表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/75

銀家

 ずっと暗い海の中を漂っているようだった。それがぐっと、手を引かれて、私は意識を浮上させた。


「ここは?」


 見慣れない屋敷で、私は上等な寝台に横たわっていた。ゆっくりと体を起こすと、やけに腹部が重い。なんだ、と下を見ると、艶やかな黒髪が白い掛布団の上に広がっていた。


「うわっ!」


 思わず声を上げると、その長い髪は空を舞い、麗しい顔が現れる。


よう!」

慶透けいとう!」


 久し振りの朋泉に声を上げると、彼は珍しく荒々しい動作で私を抱きしめた。後ろで椅子が倒れるのも構わず、何度も確かめるようにぐ、ぐ、と力を込めた。


「もう、目覚めないかと思った……」


 その言葉を聞いて、私は全てを思い出した。

 兄の代わりに王族に入れられたこと、泉力を封じられたこと、王女を傷つけてしまったこと。


「慶透、あの、私……」


 慶透は私の異変に気づいて、ゆっくりと頭を撫でてくれた。


「君が気にすることは何もない。とにかく、私のもとに戻って来てくれた。それだけで十分だ」


 よくないと思う。色々と考えなければならないし、そもそも今どういった状況なのかを把握しなければならない。それでも、慶透の低く落ち着いた声が優しく染み込んで、私は何も考えられなくなった。


せい、ただいま」

「ああ、おかえり、妖」


 慶透はちょっと驚いてから、笑顔で返してくれた。



*



 しばらくすると、慶透の食事を届けに来てくれた炎陽がやって来て、私の目覚めが伝わった。ずっと薬を作ってくれていたらしい朗妃ろうひが泣きながら飛びついてきて、申し訳ない気分になった。どうして報告しなかったのかと責められても平然としている慶透はちょっと面白かった。

 慶透が言うように何も気にしないわけにはいかず、


公清こうせい、君は全てを知りたいかい?」


 どこか悲し気な師匠の問いに、私は頷いた。


 私がいたのは銀家の屋敷だったらしい。何故か用意されていた新品の服に着替えると、本家の会議室のようなところに案内された。

 銀家当主を始め、銀家の重役が集まっており、その中には賢叡けんえい先生もいた。そして五家の子息。本来ならば大きな議題でもない限り銀家の話し合いに他の家が混じることはないのだが、友人として参加を許されたのだという。


「初めまして、公清こうせい


 一番奥の席に座っているのが銀家当主、ぎん杏叡きょうえいだった。その横には希杏ききょうが座っていた。

 私はその向かいにいる師匠の横に案内された。当主に挨拶がまだだったので立ち上がろうとすると、師匠が肩に手を置いて止めた。目の前の杏叡も手で制する。


「――まだ、病み上がりだろう」


 たぶん、別に理由があるのだろうと思ったが、それが何かはわからない。私はありがたく厚意に甘える形をとった。


「ありがとうございます。お初にお目にかかります、雪公清と申します」


 そう言うと、銀家当主は苦々しい表情になった。


(何か間違えたかな?)


 師匠を見上げると、師匠も同じような反応だったが、私を安心させるように微笑んだ。


「さて、公清。君はどうして銀家にいるかわかるかい?」

「師匠が銀家の出身だからですか?」


 特に何も説明はされていないので、一番考えられる理由を述べたが、当主は首を横に振った。


「一応彼は銀家を出ている。もちろん、それでも君に場を提供する理由にはなるけれど。

 君自身が、理由になっているんだよ」


 そう言われると何もわからなかった。困って師匠を見上げると、師匠は優しく頭を撫でてくれる。


「兄上、遠回しな言い方はよしましょう。話すべきことは多いのです」

「そうだね、すまない澪。私はやはりこういった立場に向いていない」


 当主は師匠の言葉に頷くと、どこか晴れやかな顔で私を見た。



「公清、君は元銀家本家三男、銀杏肇(きょうけい)の子どもだよ」



 一瞬、何を言われているのかわからなかった。周りは一切動じていないし、まるで昔からの知り合いを見るかのように優しい目を向けられる。そんな中、賢叡先生だけは複雑そうに私を見ていた。


「あの、どうしてそんな……、私は杏肇様を存じ上げません。それに、私は雪家で生まれました」


 生まれた時の記憶などないが、使用人だったしんの家族から話を聞いたことはある。母様は難産だったとか、深が私とずっと一緒にいたがったとか。その時の様子からして嘘ではないはずだ。

 師匠は胸の内に何かを押し込めるようにしてから、私を見た。


「君は雪家で生まれた。それは本当だ。けれど君は肇の子だよ。

 私は、行方知れずとなった肇を探して家を出た。そこで君を見つけた。君の泉力を見て、肇の子だと確信した」


 師匠はちらりと横を見た。そこには五家の子息である慶透、炎陽、朗妃、堅玄が座っている。


「順を追って話した方がいいだろう。兄上、この子たちは……」

「聞いてもらって大丈夫だよ。公清を助けてくれた。それに、その内共有されるだろう」


 師匠は頷いて、口を開いた。


「子どもたちは知らないかもしれないが、私達の代の本家は三兄弟でした。その中でも末弟の肇が圧倒的な泉力を持ち、武芸にも優れていた。だから跡継ぎは肇に決まりました。私も兄上も何も文句はなかった。

 両親は兄上が成人してすぐに亡くなり、叔父上が中継ぎをされていた。肇が成人し、子ができれば、正式な跡継ぎとして認められる手はずになっていました。だから兄上はそれまでは子を成さなかった。そして肇には許嫁がいました。銀家の門下の者で、幼い頃によく遊んでいた子です。二人は十年も手紙だけのやり取りを続けていました。

 泉師学校を卒業し、肇は彼女に会いに行くと家を出ました。彼女の方が年上でしたから、待たせたくない、すぐにでも一緒になるのだと。けれど肇が家を出てしばらくして、その家から手紙が届きました。その許嫁は急病で亡くなったというのです。ですが家を出て行った肇はしばらく帰ってきませんでした。

 気が沈んでいるのかも知れないと思いましたが、三日後に彼は家に戻ってきました。彼女は美しく成長していて、でも変わらぬ優しさがあったと笑顔で。私は何かの間違いではないかと思いましたが、肇はつい先ほどまで一緒だったと言うのです。そこで彼女はもう亡くなっているのだということを伝えました。肇は酷く動揺して、また、家を出ました」


 師匠は一度、そこで言葉を切った。何かを後悔しているような表情で、私まで胸が苦しくなった。

続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ