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王宮へ

 炎陽えんようは結局師匠が来るまで一緒に待っていてくれていた。

 彼の言う通り私は慶透けいとうといることが多いし、秋期に入ってからは四人組での活動が多かった。いくら五家同士で話す機会があるといっても、基本的には同じ組で過ごすのでそこまで多くはない。慶透がいない時はたいてい炎陽もいなし、その間は楽平らくへい賢奨けんしょうといた。約一年ともに学んできたが、ここまで長く二人で話したのは術の修業で教えてもらって以来だった。


「微光、待たせたね。炎陽、一緒にいてくれたのですね、ありがとうございます」


 師匠は賢叡けんえい先生と一緒にやって来た。賢叡先生は眉間に皺が寄っていて、機嫌が良くはなさそうだ。


杏澪きょうれい、いつまでもそのままとはいかぬぞ」

「わかっていますよ、叔父上」


 師匠は刺々しい先生の言葉に全く動じていなかった。代わりとでも言うように、じとりとした目が私に向けられる。


(なんで?!)


 先生は口だけを動かして(おそらく)”招待状”と言った。私はこくこくと頷くしかなかった。


「微光、帰ろう。すっかり遅くなってしまった」

「はい、師匠」


 恐ろしい形相の賢叡先生がいるこの場から去るのには大賛成である。先生はもう一度師匠に声をかけようとしたが途中で諦めたようだった。


 帰路の途中、私は忘れぬように先に師匠に招待状の話を持ち出した。


「師匠、慶透から祝賀会のお誘いを受けました」

「麗家か。長期休暇にお世話になったから、丁度良いかもしれないね」


 五家は基本的に誘いを受けない。彼らが人を招くことはあっても招かれることは少ない。お世話になった身だが、家に招待することはできないので、こちらが土産を持って招待を受けるのである。


「あと、こちらは師匠に渡すように、と」


 慶透の方の招待状は懐にしまったまま、希杏にもらったものを差し出すと師匠は苦々しい顔になった。


「銀家からだね」


 師匠はしばらく私の顔をじっと見て、諦めたように紙を開いた。


「……なるほど、そう来たか」

「何が書いてあるのですか?」


 師匠にと言われたので私は中身を確認していない。師匠は一度躊躇ってから口を開いた。


「君とともに祝賀会に参加しないか、と」

「私と?」


 麗家は慶透と私が朋泉なので私が行ってもおかしくない。だが、銀家は私との関りはないはずだ。希杏とは話すようになったし、お互い良い印象を持っているが、彼とは組みも違うのである。元銀家本家の人間である師匠が誘われても、私が誘われる理由がない。


「けれど、私も同行可能であれば、師匠はやっと銀家に戻れるのではないですか?」


 胸がずきりとする。


(私は師匠の足枷となっている)


 師匠は優しく私の頭を撫でた。


よう、そんな顔をしないで。私が銀家に戻らないのは別の理由もあるんだ。君を雪家に置いてはいけないというのもあるが、君が一緒に来てくれることで解決しないものもあるんだ。

 もし雪家での君の扱いが気になるだけなら、今までも一緒に訪ねればよかったし、君の在校中に訪れればよかった」


 以前、師匠の話をしてくれたが、あの時全てを話してくれたわけではないと思っていた。今回は私を気遣って明かしてくれたのだろう。師匠が話さないと決めたことを、その存在だけでも話させてしまった。


「妖、申し訳なく思わなくていい。今は話せないけれど、いずれは君に話すことだよ」


 師匠は安心させるように微笑んでくれる。


「いずれは?」

「そう。君が無事に泉師学校を卒業して、一緒に旅に出てから話すと決めているんだ。

 このことは、私にとって今は秘すべきことだけど、君には話しておきたいことなんだよ」


 師匠が今は秘すべきと判断しているのなら、それに従うのが正しい。


(私に話したくないことがあるわけじゃなかったんだ)


 そう思ったら急に元気になった。


「わかりました。その時まで大人しく待ってます」

「うん、ありがとう、妖」

「あ、あと、炎陽と一緒に修行する約束をしたのです」

「おや、炎陽と?」

「はい。師匠にもご協力いただきたいので、父上と母上に挨拶が終わったら、相談に乗ってくださいませんか?」

「ええ、もちろん。楽しみにしているよ」


 師匠の離れによってから、本宅に挨拶に行くと、両親が揃って迎えてくれた。

 いつもとはどこか違う雰囲気に、私は少し困惑する。


(今日は父上の機嫌がいい)


 父の機嫌がいい時は、母も優しいのだが、今日はそうではないらしい。優しい微笑を浮かべておらず、逆に顔色が悪い気がする。


(慶透は表情が変わらずとも何となく感情を読めるのに、母上はわからない。体調が悪いのだろうか?それとも何か心配事が?)


「何をしている、早く入れ」

「は、はい!」


 父にこんな風に声をかけられるのは初めてで、嬉しいと同時に緊張もする。

 本宅に来る時はそのまま反省小屋に向かうことが多いので、こういった場面はあまりないのだ。


「失礼いたします」


 勧められた通り、手前に置かれた座布団に座ると、父は懐から封筒を取り出した。丁寧にとめられた口にはきらりと光るものがある。


「王家から祝賀会の招待状をいただいた」


 一瞬耳を疑ったが、玉を砕いた欠片を封にできるのは王家だけである。だが、どうして機嫌がいいのだろうか。前に麗家から手紙をもらった時は憤っていたのに。


「お前が魔の山で王子を助けたことに礼をしたいそうだ」


 そのことも父には話していない。普段ならそのことに怒りそうなものなの。


「あの、良いのですか?」

「何を言っているんだ?お前は素晴らしいことをしたよ、よくやった」


 よく、やった……。

 父に褒められるのは初めてだ。じんわりと嬉しさが込み上げてきて、泣いてしまわないようにぐっと堪えた。

 私は、父上に認められたんだ。


「明日にでも向かうと返事をしてある。今日はこのままこちらに残りなさい」


 信じられないことの連続で、私はすっかり舞い上がってしまった。兄が源泉で力を授かったくらいから、私は本宅を出ることになったのである。

 本宅で過ごすなんて、何年ぶりだろう。


「はい!」


 嬉しくて仕方がなかった私は、母の表情の意味には気づけなかったのである。



*



 その日は一日中幸せだった。夢の中でも母が現れて、私をずっと抱きしめてくれたのだ。起きたら夢の内容は忘れてしまったけど、私に語り掛けてくれていた。


(夢の中だとしても、母上の言葉を忘れてしまうなんて)


 もったいないな、と思っていると、


「入りますよ」


 母が部屋に入って来た。


「は、母上!すみません、まだ用意が――」


 慌てて布団から跳ね上がると、母はくすりと微笑んだ。


(やっぱり、母上は綺麗だな)


「まだだろうと思って、来たのです」


 母は手に服を持っていた。本宅には私の知る使用人はいなかったので、どうしようかと困っていたのだ。風呂も着替えも一人でできるけれど、礼服の着方はわからない。


「母上、ありがとうございます。着方を教えてくださいませんか?」

「この服は一人で着られる仕様ではありません。私が着付けますから、寝間着を脱いで、そこに立ちなさい」


 母自ら服を着させてくれるとは思わず、私はまだ夢の中かと疑ってしまった。


「ほら、早く」

「けれど、母上に手伝わせるなど」

「いいのです。これは――私からお前への褒美だとでも思いなさい」


 せっかくの厚意を無駄にするわけにはいかない。私は急いで寝間着を脱いで下着姿になった。


 母は丁寧に服を着せてくれた。そして最後に、私を胸の中に迎え入れてくれた。


「無礼のないように、気をつけるのですよ」

「はい」


 母の温もりに身体を委ねると、彼女は私の背中に手を回して抱きしめてくれた。



*



 家を出る際に師匠に挨拶はできなかったが、家の者が今日のことについては連絡してくれたらしい。せめて土産話でも持って帰ろうと意気込んでいたが、王に直接挨拶した時には緊張で頭が真っ白になったし、あまりにも王宮内が豪華絢爛で、意識が吹っ飛ばないように保つので精いっぱいだった。


「それでは、そろそろお暇させていただきたく存じます」


 父が立ち上がると、母もそれに従い、私も立つ。


「ああ、それが良かろう」


 王の許可も得たので、両親の後について退室しようとすると、近くにいた使用人に肩を掴まれた。


「微光様はこのまま」

「え?」


 状況が理解できない。まだ何か話があるのだろうか。


「では、愚息ですが、よろしくお願いいたします」


 父は満面の笑みでそう言った。


(何?)


 母を見ると、彼女は一瞬綺麗な顔を歪ませてから、


「失礼いたします。

 微光、失礼のないように」


 そう言って部屋を出て行った。


(今、何が起きたの?)


「あの、私も退室したいのですが?」

「その必要はない」


 肩をつかんでいる使用人に声をかけると、王から返事が返って来た。


「君は今から、ここで暮らすことになるのだ」


(ここで、暮らす?)


 事態を理解できていないのは私だけのようで、他の誰もそれを当然のこととして受け入れている。王子は驚いた顔をしていたが、眉を寄せてから、何かに納得したようだった。


「事前に聞いていなかったのですか?」


 扇子で顔を覆っていた王妃が、その位置を少し下げる。扇子の下から現れた目には、侮蔑の色があった。

 挨拶をした際は何も反応がなかったが、その扇子の下にはずっとその目があったのだろうか。初めて聞いた声にも、深い憎しみが込められている。


「微光が知っていようと知っていまいと関係ない。これは()()()()()()()()()()()()なのだ。約束が果たされたのだから、それでよい。

 お前もそれで納得しただろう?」


 王妃は王の言葉には何も言わず、また顔を扇子で隠してしまった。


(わからない。決まっていたこと?約束?)


 目の前が真っ暗になる。


「さ、微光を部屋に案内しろ」


 情報の処理が追いつかなくて、私は何も言えないまま使用人の後を着いて行くしかなかった。

続きます。

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