決起会
決起会とは、泉族が最も忙しい年末に向け、意識を高めるものである。と聞くと厳格な儀式だと思ってしまうが、忙しくなる前の最後の娯楽も兼ねており、実際は堅苦しい挨拶をしてからの解放的な食事会らしい。
楽平たちと会場に着くと、もう既にほとんどの席が埋まっていた。特に決まりはないが、大抵は派閥で別れ、ちらほらと朋泉で固まっている子たちがいる。
黒帯は泉族でない子がほとんどで、決起会に参加するのは自分のみなので、ひとかたまりになっている。その中でも深と茨塊だけは周りと距離があった。
深と目が合うと彼はにこりと笑って手を振ってくれた。茨塊は軽く手を上げただけだった。
最近は二人と全然接する機会がなかったが、元気そうでよかった。
「じゃあ、俺らは銀家の辺りにいくな」
「え?銀家?」
楽平はたしか、壁家に属していたはずだ、と彼を見ると、
「俺ん家はゆるいからさ~、どこにいても気にしないんだ。賢奨の家は真面目だから、そういうの気にするだろ?」
「うん。別に朋泉なら別の派閥でも一緒にいる分には構わないだろうけど、銀家の近くにいて欲しいと思う」
どうやら二人で決めていたようだった。
「そうなんだ。私もそっちに行こうかな」
「微光……」
楽平が呆れた顔で私を見る。
「お前、まさかこの期に及んで慶透様がお前と離れた場所に座ると思うのか?」
彼の視線の先には、既に着席している慶透がいた。入場してから視線は感じていたが、そちらを向くと、彼の隣に不自然に席が空いている。早く来いと訴えているのはよくわかる。
「冗談だよ。じゃあ、またね」
五家の当主家は泉師学校の決起会には参加できない。各家で似たようなことを執り行うかららしい。だから、慶透の隣に行くのはそれほど緊張しないのだが、周りは麗家の家格の高い者で固められているし、親も多い。
(う~、視線が痛い)
それでも我が朋泉を放っておくわけにはいかないので、心を無にしてその隣に座る。
「遅かったな」
「そうかな?」
「ああ。それより、君の師は来ないのか?」
慶透が私の後ろの席を見る。そこには一人分の席が空いていた。たいていの親は子どもより早く来て派閥のあたりに席を確保するか、楽平のように子どもが席に着いてからその後ろに座る。
「いや、来るって言ってたけど……」
後ろの方で、生徒の親やあまり知らない二年生が目を剥いているのを感じ取りながら、会話を続ける。
(すっかり忘れてたけど、五家の子息に呼び捨てため口って、おかしいよね)
その時、入り口の方がざわざわとし出した。それぞれが囁き声であるため、なんと言っているかはわからないが、意外な人物が登場したらしい。
(もしかしたら、五家の当主とかかな?)
入り口の方を覗いていると、徐々に姿が見えて来た。
真っ白な儀礼用の服の真ん中に、真っ黒な帯が見える。まっすぐに伸びた背筋に柔らかな足取り。結ばれることなく下ろされた髪は長く、艶やかで、一歩進むごとにさらりと揺れて光を纏う。涼やかな目元は緩く細められており、やんわりと上がった口角も合わさって柔らかい雰囲気がある。
その目と目が合った瞬間、胸の内に懐かしさが込み上げる。
「師匠……」
たった半年会えなかっただけなのに、情けないことに目が潤む。掠れて小さくなった声を自覚してもう一度と口を開きかけた時、わかっているよ、と微笑まれて言葉を飲み込んだ。
「まさか、あの人は……」
「すっかり大人になられたが、間違いない」
「だが、帯が……」
一体誰の話をしているのだろう。どうして、師匠が多くの人の視線を集めているのだろう。
隣の慶透は普段通りだが、僅かに動揺している。
師匠に会えた喜びが萎みかけた時、ようやく師匠が私の傍に来て、あの大きな手を頭に乗せてくれた。
「微光、待たせてすまないね」
春の日差しのような声に、不安や疑心はすっかり吹き飛んで、私は頭に置かれた師匠の手を取って、そこから離した。
「師匠、お久しぶりです」
「久し振り」
「少しよろしいかな」
感動の再会に水を差したのは賢叡先生だった。その後ろにも数人の先生がいる。
「なんでしょう?」
「白々しい。杏澪、君だろう?こちらへ」
厳しい顔の割には呆れた声色だった。
師匠は私をちらりと見て、申し訳なさそうに眉を下げた。
「すまない。あとちょっと、待っててくれるかな?」
「はい、わかりました」
また不安が込み上げてくる。
どうして、賢叡先生が師匠に用があるのだろう。周りの先生も、まるで師匠のことを知っているみたいだ。
(そういえば、私は師匠のことを知らない……)
物心ついた時から傍にいたからきいたこともなかったけど、自分が生まれる前、高位の泉族と関りがあったのだろうか?
「微光、君はいったい何者なんだい?」
慶透の反対側に座っていた耀慶が私を覗き込んだ。
「え?」
何となく師匠が有名人なのはわかったが、私には何もわからないし、私は私以外の何者でもない。兄の代わりにここにいるのはおかしなことだけど、今はそこについてではない。
「耀慶」
微光が名を呼んだだけで、耀慶は口を噤んだ。彼に続いて話しかけようとしていた者も、思いとどまったように言葉をしまう。
麗家派閥のざわめきは恐らく慶透のその声のおかげでまだ小さい方で、他の家は親の動揺が激しかった。生徒はおそらく師匠を知らないのだろう、自身の親を見て困惑する者も多い。
特に銀家は声こそ小さいものの、一番影響が多きく、中には涙を流す者もいた。
炎陽や朗妃、堅玄が教師と協力して落ち着けようとしているが、思わず立ち上がってそのまま固まってしまった者もいる。
(何がどうなっているんだろう)
私はただ、親の代わりに来てくれた師匠と、半年ぶりに話したかっただけなのに。
(このまま師匠が帰って来なかったらどうしよう?師匠がそんなことするはずないとわかっているけど、もやもやする)
急に遠くに行ってしまったようで、ずっと握っていた手を、離されたようで、胸が苦しい。
「妖」
耳元で低く落ち着きのある声がする。周りには聞こえないだろうが、確かに私の耳には届いた。
彼は私の手を取って、目を合わせた。
「そう不安そうな顔をするな。君の師はすぐに戻ってくる」
「慶透は、師匠について知っているの?」
あまりにも落ち着きすぎている。自分が置いてけぼりにされた悲しみを八つ当たりするように言ってしまったが、慶透は気にしていないようだ。
「知っている、といえば知っている。だが、見たのは初めてだ」
「どういうこと?」
「つまり、私も君と然程変わらないということだ。大人しく待っていれば、きっと本人が説明してくれるだろう」
そう言われるとたしかにそうするしかない気がして、少し落ち着いた。
「ありがとう、慶透」
「いい。朋泉である私の仕事だ」
*
しばらくして、本当に師匠は戻って来た。だが、その腰には先程までの黒い帯はなく、銀色の帯が巻かれていた。髪は下ろしたままだが、顎先まで伸びた前髪が耳に流され、その耳たぶに銀の飾りが光っている。
「ああ、杏澪様だ……」
あちこちで同じような呟きが聞こえるが、師匠はずっと真っすぐ前だけを見て、私の元に戻って来た。
「ごめんね、不安だったかい?」
「いいえ、師匠が戻って来てくれて良かったです」
「私が君から離れることはないよ」
師匠は私のひざ元に視線を落とすと、
「ありがとうございます、麗慶透」
と、微笑んだ。
「当然のことをしたまでです」
慶透はすっと私の手を離した。
開始予定時刻からかなり遅れて会が始まった。先生方の長い話の後に、朗妃が生徒代表として宣言をし、堅苦しい工程が終わる。そうすれば後は飲み食いの時間である。
師匠は数多の視線を完全に意識せず、逆に誰にも話しかけられぬように壁を作っているようだった。それを察知してか、私の席の周りからは早々に人が消え、耀慶が抜けて空いた席に師匠が座った。
「ごめんね、いきなりで驚いただろう?」
「いえ、師匠……」
聞いてもいいのか、と躊躇っていると師匠がまた、「ごめんね」と言う。
「君には言ったことがなかったね。
私は銀家の次男に生まれてね、名は杏澪という」
(銀家の、次男、杏澪?)
「本家じゃないですか!」
控えめに叫ぶと、師匠は面白そうに笑った。
なにせ、五家についての知識を与えてくれたのも師匠だ。銀家は白地に銀の色で、本家の子どもたちには“杏”という文字が使われる。
「そうだね、本家だね」
「え?どうして、今まで、というか、何で師匠は?」
「こらこら。質問は考えてからしなさい。
と言っても、今この場で言えることはないよ。ひとまずは、君の師匠として、半年ぶりの再会を喜んでくれないかい?」
私としても師匠が何者か、はそこまで興味がない。
「はい!師匠、早速ですが、朋泉を紹介させてください」
「うん、頼むよ」
私は反対側を振り返って、
「麗慶透です。とっても優秀で、いつも私を励ましてくれるのですよ!」
と紹介した。
茶を飲んでいた慶透はびっくりしたように目を見開く。
「いつも微光と仲良くしてくれてありがとう」
「いえ、私も彼には助けられることが多いです」
今度は私がびっくりする番だった。
(そんな助けになったことないよ)
「ふふ、いい朋泉だね。これからも微光をよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
慶透は一度言葉を切ると、少し声を低くして、
「もしよろしければ、冬期休暇の間に麗家にいらっしゃいませんか?」
と言った。
聞き耳を立てていた数名の声が止み、そこで注目が集まる。
師匠は表情を消して慶透を見つめた。慶透もそのまま見つめ返し、しばらくしたところで師匠が頷いた。
「それはこの子と一緒に、ということですね?」
「はい。雪家には私から手紙を出します」
ここで師匠は何かに気づいたらしく、笑顔になった。
「期間はどうします?」
「なるべく長く。雪家が許せば、そのまま魔の山の討伐に参加できればと思っています」
「いいですね。この子の師としては歓迎します。他の子に比べると経験が少ないですからね」
師匠は満足そうだった。私の頭を撫でるのは、気分がいい時なのである。
「師匠?」
「微光、君はいい朋泉を持ちましたよ」
こうして、私には何が何やらわからぬまま、麗家滞在が決まってしまったのである。
周りはもう隠すこともやめてその話題を持ち出し、決起会は謎の盛り上がりを見せた。
師匠登場。
続きます。




