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過去(上)

 今から十五年ほど前のことだ。


けい、彼女はもう亡くなったのだよ」

「嘘だ!」


 銀家次期当主の銀杏肇(きょうけい)は帰ったばかりだというのに、また外に飛び出して行った。

 兄の杏澪きょうれいはすぐには追いかけなかった。弟は銀家に珍しく活発で、朗らかで、感情豊かだった。そんな彼がすぐに現実を受け入れられるとは思えなかったし、弟がさっきまで一緒だったという許嫁の正体について考える必要があったからだ。

 彼の部屋の文箱を見ると、許嫁の訃報が届いた日にも、彼女からとされる文はあった。筆跡は変わらず、文体にも違和感がなかった。ただ、最後の文だけ、常の彼女なら考えられないことが書かれいた。


『――交色街こうしょくがいでお待ちしております』


 その当時、交色街の印象は今と殆ど変わらなかった。男が女を買う場所ではなく、隠れて男女が会う場所としても知られており、弟は流行りの物語からそのことを知っていた。それでも、許嫁は自らそのような場所に弟を誘うような人ではなかった。

 そして何より、その文により、今まで彼がどこにいたのか、どうしてそこまで動揺して家を飛び出して行ったのかがわかった。

 杏澪は弟が飛び出して三日後、彼を捜しに行くことにした。優しい兄は許してくれた。


 目撃情報を集めつつ、弟の泉力の気配も辿ると、一年かけてようやくその場所に辿り着いた。辺境の寂れた小屋から、僅かに懐かしい泉力を感じる。嫌な予感がしつつも中に入ると、そこには弟の姿はなく、汚れて灰色になった服と、今にも崩れそうな紙だけが残されていた。

 泉族の身体は一年もしない内に崩れて土となる。骨も何も残らない。泉力の塊が玉のように残ることもあるが、杏肇のそれは形を留めていなかった。だからこそ杏澪が気づけたともいえる。


「肇……」


 杏澪は服を手繰り寄せて泣いた。どうしてもっと早く後を追わなかったのか、いや、訃報を受けた時点で、連れ戻しに行くべきだった。彼は生きてはいられぬ程の傷を負ってしまったのだ。


『私は過ちを犯しました。既に相手のいる方と一夜を過ごしてしまったのです』


 彼は共に過ごした相手が許嫁ではないと知って、再びその姿を探していた。そして運が良かったのか悪かったのか。すぐにその女性を見つけてしまったのである。街中で、親し気に男と歩く女性を。二人はどこから見ても夫婦だった。

 彼は許嫁とは別の女性どころか、夫のいる女性と契ってしまったのである。



*



 杏澪はその女性を探した。交色街に赴き、出入りを管理する門番に尋ねたが、教えることはできないと言われた。金子を握らせると直ぐに吐いたが、それは許嫁の名前だった。

 彼女に近しい人かとその周辺を探ると、一人の女性に行き着いた。雪家の跡継ぎ、らんという女性だった。泉族は男が家を継ぐが、雪家はそれなりに大きな家だったので婿を取っていた。

 彼女自身は病弱で姿を現さなかったというが、真実はそうではない。彼女はその美しさによって今の王に目をつけられたのである。しかし彼女には昔から想う人がいた。今の彼女の夫である。また、既に王の妻の座は決まっていた。しかし諦めきれぬ王は一つの約束、いや、命を下したのである。


 ――蘭を諦める代わりに、雪家で生まれる男児を王家に入れること。


 雪家はもともと一人しか子どもができない家系だった。それが女であれば見逃されたし、男であれば差し出さねばならない運命だった。そして、そこで雪家は終わるのである。

 不幸なことに、生まれたのは男の子だった。なんとか交渉して成人までは待ってもらえたが、いつかは自分の手を離れてしまう。嘆く蘭に、夫はもう一人子を作ることを提案した。だが二人の間に子はできなかった。過去にさかのぼっても、雪家で二人以上の子が生まれることはなかった。愛妾でもいない限り。

 蘭はそこにかけた。愛妾との子は早死にすることも多かったが、成人までは生きている子がほとんどだった。王が求めるのは蘭の子ども。夫は蘭が他の男と寝るのを嫌がったが、可愛い息子のためだと我慢した。

 蘭が相手を探す中、彼女の親友が亡くなった。王の目に映らぬようにするため表向きは病弱にされていた蘭と、本当に病弱だったその娘は共に過ごすことが多かった。彼女の容態が悪化してからは、許嫁のための手紙を蘭が書いていた。彼女は筆跡を真似るのが上手かったのだ。

 これは神の導きであると蘭は思った。彼女の最後の手紙に、交色街へくるようにという一文を付け加えてその男をおびき出した。蘭は、親友の許嫁を知らなかった。親友もまた、はっきりとはわかっていないようだった。何でも、自身の身体が弱いことを、父は相手先に知らせたくないらしく、最後に会ったのは十年も前で、その時はお互いに名乗らなかったのだという。

 蘭はそこに来た男と契った。どこの家の者かわからないが、泉族であることは確かだろう。そして、許嫁の制度を取るのであればそこそこ大きい家だ。後で許嫁ではない女と寝たと気づくだろうが、大きい家は不祥事を隠したがる。表に姿を現さなくなっていた蘭を探すのは難しいし、問題が起きなければなかったことにするだろうと思っていた。

 だから、家を訪ねてきた男が銀家次男と知って、彼女はとても驚いたのだ。


「あなたが雪蘭ですね。銀杏肇をご存じですか?」

「いいえ」


 それは嘘ではなかったが、蘭の声は震えてしまった。何故なら、銀杏澪と名乗る男は、交色街で会ったあの男とそっくりだったからである。


「では、あなたは手紙の代筆をしていたことはありますか?」


 そこで蘭は悟った。彼女のしたことがばれたのだと。


「銀家の方が何の御用でしょうか?」

「話をそらさないでください」


 杏澪は強く言ったが、蘭は怯まなかった。事態は露見した。我が子を守るためにも、今はこの場を乗り越えなければならない。


「私は今、あなたに――」


 その時、門の向こうから赤子の泣き声が聞こえた。


「おやめください!死んでしまいます!」


 次いで、何かが壊れる音と、女性の声。


「何事ですか」

「あ!」


 杏澪は蘭を押しのけて奥に進んだ。普段なら人様の家に勝手に入ることはしない。だが、妙な胸騒ぎがしたのだ。

 未だに赤子の声は止まず、それを頼りに進むと、中庭に出た。


「うるさい!この、化け物め!!」


 男は思いきり鞭を振りかぶっていた。その先には、雪も深いこの時期に、薄い布でくるまれただけの赤子がいた。近くには蘭より少し年上の下女。下女は地面に転がっている赤子に手を伸ばしたが、その手が届く前に、乾いた音がした。赤子は鞭で打たれてまた泣くかと思ったが、静かになってしまった。

 そこで男と下女は杏澪に気づいたが、杏澪は彼らに何か言うより早く、赤子を抱き上げた。


(死んでしまう!)


 ゆっくりと泉力の器を修復するように泉力を流し込んだが、そこで気づく。


(この子、泉力を持っているのか?!)


 器を修復するだけでなく、その中を満たすように泉力が流れていくのを感じ取ったのだ。

 普通は六歳で源泉に浸かり、泉力を授かる。泉族ならば男も女もみな同じだ。それを、まだ生まれたばかりの赤子が持っている。


「蘭!いったい何事だ!」


 杏澪を追って来た蘭が男に囁くと、男は顔を真っ青にした。


「な、五家の人間がどうしてここに?!」

「どうして、と聞きたいのはこちらだ」


 杏澪は安心したかのように寝息を立て始めた赤子を胸に抱きしめ、ぎろりと男と蘭を睨みつけた。


「何故、()()()()()がここにいる!!」


 赤子は泉力を持っていた。それも、杏肇と似た色の。

 そこで杏澪は理解してしまう。あのたった一度の逢瀬で、弟が自責の念で命を絶ってしまったあの出来事で、子どもができてしまったのだ。


「その子は私の子です」


 杏澪を恐れてか口をはくはくと開閉させる男の代わりに、蘭が前に進み出た。


「なぜこのような仕打ちを!」

「なぜもなにも、泣いていたから躾けたまででございます」

「まだ赤子だ」

「だから何というのですか。その子は()()()です」

「忌み子?」


 強気だった蘭は、杏澪の胸元に目をやり、怯えたように目を瞠った。


「殺そうと思ったのです……」


 あまりの告白に、杏澪は言葉が出なかった。


「私が欲しいのは男の子だったから。どこの誰かは知らないけど、有能な泉族ならば器の形で親がばれてしまう。危険は取り除いた方が良い。

 雪家の泉に沈めようと思ったのです。けれど、()()は死ななかった。そのうえ、泉力を授かった!あれはただの泉なのに!源泉でも何でもない泉で、泉力を!」


 蘭はその時の光景を思い出して、頭を抱えた。


「それに、泉力を使えるのですよ!まるで自分を守るかのように、周りに泉力で膜を張った!」


 泉力を得れば、赤子でも使えるかもしれない、と言いかけて、杏澪は気づく。


『私が欲しいのは男の子だったから。』


 思わず赤子の顔を見た。


(この子は、女の子で泉力が使えるのか!)


「古くからの言い伝えです。五家ならばご存じでしょう。女で泉力を使う者はただ一人。魔女だけです

ちょっとややこしいです。

続きます。

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