四人の誓い(上)
交色街での一件があってから、なぜか茨塊と交流を持つようになり、泉師学校の引きこもり生活は予想より退屈しなかった。
雨があまりに続いた時、どこからか逃げ込んで来た魔獣が出て、二人で倒したこともあった。小さなものだったが、先生たちも出払いがちな時期だったので、食堂に入り込まれた厨房の女性たちには大変感謝された。
毎日会っていたわけではないが、茨塊について少し詳しくなった。交色街の出で口は悪いが、所作が綺麗だ。慶透のように流れるような動きではなく、上品でありながら華がある。あとは泉力が多いし扱いも上手い。そこを見込んで術を教えてもらおうと思ったが、開始早々諦められた。
そうこうしている内に時は経ち、帰省していた者が戻ってくるようになった。基本的には家格の低い泉弟の家系から戻ってくる。慶透は五家の子息なので、戻って来たのは授業が開始される前日だった。
「微光、久しいな」
「慶透、久し振り」
再会の挨拶を交わすと、今までどのように過ごしていたかを質問攻めされた。
毎日怠惰な生活を送っていなかったか、食事はきちんと取っていたのか、何か変わったことはなかったか。あまりにも事細かに聞かれるので、先生に叱られているような気持になった。
茨塊との交色街へ赴いたことについて以外はだいたい話した後、今度は慶透について聞いてみる。
「慶透はどうだったの?何か変わったことが起きたりはした?」
「ない」
一言で終えられると悲しいものだ。けれど慶透はお喋りでもないが無口ではない。多分本当に話すことがないのだろう。
「話しはここまでだ。そろそろ寝た方がいいだろう」
慶透の方が始めたくせに、何故か私がたしなめられる形になってしまった。だがこれが麗慶透である。久々のこの感覚にちょっと嬉しくなった。
夏季の泉士学校では札を卒業し、主に術と山の修業となる。唯一得意としていた札がなくなるのはつらかったが、私は私でいいのだと慶透が言ってくれた。周囲の声も気にすることなく、ひたすらに修行に取り組んだ。
「お、今少し札が動いたんじゃないか?」
札の授業がなくなっても、炎陽は私の近くにやってくるようになった。彼曰くあまりにも出来なさ過ぎて面白いかららしいのだが、先生たちに言われて監視しているのではないかとも思う。朋泉である慶透はもちろん、炎陽も既にある程度の術は使えるからあまり授業の意味はない。
「動いたかな?感覚としても何かがすっと消えたような気はする」
「体内から?」
「うん」
札を見つめながら答えると、頭をぽかりとはたかれた。
「いたっ?!」
「お前は今まで何をしてたんだ?!泉力を消費しない限り術は発動しないだろ!」
そんなことは当然わかっている。だがこの怒りようを見る限り、私はいつも泉力を流した気になっていただけで、実際は放出していなかったのかも知れない。
「でも泉力は確かに流してたんだよ」
と見上げた先には、下等生物を見るような炎陽の顔があった。
(え?!何で?)
「消費、だと言ってるだろ!」
今度は手刀が振り落とされようとしたところで、じっと見ていた慶透が、炎陽の手首を掴んで防いでくれた。
「何すんだよ?」
「君は自分の朋泉を見ていろ」
「はあ?」
炎陽は腕を振って慶透の手を振りほどくと、慶透に一歩詰め寄った。
「微光に教えてやってるんだ、お前にどうこう言われる筋合いはない」
「微光は私の朋泉だ。君の朋泉ではない」
「それがどうした?お前に教えられるのかよ?」
炎陽の言うことには一理ある。慶透は何をどうする、といった細かな手順を教えてはくれない、というより教えることができない。元よりできてしまう人なので、基本の手順が間違っているとかそういったことは直ぐに気づくが、私のようにそれ以前の問題だと、どうしてできないのかがわからないらしい。
「慶透、私の朋泉は慶透だけど、せっかく同じ場所で学んでいる者同士なんだから、一緒にやろうよ」
「いや、暴力的な人物とは離れたほうがいい」
「おい!」
「あ~、じゃあ、炎陽もさっきみたいのはなしで。それでいいでしょ?」
正直に言うと、さっき頭をはたかれたのも、手刀を振り落とされそうになったのも、冗談の範囲内である。撫でられるのとそれ程力が変わらなかったし、炎陽の手は私の頭に近づくにつれて速度が落ちていた。暴力の範囲に入れられると不思議な感じだ。
「お前は慶透に甘すぎるぞ」
不満そうに言うが、炎陽は私の顔に伸ばしかけた手を引っ込めた。額でも弾くつもりだったのか、鼻をつまむつもりだったのかわからないが、彼自身はそういったことが癖になっているのだろう。
「それは、朋泉だからね」
炎陽に返した言葉に、慶透の眉間からこわばりが取れたのを感じた。
「そうだな」
慶透の許可が出たところで、術の練習が再開された。
「術を発動させるには泉力を流すだけじゃだめだ。札はその札に既に付与されている効果が発動するから、泉力を流すだけでいい。だが術はそれを使って、あるいは組み合わせて効果を発揮する。
例えば弓だ。札は既に手を放せば矢が飛ぶ状態だと考えろ。お前が泉力を流すことが手を放す行為と等しい。術の場合は弓と矢などが札だと考えろ。まず弓と矢を手に持つことから始めなければならないし、それを自分の感覚で操作しなければならない」
炎陽が札を取り出しながら言う。
「例えがおかしい。札は本質的には変わらないだろう」
「お前は黙っていろ。まずは想像することが大事なんだよ。微光だってなるほど、って顔をしてるだろ」
慶透には申し訳ないが、私はなるほど、と思っている。逆に本質的に同じ札なのに、術の時と札で使う時で扱いを変えることを考える発想がなかったのだ。
(師匠もそこから説明することはなかった。本当なら感覚的にできることなんだろうな)
「とりあえずやってみろ。泉力を流して力を与えるんじゃない。泉力で扱うんだ」
炎陽の言葉にうなずいて、もう一度札に泉力を流す。
「水浄矢」
札自体は簡単な水を出すもの。そうではなく、術として、その水が自身の思うように真っすぐな矢となって飛ぶように。
「あ、馬鹿!」
「え?」
術は成功し、札は宙に浮いてから水に変わり、ある方向に向かって放たれた。ように見えた。
成功だと言われれば成功、失敗だと言われれば失敗のような形になった。もし、自分の向いた方に飛ばせていたなら、勢いを制御できていたなら成功だった。
「賢叡先生……」
飛んだ方向が見回っていた先生の方だったので、やはりどう考えても失敗だろう。
先生は咄嗟に避けて事なきをえたが、先生の後方でどさり、と何かが倒れる音がする。
「雪微光、君は私を攻撃し、施設を破壊するのが趣味なのか?」
先生は怒鳴ることはしなかった。だが、その声は震えており、口角がひくひくとしている。
「す、すみません!!」
結局私はまた、笑い者になったのである。
「微光、やっと術に成功したんだってな!」
食堂で一人寂しく夕餉を食べていると、嬉しそうに楽平が話しかけてきた。
楽平の朋泉である賢奨が困ったような笑みを浮かべてその後について来た。
「食堂に顔を出すのも珍しいだろ」
楽平はそのまま私の向かいに腰を下ろし、賢奨はその隣に座った。
「術は成功したんじゃない。やっと発動できたけど、全然上手くいかなくて、先生に攻撃するみたいになってしまったんだよ」
「あはは!あの偏屈爺さんだろ!」
「こら、楽平」
賢奨が窘めるも、楽平は意に介さなかった。
「いいだろ、別に。俺も見たかったなぁ」
「ごめんね、微光。楽平に悪気はないんだ」
「ありがとう賢奨。よくわかってるよ」
嬉しくない失敗だが、まだ笑ってくれる人がいるだけましだと思おう。同じく面白いから、と夕餉を奢ってくれた炎陽を思い出す。
「今日は慶透様はいらっしゃらないんだね。どうしたの?」
賢奨が話題を変えようとしてくれたようだが、全てのことは繋がっていたりするのである。
「私のことについて話を聞きたいって、賢叡先生が」
「炎陽様もそうなんですよ」
声をかけてきたのは炎陽の朋泉である丈拳だった。
「お隣よろしいでしょうか?」
「いいよ」
丈拳は大柄なため、少し位置をずらすと、彼は意外にも静かに隣に座った。
(どっかり座ると思ったけど、そういえば丈拳は使用人でもあったんだった)
「ごめんね丈拳。私のせいで」
「お気になさらず。炎陽様も楽しまれておりましたから」
丈拳は優しく微笑んだ。
「微光は呼ばれなかったの?」
「自分自身のことも理解できていない奴はいても邪魔だ!ってさ」
「ふっ!いいぞ、微光」
「何もよくないよ!」
「あのねっちり厭味ったらしい賢叡先生を噴火させられるのなんて、お前くらいだよ」
「楽平、それ褒め言葉じゃないんだよ?」
「褒めてる褒めてる」
楽平はけらけら笑うだけだ。もともとこういう人なので、賢奨と目を合わせて苦笑した。
「まあ、あまり怒らせると退学かも知れないけどな」
次の瞬間、私は血の気がさっと引いた。賢奨は咎めるような目で楽平を見る。
「何てこと言うんだ!」
「お、怒るなよ、賢奨。微光もそんな顔すんなって」
朋泉にきっと睨みつけられ、慌てた楽平は、私の方を見て更に慌てふためいた。
「ただの冗談だよ!よっぽど悪いことでもしない限り退学にはならないし、お前は春期の成績だって半分には入ってたじゃないか」
「それって春期の話でしょ?今期は札もないし、もしかしたら――」
賢奨が更に表情を厳しくし、楽平も顔からからかいの色が消えたところで、隣からどん、と重い音が響く。
「よくわかってるじゃないか」
続きます。




