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魔の山討伐

 泉名せんめいを受けてからは、れい家の任務に参加することになった。

 雨が多くなりじめじめとする春期休暇、日が短くなる秋期休暇は魔が発生しやすい。泉族が自身の家の付近を中心に各地を飛び回って魔獣の退治や魔の浄化にあたる。


公清こうせい、危ない!」


 ぐっと抱え込むようにして腰を引かれると、先程まで私がいた位置に魔獣が降り立った。


「師匠!」

「あまり視野を狭めないで、周りをよく見るように」

「はい」


 正直に言うと、今までの学校での演習とは違い過ぎてついていけない。


(学校は神域だから、魔獣も大人しかったんだな)


 最初に地形は確認するものの、初めての場所を十分には覚えきれず、動きも制限されてしまう。見通しの良し悪しもその場に立ってからでないと実感できず、飛び回る魔獣への対応が難しい。


「慶透、このまま続けますか?まだこの子には早い場所では?」


 師匠は私を心配そうに見て、前方で魔獣を退治する慶透に声をかけた。


「このままです。実戦経験が少なく対応が遅れているだけで、実力的には十分なはずです」

「対応の遅れが危険だと言っているのです」

「問題ありません。危険が及べば私が対処します」


 現に、私に襲い掛かった魔獣は慶透によって倒されている。師匠が私を移動させることがなければ、魔獣が降り立つより早く、彼の剣が魔獣に刺さっていたのだろう。


「師匠、大丈夫です」

「公清……」

「公清の泉名を使って実戦を経験できる機会は多くありません。ならば、少しでも質が高い方がいいと思います」


 それに、朋泉ができると言っているのであれば、できると思うし、その期待には応えたい。


「わかったよ。君にその意思があるのであれば、私は止められない。

 危なくなれば、私も手を出すからね」

「はい、お願いいたします」


 慶透も師匠も全く危なげなく魔を祓っていく。その分私が危なっかしくて気になるのだろうが、守られてばかりではだめだ。自分で力をつけなければ意味はない。

 自分の泉名を受けたことにより、驚くほど簡単に術が使えるようになった。師匠の助言通り視野を広く持って、襲ってくる魔獣に気をつけていれば、あとはきちんとできている。

 一帯の魔の浄化が終わる頃には、師匠や慶透の手を借りずともよくなっていた。



*



 慶透の任務に同行し実戦を繰り返し力をつけたことにより、年末の一大行事、魔の山の討伐に参加できることになった。

 魔の山とは()()()()の果てにある山のことである。以前は一つだった地上だが、とある神の怒りに触れ、二つに分けられてしまったらしい。その後あちら側は魔に汚染され、魔獣の巣窟となり、人間は入ることができなくなったそうだ。

 その神は魔を操ることができ、その怒り故にこちら側に魔を送っている。だから、あちら側に最も近いその山は魔が多く、魔の山と呼ばれている。

 普段は閉鎖されているが、雨期と年末には泉族が協力して魔の浄化にあたるのである。特に日が短くなり闇の時間が多い年末が重視されている。新年を迎えるための準備でもあるが。


「やあやあ、微光びこうじゃないか」


 麓で合図を待っていると、朗妃ろうひがふらりとやって来た。相変わらず癖のある髪を首の付け根で結んでいる。


「朗妃、お久しぶりです」

「しばらく見ない内に、微光は随分腕を上げたね」

「そんなことわかるのですか?」

「わかるよ」


 朗妃はとん、と自身の鼻先に触れた。


「泉力の匂いがね、濃くなってる。これは個人の感覚なんだけど、修行を続けて熟練していけば、微光もわかるようになるよ」

「なるほど」

「あ、慶透けいとうもいるじゃない!て、ああ!杏澪様も!」

「落ち着け」


 やっと二人に気づいて騒ぎ始める朗妃の頭を押さえつけたのは、堅玄けんげんだった。


「堅玄様!」

「久しいな、微光、慶透。

 杏澪様、お初にお目にかかります。へき家長男、堅玄と申します」

じょう家次男、朗妃です」


 堅玄に倣って朗妃も挨拶すると、師匠は困ったように微笑んだ。


「初めまして、堅玄、朗妃。

 今は銀家に属している状態ではないから、そんな堅苦しい挨拶は大丈夫ですよ」

「そういう訳にはいきません。銀家であろうとなかろうと、杏澪様ほどの泉師に礼を欠くなどできません」

「お恥ずかしながら僕は堅玄に教えてもらったんですけど、画期的な術を編み出されてますよね。攻防の術で主流なもののほとんどが、杏澪様の発案だと聞きました」

「発案ではないですよ。札を工夫して少し改造しただけです」


 師匠は謙遜しているが、本当にすごいことをしたのだろう。


「師匠はやはりとても優秀なのですね」

「微光、やめなさい。大したことではないんだから」


 師匠は照れたように言った。


「それにしても、微光の師が杏澪様だったとは。確かに、術の成功率は低かったけれど、微光の使っている札は随分と高位なものだった」

「朗妃、実は私、術が使えるようになったのですよ。

 まだ失敗することもありますが、たいていは普通に発動します」


 私が胸を張ると、朗妃は声を上げて笑った。


「微光は本当に面白いよね。術はたいてい普通に発動するものだよ。

 けど、控えめな微光がそう言うのなら、間違いないね。君の活躍に期待しているよ」


 朗妃は私の頭を勢いよく撫でると、師匠と話し終わった堅玄と共に持ち場に行ってしまった。


「まったく、乱暴な撫で方をする者が多いな」


 慶透は私の髪を整えつつそう言った。その言葉に、私は特に髪をぐしゃぐしゃにしがちな炎陽えんようを思い出した。



*



 朗妃に期待された私は、さっそくやらかしていた。


(ここ、どこだろう)


 初めは師匠と慶透と共に移動していて、順調に魔獣を退治できていた。ところが、目の前の魔獣に集中し過ぎて途中で二人を見失ったのである。

 そこまではまだ大丈夫だった。師匠も慶透も私が消えたことに気づいて声をかけてくれた。その声の方に向かおうとしたところで、体が宙に浮いたのである。


『妖!』


 師匠と慶透の焦った声が最後に聞こえた。

 私は鳥の魔獣に鷲掴みにされて空を飛び、適当なところで投げ捨てられてしまったのである。


「とりあえず、信号を打たないと」


 迷子になった時用の札に泉力を流すと、銀色の光の筋が空中に伸びて行った。

 魔獣は興味を失くして私を放したのではなく、目的地に私を置いた、といった感じだった。動き回るのも危険だが、この場に留まるのも危ない。


(魔獣は巣に獲物を集める性質がある。ここが巣なら、早く離れた方が良い)


 信号の光は自身についてくるので、じっとしていないと怒られることもあるが、移動しても場所はわかる。安全な場所を探して歩き出そうとした時だった。


「う、うわぁ!」


 反対方向から人の声が聞こえた。

 くるりと振り返ると、薄い霧の向こうに、座り込んだ人とゆっくりと歩み寄る大きな鳥型の魔獣の影が見える。


(まずい!)


 慌ててそちら側に向きを切り替えて走り出すが、魔獣との距離が近すぎる。


(ここからだとぎりぎり札が届かない!)


 護符を握りしめながら走っていると、あと少しの所で魔獣ががぱりと口を開いた。


「や、やめろ!!」


 思わず大きな声を出すと、魔獣はぴたりと動きを止めた。私に気づいてこちらに攻撃してくるかと思ったが、その気配もない。


(い、今の内!)


 私は十分な距離まで進んで護符を発動させ、まずは座り込んでいる人の保護をした。次に、差していた剣を抜き、その人と魔獣の間に立つ。そこでようやく、魔獣は動き始めたが、私が切りかかる方が早かった。

 魔獣が断末魔を上げて倒れると、それに呼び寄せられたようにぞろぞろと魔獣が集まってくる。

 巣での単独の退治は自殺行為であるとわかってはいたが、どうしようもなかったのだ。信号も上がったままだから、このまま誰かが来てくれるまで耐えるしかない。


「君、大丈夫かい?!」


 結界の中から心配そうな声が聞こえてくる。あまりじっくりと見れなかったが、泉族の服ではなかった。大方魔獣に運ばれてきてしまったのだろう。


「大丈夫です!その中から決して出ないでください!」


 泉族ではない人がこれほど大きく多い魔獣を目にすることは滅多にない。怖がらせないように大丈夫と言ったはいいものの、不安で仕方がない。

 けれど、やるしかないのだ。今ここにいる泉族は私だけ。魔を浄化するのが泉族の役目。


(大丈夫、できる)


 自分にも言い聞かせて、剣を握り締める。


(これほど大きければ剣では効率が悪い。かと言っていちいち術を使っていたら泉力の消耗が激しいし、余波で結界からあの人が出てしまうかも知れない)


 魔獣の数は五体。一度に相手にするには分が悪いどころの話ではない。

 私は懐から四枚の札を取り出した。


(攻撃ではないから衝撃もないし、泉力の消耗は時間次第だが何とかなる)


泉糸網せんしもう


 札をそれぞれ四体の魔獣の前に飛ばし、泉力を使って術を発動させた。

 護符を応用させたこの術は、対象を泉力の網で覆う。動きを封じるのと魔を少しずつ浄化することができるのである。


(これで、一対一!)


 私は残りの一体に飛びかかり、泉力を流して切りつけた。


(かたい!)


 通常の獣の大きさから外れた魔獣は特に手ごわいと聞いていたが、まさかこれほどまでとは思わなかった。羽の一枚一枚が鋼の用だ。

 今度は向こうの反撃で、鋭い嘴と大きなかぎ爪が迫ってくる。咄嗟に護符を出したが、その一撃を防いだだけで結界が崩れてしまう。


(長期戦は無理!)


「今から強力な術を使います!衝撃が大きいので、結界を張り替えます!」

「わかった!」


 私は魔獣から目を離さずに結界を解除し、新しい護符を後方に飛ばす。これは内側にも結界を重ねたもので、外からの侵入だけでなく、中からの脱出も防ぐことができる。つまり、結界内に人を固定できるのである。

 こうなっては遠慮はいらない。


水浄矢すいじょうや!」


 札を三枚一気に発動させ、魔獣に打ち込む。浅いがある程度は内部に刺さったようで、魔獣がくぐもった声を上げる。そして、ここからが本番である。

 私は魔獣に、それにささっている矢に向けて真っすぐに手を伸ばし、捻るようにして手の平を上に向ける。


さん!」


 唱えると、矢の形を崩した水が体内に刺さった部分から魔獣の中に侵入する。


ばく!」


 そのまま拳を握ると、水は勢いよく散り散りになる。それにより、魔獣の中は損傷し、魔獣がよろめいたところで剣で止めを刺す。


(これで、やっと一体)


 泉力の消耗が激しすぎるが、これで威力を弱めて仕留められない方が泉力を無駄にする。


(やるしかない!)


 私は一体だけ泉糸網を解除し、また同じように攻撃をしかけた。


 全てを退治し終えた頃にはへろへろで、座り込んでいた人にかけていた結界は気を緩めた瞬間に解除されてしまった。


「大丈夫かい?」


 泉族ではない人に心配させてしまう形になったが、取り合えず魔獣は退治できた。


「大丈夫です。お怪我はありませんか?」

「ああ。

 おや、君は……」


 と驚いた顔をされるが、初対面である。


「あの、どこかでお会いしましたか?」

「ああ、無理もない。以前は顔を隠していたからね。

 あの時は適切な処置と美味しい食事をありがとう」


 そこまで言われて、その声から、夏期休暇の際に、泉師学校の山にいた人だと判断する。

 下衣の裾は靴に押し込められ、上衣も袖のない動きやすい服装ではあるが、布は丈夫なだけでなく淡い光沢がある。


「あの時の!」


 布の下の顔は思っていたよりも若かった。声に落ち着きがあったので、もっと年を取っているかと思っていた。


「また、助けられてしまったね」


 彼は苦笑いしていた。

 ふ、と遠くで声が聞こえる。


「ああ、探しに来てくれたみたいだ」


 その人は安心したように微笑むと、飛ばされていたらしい、あの日と同じ薄い布のついた笠を被った。


「微光!無事か!」

「殿下!ご無事ですか!」


 慶透が信号を追って来てくれたのは良かった。やっと合流出来て安心できる。

 ただ、慶透と反対側からやってきた人の言葉が引っかかる。


「で、んか?」


 思考が止まりかけた私と違い、慶透は素早く私の横に移動すると、片膝をつき、首を垂れ、私も同じ格好にさせる。


「ああ、麗家の子だね」


(待って、どうして慶透は普通の顔をしてるんだ?今、殿下って。それに、会って直ぐ跪くなんて、王族ぐらいにしかしない――)


 そこでようやく答えに辿り着いた私は、思わず顔を上げてしまう。


「君は驚かせてしまったかな。ふふ、二度も助けてくれてありがとう、黒帯の学生さん」


 笠の下の表情はわからない。ただ、彼の帯には、王族の証である玉がぶら下がっていた。

王族でした。

続きます。

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