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玉の首飾り

 翌日、私はばったりと王妃に出くわした。体が鈍らないように、どこか動ける場所を探そうと外に出たところだった。


微光びこう、何をしているの?こんな朝早くに」


 私こそ、こんな朝早くに、本殿から遠く離れたここまでわざわざ出向いた王妃に問うてみたい。嫌な予感しかしないが、私は正直に答えることにした。


「開けた場所がないかと探しておりました」

「なんのために?」

「体を動かすために」


 ぱん、と軽い破裂音がした。どうやら王妃が私を打ったようだ。


「王妃様!」

「黙りなさい」


 後ろに控えていた護衛が抗議したが、王妃は一言で切り捨てた。


「余計なことはせず、大人しく部屋に閉じこもっているのがあなたの仕事よ。よくもまあ面と向かって体を動かすと言えたものね。

 あなたの着ている服は陛下から賜ったもの、それを汚すような行為をしてはならない。そのことは知らずとも、王宮内での泉力の扱いに関しては知っているわよね?」


 私は驚いて王妃を見上げた。それを見て、彼女は歪んだ笑みを浮かべた。


「知っていてやったのね。――出しなさい」


 その一言で、彼女についていた護衛のうち一人が素早く私の背後に回り、もう一人が懐から布に包まれた何かを取り出す。


「暴れさせないで」

「うっ」


 後ろで両手を掴まれ、そのまま地面に押し付けられた。肩から下が地面と密着するように、後ろからのしかかられていて、抜け出すのは難しそうだった。


(普通に、重い)


 大人しく抵抗しないでいると、下顎をすくい上げられる。顔だけを上げるのは少々苦しい。


「ああ、いつもそういう顔なら、多少は見ごたえもあるかもしれないわね」

「どういう――陛下、それは……」


 王妃の言葉の意味を考えることはできなかった。

 彼女の手に握られているもの、それを一体どう使うのか、悪い想像しかできなかったからだ。

 王族は泉力を持たないけれど、ぎょくを有している。玉は泉族でも貴重なものとして扱われているが、入手するためには王族に話をつけなければならない。

 玉は中に留める性質と中から外に透過させる性質がある。泉名せんめいの儀の時も、源泉の水を閉じ込めたり、そこから出したりしていた。泉族は泉力を操ってその切り替えをするが、それができるのは天然の玉に対してである。

 泉力を持たない者でも扱いやすくするように、加工された玉もある。たとえば、彼女が今手に持っている玉は溜める性質のみを残した玉だ。


「これを知っているの?優秀だというのは本当だったのね」

「陛下、おやめください!泉族にとってそれは!」


 顔を背けようとすれば、もう一人の護衛が私の横にしゃがんで、顔を固定した。その間に、王妃は玉の連なった紐を私の首に回した。


「泉族?あなたはもう王家の人間よ。泉力など必要ないわ」


 かちり、と首の後ろで金具の音がする。


「取ろうとしても無駄よ。留め具には術が施されているの。泉力が流れる限り、決して取れないわ」


 札を使わない術となれば、古のものだろう。無理やり取ることはほぼ不可能だ。


(泉力が流れる限り?つまりは――)


 ――死ぬまで。

 ぞっとして鳥肌が立つ。


「もういいわ」


 私の顔は解放され、後ろから私を押さえつけていた護衛も退いたが、依然体は重いままだった。立ち上がることもできない私を見て、王妃は目で護衛に命じる。護衛は私の腕を引き、立ち上がらせたが、私はちゃんと立てているのかわからなかった。


「お似合いよ、雪微光。今後は身につけているものに見合った行動を取りなさい」


 王妃の用事はこれだったのだろう。立ち上がって、護衛を引きつれて元の道を戻って行った。

 私も大人しく部屋に戻ったところで、閉めたばかりの扉がいきなり開いた。


「微光!」


 飛び込んで来たのは、人をつけていない王女で、その顔は蒼白である。


「殿下、どうなされましたか?」


 彼女は立ち上がった私を見て、更に顔を青ざめさせた。両手を口に当て、息を飲むように肩を引き上げると、こちらに走り寄って来た。


「これ……」


 彼女はそっと私の首にある玉の飾りに触れた。


「ご存じなのですか?」

「罪を犯した泉族を見たことがあるの。牢の中に入れられる前に、玉をつけられて、泣き叫ぶ者もいたから……」


(泉族の刑の執行が王宮で?反逆者だったんだろうか)


 当然、泉族として生きてきたのだから、常に泉力が身近にある。それを封じられてしまえば、自分の中の一部を抜き取られたように感じる。泣き叫ぶ者がいるのもおかしくない。


「微光は、平気なの?」


 王女の心配はありがたいが、私はもう感覚が麻痺しているのだと思う。平気なはずがないのに、悲しみも怒りもわかない。雪微光がもとから王家に入る約束であったと聞いてから、あの日一人この王宮に置いていかれてから、ただ静かな絶望にずっと浸かっているかのようだ。


「不便なことはあるかもしれませんが、たいしたことではありません。殿下がお気にかけるようなことではありませんよ」

「でも、私のせいで微光は……」


 きっと、昨夜泉力を使って傷を治したことを言っているのだろう。


「殿下、遅かれ早かれこうなっていたのです。殿下のせいではございません」


 そうだ。きっと、いずれは泉力を封じられる身だった。王宮と泉力は相性が悪い。だから、王妃もすぐにこの玉を準備できたのだ。

 どうせ決まっていること、変えられないこと。


(何も、考えたくない)


「微光、またここに来てもいいかしら?もし不便なことがあれば、私が助けるから」


 私はその言葉にうなずいた。一人で部屋にいたら、考えたくないことを考えなければならない。答えも出なければ、どうすることもできないことについて考え続けるのは嫌だった。誰かいてくれれば、そんなこと考えなくてもいい気がした。


「もちろんです。けれど、侍女くらいはつけてくださいね。お一人では危ないですよ」

「うん、わかったわ」


 嬉しそうに笑う王女が、眩しくて仕方なかった。

泉力を授かっていない者は外すことが可能です。

ただし、本人の泉力は溜められたままなので、急に玉との接続が切れることで大量の泉力が玉から出て、外した者がダメージを負うことはあります。泉力に慣れていないので。

続きます。

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