王女と箱の女
一日は心を落ち着けるためと休ませてもらえたが、ずっと部屋に引きこもっているわけにはいかないようだった。
「微光様、陛下がお呼びです」
服を整えて遣いについて行くと、謁見の間に案内される。一番奥、段の一番上には王と王妃が並んで座っており、そこから一つ下がったところに王子を含む三人の王族が壁を背にして座っていた。
「微光、よく来たな」
王が私に声をかけたところで、案内してくれた者は礼をして広間を出て行った。王の後ろには護衛が二人立っているが、彼らはまるで物置かのようにぴくりともしない。王族だけの場所に一人取り残され、緊張が走る。
「そう固くならずともよい。こちらへ」
とりあえず言われた通りに奥へと進むと、王子以外の二人から好奇の目を向けられる。私と同じくらいの少女と少年だ。
そのまま前に進み、王の前に片膝をつき、首を垂れる。
「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません」
「よいよい、お前はもう私の子だ。顔をよく見せておくれ」
顔を上げると、王はじっと私を覗き込んだ。
王は賢叡先生と歳が近いと聞いたことがあるが、先生のように眉間に皺は刻まれておらず、若々しく見えるし、穏やかそうだ。
だが、目が合った瞬間、ぞわりと悪寒が走る。
王の目は異様な熱があった。ぎらぎらとしたものではない。熱心に私の顔を見ながらも、その目に私は映っていないような気がした。そう思うほど、機械的で冷たい目でもあった。
「ふむ、どちらかというと母親似だな。泉師学校で修行を積んでいると聞いていたが、雪家特有の白い肌は健在のようだ」
違和感の原因はそこにあるのだろう。王は、私を人としては見ていない。まるで品定めしているようだった。
「お前には妹がいたのだったな」
「陛下」
王妃が扇子の向こうから声を発した。
「雪家の男児、それがお約束でしたよね?」
「もちろんだ。ただの世間話ではないか」
王妃はまた口を閉ざした。
「陛下、そろそろお時間です」
護衛が言うと、王はつまらなさそうに「そうだな」と言った。
「では微光、また会おう」
「あの、陛下!
私はここで何をすべきでしょうか?」
せめてこれだけは聞いておかなければならない。私に何が求められているのか。
王は驚いた顔をして、一度考えこんだが、
「特に何もない。お前は王宮にいれば、それでよい」
と言って、出て行ってしまった。
(何も、ない)
どうすれば、と王妃の方を見ると、彼女はいつの間にか扇子を下ろしていた。その目には依然として憎悪が宿っている。
「そんな顔で見ないでちょうだい!」
王女は立ち上がって私に扇子を投げつけた。
「忌々しい!雪家の人間はみなそうなのかしら?そうやって、やつれた顔で、周囲の同情でも引きたいの?!」
「いえ、そんなつもりは……申し訳ございません」
「何に対しての謝罪なの?あなたにできることなどないわ。余計なことをせず、大人しく部屋に閉じこもってなさい。お得意でしょ?」
何か言わねばと思ったが、これ以上口を開いても王妃の機嫌を悪くするだけだ。私が黙っていると、王妃は私の横を通り過ぎて扉に向かった。慌てて、護衛が扇子を拾ってから追いかけていく。
私はその様子を見ながら、ここでやっていけるのか不安になっていた。
*
食事は部屋に届けられる。侍女たちの話を聞く限り、王は家族でと言うのだが、王妃が反対しているのだそうだ。私とてしても王族の中に混じって食事をしても味がしないだけだが、ずっと部屋に閉じこもっていると、両親や師匠、泉師学校で知り合った人たちのことをぐるぐる考えてしまう。
王妃には申し訳ないが、少し外を歩くことにした。
王宮は広く、私が与えられた部屋は、本殿からかなり離れている。本殿に行くまでには二つの渡り廊下を歩く必要があり、途中には庭が設けられている。寒い中健気に咲く小さな花を見ていると、後ろの方で大きな音がした。
(なんだろう?)
「何するの!」
「申し訳ありません、董華様。そうお怒りにならないで」
声の下のは渡り廊下の向こう、本殿の一つ隣の棟だった。言い合いは続いており、その音を頼りに進むと、廊下に立つ二人の女と、庭先に座り込んでいる一人の少女がいた。
「どうかなさったのですか?」
声をかけると、三人は一斉にこちらを向いた。
庭先に座っていたのは、謁見の間で見た少女、王の娘であった。
「あなたは?」
王族以外とは会っていないので、廊下に立っている女の一人が尋ねてきた。
「私は微光と申します。一昨日よりこちらでお世話になっております」
そう言うと、彼女達は私に同情の目を向けた。
「あなたが微光様なのですね」
「あなた方は?」
「申し訳ありませんが、殿方に名乗ることはできないのです。箱の女、とだけ申しておきましょう」
王宮での決まりごとはわかならいが、世の中には知ってはいけないものもある。私は頷いて、話を元に戻した。
「先程大きな音が聞こえたのですが、何かございましたか?」
箱の女たちは顔を見合わせて、困ったように眉を下げた。
「ちょっとした事故ですの」
「すれ違いざまに董華様とぶつかってしまって」
王女は顔を真っ赤にして、
「事故じゃない!」
と叫んだ。
「董華様、もう夜も遅いのです。そのように大きな声を出されてはなりませんよ」
箱の女は幼い子を宥めるように言った。
「それでは、こちらから落ちてしまったのですね」
王宮の床は高い。今は座っているが、もし落ちた時に頭を打っていたりしたら大変である。手当をしようと廊下から折りかけたところで、袖を引かれた。
「まあ、微光様、なりませんよ。お召し物が汚れてしまいます」
「ですが、王女様にお怪我があれば……」
「王女よりも王です。王に賜った衣を汚してはならないのです」
規則を知らない私は、その真偽がわからない。
「あなたたち、箱の女は王族の男児に触れてはならないのよ?」
王女が睨みつけるようにして言うと、箱の女は憎々しい顔になって、ぱっと私の袖を放した。
「微光様、見ての通り、お元気そうですから、お気になさらずともよいのでは?」
「いえ、そういうわけには参りません」
私は廊下から庭に下りた。
「今はよくとも、後に響くものもあるのです。
殿下、もし先程のことが王宮内の規則に触れるのであれば、お目こぼしくださいませんか?私は来たばかりですし、急に王族と言われても受け入れられないと思うのです」
今度は王女に向かって言うと、双方驚きすぎて言葉も出ないといった感じだった。
「微光様、それほど気になさらずともよいのですよ。私たちはここで失礼いたします」
「はい、おやすみなさいませ」
箱の女たちはそのまま廊下を進んでいった。
「殿下、失礼いたします」
彼女達の姿が完全に見えなくなってから、私は王女を抱き上げ、廊下に腰かけさせた。そのまま彼女の足元に跪き、足袋を脱がせて足首の様子を見る。
予想通り、片方の足首が赤く腫れていた。
「どうして、わかったの?」
「殿下がお座りになったままだったからです」
私がここに来るまでそれなりに時間があったが、彼女はそのまま箱の女たちと言い争っているようだった。王族ならば、いつまでも地べたに座っているわけにはいかないはずだ。
「どうして私を助けたの?」
「どうして、といいましても、箱の女たちは特に怪我はなさそうでしたから」
王女は怪訝そうに眉を寄せてから、
「そうじゃなくて!」
私から視線を外し、小さな声で言う。
「私が、憎くないの?」
今度は私が戸惑う番だった。
「なぜですか?」
「なぜって……微光は家族と離れたくなかったでしょう?」
「いえ、そんなことは――」
「嘘つかないで。顔を見ればわかるわ」
やはり私は顔に出てしまうらしい。だが、そのことがどうして王女を憎むことに繋がるのだろうか?
「王族の命には逆らえない。望んでこちらに足を踏み入れた者はともかく、強制的に呼ばれた者は王族にいい感情は持たない」
もしかすると、私みたいに王宮に呼ばれた者は他にもたくさんいて、その人達は王女を恨んだのだろうか。さっきの箱の女もそうなのだろうか。事故と言っていたけれど、王女への恨みからわざと庭につきおとしたのだろうか。
(いや、そんな風に考えるのはよくない。私は何も知らないのだから)
「殿下、私が家族と離れるのが悲しかったのは事実です」
父上母上が私のことをどう思っていようと、私にとって二人は大切な家族だった。彼女の言うように王命に逆らえず泣く泣く別れたわけではないけれど、逆にそのことが悲しくてつらかったことに変わりはない。
「けれど、だからといって殿下を憎んだりはいたしません」
両親は私を厄介払いしたかったのだ。無理に何かをさせられたわけでもないのに、王を、王族を恨むことなどできない。
「私は、殿下にお会いできたことを嬉しく思いますよ」
そう言うと、王女は泣きそうな顔になった。
私も、そう思うことにした方が、楽になれる気がした。
「微光……」
「寒い中ずっと外にいてはお風邪を召されます。手当だけしてしまいますね」
泉力を流して泉力の器を整えてやることで、身体も治癒される。泉力を授かっておらずとも、人間は泉力の器がある。泉力を持つ泉族ほどの効果はなくとも、軽い怪我なら治るのだ。
「すごい、痛くない」
「あまり宮内で泉力を使うのは良くないのですが、お許しください」
足袋をはかせてから、手を取って立ち上がらせると、もうすっかり歩けるようだった。
「ありがとう、微光」
王女は本当にうれしそうに笑った。
続きます。




