自ら命を絶ったけれど、自分の子がいると知っていたら、自分の評判など気にしない。どんな噂を流されようと、君を我が子として迎えに行っただろう。
あの子の名誉はもちろんだけど、その一番大事な存在はきっと君だ」
当主と、その近くの銀家の者が、同意するように頷いた。
「私が気にかかるのは一つだけ。そのことで君が嫌な思いをするのではないかということだ。いや、きっとさせてしまうだろう」
たぶん、そうなるだろう。
私が銀家の者が母を恨んでいないか気になるように、他の者もその関係性について興味を持つ。ただ雪家と銀家の子だというのではない。母に騙され人の妻に手を出した杏肇は自害している。
私は銀家に入ることになるが、雪家の血も流れている。様々な立場から、私を見て、評価する人がいる。
「それに、君は雪家の者でもあったから、建前上雪家の男児ではないという必要もあった。王族関係者も、五家の本家も君が女であることは知っている」
私はふと、意識を失う前のことを思い出した。
『騙してたのね!』
王女は、今、何を思っているのだろう。
「混乱を避けるために五家の本家で情報を止めてある。つまりは、君はまた女であることを隠して生きていかねばならない」
師匠としてはその負担をかけないために、銀家の娘としての道を用意してくれていたのだろう。それでも、私は泉族として、泉師を目指したいのだ。
――朋泉と共に。
「心配しないでください、師匠。私はもう、子どもではないのですよ」
といっても大人でもないが。
私が王宮にいたのは半月と少し。そこから色々騒動があって、もう、春が訪れている。
私は十五になるのだ。
「無事に卒業して、泉師の資格を得ます。師匠は旅支度をして、待っていてください」
師匠は、目を細めて、
「ありがとう」
と言った。
その目元が光って見えたのは、気のせいではないだろう。
ここで一区切りです。
次話は足りてないところの補足(全部拾いきれるかわかりませんが)から。
続きます。




