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婚約の話

 王子と話した次の日、王妃に呼び出された。

 何か悪いことをしただろうかと悩んでいたが、案内された彼女の部屋には機嫌の良さそうな王妃と王女がいた。


「久し振りね、微光」

「お久しぶりでございます」


 礼をすると、王妃は私に席に着くように言った。それに従って王妃と王女の前に座る。

 そわそわしている王女が何かを言いかけてはやめ、を数度繰り返した後、王妃が仕方なさそうに口を開いた。


「あなた、董華とうかと随分親しいのね」


 嫌な予感がした。それでも嘘を吐くわけにはいかない。


「はい、殿下とは仲良くして頂いております」


 私の言葉に王妃は笑みを深めた。王女も嬉しそうに頬を赤らめ、忙しなく視線を泳がせている。


「そうよね。使用人からもこの子があなたの部屋に通っているという報告は入っているわ」


 そういう報告が入るということは、本来よくないこととして捉えられるのではないのだろうか。

 私のことを嫌っているはずの王妃が、どうしてこうも機嫌が良いのかわからない。


「当然、年頃の男女の距離があまりにも近ければ、周囲も疑いをかけるでしょうし、醜聞にもなり得るわ。

 けれど、もし正式な関係があれば、誰も文句は言わない」


 正式な、関係。つまり、


「董華と婚約してはどう?」


 将来を約束した関係である。


(そんなのできない!)


 私は女だ。今まで泉師学校でやって来られたのは、そもそも泉力を扱えるのが男だけで、兄の身分で入学したからだ。何か身体的な特徴が伴うようなことはなかった。

 だけど婚約となれば話は別だ。


「あなたと董華に子ができれば、あなたの血は正式に王家のものになる。雪家の血を引いた孫ができるのであれば、陛下もお喜びになるでしょう」


 それも、子どもを望むなら、絶対に男女間でなければならない。


(王妃の狙いはその子どもなのか)


 彼女の気持ちを確かめたことはないが、彼女は王を深く愛している。雪家の私を嫌うのは、その視線を母が奪っていたからだろう。

 その頃にはもう源泉で泉力を授かっていたので、結婚の話は出なかっただろうが、それでも、王妃という立場を追われずとも母を憎んでいた。あるいは、母に嫉妬していた。祝賀会でずっと扇子で視界を覆って、目に入れないようにするくらいには。


 そして私の母がいなくとも、王の目はあまり王妃に向いていないように思えた。箱の女の存在がその証ともいえる。

 王女は私に『私が、憎くないの?』と訊ねた。王女と箱の女が争っていた場面を見れば、ある程度の事情がわかる。王女は箱の女に憎まれるのが普通だったのだろう。

 それは彼女が母親に似ているからではないか。それまで平静を装っていた箱の女たちは、王女に睨まれた瞬間に表情を歪めた。彼女達がよく見る王妃の表情から王妃を連想してしまったからだと考えられる。王妃の性格を考えれば、私だけでなく箱の女にもきつくあたっていただろう。


 もし雪家の子どもができればどうか。実際は生まれなければわからないが、王も言っていたように私は母に似ている。子どもも母に似る確率が高いだろう。王はきっとその子をかわいがる。王妃も自分の娘の子どもなら情もあるだろうし、何よりその子は()()()()()()()()()である。


「しかし陛下、私は既に王家に入ってしまっているのでは?」

「そこはどうとでもなるわ。元々雪家の男児を()()()()()()のが約束だったのだから。董華と結婚すれば、それこそ正式な方法で王家に入ることになる」


 王妃は考える間もなくそう言った。彼女の中ではそこまで考えた上で、雪家の男児を要求したのだろう。


(男であれば王女の婿にすることができるし、王位にも関わらない、子どももできる)


 つまりはこの婚約は初めから王妃が考えていたことであり、王女の気持ちを汲んで持ち上がった話ではないのだろう。王女が予想外に私を気に入ったために、話が出るのが早くなっただけで。王女は耐えるように唇を引き結んでいたが、それでも目には力強さがあった。自分が利用されているとわかっていても、婚約を望んでいるのだ。

 得も言われぬ苦しさで胸がいっぱいになる。


(望まれても、私は女性と婚約などできない)


 王女は直ぐに頷かない私を不思議そうに見ていた。


「あなたは董華が好きではないの?」


 期待するような視線が王女から向けられる。

 苦しい。

 私は王女のことが嫌いではない。何も考えたくなくて、一人ではつらかった時期に、毎日会ってくれた。彼女のおかげで、私は緩やかに状況に慣れることができた。また、急に現れた私を異物として扱わず、素直に接してくれていた。

 私は彼女に救われていた。


(私は殿下が好きだ。でもそれは異性としてではない)


「私は、殿下のことを――」

「母上」


 王女は私の言葉を遮った。


「まだ、時期が早かったようです」

「董華」

「いきなりで微光も驚いたのでしょう」


 王女は苦しそうに微笑んだ。きっと、私の言おうとしていた言葉がわかっているのだろう。


「わかったわ。ぜひ前向きに考えてみてちょうだい」


 王妃はにこりと笑った。


「微光!」


 王妃の部屋を出たところで、王女に声をかけられる。


「その、ごめんなさい、急に」

「いえ。殿下が謝られることはありません」


 彼女から王妃に話を持ち出したわけでもないだろう。

 私は歩きながらも、しっかりと彼女の顔を見て答えた。混乱してはいるが、彼女を嫌っているとか、今回の事で嫌になったわけではないのだ。

 王女はほっとしたように胸をなでおろした。


「わかってるの、微光は私を異性としては見ていない」


 彼女は本当に私が言おうとしていたことを理解していた。


「それはわかってる。その上で、微光に聞きたいの」


 彼女は私の袖を引いて止まった。私もそれに合わせて立ち止まり、王女に向き合う。


「微光は、私のことが好き?」


 それはずるい質問だ。

 異性であることを抜きにして問われれば、答えは一つしかない。


「はい。私は殿下のことが好きですよ」

「嬉しい」

「人として、の話です」

「わかってるわ。それでも嬉しいの」


 眩しい程の笑顔に、どんどん息苦しさが増す。心臓の奥が張り裂けそうに痛い。なんとか笑顔を返すので精いっぱいだった。


 王女はそれからも私の部屋を訪れた。婚約の話が持ち上がったことなどなかったかのように、以前と変わらず接してくれた。

 王子はその話を聞いて難しい顔をしていたけれど、私の意志を尊重すると言った。どうやら王女と結婚してしまうと、王子の臣下となることが難しくなるらしい。


「董華を哀れんで受けることはしないように」


 その忠告は私の胸に深く突き刺さった。

 受けようにも受けられない話ではあるが、私は王女を拒むことができなかった。立場としては形式上同じで、王妃もどうしても婚約の話を進めたいわけではない。利用できなくなった私への態度はさらに冷たいものにはなるだろうが、圧力をかけて婚約させるようなことはないだろう。

 一言婚約はできないと言ってしまえばいいだけだ。そうすれば王女も諦めるだろう。酷く傷つきはするだろうが。

 結局はそこだった。私は彼女を傷つけたくなかった。彼女の傷ついた顔を見たくない。いずれはそうなる運命だとしても、まだ期限も迫っていない中で自らそうすることを躊躇ってしまう。

 王宮の外へ自由に出られない子ども。父親は綺麗な女性に熱心で食事以外で話すこともなく、母親は自分の気持ちを利用しようとしている。兄妹仲も悪くはないようだが、王子はどちらかというと王女に冷たい。

 王女に対するこの気持ちは哀れみなのか、同情なのか、共感なのか。自分の中でも判然としない。婚約の話が持ち上がるまでは、いたって純な友情だと思っていたのに。


(断るしかないのはわかっている。けれど、どうやって……)


 私が本当に男であったなら、簡単な話だっただろう。王女の話を受けるか、否か。ただそれだけを考えればいい。


(どうして、女に生まれてしまったのだろう)


 全ての始まりがそこにあるような気がしてしまう。

 兄の代わりに泉師学校に行くことになったのも、そうだ。本当に男であれば何の隠し事もなく過ごせた。兄は泉力が使えないことで悩まされたかも知れないが、王家の話に関しては私が雪家から出されれば両親も兄を差し出さずには済むのだ。


(これはきっと罰なんだ)


 王女が私に好意を持ってしまったのも、そのことで悩んでいることも、全ては私が女に生まれたことに対する罰。父が私を罰さなくなったから、代わりに天が罰しているのだろう。

 もし私が女だと知っても、王は何の問題もない。泉力が使えるのは異例だが、王家では泉力は関係ない。王妃が性別に拘っただけで、王は男であることに興味はなかった。雪家から男児を、と王妃が言っても王が気にしなければ、わざわざ兄が呼び出されることはないだろう。もしそのような事態になれば、私は王妃から更に疎まれるだろうが、その結果も私が女であるが故。

 そう考えれば、妙に納得がいった。

続きます。

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