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玉の処置

 れい慶透けいとうはそれほど感情豊かではない。周囲からそう思われているのも知っているし、自分でもそうだと思っている。だが、こと朋泉ほうせんに関しては心を乱されることが多い。

 初めは憧れだった。幼い頃に読んだ物語では、朋泉は特別な二人だった。お互いを大切に思い、お互いを励みに努力するのである。他人と心を通わせることを苦手としていた慶透は、朋泉ならば、自分を理解してくれるのではないか、と幼心に思った。

 現実はそうではない。慶透は成長するにしたがって、幼い頃の思考を馬鹿げたものだと思うようになっていた。それでも心のどこかに、もしかしたらという希望を持っていたのだろう。

 五家としての扱いを拒否し、朋泉を無差別に決めた。そうして自分の朋泉となったのは、ろくに姿を現さない病弱な門衛もんえいの子だった。どこかで予感めいたものは感じていた。これが、自分の朋泉なのだという直感があった。

 それでも慶透は楽観的に過ごすわけにはいかなかった。朋泉として扱いながらも、どこかで自分が見限られるのではないかという恐れがあった。五家の子息と門衛の子。両者の間には大きな溝がある。

 実際に朋泉は最初から乗り気ではなかったし、朋泉を変えないかとも言われた。くだらない他者の言に悩まされて、姿を消してしまうこともあった。だが、彼の朋泉は迷い、つまづきながらも、慶透から離れなかった。朋泉として、と努力する姿に胸を打たれた。

 次第に慶透はやはり、朋泉とはこうなのだ、と思った。他の者は知らない。でも、自分たちは真に朋泉なのだと。隠し事をされる――いや、自分の知らぬことを他の者が知っているのは嫌だったし、胸の内を明かしてほしいと願った。そう思う自分に驚きながらも、それを許してくれた朋泉にますます慶透は嬉しくなった。

 信頼を得ている、それだけでなく、朋泉は、慶透のことを理解していた。それは今まで人との距離が遠かった慶透にとって大きなことだったのだ。


 上手くいっていると思っていた。実際に上手くいっていた。二人の間の秘密は解かれ、泉名せんめいを通しての繋がりもでき、あとは彼女が家から解放されるのを待つばかりだった。師匠と旅に出ると言っていたが、おそらく慶透が共にいたいと願えばいてくれるだろうという確信があった。慶透の目標を知る彼女は、そこだけは気に掛けるだろうけど、偶に混じることは許してくれるだろうと。

 慶透は彼女の家の者に何の情もなかったが、それでも家族の期待に応えたいというその気持ちは理解できる。だから今まで放っておいたのだ。


(早々に潰しておくべきだった!)


 慶透は怖くてたまらなかった。腕の中にある温もりが、ふとした瞬間に途絶えてしまうのではないかと、何度も何度もその呼吸の音を確認した。

 宮中での泉力の使用は敬遠されると知っていたが、惜しみもせず泉器せんきの靴に泉力を送り、風が朋泉に当たらぬように覆いかぶさりながら先を急いだ。


「慶透!――微光!!」


 慶透が門をくぐった時に報せを受けていたのだろう。慶透の個人宅の庭先で待っていた朗妃ろうひが慶透を認めて喜びの声を上げ、その腕に抱えられている朋泉を見て悲鳴を上げた。


「その名で呼ぶな」

「う、ごめん……」


 事情を説明されたとはいえ、彼らにとっては微光の名の方が馴染みがある。慶透だってわかってはいたが、他者の事情など関係ない。彼女は微光などではないのだ。


「慶透、どうしたの?杏澪きょうれい様は?」


 そのまま宅内に入る慶透を追いながら朗妃が尋ねたが、慶透にはその質問に答える余裕はない。


「今はそんなことを話している場合ではない。公清こうせいの首が見えないのか」


 朗妃はぐったりとして曝け出された妖の首を見て、あまりの仕打ちに顔を真っ青にした。言葉が出ないようで口をはくはくと動かしている。


「ひとまずはこれを取る」


 慶透は畳の間に入った。


「みなを呼べ。来ぬ者はいい」

「わかった!」


 慶透の宅には五家の子息が集まっていた。誰一人として欠けることなくすぐに畳みの間になだれ込み、横たえられた妖の周りを囲んだ。


「慶透!封じの玉なんて取れるのかよ!」


 炎陽えんようの言葉に慶透は彼を見たが、その瞳は冷たかった。


「迷っている暇などない。君の感情の始末をつけるのは君だ。喚きたいのであれば出ていけ」


 泉師学校に入学して朋泉を得てから、慶透は少し、いや随分変わった。それが、前に戻ったかのようだった。炎陽は怯んだように息を飲んだが、息を吐いて気持ちを整え、首を横に振った。


「悪い、お前に当たっても何にもならない」

「わかっているならばよい」


 慶透の目は既に妖に向いていた。玉の飾りを回し、そのつなぎ目に古の術の形跡を見つけて顔を歪ませた。


「やはり、泉力が流れる限り取れない」

「紐の方は?」

「玉ではないが、その術によって同化している」

「つまりは玉の効果を解かない限り切れないということですね」


 希杏ききょうはぎゅうっと強く拳を握りしめた。


(杏澪様ならば術の崩し方もわかるかもしれないが……)


「ならば、玉を破壊する」

「正気か?」


 訊ねたのは堅玄けんげんだった。他の者に比べて落ち着いているように見えるが、彼もまた焦りを感じていた。

 泉力もない王族が、導師どうしを別として国の頂点に立つのには理由がある。彼らは力ではなく、力を封じるものを持っている。それが玉であり、それを行使されてしまえば泉族はどうしようもないのである。


「玉一つ破壊するなら、我らでもできるだろう。だがそれが精一杯だ。玉を壊してもとの両方の性質に戻したとして、玉は泉力を通す。全て破壊せねば、公清の身から玉の飾りは取れないぞ。この術は玉の連なりでもなく、紐でもなく、玉の内に留める性質と結び付けられている」

「わかっている。だから全て破壊する」


 堅玄はもう一度正気かと訊ねそうになったが、その言葉は飲み込んだ。慶透の目を見ればわかる。彼は本気だ。


「無理だと思うなら無理だと思っていればいい。私一人では難しいから君たちに協力を乞うつもりだったが、別に期待などしていないし強制もしない。私はやる、それだけだ」


 慶透は玉に手を伸ばした。

 玉は泉力を留める。だが、それにも限界はある。王族の持つ玉ならばその限度は最早気にもならないほどだろう。普通の泉族ならば一生泉力を込め続けてやっと一つ玉が壊れる。それをいくつもつけられては、もうどうにもならない。

 それを慶透はどうにかしようというのである。


「俺はやる」


 炎陽がそこに加わった。


「俺は、こいつに命を助けられた。俺の命が尽きたって構わない」


 その言葉には全員が驚いた。慶透までもが目を大きく見開いている。

 炎陽は最初の試験の時、崖から落ちるところを妖に助けられていた。魔獣を恐れて遠くで見ている者が多い中、真っ先に丈拳じょうけんを手伝ってくれたのも彼女だった。


「当然、私も命を懸ける」


 その次は希杏だった。彼にはそうするだけの理由があった。むしろ、慶透や炎陽に遅れてしまったことを恥じるくらいだ。


「もちろん、僕も協力するよ」


 ずっと青い顔だった朗妃も身を乗り出した。


「堅玄は?」

「当然だ。正直、これを解ける自信はないが、公清のためなら協力は惜しまない。

 こんなに、小さい身で、よく――」


 堅玄は言葉に詰まった。その先を言うことはせず、ただただ泉力を流した。


 それから三日三晩、交代で休憩を取りながら、玉の破壊を試み続けた。王宮から帰って来た杏澪はもちろん、銀家の者や、交流のあった者(とは言っても、楽平らくへいたちのように、泉力のそれほど多くない未成年は除かれた)が泉力を流し続けていった。

 その中でも、慶透だけは一時も妖の傍を離れなかった。滅多に慶透の宅に入らない麗家当主も止めに入ったが、慶透は首を縦に振らなかった。そして当主も、慶透にとっての朋泉を理解しているだけに無理に引きはがすことはできなかった。


「公清、戻って来い……」


 妖の意識が戻らないのも、皆の不安を煽った。慶透が妖を迎えに行った時、彼女はもう限界が来ていたのだ。それでも体としては何の異常もないのである。朗妃は泉力が枯渇するごとに薬を調合していたが、なんの反応も示さない妖に何度も涙を零していた。


「公清――」


 慶透はずっと妖の泉名を呼び続けた。手を握って、何度も、何度も。朝も晩も彼には関係なかった。厠で席を外すのさえ極力避けた。食事は喉を通らなかった。何を差し置いても、妖の()()()()ことが大事だったのだ。


 ――傍にいて。


 それが朋泉の望みだったから。


「公清――」


 何度目の呼びかけだったのだろう。その言葉に反応するように、妖は薄く目を開けた。


「慶透……」


 そして慶透を見て、彼女は思い出したかのように内から泉力を放った。

 全てにひびが入りつつも、中々壊れなかった玉は、そこで全てはじけ飛んだ。

大集合。

続きます。

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