急転
あまりだらだらと問題を長引かせるのもよくない、今日こそ婚約の話にけりをつけようというのを三回繰り返して迎えた今日は、いつもとかなり違っていた。
基本的に王女は朝餉を終えた頃には訪ねてくるのだが、今日は昼を過ぎても来ない。
(昨日まではお元気そうだったけど、体調が優れないのかな)
心配に思う気持ちと、問題を先送りに出来る安堵の気持ちが混ざる。
扉の奥からバタバタと音が聞こえて、王女だろうかと思った瞬間、扉が乱暴に開かれた。
そこにいたのは予想していた通り王女だったが、彼女は予想外の表情をしていた。揺れる瞳が動揺を表しているが、それよりも、睨みつけるように歪められたその形にどきりとする。
「騙してたのね!」
急なことで理解が追いつかない。その間に、王女は私に近づいて、胸元の布を掴んだ。後ろから侍女が慌てて入ってくるが、王女は侍女など気にしていなかった。
「私、本当にあなたのことが好きだったのに!まさか、
――女だったなんて!!」
がつん、と頭を殴られたかのような衝撃に、却って意識が戻った。混乱していた脳内から情報がさっと引いていき、今の状況を理解する。
(私が女だって、ばれたのか)
騙していたつもりはない、なんて言い訳は通じないだろう。何より、私に怒っている彼女の手は震えていた。掴みかかっていたのは最初だけで、王女は私の胸に額をつけて項垂れており、今では縋っているようだった。
「微光!何とか言ってよ……」
「申し訳、ありません」
彼女が欲しいのは謝罪じゃない。それでも、私はまずそれを口にするしかなかった。
この部屋での様子を見てきた侍女は、激しい怒りを宿した目で私を睨みつけた。
「殿下、まだ騒ぎは収まっておりません。お部屋に戻りましょう」
侍女は王女の肩を優しく抱き、やんわりと彼女の手を私の服から解いた。
王女はされるがまま、侍女に身を預けて扉へと戻って行ったが、一度だけ立ち止まった。
「微光、あなたにとって、私はいったい……」
「董華様、申し訳ございません。信じてもらえないかもしれませんが、私は友人として董華様を大事に思っております」
何の慰めにもならないだろう。王女は返事をすることなく、侍女に連れられて部屋に戻って行った。
(何を、やっているんだろう、私は……)
目元がじんわり熱くなる。
(泣きたいのは董華様の方だろう)
婚約の話が出た時点で、言うべきだった。絶対にあなたと結ばれることはないと。異性として見ていないとはぐらかすべきではなかった。性別を抜きにすれば好きだと、欺瞞すべきではなかった。
一縷の望みが、深い絶望に変わることを、私は知っていたのに。
「公清!」
懐かしい、どこか遠くへ行ってしまったと思っていた声が響いた。低く落ち着きのある声が、珍しく上ずっている。
「慶、透……」
ぼんやりとした姿しか見えないが、彼が大きく感情を乱しているのはよくわかる。室内の温度が急激に下がって、また激しく上がるような感覚。
「なんと、酷いことを!!」
恐らく、玉の首飾りのことを言っているのだろう。泉族にとって、泉力を絶たれるのは泉族としての道を絶たれるのと同じ。けれど、そのことが私の救いのようにも感じる。
これは罰なのだ。私は結局、生まれてからずっと罪を犯し続けている。罪には相応しい罰がなければ。そうでないと、いけないのだ。
「公清、泣いているのか?」
気づけば、熱い塊は溢れて、頬を流れて行ったらしい。それでもまだ、奥から湧く涙が、視界をぼやけさせたままだ。
「泣くな、公清」
慶透の指がそっと目元に触れた。彼の冷たい手は、ほんの少し触れた指先から熱を奪うようにして、涙をすくいとる。
明瞭になった視界に、久しい友の顔がはっきりと映った。大げさに歪んだ眉は、困っているようで、悲しんでいるようで、ぐっと引き締められた口元は何かを耐えるようであり、瞳には嬉しさと怒り、苦しみがない交ぜになった色が浮かんでいた。
こんなにも表情に出す慶透は、初めて見た。
「泣くな」
慶透は同じ言葉を繰り返して、そっと私の頭を胸の中に閉じ込めた。
「私は、君に泣かれると……困る」
(困るって、なんだ)
慶透らしいな、と思うと、急に脳が働かなくなる。
「公清、私はどうすればいい?私は、こういったことには慣れていない」
慶透が私にものを訊ねるなんて、不思議だなと思いながら、私は彼の服を握りしめた。
「傍にいて。お願い――」
その後、自分で何と言ったかはわからない。私は、意識を手放してしまった。
続きます。




