泉力の流れ
剣と弓の試験を通して、泉師学校に入学して、私は初めて名実ともに慶透の朋泉として認められた。
札は慶透のおこぼれに与っているように見えてしまったが、弓と剣についてはそういった手伝いはできない。実際に目の前で私が動いているところを見ているので、そういった話は上がらなかったのである。
「微光、すごいな!今度俺にも教えてくれよ!」
「よくやったね!私も追いつけるように頑張るよ」
楽平も賢奨も喜んでくれて、とても嬉しかった。
だからすっかり浮かれてしまっていたのは事実である。
「雪微光!!」
私は久々の賢叡先生の怒鳴り声に、やってしまった、と遠い目をした。
*
事の発端は泉力の授業に切り替わったその日である。
術ではなく、泉力そのもののを強化し、扱いを覚えていくもので、最初に泉力の流れや量を測定するのが基本らしい。貴重な源泉の水が入った陶器に泉力を流すことで計測する。先生が生徒を回っていく形式で、何の因果か、私と慶透のところには賢叡先生がやって来てしまったのである。
「慶透、君はもう家で済んでいるだろう」
「はい」
とのことで、慶透は飛ばされ、私の番になった。
「雪微光、陶器に手を当て、ゆっくりと泉力を流しなさい」
指示通り丸い陶器に手を当てると、源泉の水に触れていないのに表面がじんわりと温かかった。自然と気持ちが落ち着いて、するり、と泉力が抜かれる感覚がある。
「なっ、やめなさい!」
「え?」
と訊ねた時には既に遅く、陶器が派手な音を立てて割れ、破片が先生の方に向かって飛んで行った。
「くっ!」
先生は咄嗟に護符を出し、結界を張った。流石である。
「雪微光!!」
懐かしくなっていた先生の声に体がびくっと跳ね上がる。
「君は私に恨みでもあるのか!」
とうとう本人の口からその言葉が出て、近くにいた楽平がぐっと笑いをこらえているのを感じ取りながら、私は遠方を見つめた。
(違うんです、先生。そんなつもりは一切ないです)
「先生にお怪我がなくて良かったと思っています」
「そんなことは聞いていない!」
もう一度声を張り上げて、先生は落ち着くように深く息を吐いた。
「君はあとで私の部屋に来るように」
先生は懐から玉を取り出し、零れた源泉の水を集めてから素早く陶器の破片を拾い、この場を離れた。
「ふふ、あっはっはっはっは!!
いいね、微光!実際にこうして現場を目撃できて僕は嬉しいよ!」
何とも言えない空気をものともせず、朗妃が笑い出した。
私の剣や弓を見るのは好きだが、この半月、前評判通りのようなことがなく退屈していたらしい。彼にとっては笑い事でしかないのだろうが、私は半分現実逃避しなかった脳の中で、あの計測器は一体いくらするんだろうかと考え、泣きたくなっている。
「笑わないでください、朗妃」
「ええ、やだよ。君が敬語を外せるようになったら、考えてあげよう」
つまりすぐには無理、ということである。
「微光、怪我はないか」
と、そっと手を取ったのは堅玄だった。いつもならこの段階で慶透が間に入るのだが、彼は何やら考え事をしていて、気づいていないようだった。
「大丈夫です。ありがとうございます、堅玄様」
「お前は細くて柔いからな」
心配になる、と私の手の上にそっともう片方の手を乗せた。
「それなら、お前が触れぬ方がいいだろう」
ぐっと手首を引かれ、その先の人物を認識して少し憂鬱な気分になる。
「炎陽、お前の方が危険だろう」
「危険?危険なのはお前の存在自体だ」
どうやらこの二人は仲が悪いらしく、半月の間、顔を合わせるたびに口論になっていた。
有名な話なのか泉族は驚いていなかったけど、私や黒帯の一年生はびっくりである。
「汚らわしい手で微光に触れるな」
「汚らわしい?」
「はい、二人ともやめましょうね」
と止めたのは銀希杏、銀家の長男である。この流れも何度か繰り返されているので、今ではもう誰も注目はしていないが、二人がそのまま争い続けると周りもひやひやするので、彼の存在はありがたい。
(それに、何となくこの人は安心感がある)
初日の授業終わりに組の人以外で声をかけてくれた初めての二年生だった。
『もしよかったら、君の剣舞を見せてくれないか?』
と言われ、そのまま舞ったら、それ以降色々と目をかけてくれるようになったのである。
堅玄いわく、私と希杏は雰囲気が似ているという。それで馴染みやすいのではないか、と言われた。
希杏は炎陽と同じ組で、その関係で堅玄と炎陽のはち合わせが増えてしまった。そのことを申し訳ないと言われたが、二人とも率先して相手に絡みに行っているので遅かれ早かれこうなっていたのではないかと思う。
「炎陽様、おやめください。その、微光様も困ってらっしゃいますし……」
丈拳が遅れてやってきて炎陽を説得しようとしてくれる。見慣れた光景とはいえ、私は先程高そうな器具を壊したばかりなので、その気づかいはとても嬉しい。
「炎陽様、丈拳の言う通りですよ。堅玄様はもう手を離されたのです。それ以上何を言い争うのですか?」
「獅裂……」
やんわりと丈拳を擁護したのは、拓獅裂。啓家の派閥に属しており、血筋も近いらしい。
「餓鬼の子守りとは、獅裂も大変だな」
「餓鬼?年はそう変わらないだろう」
「そうか?獅裂とお前の間にはかなり差があると思ったが……」
「堅玄様!」
獅裂が強く諫めると、堅玄は、
「悪かった。俺が口出しする話じゃなかったな」
全く悪くなさそうな顔でそう言った。
「炎陽、その手を離せ」
ようやく慶透が参戦し、私の手首は解放されたが、逆に私は慶透によって彼の後ろに回されてしまった。
「誰が何を争おうが関係ないが、私の朋泉に手を出すな」
今まで話に参加していなかったのは慶透なのだが、周りの人間は慣れているようで特につっかかりはしなかった。
「朗妃、貴方も堅玄を止めるべきでしたよ。朋泉なのだから。丈拳を見習ったらどうですか?」
「うぅ、ごめんって。止めてくれてありがとう、希杏」
成り行きを窺っていた朗妃が、申し訳なさそうに言った。
「いいえ。私の担当の一年生も絡んでいますから、当然のことですよ。
炎陽、行きますよ。丈拳の測定がまだでしょう?君は朋泉としても、主としてもしっかり確認しておくべきでは?」
「ああ、悪かった」
炎陽は心なしかどこか元気がなさそうだった。獅裂と丈拳も彼らの後に続くと、元通りの四人がその場に残った。
「え~っと、微光、大丈夫かい?」
朗妃が身体を横に逸らして、慶透の背を覗くようにして訊ねてきた。
「はい。いや、あの……あの測定器って、どれくらいするんですかね?」
一番の関心事をついでに訊ねると、朗妃がおかしそうに大笑いした。
*
結局それ以降は私たちの組は進まず、泉力の流し方を復習して、時間になった。
食事を取っていては遅くなるので、私たちはそのまま賢叡先生の部屋に向かった。私たち、というのは慶透も一緒ということであるが、彼は部屋に着くなり、先生に連れ出されてしまい、何故か私一人が賢叡先生の部屋に取り残される形になった。
予想通り先生の部屋は片付けられていたが、書物や玉、泉器があり、意外と物が多かった。それを眺めていると、
「賢叡先生、入ります」
と、炎陽が入って来た。
「先生は?」
私が一人なのを見て、炎陽が訊ねる。
「さっき、慶透と一緒にどこかに行ったよ」
「そうか」
それで納得したのか、炎陽は訝しむこともなく、私の隣に腰を下ろした。
「今日はお前もいるんだな」
「今日は、って」
そこで、かつて私の術について、慶透と炎陽が先生に呼び出されていたことを思い出した。
「うん」
「ふ。うんってなんだ」
炎陽は薄く笑って、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「うわ」
「お前もだいぶ髪が伸びたな」
「まだ結べないんだけどね」
手櫛で髪を直しながら言うと、炎陽も手伝ってくれた。
「昼間は悪かったな。見苦しい所を見せた」
「それ、堅玄様と言い争う度に言ってるね」
「うっ、すまん」
彼自身も自覚はしているのだろうが、止められないのだろう。
「お前は、慶透の朋泉として、自信をなくす時はないのか?」
「え?」
炎陽は一度黙ってから、近くに人の気配がないことを確認して口を開く。
「あいつは優秀だろう?五家だから当然ともいえるが、囲山でもない雪家とでは開きが大きいだろう。それでもお前は朋泉を変えなかった。先生にも何度かそうするように言われたんじゃないのか?」
「炎陽、慶透がそんなこと許すと思う?」
炎陽ははっとしたが、その発言は聞かなかったことにしたらしい。何の返事も返ってこなかった。
「私だって、最初の段階で朋泉を変えようと思ったし、何度も慶透の朋泉であることが苦しかった。周りの目ももちろんそうだし、私のせいで慶透が色々言われるのも、私が足を引っ張るのも嫌だったから。
今だって、術や泉力の扱いに関しては問題児だから、自信を持っているわけではないよ」
剣や弓で評価は上がったが、結局は泉術が重宝されるのが泉族である。
「だけどね、私は慶透の朋泉として隣に立ちたいと思う。彼が朋泉で良かったと思っているし、そんな彼と頑張りたいと思っている。だから、落ち込んでいられないんだ。
春期や夏期の間に、何度も落ち込んだというのもあるけど、慶透ともいろいろ話をして、私はそう決めたから、朋泉をやめたいだなんて思わないし、むしろ彼の朋泉として自信を持てるように努力したいと思った」
思えば深も巻き込んで、何度も同じことを繰り返していた。けれど、その繰り返しがあったからこそ、根気よく慶透が向き合ってくれたからこそ、今がある。
「自信なんて、いつまでもつかないよ。慶透が優秀なことには変わらないし、私は五家の子息に圧倒的に及ばない。今だって、そこを考えればまた落ち込んでいくと思う。
だから、そこには敢えて目を向けない。向けても変わらないことだから。今自分にできることを考えて実行していけば、そのうち自信もついてくるんじゃないかな、って思ってる」
炎陽はゆっくりと私の頭に手を置いた。
「お前は、強いな」
「強い?」
「いや、何でもない。
お前はよく頑張っているし、えらいと思う」
炎陽は幼子にでもするみたいに、私の頭を優しく撫でた。いつものように髪を乱さず、毛の向きに沿って彼の手が流れていく。
「俺も、頑張ろうと思うよ」
炎陽は最後に一度、軽く頭頂に触れてから、私の頭から手を離した。
何を?と聞き返す間もなく、扉が開き、出て行った先生と慶透が戻って来た。
「ああ、炎陽、よく来たな」
先生はきびきびとした動きで、自身の席に着き、慶透は私の空いている方の隣に腰を下ろした。
「時間も遅いし、手短にすませよう。
雪微光、君は泉力自体は入学者の中でも下の方だった、そうだな?」
「はい。世代によっては泉弟の学校に行ってもおかしくなかったと言われました」
最初に泉師学校に合格したことが通知された際、師匠がそう言っていた。炎陽も以前同様のことを口にしていたので間違ってないだろう。
「では、泉力の流れが他と違う、ということはどういことだ?」
慶透はぴくりとも動かなかったけど僅かに私を気にする素振りを見せ、炎陽が問い詰めるように私を見た。
恐らく、最初の試験で彼を助ける時に独自飛行(未満)を行い、その後に私がそう言ったことについて訊いているのだろう。
ここに関しては特に男女の構造の違いのせいではない、と師匠が言っていたので正直に話しても問題ない。慶透の心配は無用である。
「術に関して全く修行が進まなかったので、一度調べてみたところ、札に流れる泉力の流れ方が変だということでした。師匠も原因はよくわからない、と言っていました。」
「なるほど……今日の様子や今までのことを考えると、君は泉力の流れに異常がある、それは確かなのだろう。原因としては私達でも思い浮かばなかった。君の師も知っていれば改善するか。
雪微光、君の師匠の名は何という?」
賢叡先生の質問に、私は言葉を詰まらせた。
「どうした?言ってはならぬと言われているのか?」
「い、いえ。知らないのです」
「知らない?」
「はい。ずっと、師匠と呼んできたものですから、師匠の名前を呼ぶ機会がなかったのです」
たいていは親に師となる人の名前を紹介されるだろうが、私は両親に師匠を紹介されたことがなかった。師匠は物心ついた時から傍にいたのである。
「では、君の師は決起会に来るだろうか?」
「決起会?」
耳馴染がない言葉に首を傾げると、賢叡先生がふるふるとしだしたので、恐らく一度は説明されているのだろう。
「年末の魔の山討伐に向けた催しだ。生徒の親や師も参加し、そのまま生徒を家まで連れて帰る」
秋期と冬期に寮も閉められることが関係しているのだろう。
「それなら、師匠が来ると思います」
きっと親が私を迎えに来ることはない。慶透が腿に置いた手を握り締めるのが視界の端に見えた。
先生も少し驚いてから、そうか、と頷く。
「とりあえず今日はここまでだ。しばらくはこのまま様子を見るとしよう。
恐らく君一人では難しいが、その二人は君の代で優秀な生徒だ。助けてもらいなさい」
そこで話は終了となり、解散になった。
五家が増えました。
続きます。




