洞窟にて 3
天井に空いた穴からしばらく離れたはずだが、洞窟の中は明るかった。
壁自体がほんのりと光っているため、周りを見渡せるのだ。
「そろそろ、水と食べ物を見つけないと体がきつい」
思わず愚痴をこぼした。
「あー、ですよねぇ。昨日の弁当を食べたきりですから」
「私はお風呂に入りたい。髪の毛もこんなにごわついて……」
それぞれ思ったことを口にしながら先へ進む。
突然、空気が動き、バサバサという羽ばたきと共に黒い物体が上を飛び交う。
三人は一斉にしゃがみ込んで上を見あげた。
「コウモリ⁈」
コウモリの形をしたその生き物が何匹か天井にぶら下がっており、歯をむき出しにして威嚇していた。
「うわっ!」
そのうちの一匹がとびかかってきた。
身をかがめ、海斗はナックルをはめた右手でコウモリをはらうと、パサリとコウモリは地に落ちた。
「あれ?」
あっけなく力尽きたコウモリに戸惑いつつも、ナックルの先でつついてみる。
コウモリ、羽が4枚ある時点で地球のコウモリとは違うようだが、それは死んでいた。
他のコウモリモドキは天井に逆さまになって止まったまま、こちらをうかがっているようだ。
「先に進もう」
海斗の声で二人も立ち上がり、コウモリモドキを警戒しながら洞窟の中を進んでいく。
「ひやっ!」
柚葉がしゃがみこんだ。
「なんか首に冷たいものが……」
海斗が柚葉の首の後ろを見てみると、透明なゼリー状の物がうごめいていた。
それを剥がそうと掴んだが、ピリッとした痛みを感じて手を離す。
「熱い、なんか……痛い痛い痛い」
柚葉の声が悲鳴に変わった。
ゼリー状の物が触れている皮膚が赤くなってきていた。
恭介が地面の砂をすくって柚葉の首にかけた。
「ス、スライムじゃないかな。砂ではがせるんじゃないかと思って」
海斗も砂をスライムにかけ、リュックから取り出したジャージを砂まみれにし、袖の部分でそれを柚葉の首からゆっくりとはがした。
そして地面に叩きつけると、スライムはプルプルと震えた後、ぴょんぴょんと跳ねていった。
海斗のジャージの袖は、体育館の床に強く擦れた時のように溶けており、柚葉のうなじから肩にかけては、スライムが張り付いていた肌が痛々しいほどに真っ赤に腫れ上がっていた。
手当てをしてあげたいが手元には何も無い。
せめて水があれば傷口を清めて冷やすことができるのだが。
「先に進んで水を探そう。それから上に気をつけて」
柚葉の目から涙がこぼれて頬を伝った。
痛々しくて可哀想だが、どうしようもない。
精神的にも肉体的にも限界が来ているのは、海斗たちも同じだった。
腕につけたアナログの時計を見ると、十二時を指していた。
朝起きてから砂嵐に巻き込まれて意識を失っていた時間と、洞窟を歩いた時間とを合わせて考えてみると、昼ではないはずだ。
この得体の知れない世界にやってきて二日目の夜、丸一日水分も食事も摂っていない。
「せめて休憩できるところが欲しいな」
そう言って海斗は天井を見上げた。
今のところ天井に張りついているものは見えない。
見上げた視線をそのまま壁に移すと、うっすらと光っている壁の中に少しだけ強い光が出ている場所があった。
罠か?と用心しつつ恭介と柚葉を自分の後ろにさがらせて、そっと壁を押した。
壁が動いた。
海斗が中を確認するために先程より力を込めて壁を押すと、開き戸のように壁の片側が開かれた。
恐る恐る中を覗いてみると、そこは洞窟の中とは思えない四角い部屋が広がっていた。
二十畳程の広さの、何も無い部屋だった。
思い切って壁のドアを開け、一歩中に踏み込んだ。
特別なことは起こらなかったが、念の為一人で部屋の中央まで行ってみる。
この部屋は平らな白い石畳で出来ており、明かりの元となるものが何も無かったが、部屋の外より明るさが増していた。
「セーフティエリアですかね」
恭介も恐る恐る入ってきた。それに柚葉も続く。
人の手が入ったような四角い部屋に安心したのか、柚葉が座り込んだ。
「もう、歩けない」
「僕も……」
恭介も座り込む。
「わかった、休もう。だけど一応警戒しろよ」
そう言って、海斗も地面に座った。
喉も乾ききり、さらに空腹だ。
歩き続けて足も痛い。
さっきまでは何ともなかったが、また背中の痛みが出てきている。
体を休めて気が緩んだことによって、痛みを感じるようになったのだ。
ここまで歩いてこられたのだから、骨は折れていないはずだ。
うとうとしかけて首を振った。
周りを見ると恭介と柚葉が消えていた。