冬期の成績と賢奨の気持ち
冬期の泉師学校はすべてが演習となる。試験日は設定されず、実戦の中で、先生たちが生徒の保護もしつつ評価する。
「さすが、微光だよな!魔の山討伐では王族も助けたんだろ?」
嬉しそうに肩を組んでくるのは楽平だ。
今日は冬期の最後の日だった。二月の間、計八回行われた試験の総評価が掲示板に貼られている。
「秋期冬期つづけて最優秀だね」
楽平を引きはがしながら、賢奨が言った。
「そうだね」
私自身、自分の成長を感じていた。
師匠と慶透に泉名をつけてもらってから、急に術が使えるようになった。最初は微光の方が馴染みがあって、おそらく泉力も混乱していたが、今はもう誰に微光と呼ばれようと公清が私の名だとわかる。
「微光は、変わったよね」
賢奨は柔らかく微笑んだ。
「すっかり髪も伸びて、泉族らしくなったよな」
「そういうことじゃないよ」
賢奨は相変わらずな楽平に呆れて溜息を吐いた。
「自信がついた、そうだろう?
前までは私がどれだけ褒めても、慶透様のおかげだとか、みんなの協力があって、とか謙遜してたでしょう?」
「それは――」
そうかも知れない。
もちろん私が泉名を得ることができたのは、師匠と慶透がいたからだし、先輩や同輩に教えてもらって身につけたものも多い。そこに変わりはない。
「やっと、自分に向き合えたんだろ?」
楽平の言葉にはっとする。
「俺は、そういうのから逃げて来たからわかる。
微光はさ、慶透様の朋泉っていう立場で、かなり必死に頑張ったよな。最初は五家の子息の朋泉として、徐々に仲を深めていって有能な朋泉に追いつきたくて。
それって、先に慶透様の存在があるだろ?」
入学当初は卒業さえできればいいと思っていたのに、朋泉が麗家の子息で、重圧がかかってしまった。
(慶透に虚像ではなく、慶透自信を見ろって言われたこともあったな)
「けど今は、微光は最早五家の子息にも引けを取らないほど優れた泉族だ。慶透様の朋泉として相応しいって、誰だって思ってる。微光は慶透様の朋泉として認められたいって思って頑張ってきて、それが叶った訳だ。
そこで、というか、それでも、微光は慶透様の朋泉として努力している。他者の重圧から解放されて、微光はようやく慶透様の朋泉として、誰の視線も評価も気にすることなく、自分を磨くことができるんだ。
そこまでの苦労や努力を俺達は知っている。お前にはその下地があるから、その今を受け止めることができる」
いつものんびりとしている楽平は、真剣に私を見つめて言った。賢奨はそんな楽平を見て優しく微笑んだ。
「今楽平はやっと逃げることをやめたんだよ。
門衛の期間の方が長かったけど、今は囲山の家の長男として、そこに見合った力をつけようと努力している。
だから、その道を通って行った微光を本当に尊敬しているんだよ」
楽平はぼっと顔を赤くした。
「おま、賢奨!」
「真剣に頑張るのはいいことでしょう?何を照れてるの」
「ぬあ!微光の前で言う奴があるかよ!
俺はまだ家の立場と向き合ってる途中なんだから、まだまだこれからなんだよ!」
「それはそうだけど。
いいじゃないか。微光は慶透様ばかり見てるから、偶には他の者のことも教えてあげないと」
今度は私が顔を赤くする番だった。
「え?!」
「これも君の自信につながると嬉しいんだけどね。
前も言ったと思うけど、微光に感化されて修行に一生懸命取り組み始めた者は多いよ。楽平なんか、自分の力をつけるだけじゃなくて、道家長男としての自覚まで持ち始めたんだから。道家では自堕落だった跡継ぎをやる気にさせた神の使いだ!って崇められてるよ」
最後のは別に知りたくなかった。
(薄々感じてはいたけど、楽平って長男としての自覚があまりなかったんだ)
親も泉弟で長く門衛の家格だったこともあるけど、だからこそ、(おそらく祖父の代が頑張って)囲山となった家の跡継ぎが、砕けた様子で泉弟の家系(それもそれほど成績が良くない)と話すのは普通ならあり得ない。楽平は囲山の家格を維持したいとは思っていなかったのだろう。
(きっと、門衛の方が気楽でいいや、くらいにしか思ってなかったに違いない)
「微光、お前今、失礼なことを考えたな?」
「そんなわけないでしょ?」
ぎろり、と睨まれて視線を外すも、睨んだ方の楽平の顔がまだ赤くて思わず吹き出してしまう。
「っふ、」
「ああ!もう!笑うなよ!
俺が真面目になったらおかしいか!」
「ううん、そうじゃないよ。ふふ」
「別に真面目でもないでしょう?」
「あまり変わらないよね」
と賢奨と言っていると、「どっちなんだよ!」と楽平が怒ってしまった。
「もう知らないからな!賢奨は一人で会場に行けよ!」
びしっと指さしてからずんずん歩いて行ってしまったが、その内帰ってくるだろう。
「あはは、楽平は面白いよね」
「そうだよね」
賢奨は同意してから、ゆっくりと息を吸って、吐いた。
「微光、私、君に言っておこうと思ってたことがあってね」
「何?」
いつになく真剣な賢奨の様子に、私も笑いを引っ込めて真正面から賢奨に向き合った。
「もう楽平には言ってあるんだけど、私、目標を決めたんだ」
賢奨はぐっと拳を握りしめた。
「私は、泉師になる。そして、聖家を囲山として安定させてみせる」
聖家は門衛と囲山を行き来していると言っていた。
泉師となれば囲山、泉弟となれば門衛と決まっているわけではない。その年の家の成績を評価して、家格が定められる。一年で門衛と囲山を入れ替わる家もあれば、五年ほど囲山となってその後門衛を何十年と過ごすこともある。その中で囲山として安定させるとは、一族全体の力を高いまま保つということである。
一人の者が成果を上げるのではなく、その他の者の力を底上げするような動きがなければならない。賢奨は力があり、他者にも影響を及ぼすような人物になる、と言っているのである。
「難しいことは承知の上だけれどね」
「どうして私に教えてくれたの?」
「微光は常に言ってたじゃないか。慶透様の朋泉として相応しくなると。みんなに向けて言っていたわけじゃないけど、私達には言ってくれただろう?
私も、友達には自分の目指すべきところを伝えておきたいと思ってね」
自分を鼓舞するためでもあったが、そういったことを口にできたのは、それを認めてくれる楽平や賢奨、丈拳の前だったからかもしれない。
「賢奨……」
「まあ、その友人は朋泉に夢中で、私のことは目に入ってないかも知れないけれど」
「賢奨!」
賢奨は「ごめん」と苦笑した。
「少し、微光が遠のいていったみたいで、寂しくなってただけなんだ。
慶透様もそうだけど、最近は堅玄様や朗妃様、炎陽様とか、五家の子息との交流が増えたでしょう?」
それはその通りだ。
師匠が銀家の元本家の人間だったことが判明してから、五家との繋がりが強くなった。長期休みも慶透の家にお邪魔していたし、実戦でも組み合せ的に一緒になることが多かった。
「慶透様にはどうやっても勝てないけれど、私は君が術で苦しんでいた頃も知っているし、同じ立場だからこそ打ち明けて話すことができてきたと思っている」
実際に、慶透のいない場面では楽平や賢奨と一緒にいることが多かった。一緒に頑張って来た、という意味では楽平と賢奨の方が近い。
「だから、もし微光が嫌じゃなければこれからも友達でいてほしい。
楽平は、微光の邪魔はできないって何も言わないと言っていた。本来なら、微光を想うならそうすべきだとわかっている。けれど、私は楽平みたいに誰とでも仲良くなれるわけじゃないし、友人は多くない。その分大事にしたいと思うし、離れて欲しくないとも思う。
私のわがままで困らせてしまったなら申し訳ない。ただ、この気持ちだけは知っておいて欲しかったんだ」
私は感覚的には楽平との方が合うと思っていた。目標のために頑張ってはきたけれど、そうでなければ最低限で満足する方だ。賢奨は今でこそ砕けた様子だけど、根は真面目だし、何事にもその姿勢を崩さない。
だけど、人に対する感覚は賢奨の方が近いのかもしれない。
「賢奨、私は嬉しいよ。
私も友達は少ないし、問題児だったころから周りの目を気にせずにいてくれた楽平と賢奨は、かけがえのない友人だと思っている。
ありがとう、賢奨」
賢奨は予想外だ、というように目を丸くした。
「まさか、お礼を言われるなんて思わなかったな」
「改めて気持ちを伝えると恥ずかしいけれど、その分嬉しいというか。
賢奨はずっと友達でいてくれるってことでしょう?」
賢奨は大きく頷いた。
「もちろん。微光がどんな立場になっても、友人であることに変わりはないよ」
五家の子息の足を引っ張る者、試験場を壊す問題児などの悪評が高い時でも、一緒にいてくれた。その人の言葉は信頼できる。
「目標も教えてくれてありがとう。私は賢奨を応援するよ」
たとえどんなに難しいと思われていることであっても、賢奨なら乗り越えられるだろう。
賢奨は私に感化された、と言っていたけれど、楽平を見捨てずにずっと励ましてきた賢奨の力が大きい。この二人はいい朋泉だ。
「一緒に頑張ろうね」
「うん」
二人で握手をしていると、楽平が戻って来た。
「おーい、もうすぐ始まるよ。って、ああ!何してるんだ?」
「ふふ、楽平には内緒だよ」
「なにっ?!」
「ね、賢奨」
「うん、そうだね」
楽平は悔しそうにしていたが、後で賢奨を問いただすと言ってから諦めた。
「それより、もう時間になるよ」
冬期最終日の午後は秋期と同様、催しがある。楽平の言葉通り、もう周りには人が疎らで、会場の方が盛り上がって来ていた。
「よし、急ごう!」
こうして、決起会同様、私は楽平と賢奨と共に会場に向かったのだった。
続きます。




