出会い
この国には、王がいる。そして王と等しく尊ばれるのが、導師だ。
王は血統が重んじられるが、導師は実力がものを言う。源泉と呼ばれる泉で力を得て修行を積み、功績を上げれば誰だって目指せる。その導師を目指すのが泉師学校だ。
十六の優秀な男子のみが入学を許され、二年間教育を受ける。そして今度はその中でも選ばれた泉師のみが王に仕えることが許され、導師の候補を兼ねる。
そもそもこの学校に入学できるのは大抵が泉師を勤める家系で、他は惜しいところまでいけた泉弟の息子。私はこれにあたる。ほんのごく僅かに、全く泉族に関係のない家の息子が、実力で入ってきたりする。
どうして女である私がこの学校に入学しているのか。男子校ではなかったのか。答えはただ一つ。
本来男にしか使えないはずの泉力が私には使えたからだ。そして私の兄は使えなかったからだ。
泉弟や泉師の家系は男児が生まれれば、その子もまた泉弟や泉師としてこの国を支える義務が発生する。だから兄と妹のいる私の家は泉弟を一人出さねばならず、私が兄として入学することになったのだ。泉弟学校か泉師学校、どちらに行くかは実力で決まる。私は泉師学校の足切りラインで留まってしまったのだ。
『妖、君は生きて泉師学校を卒業するんだよ。泉師を目指す必要はない。二年後は私と旅に出よう』
本当の私を唯一知るのは、ここまで育ててくれた師匠。
泉師学校を出たという兄の経歴を作り、家の任務を遂行し、その後は師匠と兄の代わりの実績づくりの旅に出ればいい。
二年間我慢すれば、幼い頃からの夢である旅人になれるのだ!
「では、各人、朋泉を確認し、部屋に向かいなさい」
入学の儀が終われば、朋泉という在学中を共に過ごす人物の発表がある。
先生の言葉に従い、新入生はわらわらと掲示板に群がった。表にある自分の番号と朋泉の名前を確認するのである。既知であればそのまま二人で落ち合えばよいし、初対面ならば自分の番号を連呼しながら相手を探せばいい。
(私の朋泉は――)
私は思わず目を見開いた。
「麗、慶透」
麗家といえば古くからある泉族の家で、五家の一つである。私のように特殊な事情でもない限りは、親はこぞって五家に我が子を送り込む。先々代の導師が麗家の当主だった。
ここで私のお気楽学校生活は終わりを告げた。
本来はくじ引きのようにして、無作為に朋泉を決めるが、五家の一族に関しては実力が釣り合うように学校が配慮することが多い。何故なら、朋泉は常に一緒に行動し、相手方の影響を少なからず受けるからだ。
「九番」
十六にしては少し低い、落ち着いた声が響く。
私はびくりと肩を揺らして声の方を見る。
「あなたは何番だ?」
まだ一人でいる者に声をかけているのは、麗慶透であった。噂に違わず眉目秀麗で、所作の一つ一つが流れる水のごとし。
掲示板の兄の名前の横にある九という数字と慶透を交互に見て、私は諦めて肩を落とし、慶透に近づいた。
「慶透様、私が九番の雪微光です」
兄の名前を告げると、慶透が私を振り返った。
「あいつは誰だ?」
「雪家の息子だ。体が弱く、五家には入門していない」
「慶透様もおかわいそうに」
周囲の声を聞き流し、慶透は一度私と目を合わせてから寮の方に歩き出した。
(着いて来いってことだろうか?)
寮に着き、九番の部屋に入ると、ようやく慶透が口を開いた。
「あなたが雪微光?」
「そうです、慶透様」
私が適当に荷物を置くと、彼は僅かに眉を動かした。
「慶透でよい。私達は共に学ぶ者同士で、朋泉だ」
「で、では、慶透……」
正直に言うと、私は十四であり、年上を呼び捨てにするのは大変心苦しいのだが、それを言う訳にはいくまい。
「あなたは泉師を目指してここに来たのか?」
「いいえ、私は――」
「ああ、よかった。あなたも導師を目指しているのだな」
想定外の答えに声も出ない。声が出なければ弁明もできず、私はうんうんと頷いている慶透を見上げることしかできなかった。
「あの、慶透――」
「そうだ、まずは食料を調達せねば」
「はい?」
ようやく声が出たが、またもや想定外の言葉に首を傾げる、
「慶透は五家の出なんだから、食堂に行けばいいのでは?」
「微光はどうする?」
「私は、それほど裕福ではないので、自炊になるでしょうが……」
「私達は朋泉だろう。食事も共に取ろう。二人で費用を出し合った方が、出費も少なくすむ」
確かにその通りで、最低限の仕送りしかない私にとってはありがたいお言葉だが、五家の人間に振る舞えるような料理の腕ではない。
「慶透の舌に合うものは作れませんよ」
「何を言っている?私も共に作るのだ」
またしてもびっくりして言葉が出ない。
「微光、行くぞ」
分かったことが一つ。この麗慶透という男、他人の話を聞かない。
そして食事を共に作ってわかったことがもう一つ。
「慶透!!あなた一体何を入れたんですか?!」
「備え付けの調味料だ。あなたが入れろと言っただろう?」
「私は塩を入れろと言ったんです!どうして一味を入れるんです?!せめて砂糖と間違えてください!」
料理の経験に乏しいという慶透に二割ほど手伝わせたスープが、激辛に仕上がってしまっていた。
「む、確かに辛い。美味しくないな」
自分も一口食べての感想がそれだった。せめて辛い物好きであってくれたら、まだ納得できたものを。
私は恐ろしいことに慶透が一味を入れた瞬間を目撃できていない。今回は明らかに色が変わっていたからわかりやすかったが、これがもし無色のものだったらと思うとぞっとする。
(師匠、私、生きて卒業できるか、今から不安になってきました……)
続きます。