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麗家と泉名

 傷の経過を見る必要があったため、麗家へは三日ほど遅れて到着した。


「ようこそおいでくださいました」


 門の前で一人の男性が私と師匠を出迎えてくれた。


「どうぞ、こちらへ」


 はじめは当主に挨拶があるのかと思ったが、どうやら留守にしているようで、直ぐに慶透けいとうの元へと案内された。

 中央より少しずれた位置にある建物は、慶透個人のものだという。麗家は広かったが、それでも慶透が一人で宅を持っているとは思わなかった。

 慶透が出迎えてくれると、案内人は礼をして去って行った。


「よく来てくださいました」


 心なしか慶透の顔が青い。


「慶透、お招きありがとうございます。日程がずれてしまって申し訳ありません」

「いえ」


 慶透は師匠ではなく、私をじっと見た。


「怪我はもういいのか?」


 単に怪我をしたことだけでなく、その原因まで慶透は予想できているのだろう。やっと彼の青ざめた顔の理由を知り、申し訳ない気持ちになる。


「大丈夫だよ、もう平気」

「そうか」


 それでも慶透の表情は厳しいままだった。


「慶透、この建物に他の者はいるかい?」


 中に案内され、机を挟んで席に着いた時、師匠が言った。


「いえ。普段は世話をする者がいますが、今日は人払いをしてあります」


 師匠は「では、」と切り出した。


「君は、この子についてどこまで知っている?」


 普段は柔らかい師匠の声が硬くなり、室内に緊張が走る。

 道中では個人的な話はできなかったため、茨塊しかいや慶透に隠し事を知られたことを話していない。


「決起会での言い方からして、この子の雪家での扱いについては知っているだろうと思っているのですが」

「はい」


 慶透はちらりと私を見た。その意図を読み取って、私は頷いた。


「微光――ようが雪家の長女であること、兄に代わり泉師学校に入学したこと、男であることを望まれ体にいくつも傷痕が残っていること。ここまでです」


 師匠は驚いたように私を見た。


「ほとんどすべてじゃないか」

「慶透になら、話してもよいと思ったのです。彼は絶対に他言しません」


 ついでに、そうするに至った経緯についても説明した。茨塊に女であること、雪家の妹の方であることを知られてしまったこと、その後泉で庇ってくれた茨塊が慶透を煽ったこと、慶透が、私について知りたいと言ったこと。


「なるほどね。茨塊はしんの朋泉だったね」

「はい」


 深が生き延びていたこと、商家で丁稚として拾われたことについては既に話していた。その朋泉が茨塊という少年であることについても。


「茨塊は面倒ごとに首を突っ込みたくないと、黙っていてくれるそうです」


 師匠と慶透はしばらくし考え込んでいたが、


「今のところ何も起こっていないなら、今後も警戒するしかできないね」

「そうですね」


 との結論に至ったようだ。

 そこまで警戒する必要はないとも思うが、茨塊に対して抱いた、嫌な感じというか、違和感があって、私も反対はしなかった。


「では、本題に移ってもよろしいですか?」

「はい」

「妖の泉力の流れについてです」


 どうやら、私を家に招いてくれたのは秘密の話をするためだったらしい。そうであれば、元々人払いがされていたことにも納得できる。


「原因は不明、でしたよね?」

「はい。いくつか文献を当たりましたが、結局わかりませんでした」

「私も彼女から話を聞いて、しばらく考えたのですが、一つだけ疑問に思うことがあったのです」


 師匠は怪訝そうな顔をした。


「彼女が兄の代わりを務めている。それは変わりない事実です」


 慶透の先の言葉が読めず、私と師匠は戸惑いながらも頷いた。


「では、雪微光とはいったい誰か?」


(そんなの、兄上に決まっている)


「兄です」

泉名せんめいでのこの子です」


 私は思わず師匠の方を向いた。師匠も、私と顔を合わせて、寝耳に水と言わんばかりに驚いた顔をしていた。


「やはり、そうだったのか……」

「どういうことです?」

「彼女は自分は()()()()()()()と言った。兄ではない、ではなく雪微光という人物ではないと言ったのです。

 その時は何も思いませんでしたが、後に彼女の泉力の流れがおかしいことを知りました。そして、泉名が違うことが原因ではないか、と思い至りました。それなら説明がつくからです。

 けれど師がその原因がわからないと言っていると彼女が言い、その師が杏澪きょうれい様だと知り、私は不思議に思ったのです。貴方ほどの方がその原因に辿りつかないわけがない。

 もしかすると、妖と杏澪様の間には何か思い違いがあるのかも知れないと思い、先ほどのような回りくどい質問をさせていただきました」


 結果は慶透の予想通りだったわけだ。


「私は、兄の泉名が微光だと教えていただきました。師匠はどう聞いていたのですか?」

「詳しくは聞いていない。泉名は私がつけようかと思ったが、断られたのだ。先約があるからと。

 厳重に警戒を行った上で、秘密を漏らさぬような泉師を家に呼ぶと言っていた」


 師匠は私の話だと思っていたが、雪家側は微光の話だと思っていた、または、師匠の誤解を解かぬままに話を進めた。

 師匠は何かを堪えるように膝上に置いた両拳を握りしめた。


「泉名は泉力の量や巡りを見て決める。実際に泉力を使う場面はないから、この子の兄が泉名を受けることは不可能ではない。

 だが、泉名は泉族にとって大事なものだ。他人の泉名を当てがって修業を受けさせることなどあり得てはならない」

「場合によっては泉力が名の違いに混乱して、体内で暴れる可能性もあります」

「命の危険があるんだよ」


 ぼうっとしたまま話についていけない私に、師匠が諭すように言った。


「入学の試験において、君の泉力が足切りぎりぎりだったのは、君の兄の泉力の量に縛られていたからだろう。術の暴走具合を見れば君の泉力は多すぎるほどだ」


 どうやら、私の泉力は兄の名に縛られて、上手く巡ることができなかったらしい。あっけなく原因がわかったことに驚くとともに、自分の至らなさで術を使えないのではないとわかり、安心もした。


「そこで、杏澪様に相談があり、こちらまで赴いていただいたのです。

 泉名を受けるには、優れた泉師と源泉の水が必要になります。泉師は探せば見つかりますが、源泉の水については事前に源泉を所有する五家に申請しなければなりません」

「慶透、まさか君は――」

「そのまさか、です。失礼します」


 慶透は立ち上がると、部屋を出て、今度は小さなぎょくを持って現れた。中には液体が入っており、ゆらゆらと揺れている。

 慶透はもう一度私と師匠の向かいに座ると、机の上に玉を置いた。


「麗家の所有する源泉の水です」


 事もなげに言っているが、そんな簡単に用意できるのは五家の子息くらいである。


「妖に泉名をつけようと?」

「はい。杏澪様が許してくだされば」


 その言葉に迷いは一切なかった。

 

「……源泉の水を私的に使うことには賛成しにくいね」


 と言っても、師匠は玉から視線を外さなかった。


「私的ではありません。

 私の朋泉であり、杏澪様の弟子ではありますが、そもそも、泉力を授かった泉族が泉名もないまま過ごすなど、あり得てはなりません。

 泉名を授けるための源泉の水の申請は基本的に通すようになっています。逆に妖だけがそれを許されない方がおかしいのです」


 面白いのは、慶透は正当化しようとそんなことを言っているのではなく、心底そう思っているからそう言っている点だ。師匠を言いくるめようとしているわけではない。

 そんな慶透に師匠も小さく笑ってから、


「そうだね。是非、泉名をつけよう」


 と言った。



*



 二人でしばらく話し合っていたが、泉名は慶透がつけることになったらしい。成人前の子どもが泉名をつける術を持っているのもおかしな話だが、師匠は驚いていなかった。きっと、師匠も優秀だったのだろう。


「私も口は出させてもらいますよ」

「もちろんです」


 師匠は慶透の隣に移動した。

 慶透が机の上の玉を手に取り、目に近づけて、玉越しに私を見た。今度は師匠に玉を譲り、師匠も同じように私を見た。


「では、使う字を出していきましょう」

「そうですね」


 どうやら、玉を通して人を見れば泉力の量や巡りがわかるらしい。


「幼名は使いますか?」

「いえ、使わない方がいいでしょう。この子にとっては縛りとなります」

「では音だけ似せましょう」

「そうですね。公はどうですか?この子の性格にも合います」

「……いいと思います。もう一字は清にしましょう」

「……そうですね。慶透の気持ちもよくわかります」


 私にはさっぱりだが、二人は何故か睨みあうようにしながらも、お互いの出した字に納得した。


「もちろん、急に泉名が変わることはあり得ませんから、表向きは微光のままです。

 けれど、君は微光ではなく、公清です。きちんと泉力を見て決めたから、以前よりは使いやすくなるはずですよ」

「しばらくは慣れず、泉力が混乱して暴走するかも知れないが、今までの君からいけばおかしくもないだろう」


 師匠の言葉に安心していたら、慶透にとんでもないことを言われてしまった。


(何も言い返せないけどね!)


 師匠はやれやれと私と慶透を見ていたが、慶透は気にもせず、手に取った玉に泉力を流した。源泉の水が反応してくるりくるりと渦巻く中、


公清こうせい


 と呟いた。

 水はしばらく動いていたが、やがてぴたり、と止まった。

 慶透は私の横に移動すると、口を開くように言った。大人しく従って開けると、慶透は私の顎を指で持ち上げて上を向かせ、丁度開いた口の上に玉を配置した。


「公清」


 もう一度泉名を口にすると、玉の中の水が私の口の中に流れ込んでくる。


「閉じてよい」


 水が完全に流れ切った時、慶透がそう言った。


「そのまま飲め」


 言われた通りに飲み込むと、水が流れて行ったところからじんわりと温かくなる。


「これで完了だ。雪公清」


 泉力を含んだ今、先ほどまでは何も感じなかったのに、公清という響きに落ち着きを感じる。

 こうして、私は私自身の泉名を手に入れたのである。

泉名の理由はいずれ……。

続きます。

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