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祝賀会の招待と炎陽

 学校での宴会を持って、一年次が修了となる。

 決起会と同じで親や師が迎えも兼ねて宴会に参加していたが、これから一月の祝賀会期間に向けて誘い誘われがあるので、今回は生徒たちは生徒たちで固められていた。


「ああ、もう卒業かぁ。せっかく微光と仲良くなれたのになぁ」


 食事を終えた後も定位置の慶透の隣に座っていると、朗妃がやって来た。もちろん朋泉の堅玄けんげんも一緒だ。


「朗妃、卒業おめでとうございます」

「ありがとう。でも、僕は悲しいよ。微光には会えなくなっちゃうし、労働生活の始まりだからねぇ」


 嘆く朗妃を、堅玄が呆れたようね目で見た。


「お前は。何のために学校に通っていたんだ?」

「そりゃそうだけどさぁ」


 今日で最後の無地の白衣の上には、各家の色の帯の他に、紫の細い組紐が巻かれていた。泉師の証である。


「お二人とも、泉師に選ばれたんですね」

「そうそう。希杏ききょう獅裂しれつもそうだね。五家の子息やその分家の子とかだと選ばれるのが普通かなぁ」


 と言ってはいるものの、立場とかが関係するのではなく、その本人の実力がその域に達しているから泉師に選ばれるのだ。


「お前も頑張れよ、微光」


 堅玄が屈んで私の頭を撫でた。


「せっかく知り合えたのだ。泉族として共に励もう」

「堅玄って本当に微光に甘いよね」

「微光はかわいいからな」


 堅玄にかわいいと言われるのはもう慣れた。朗妃曰く、堅玄は小さいものがかわいくてしかたがないというか、庇護欲が湧くのだそうだ。

 堅玄がまた頭を撫でようとすると、慶透がぴしゃりとその手を跳ねのけた。


「触るな。君のせいで微光びこうの髪は崩れてばかりだ」


 慶透は私の身体の向きを変え、髪紐を解いて結び直してくれる。長い髪が初めての私に結び方を教えてくれたのも慶透だ。


「多少崩れても大丈夫だろ?」

「だめだ」


 堅玄は特に気にせずに手を引っ込めると、


「微光、綺麗になったな」


 と微笑んだ。


「き、れい?」


 小さい、かわいいと言われるのには慣れたが、綺麗と言われたことは一度もなかったはずだ。しばらく言葉の意味を飲み込めなかった。


「成長したのではないか?

 髪がのびて子どもらしさが薄れたのもあるが、慶透とはまた違った美しさがある」


(慶透が綺麗なことは百も承知だけど……)


 茨塊しかいに綺麗な顔が台無しだ言われたことはあるが、それは揶揄われただけである。それ以外に私自身について綺麗だと言われたことはない。


(母上は身内贔屓を抜いても綺麗な人だ。成長して母上に近づいたということなのかな)


 いまいち言葉の意味がわからずにいると、堅玄は「気にするな」と首を横にふった。


「お前は消えてしまいそうで儚いと思っただけだ。小さくてかわいいことに変わりはない」


 それはそれでどうかと思う。


「はぁ~、堅玄はよくそんな言葉がするする出るよね~。女誑しは違うねぇ」

「今は関係ないだろ」

「女誑し……」

「微光、そんな目で見るな」


 女誑しと言われるような人を見るのは初めてで、思わず凝視してしまっただけなのだが、堅玄は不快そうに眉を崩した。


「俺は綺麗なものは綺麗と言いたいし、かわいいものはかわいいと言いたいだけだ。その結果女性に好かれやすいだけだ」

「それを女誑しって言うんだよ!」


 朗妃の言葉は堅玄に拾ってもらえなかった。


「それに、微光の方が中々女誑しの才能があるんじゃないか?」


 何故かこちらに火が飛んできた。


「私は女性との関りはあまりないですよ」


 親しく話した経験があるのはしんの家族などの家に仕える者だけだ。


「少し顎を引け――そう、眉は下げて、そのまま目だけで俺を見ろ」


 言われた通りにすると、朗妃が「おお」と声を漏らした。


「その表情で頼みごとをしてみろ、断らない女はいないぞ」

「たしかに!母性本能をくすぐられそうだねえ」


 自分で自分の顔は見れないので、全然わからない。何だか遊ばれた気になってむっと口を引き結ぶと、朗妃が笑った。


「あはは、そんな顔しても可愛いだけだよ」

「可愛いのは朗妃ですよ!」

「ありがとう。僕は可愛いけどさあ、女の子にはあんまりモテないんだよね。男に見られなくて友達になっちゃうの」

「お前の話は今どうでもいいだろ」

「ええ~、酷い」


 私は同世代の女の子との関わりはなかった。ずっと家にいたし、泉師学校には男子しかないからだ。けれど、普通なら入学前にそういったつながりができるのだろう。


「慶透はどうなの?」

「慶透は一部の子が遠くから眺めてる感じかなぁ。綺麗だけど、本人がまったく興味ないからさ」


 慶透ではなく朗妃が答え、慶透は少し眉を寄せた。


「なぜ君が答える?」

「だって、慶透自分で言わないでしょ?」


 朗妃が嬉しそうに答えたところで、前に人が現れた。


「随分と楽しそうですね」

「希杏!それに獅裂、炎陽も!」


 堅玄と炎陽の視線がかち合って、二人同時に嫌そうな顔をしたが、祝いの場であるためかお互い言葉を飲み込んだようだ。


「希杏様、獅裂様、おめでとうございます」

「ありがとう、微光」


 希杏は優しく微笑んだ。


「話の腰を折るつもりはなかったんだけどね。これを渡しておきたくて」


 希杏は折りたたまれた紙を取り出し、私に握らせた。


「これは?」

「祝賀会の招待状です。五家の本家は学校の宴会には参加できませんから」

「なぜ私に?」

杏澪きょうれい様宛に送っても開封されないだろうと、父上から微光に渡すように頼まれたのですよ」


 困ったように微笑んだ希杏も詳しくはわからないのだろう。とりあえず師匠に渡せばいいのだ。


「必ず師匠に渡します」

「ありがとう。できれば参加するように言ってもらえませんか?父上も会いたがっていましたので」


 師匠が銀家に戻らないのは、私を置いていけないからだ。申し訳ない気持ちになる。


(この招待くらいは承諾してくださらないかなぁ)


「はい。言ってみます」

「お願いしますね」



*



 宴が終わればみな、迎えに来てくれた親や師と共に帰る。私は師匠が銀叡ぎんえい先生に呼ばれてしまったので、帰るのが遅れてしまった。五家の子息は特に迎えがないそうで、慶透はしばらく私に付き合ってくれた。だが、彼も忙しい身で、もう帰らなければならない。


「微光、また祝賀会で会おう」


 慶透、正確には麗家からの招待状ももらった。長期休暇の二の舞は避けたかったのか、雪家には送らず、直接渡してくれた。


「うん。慶透、元気でね」

「ああ」


 慶透は本当にぎりぎりまで粘ってくれたようで、泉力で強化して帰って行った。見えなくなるのが早かった。

 一人で掲示板の前で突っ立っていると、炎陽がふらりとやって来た。


「まだ帰ってなかったの?」

「ああ」


 丈拳はいない。


「あいつなら、親と一緒に帰った。一年も終わりだからな。偶には家族と過ごす時間も必要だろう」


 主人がそこまで気遣うことは珍しいと思うが、家によって色々あるのだろう。


「炎陽は帰らないの?」

「帰る。お前と話してからな。何のために今まで残ったと思っている」


 炎陽は私の隣に立つと暮れかかった空を見上げた。


「お前は、常に誰かと一緒にいるな。慶透は言わずもながだが、あいつのいない午前は聖賢奨と道楽平といた」

「そんなこともないと思うけど……」


 春と夏の長期休暇は基本的に一人で過ごしているし、家にいた時も反省小屋にいる時間が長かったが、炎陽はそれを知らない。慶透はたぶん私が長期休暇の間学校に残っていることを言っていないだろうし、炎陽の見る私は常に誰かと一緒にいるのだろう。


「炎陽だって、丈拳とは一緒でしょう?」

「ああ、あいつはいつも傍にいてくれる。だが、主人と使用人の一線はある」

「それを言うなら、私だって五家の人達とは一線あるよ」


 炎陽は目を丸くして私を見て、にやりと笑ったあと鼻をつまんできた。


「わ!」

「その五家の人達に慶透は含まれてないだろ。それに、俺に対してももう随分と慣れたようだが?」


 ぱっと手を離されたが、ちょっとだけ鼻がひりひりする。


「そりゃ慶透は、朋泉だし、炎陽も別だよ」


 自分で言ったくせに、炎陽はまた驚いた顔をした。


(さすがに失礼だったかな?)


「あの、炎陽――」


 気を悪くさせたなら謝ろうと口を開いたところで、炎陽に頭を撫でられた。


「はは、そうだな」


 あまりにも嬉しそうに笑うので、文句を言うのも、その真意を訊ねるのも憚られる。


「微光、お前は自信がついたな」


 炎陽は賢奨と同じことを言って、ゆっくりと私の頭から手を離した。


「逆に、炎陽は自信が減ったように感じる」


 学期中は自分のことで精いっぱいだったが、改めて向き合って見ると、炎陽は疲れたような諦めたような雰囲気があった。昨日今日で疲労が溜まったようなものではない。


「そうかもな」


 直感的に、炎陽はこの話をしたかったんだとわかった。

 丈拳には弱音を吐くようで言いづらかったのだろうが、かといって彼に親しい友人がいるわけでもない。彼も五家の子息であり、周りからは敬遠されがちなのだ。


「俺は、啓家の長男であり、一人息子だ」

「うん」

「お前は知らないかもしれないが、啓家は代々長子が跡を継ぐ。問題があった場合のみ、兄弟が継ぐ」


 長子が家を継ぐのは一般的だと思ったが、五家だとそうでもないのかもしれない。


「俺は、家を継ぐ立場だ。継がねばならない。俺は兄弟がいないから、問題があったとしても俺以外に継げる人間がいない」


 炎陽に問題があるようには思えないが、話を聞く限り、彼は自分に跡継ぎとして相応しくないほどの問題があると考えているのだろうか。


「俺は凡人なんだよ。生まれは立派だ。五家の本家で、母上も啓家の派閥の囲山いさんの家系で、これ以上ない程だ。

 それでも、俺には才能がない。希杏や堅玄のように家の得意分野を極めているわけではない。朗妃や慶透は跡継ぎではないが、朗妃は武に優れているし、慶透に至ってはこの年ではおかしい程なんでもできる」


 炎陽がそんなことを考えているとは思わなかった。彼は自信がありそうに見えたし、実際に成績だって、事故があったあの春期ですら一位だったのだ。


(炎陽にとって泉師学校での成績は、評価に当たらないのかな)


 彼は五家の子息であり、その中で生きてきたし、生きていくのだ。泉族でもない子と比べられたって、何の意味もないのかもしれない。特に今年は、慶透の朋泉が私だった。足を引っ張られた状態の慶透と、座学は苦手だが幼い頃から炎陽と共にあって実力のある丈拳が朋泉の炎陽では、比較対象にならなかっただろう。


「俺は、妥協はしていない。やれることはやってきた。それでも、あいつらには届かない。

 久し振りに獅裂を近い距離で見たが、実力は縮まるどころか開く一方だった。あいつは五家の本家ではないが、かなり前の本家から生まれた分家の子で、五家に引けを取らないほど優秀だ。あいつは才があるのだろう。

 俺は恵まれた身分でありながら、努力をしても追いつけすらしない」

「炎陽がもし本当に凡人だとするなら、その努力は無駄じゃなかったよ」


 私は必死に言葉を選んで言った。

 伝える、というのは大切なことだ。私は慶透を信頼していたけど、慶透にはあまり伝わっていなかった。隠し事をされていた、というのもあっただろうが、私達は理解し合えていると思っていたのに、全く見えていない部分があった。

 それに、賢奨が知っておいてほしかった、と言ってくれた言葉。あれはとても嬉しかった。仲の良い友人だとは思っていたが、一緒にいる時間が短くなったことを寂しいと思ってくれていたことは知らなかった(気づけなかった)し、ずっと友達でいたいと言葉にしてくれたのがとても嬉しかった。

 何より、私が弱音を吐いた時、つらい状況にあった時、私は人の言葉に励まされてきた。朋泉を変えるべきだと言われてもずっと慶透の朋泉でいられたのは、慶透が私のことを認めてくれていたからだ。素直に受け取れないこともあったけれど、私はよく頑張っていると言ってくれた。私の努力を認めていてくれたのだ。


「私は炎陽が五家の子息だと知っていて、そのことを疑問に思ったことはない。周りから見れば、炎陽は五家の子息という立場に見合った実力がある。もし本当に炎陽に才がないとしても、君のその努力でそう見えているってことじゃない?」

「だが、俺は五家の人間だ」

「うん。これで納得がいっていないのは、炎陽がそれを強く意識してるからだと思うよ」


 私は今、いつも私を励ましてくれた慶透や、賢奨の気持ちがわかった気がした。


「私は炎陽を知らない部分もあるけど、丈拳ならそれがわかっているんじゃないかな?丈拳は何て言ってるの?」

「……俺はこういった話をあいつにしない。だが、あいつも何となく察しはついているのだろう。炎陽様は大変な努力家ですよ、と事あるごとに言ってくる」

「なら、炎陽はよく頑張っているよ。丈拳は炎陽を励ますために嘘を吐くような人じゃない」

「お前は俺より丈拳のことの方がよく知っているな」


 それはそうだ。実際にいる時間や立場的に丈拳の方が親しくなる。


「でも、炎陽のことも少しは知っているつもり。炎陽は弱音を吐くためだけに私を待っていたわけじゃない」


 炎陽について語れるほど彼を知っている訳じゃない。けれど、これだけは断言できる。大した根拠はないけれど、炎陽はそんな人ではない。


「ああ、そうだな」


 炎陽の目に少し熱が宿った。


「微光、もし時間があれば、長期休暇の間、修行に付き合って欲しい」


 五家の人間が他の五家に頼るわけにはいかない。同族に頼るにもその本家なら立場的に難しいところもある。私なら、派閥に属していないので面倒なことは少ない。師匠が銀家の人間だったとしても、今は形式的には関係ないのだ。


「もちろん」

「いいのか?」

「炎陽は私が困っている時にいつも手伝ってくれたじゃないか」


 私が夏期の成績で大きく落ち込まなかったのは、炎陽が術を使えるようにしてくれたからである。炎陽が札と術の違いを、感覚で教えてくれたのは大きかった。慶透でも、いや、彼だからこそ、私に術を教えるのは難しかったのだ。同じ五家でも苦労した炎陽だからこそ、できたことなのかも知れない。


「だから協力するのは当然だよ。炎陽、頑張ろうね」

「ああ。ありがとうな、微光」


 目から諦念が消え、炎陽は晴れやかな笑顔を見せた。

ちょっと色々起きます。

続きます。

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