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君のとなりで転生

うっかりのお陰で無印のヒロインが釣れました

作者: 緋水晶

短編ですが『ヒロインと悪役令嬢たちの関係が明らかになりました』の続きで、他のシリーズ作品とも繋がっています。

そのためシリーズを読了済みであると前提して、ところどころ説明を端折っている箇所があります。

今作が当シリーズの初見という方には意味がわからない話かと存じますが、ご容赦いただければ幸いです。


また、恋愛がメインではありませんが、シリーズで統一してそのジャンルに設定しています。


君となシリーズ9作目。

「ようこそお越しくださいました」

リーネとイザベルの姉妹再会から1週間。

大陸で最も南に位置するクローヴィア国のウィレル侯爵家の玄関で、その家の令嬢であるアデルが来訪者を綺麗なカーツィで迎える。

完璧令嬢と呼ばれた彼女の見せたそれは、感動さえ感じるほどの美しさだ。

「お世話になるわ」

「よろしくお願いします…」

それを受けて、平然と言葉を返したのは隣国ディアの王太子妃であるルリアーナ。

そして気圧されたように控えめに声を出したのがディアの反対隣りにあるスペーディアの平民リーネ。

国も立場も異なる3人がここに集まったのには訳がある。



「早速シャーリーとルナを探しに行きましょう!」

思い立ったが吉日とばかりにルリアーナは席を立ち、部屋の外に控えていた侍女に「帰国準備と出国準備をお願い」と告げると、

「殿下たちの説得は任せてね!」

パチンとウインクして、その日のうちに帰国とクローヴィア行きを取り付けてしまった。

「…ルリアーナ様って前からあんなに凄かったの?」

「……確かに生徒会の副会長とかしてたけど、あそこまでではなかったと思うな」

前世からの知り合いであるリーネはその行動力に、やはり今まで別々に過ごしてきた年月と立場があるのだと、少しルリアーナを遠くに感じた。

前世では同級生でも、今世では平民と王太子妃。

住む世界も求められる能力も異なるのだ。

「ふふふ、なんだか修学旅行みたいで楽しみねー」

しかしそう言って笑う顔はあの頃のままで、それに少し安心して心が軽くなった。

姿や立場が変わっても鈴華であるイザベルが自分の妹だと思うのと同じように、世界が変わってしまっても変わらないものも確かにあるのだと。


「ルカリオは?」

「シャーリーを探しに行くと言って出て行って以来帰ってきていませんわ」

「えー…」

「あの、フージャは…」

「ダイロスから動きたくないと言っていましたから、まだそちらに滞在しているはずですね」

「ええー…」

荷物を侍女に預けサロンに場所を移した3人は休む間もなく話し合いに移る。

今回クローヴィアには王太子であるライカとその婚約者であるアデルの他、ここにいるルリアーナとリーネ、そして先んじてルカリオとフージャが来ていた。

イザベルは「今度こそご一緒します!!」と主張したが、まだ体力が戻っていないこと、ルリアーナ達とクローヴィアに行くためには追放されたディアを通らなければならず精神面が心配であることを理由に今回もハーティアに残ることになった。

「せっかく推しが婚約者なんだから、今までの分もいちゃいちゃしてなさいな」

記憶が戻った際に自分がハマっていたゲームが『君とな』であったこと、そして最推しがオスカーであったことを思い出したイザベルに帰り際ルリアーナはそんな軽口を言ったが、思ったよりもイザベルの顔が赤くなってしまって、その場にいた女性全員とフージャにそれが移ったのはいい思い出だ。

そして一行は途中ディアに寄りヴァルトとルリアーナの旅支度を整えるため王宮に滞在したのだが、「王太子がそんなにフラフラ出歩けるわけないだろ!」と弟である第三王子のロイに叱られたヴァルトはここで離脱となった。

まだ幼いながら婚約者の教育の賜物でしっかりした男の子に成長した彼は、ルリアーナの期待していた癒し要員にはならなかったが、王太子にちゃんと仕事をさせることができる貴重な存在として国にとって大変頼もしい存在となっていた。

そしてこの時、ディアの王太子妃という国賓を迎える準備のためにライカとアデルはひと足先にクローヴィアに戻ることにした。

さらにそれならフージャの船を使えばいいということになり、ついでにシャーリーの顔を知っているルカリオがルリアーナ到着までに彼女を探し出しておくと言って2人に同行することとなった。

そのため今しがた到着した2人がクローヴィアに滞在する最後のメンバーだ。

けれどライカは仕事あり、ルカリオは偵察から戻っておらず、フージャに至ってはディアとクローヴィアの境の港町にいるという。

なんというチームワークのなさだ。

「まあルカリオは今日ルリアーナがいらっしゃると知っているはずですし、その内帰ってきますよ」

「そうそう。てかもう帰って来てたり?」

「あら、本当。ルカリオお帰りー…じゃなーい!!」

「い、いつからそこに?」

「あはははは」

ルリアーナが各々好き勝手に行動する男性陣(ライカは仕方がない)に頭痛を覚えて頭を押さえていると、アデルが慌てたようにフォローする。

そしてルカリオが今日中に帰ってくるはずと言ったタイミングで、すでにルリアーナの隣でのほほんとお茶を飲んでいた彼に全員が驚いた。

ルカリオはいたずらが成功したと笑っているが、いたずらで元最高峰の暗殺者の技術を出さないでほしい。

でないと周りの人間の心臓が保ちそうにない。

「……で、成果は?」

ややしていち早く衝撃から立ち直ったルリアーナがシャーリーは見つかったのかとルカリオに訊ねた。

「それがさあ」

ルカリオは待ってましたとばかりに身を乗り出し、これ見よがしにため息を吐いて見せる。

「なんかあいつ、トライアで情報を得たからか港町には情報があると思ってるらしくて、今はダイロスにいるんだよ。で、半年粘って、ようやく手掛かりを見つけたらしい」

「手掛かり?」

「そ。なんか見覚えのない顔を見つける度に声を掛けてたっぽいんだけど、ついこないだ「『金影』について何か知りませんか」って聞かれた奴が、「『金影』って、ルカリオ?って、あ」って言ったせいで、シャーリーは今そいつにべったりだ」

ホント勘弁してほしいぜと言って首を振るルカリオを見て、リーネが顔を青くしている。

もしかしなくても、その一緒にいる男というのは。

「……フージャが迂闊でごめんなさい…!!」

全てを察したリーネがルカリオに頭を下げた。

元暗殺者というだけあって『金影の正体がルカリオという少年である』ということは秘密であり、決して知られてはならないことである。

特に身内を殺されて怒り心頭の貴族や成金連中、商売敵である敵対組織などには絶対に知られてはならない。

彼らはルカリオを血眼になって探しており、そう言った連中に目をつけられないためにも迂闊に『姿を見かけた』『会話をしたことがある』などと口外してはならないのだ。

見つかろうものなら間違いなく洗い浚い知っていることを吐かされるだろう。

その際、下手をすれば拷問の果てに命を落とすことだってあるかもしれない。

だから自身が情報を持っていること、まして知り合いかのように振舞うなど、敵対組織の暗殺者に対して「殺してくれ」と自ら首を差し出しているようなものだ。

暗殺者と言うのはそれだけで恨みを買いやすいのだから。

とはいえ今回は結果的にシャーリーの居場所を把握しその行動を制限できたのだからよしとしようと、フージャへのお咎めなどはなく、リーネはほっと息を吐いた。

だが彼の危機管理のなさは命に係わる問題であるため、会ったら真っ先に説教だと決意の拳を握った。



翌日、ダイロスに移動した4人はすぐにフージャの船を訪れた。

そして彼を見るなりルリアーナは右の拳を左手のひらにパシンと音が出るほどの強さで打ちつけ、

「よしフージャ君、歯、食いしばろうか?」

にっこり笑いながら凄んで見せた。

その後ろではアデルもリーネも同じ顔をしている。

ちなみにルカリオはシャーリーに見つかりたくないからと、船のどこかに潜んでいるそうだ。

「は?え?なんで!?」

いつにないルリアーナの迫力ある笑顔にフージャが怯えた顔をする。

滅茶苦茶なところがある人だとは思っていたけど、暴力に訴えるような人には見えなかったのに!

そう思いながらも木っ端貴族の自分では他国の王太子妃には逆らえないとぎゅっと歯と目を閉じたところで、

「……もしかして、フージャさんはシャーリーの魅了にかかっていないのでは?」

ルリアーナの後ろにいたアデルが首を傾げながらそう言ってくれたことで、フージャは危機を脱した。

しかしルカリオの正体をバラしたことに関するリーネのお説教からは逃れられなかった。


「ごめんごめん。シャーリーと一緒にいるって言うから、てっきり」

「は、ははは、はぁ…」

いや魅了にかかってたら厄介だと思てさと、ルリアーナは先ほどフージャを殴ろうとした理由を説明した。

からからと笑いながらではあるが王太子妃のルリアーナに謝罪されては木っ端貴族が文句など言えるはずもなく、フージャは曖昧に笑って誤魔化すしかない。

考えてみれば実害があったわけではないし、問題と言えば自分が怖い思いをしたという、それだけだ。

そう、ただ単に、自分がとっても怖かっただけだ。

フージャはひっそり心の中で泣いた。

「で、肝心のシャーリーがいないけど、どこにいるの?」

リーネがきょろきょろと辺りを見回し、そういえば目的はフージャへの説教だけではなかったと、本来の目的であるシャーリーを探す。

しかし船の中の狭い室内に隠れる場所などあるはずもなく、ぱっと見で見つけられないということはそれすなわち不在だということ。

ならば行方を知っているのはこの中でフージャしかいない。

「ああ、あいつには今日ルカリオの主が来るからタイミングがいい時に呼ぶって伝えてあるから、いつでも呼べるぞ?」

リーネの問いにフージャが答えれば、彼女は「なんで呼んでおかないの?」という顔で彼を見返した。

それに対して「平民だからだよ!」という答えをぐっと堪え、軽く息を吐いてからフージャは無言でシャーリーを呼びに向かった。

これは彼が平民を差別しているということではない。

普通なら平民が貴族に会うことすら稀であり、王族ともなると一生に一度でも拝謁の機会があれば孫の代まで語り継げるような奇跡と言ってもいい邂逅なのだ。

前世の記憶があるせいか彼女たちはそのあたりをよく理解していないようだが、この世界しか知らないフージャにとってそれは当たり前であり、だからこそ平民をいきなり王族に引き合わせるなんていう不敬を犯さないようにしたのに。

「あー、貧乏くじだな…」

俺一人格式にこだわって馬鹿みてぇと呟きながら、しかしそこは一生治せないだろうと項垂れるしかないフージャだった。


ほどなくフージャと共に部屋に入ってきたシャーリーを待っていたのは、戸惑いだった。

半年もの間ずっと探していたルカリオの主がここにいると言うから来たのに、訪ねた部屋には令嬢らしき2人の女性と侍女らしき女性が1人いただけだった。

「きゃー!!シャーリーだー!!」

「本物ですねー!」

「えっと、あの、これは、どういう…?」

しかも部屋に入った途端、令嬢2人は手を取り合って自分を見て騒いでいる。

一体どういうことか。

「あの、ルリアーナ様、アデル様、まずはシャーリーに説明を」

していただけませんかね、というフージャの声は彼女たちには届かない。

「綺麗な銀髪ねー」

「ほんと、パッケージイラストそのままですね」

キャッキャ、キャッキャと騒ぎながら、2人は飽きもせずにシャーリーを見ている。

なんなら「ちょっと触っていい?」と髪や頬を触り始めた。

「イザベルちゃんは窶れちゃってたから実感なかったけど、シャーリーはゲームのままで嬉しいわ」

深紅の髪の令嬢がシャーリーの頬を撫でながら放ったその言葉に、シャーリーは「え?」と驚きに目を丸くする。

「あの、」

「そうですね。ルリアーナ様はゲームの時より大人になってましたし、リーネさんの時はそれどころじゃありませんでしたし。こうしてゆっくりとゲームそのままの姿のヒロインが動いているのを見られて嬉しいです!」

シャーリーは話を聞こうと声を上げたが、髪を梳いている青髪の令嬢もまた気になることを言ったので口を噤んだ。

というか口を挟む隙がない。

「あのー」

そう思っていたのに、侍女と思しき女性が2人に声を掛けると、

「とりあえず、自己紹介とか、しない?」

令嬢2人にタメ口で話し始めたため、またもシャーリーは驚いた。

そろそろ驚きすぎて疲れそうだ。

「あ、そうよね。ごめんなさい」

「ちょっとテンション上がっちゃいました」

2人の令嬢はそう言ってシャーリーから手を離すと、

「私はルリアーナ。転生者で、君とな2の悪役令嬢よ」

「私も転生者でアデルって言います。君とな4の悪役令嬢です」

そう言って「よろしく(お願いします)ね」と笑った。

「あ、私は君とな3のヒロインのリーネで、貴女の知っている悪役令嬢イザベルの前世の姉です」

そして侍女だと思っていたタメ口の女性もそう言ってシャーリーに笑い掛けた。

間。

「えー……っと?」

…………ぱた。

「シャ、シャーリー!?」

「大変!」

「フージャ、ベッドは!?」

「隣の部屋にあるぞ!」

シャーリーは度重なる驚きにとうとう目を回してしまい、そのまま意識を手放した。

イザベルが転生者ではなかった(本人が知らなかった)から、この世界に転生者は自分1人だと思っていたのに、なんかいっぱいいた。

そのことがシャーリーの頭をパンクさせたのだった。


「いきなりあんなに言ったら混乱しちゃいますよ!ちゃんと手加減してあげてください」

「「ごめんなさい」」

先ほどはリーネに叱られていたフージャが今度は3人を叱る。

いくらなんでも色々いきなり過ぎると。

「リーネも。ちゃんと2人を止めてくれなきゃ」

「いや、アデル様はともかく、ルリアーナ様はめいちゃんだもの、無理に決まってるわ」

「なんだそれ、って言いたいけど、納得…」

「…どういう意味かしら?」

そんな話し声に促されてシャーリーが目を覚ます。

目を開けて最初に視界に入ったのはフージャが椅子に座っているルリアーナとアデルに注意をしているところだった。

恐らく先ほどの自分に対しての行いのことだろう。

「あの…」

それを有難く思いながらも、とりあえず目を覚ましたことを伝えようとシャーリーは誰にともなく声を掛けた。

「あ、気がついた?」

すると駆け寄ってきたのは赤髪の一番綺麗な女性だった。

確かルリアーナと名乗っていたはず。

「はい。あの、ルリアーナ…様、貴女は、というか、皆様は、全員転生者、なんですか?」

恐る恐るとシャーリーが問えば、目の前の女性は「そうよ」とあっさり頷き、

「あと貴女が転生者かって一度聞いたイザベルちゃんも転生者よ。ついこの間記憶が戻ったの」

「…ほえっ!?」

ついでのように自分がかつて転生者と疑ったイザベルも転生者であったと告げられた。

驚きのあまり変な声が出てしまったが、誰も気にしていないようなのでそっとしておくことにする。

「他にもルナっていう君とな4のヒロインの子も転生者。あと君とな3の悪役令嬢の子は未確定だけど転生者っぽくて、その子は今スペーディアにいるわ。今回私たちはルナと貴女に会いにクローヴィアに来たの」

ルリアーナはそう言って大輪のバラのような華やかな笑みを浮かべると、

「早速で悪いんだけど、貴女の前世のこと、教えてくれる?」

優しくシャーリーの手を取り、彼女に話を促した。


「えっと、私は多分高校2年生くらいの時に階段から落ちて死にました。君となは友達に借りてハマって、イベント特典の途中までプレイしました。ルカリオが初めてちゃんと姿を見せてくれるところ辺りです。他の記憶は…あんまりなくて。それで転生して、最初は誰かのルートをクリアして平和に過ごそうと思ったんですけど、部屋に脅迫の手紙が届いたからルカリオもこの世界にいるってわかって、なら彼を探そうって思ってトライアに行った後、ルカリオがクローヴィアにいるって情報を得てここまで来ました」

シャーリーは「こんな感じで大丈夫ですか?」とルリアーナに首を傾げて見せる。

そのルリアーナは後ろにいるアデルを見て、

「なにかわかりそ?」

と彼女に問うた。

アデルは「そうですね…」と考えをまとめるように斜め上を見上げ、

「階段から落ちて亡くなったということは彼に殺された残りの1人ではないと思いますが、逃げ延びた2人の内の1人かもしれませんし、そこは確定できません」

そう言うとシャーリーの元へ近寄り、ルリアーナと同じように彼女の手を握る。

「少し辛いことを思い出させてしまうかもしれませんが、協力していただけますか?」

そして真摯に彼女を見つめ、希うように彼女の手ごと両手を組んだ。

それはさながら勇者に武運を祈る聖女のようで。

「も、もちろんです!」

神聖にも見える美少女の姿に興奮したシャーリーはその手をしっかりと握り返し、鼻息も荒くアデルに首肯した。

だが無意識だったアデルは「あ、はい」と若干引いた。

「…では」

こほん、と仕切り直しの咳払いをし、アデルは改めてシャーリーの目を見る。

「貴女は前世で男性に追いかけられた記憶はありませんか?」

「……男性、ですか」

「はい。身長は170~175cm程度で、中肉中背の20代の男性です」

シャーリーはアデルの言葉に首を捻るが、思い当たる人物の記憶がない。

そもそもシャーリーの記憶は断片的であり、そのほとんどが君となで占められていた。

それだけを思い出そうとしていたからだろうが、そのせいで彼女たちの、せっかく出会えた前世持ちの仲間の力になれないことが少し悔しかった。

「えっと、他になにか、ヒントはありませんか!?」

だからシャーリーは役に立とうと必死に記憶を手繰る。

それにわざわざそれを自分に聞いてきたのだから、彼女たちは私がその人を知っていると考えているはずだ、とも思った。

何故自分に関わりがあるのかはわからないが、きっと聞けば彼女たちは答えてくれるだろう。

「そういえばシャーリーちゃんの前世の名前を聞いてなかったわ」

早く記憶を探ろうと焦り始めたシャーリーの耳にぽんと手を打つルリアーナの明るい声が届く。

彼女はにこにこ笑いながらシャーリーを見ると、

「私は野田芽衣子っていう名前だったの。リーネちゃんは私の同級生で中村美涼。その妹のイザベルちゃんは中村鈴華。そしてアデルちゃんが私の妹の友達で石橋秋奈って言う名前だったわ」

そう言って前世の名前が判明している人物の名前を列挙した。

それはもしかしたら自分が強請ったヒントとしてかもしれない。

だがやはりシャーリーにはピンと来なかった。

「私は棚橋紗理奈という名前でしたが、皆さんのことは知らないと」

「棚橋…紗理奈って、貴女亡くなった新生徒会長のさりちゃん!?」

「あー!!確かうちらが3年の時に事故で亡くなったからってすぐに会長が変わったことがあったわ!」

思うと言い切る前にルリアーナがガタリと音を立てて立ち上がり、シャーリーを指差した。

そして同い年だったリーネも思い当たったらしく、ルリアーナの言葉を肯定する。

「……そういえば、生徒会長になったばっかりの時だった気が…」

2人に言われて初めてそれまで頭の奥深くに眠っていた『生徒会長になった』という記憶が呼び起こされた。

高校2年生の秋に校内選挙で生徒会長に選ばれて、その引き継ぎがひと段落したからとゲームを始めたんだった、と。

「私貴女と何回か会っているわ。前任生徒会の副会長だったから」

ルリアーナが「そっか、あの子かぁ」と一人納得していると、ようやくその言葉が脳に届いたシャーリーは目を見開く。

「え?副会長って、めいちゃん先輩!?え!?ルリアーナ様ってめいちゃん先輩なんですか!?」

「あ、その呼ばれ方懐かしー!そうだよー」

そして目の前の人物が自分の先輩だと気づきさらに目を瞠った。

皆が「めいちゃん」「めいちゃん先輩」と呼んでいたから真似ていたが、まさか芽衣子さんだったとは。

「ということは、やっぱり私たちは全員同じ高校…」

ならばやはりシャーリーも関係者なのではないか。

驚いているシャーリーの話を聞いたアデルは呟いた後、難しい顔をした。

殺された人物ではないとすると、残っているのは男から逃げるために引っ越した人と警察に助けられた人だったはずだから…。

「あの、シャーリーさんは前世でお引っ越しされたこと、ありますか?」

「…引っ越し?」

「はい。多分高校に入ってからです」

「えっと…」

もし引っ越していなければ、シャーリーの前世は『警察に助けられた方の被害者である』という可能性が一番高いのではないか。

消去法でアデルはそう推理した。

「あ、そういえば」

固唾を飲んで答えを待つアデルに、記憶を探っていたシャーリーはハッと閃いたように顔を上げると、

「生徒会選挙中に親が引っ越そうかって言ったことがあったと思います」

と言ったが、すぐに「あれ?」と顔を曇らせた。

「でも、そうしたら学校を変えなくちゃいけないって言われて、やめてって、言った…ような…」

『だって遠くに引っ越さなきゃこの先ずっとつきまとわれるのよ!?』

『それは困る、けど、1年くらいだし、私が耐えれば…』

『そんなこと言って、何かあってからじゃ遅いでしょう!!?』

『まあまあ2人とも落ち着いて、まずは一度警察に相談してみようよ。お父さんの知り合いに刑事さんがいるから』

『え?お父さん捕まったことあるの?』

『違うよ!?大学のサークルの先輩が刑事になったんだよ!?』

『なーんだ』

『なーんだ、って…』

急に、シャーリーの頭に前世の自分と両親の会話が流れた。

初めて思い出した、両親との懐かしい記憶。

でも日常会話にしては内容がおかしい。

一体なんでこんな話をしたのか。

「…リー…ん、『…なちゃ…』シャー…ちゃん」

遠い記憶に沈む中で誰かの声が聞こえる。

これは今の自分への声。

でももう一つ、それに隠れて声が。

「シャーリーちゃん」

『紗理奈ちゃん』

目の前に、見知らぬ男が立っていた。

長い前髪の隙間から、三日月形に歪む口元が見える。

『紗理奈ちゃん、君はあの女とは違うよね?』

男の手が動く。

『ちゃんと僕の…』

そして伸ばされた手が、自分の腕を掴んだ。

「シャーリーちゃん!!」

「…っは!」

気がつくと、シャーリーはルリアーナに肩を掴まれ、揺さぶられていた。

「あ…」

「よかった!やっと反応してくれた!」

白昼夢のような、幻のような夢から醒めた気分でシャーリーは今の自分を確認した。

そうだ、今の私はシャーリーで、ここは自分が愛した世界で。

目の前には、自分を心配してくれる人がいる。

感触を確かめるように握り込んだ拳は震えていたが、自分は確かにここにいると強く思った。

「突然暗い顔で黙り込んだから、どうしたのかと思ったわ」

「…すみません」

シャーリーはもう一度強く拳を握り、深く息を吐く。

今見たことはきっとこの人たちが求めている情報だから、ちゃんと言葉にしよう。

そう決意して、ルリアーナとその隣で心配そうな顔をしているアデルとリーネの目を順に見て、呼吸を一つ。

「私、今思い出したんです」

さらに一度息を吸って、心を落ち着ける。

「多分私は皆さんが探している男性に会いました。そしてどのくらいの間かはわかりませんが、つきまとわれたんだと思います。母は心配して引っ越そうと言ってくれましたが、その前に父の知り合いの刑事さんに相談しに行った、と思います」

思い出せたのはそれだけだが、あとはこれがちゃんと彼女たちの役に立つことを祈るだけだ。

口を閉ざしたシャーリーはアデルの反応を待った。

「…やっぱり!!」

その結果はシャーリーが望んだようになったらしい。

アデルは懐から紙を取り出し、すぐに何かを書いた。

そして「よし」と頷くと、それをシャーリーに見せる。


君となの登場人物に転生してきた人一覧

・君とな無印

 ヒロイン:シャーリー…転生者。今はルカリオを追ってクローヴィア?(棚橋紗理奈/ストーカー事件被害者/警察に助けられた人)

 悪役令嬢:イザベル/中村鈴華…転生者(ストーカー事件被害者)ハーティア/第一の被害者

・君とな2

 ヒロイン:カロン…転生者?処刑済み

 悪役令嬢:ルリアーナ/野田芽衣子…転生者(ストーカー事件被害者)ディア/熱中症の人

・君とな3

 ヒロイン:リーネ/中村美涼…転生者(ストーカー事件関係者)スペーディア/犯人を追っていた人

 悪役令嬢:アナスタシア…不明

・君とな4

 ヒロイン:ルナ…転生者。多分クローヴィア

 悪役令嬢:アデル/石橋秋奈…転生者(ストーカー事件被害者)クローヴィア/最後の対象


「えっと、これは…?」

紙に書かれている内容に目を通しながらシャーリーは持ち主であるアデルに問う。

意味がわからない部分が多いが、自分の名前の横にある『ストーカー事件被害者』の文字は無視できない。

「実は私たちは全員、貴女が会ったという男性に関わりがあるんです」

アデルは紙をシャーリーの前に置き、指を差しながら説明を始める。

「その男性は私たちが通っていた高校の女子生徒に馬鹿にされたという過去があり、その復讐のためにこの高校に通う女の子を複数人ストーキングしていました。イザベル様とルリアーナ様の妹と私、そして貴女も彼にストーキングされた。そしてイザベル様はその果てにこの男性に殺害されました」

「っ!!」

「ルリアーナ様は記憶にありませんでしたが、亡くなった状況から妹をストーキング中の彼が家を覗いている姿を見て通報しましたが彼に見つかり、逃げている最中に亡くなった方だと思われます。リーネさんはイザベル様の敵を討とうと男性を追っていました。…私はそのお陰で彼から逃れられましたが、その後死にました」

「そんな…」

「リーネさんは彼を見つけましたが、追い詰められた彼はリーネさんと間違えて別の女性を殺したそうです。そしてその女性は最後の力を振り絞って彼を殺した。復讐の対象がいなくなったリーネさんは生きる意味を見失い、イザベル様の墓前で命を絶ちました」

そこまで語り終えたアデルは一度息を吐き、再度シャーリーを見る。

「恐らくこの世界に転生した君となシリーズのヒロインと悪役令嬢は皆彼に関わっているはずです。被害者は他にもう2人。引っ越しをして彼から逃れた人。そして彼に殺された人です」

「あ、だからさっき引っ越しって…」

「そうです。カロンさんはこちらの世界でも既に亡くなっているので確かめられませんが、この後残りのルナとアナスタシア様にも話を聞けば、さらにはっきりするでしょう。リーネさんの記憶のお陰でこの事件と私たちの転生が関係しているかもしれないと気づけたので、どうせなら全容を知ろうというのが今の私たちの目的です」

アデルはシャーリーに教える形で初めてはっきりと自分たちの目的を口にした。

それまでは勢いと懐かしさから前世関係者を集めていたところもあるが、今となっては明確な目標があっての行為となっている。

きっと他の3人も考えは一緒だろうと確認したことはなかったが、2人が自分に同意するように頷いたのでアデルはそっと微笑んだ。

今は離れているが、イザベルもきっと同意してくれるだろう。

一方、シャーリーはアデルの口から語られる事件については何も知らなかった。

前世の自分が知らないうちにそんな事件に巻き込まれていただなんて、とても信じられなかった。

しかも犯人は先ほど思い出したあの男だという。

あの三日月形に笑う男が。

「すみません、私何も知らなくて」

ただでさえ不気味に思えていた男が人を殺していたと聞かされて余計に恐ろしく思える。

あの男が言っていた言葉を思い出したせいか妙な寒さを覚え、シャーリーは自分の腕をさすった。

「無理もないですよ。私は警察の話やニュースでこの事件を最後まで見ましたから詳しく知っていましたが、貴女が亡くなった時はまだストーカー事件の1つとしてしか認知されていなかったはずですから」

「そうね。私はイザベルちゃんが殺されたってニュースは見たのかもしれないけど、多分近所で起きた殺人事件くらいにしか認識していなかったし、それが同級生の妹だなんて思いもしなかったわ」

「私だって妹が被害者だったから関わっただけよ」

そんなシャーリーを励ますようにアデルもルリアーナもリーネも敢えて軽く、何でもないことのように笑ってみせる。

実際彼女が気に病むようなことは何もないし、例えあったとしても気に病む必要はないと。

その3人の優しさに、シャーリーの目には薄く涙の膜が張ったが、涙は零さなかった。

代わりに3人と同じように笑顔を浮かべた。

「…それにしても、あの男はなんで皆を狙ったのかしら」

「え?」

ふとルリアーナが呟く。

その言葉にアデルとリーネが首を傾げた。

「うちの学校の子に馬鹿にされた。だから同じ学校の子を狙った。それはまあ、なんとなくわかるわ。馬鹿馬鹿しいとは思うけど。でも、なんでうちの妹やイザベルちゃん、シャーリーちゃんにアデルちゃんを狙ったのかしら、って思ったの」

ルリアーナがそう言えば、2人は「確かに」と頷く。

「…そういえば、なんででしょう?」

「考えてもみなかったわ…」

報道を見ていたアデルも犯人を追っていたリーネもそのあたりは知らないらしく、互いに顔を見合わせる。

「あの」

しかしシャーリーは違った。

僅かではあるが、その疑問の答えを知っている。

「あの私、あの男に会った時に言われました」

ルリアーナたちはシャーリーの言葉に驚き、彼女の方を向く。

「…なんて?」

なんとなく感じただけの疑問だったが、それは事件の核心に迫るものであった。

だからこそその答えは見つからないだろうと思っていたのに、こんなにすぐに見つかるなんて。

3人は期待を込めた目でシャーリーを見る。

「……あの時、彼は口を三日月形に歪めて、多分笑いながら私に言いました。『紗理奈ちゃん、君はあの女とは違うよね?ちゃんと僕の…』」

ルリアーナに促されたシャーリーはそう言うとごくんと生唾を飲み込み、

「『僕の愛を、受け入れてくれるよね?』って」

指先が白くなるほどの力で両手を組みながら、その男からの言葉を紡いだ。



『お前、お前だ!!』

『お前があの時、俺の邪魔をしたんだ!!』

『俺は彼女を愛していたのに!』

『彼女だって俺を受け入れてくれたはずなのに!!』

『許さない!』

『俺はお前を、絶対に許さないぞ!』

『絶対に、逃がさないからな!!』

遠い日に聞いた、誰かの絶叫が頭の中で木霊した。



「うわ、なにこのお通夜みたいな空気…」

「お、ルカリオじゃん。なに、隠れるのやめたの?」

「いや一応天井裏で話聞いてたんだけどさ、くっそ重たい話の後静かになったから様子見に」

「そっかー、でも助かったよ。こんな状態で部屋から出られないし。俺、マジで心折れそうだった」

「……もうちょっと待てばよかったかな」

「待って帰らないで!」

シャーリーが男の言葉を伝えた後、この部屋を支配していたのは沈黙だった。

誰もが彼の言葉に嫌悪感を抱き、理解を放棄したのだ。

「ったく。おい姫さん、そろそろ行こうぜ?」

ルカリオはズカズカとルリアーナに近づき、その手を取る。

しかし心なしか青褪めた彼女の顔は動かない。

「…おい?」

ルカリオがその様子に不審気な声を上げると、

コンコンコン

「はい?」

「ごめん、アディを迎えに来たんだけど」

同時にドアがノックされ、フージャが答えるとドアからライカが顔を覗かせた。

どうやら仕事の合間に婚約者を迎えに来たらしい。

「アディ。そろそろ城に帰らないと。今日は父上たちと会う約束だろう?」

そしてルカリオ同様にカツカツと靴音を鳴らしながら部屋を横断すると、アデルの手を取って甲に口付ける。

「あ…、ライカ様…」

「…うん?」

ルリアーナとは違い、アデルはそこでライカに気がつき彼を見たが、その顔は彼女と同じように青褪めていたため、ライカは軽く眉を顰めて何があったと近くにいたルカリオに目で問うた。

「あー、なんか前世絡みで話し合ってて、イザベルを殺した奴がイザベルたちにつきまとってた理由が他の女への未練からの執着だった、みたいな話をした後この状態になったっぽい?」

だよなあ?とこの場でその話を聞いていたフージャに確認を取る。

自分は天井裏で聞いていただけだが、確かそんな感じの話をしていたと。

それに対しフージャも「そうです」と頷いてみせた。

「……そうか。それはまた、随分嫌な思いをしただろうね…」

ライカは2人から話を聞いてさらに深く眉を顰め、そっと背後からアデルを抱きしめる。

「可哀想に、指先までこんなに冷えてしまって」

そのままアデルの手を取り、反対の手ではアデルの頭をゆっくりと撫で、「アディ」とアデルに優しく声を掛ける。

「僕の可愛いアディ。僕はね、アディがアディだったから、君を好きになったんだよ。それを忘れないで?」

そして今度はつむじに唇を落とした。

ちゅ、という小さなリップ音が静かな室内で響く。

「ライカ様…」

「他の誰かがいくら君に似ていても、僕が心から愛するのは君だけだから」

「は、はい」

「この手に、髪に、唇に、触れてもいい男は僕だけだから、ね?」

そう言って、ライカは再びアデルを抱きしめる。

アデルはその力強さに少しだけ熱を取り戻し、安心して頼れるその腕に穏やかな顔で身を任せるのだった。

「………あっま」

「俺にはできないわぁ…」

そんな人目を憚らないライカに対し、ルカリオとフージャの2人は瞳を遠くする。

砂を吐きそうな、というのはきっとこの気持ちを表す言葉だ。

王子パネェと、不敬でなければそう叫びたい心境だった。

「……私、フージャがあんなこと言い出したら、絶対笑うわ」

「…私は、ルカリオに、言ってほしいなぁ…」

そうこうしているうちにリーネとシャーリーもライカたちのやり取りのお陰か意識をこちらに向け、それぞれ弱々しくではあったが軽口を叩く。

「「言わねーよ」」

フージャは困ったような苦笑いのような顔で、ルカリオむっとしたようなしかめ面ではあったが、それぞれに安堵の笑みを見せ、口を揃えて拒否を示した。

ははははと4人の笑い声が響いたところで、

「いいじゃない、言ってあげたら?」

ルリアーナもやっと意識を戻した。

しかしその言葉にもルカリオは「やだよ」拒否を示し、「代わりにアンタに言ってやろうか?」と妙な色気を感じる顔で言ったが、「おい、ヴァルト様に殺されるぞ?」というフージャの言葉にふっと静かな笑顔を見せ、そっと口を閉じてルリアーナから離れた。

「あれはダメだ、絶対勝てねぇ」と彼の背中が語っているのをフージャは見た。

「って、あれ?ルカリオがいる」

「今かよ!?」

軽口を叩けていてもやはり本調子ではなかったのだろう、やっと先ほどまで不在だったルカリオがいることを認識したルリアーナは彼を見て驚く。

その目が「何故?」と語っていたので、ルカリオは「静かになったから気になって来た」と素直に白状する。

彼はツンデレ属性持ちではあるが、こういう時に「別にアンタが心配だったわけじゃねーから!」とか言うタイプのツンデレではなかったらしい。

「それに今なら、そこの女も騒ぐ元気なんかないだろうしな」

「あ、なーる…」

そう言いながらルカリオがちらりとシャーリーを見たのでルリアーナは小さく納得の声を上げた。

けれど密かにシャーリーをルカリオ好きの同志と思っていたルリアーナはルカリオを手招きし、のこのこ近寄って来た彼を掴まえると、

「シャーリーちゃん。ルカリオだよー」

あっさりとルカリオを彼の(シャーリー)に売り渡した。

「あ、てめぇこの野郎!!俺を売る気だな!?」

ルカリオは咄嗟に逃げようとしたが、がっちりと掴まれたルリアーナの手は振りほどけない。

「やーねー、ちょーっと見せてあげようかなーって思っただけじゃない」

彼女はぎゅっとルカリオの腕を抱き込み、逃がさないと言うようにどんどん力を込めてくる。

「俺は犬か猫か!?」

次第にそれは凡そ女性のものとは思えないほどの力になっていき、「そろそろマジでヤバい!?」とルカリオが焦っていると、

「え?大切な友人兼信頼している護衛ですけど?」

そんな力を込めているとは思えないきょとん顔のルリアーナがそんなことを言ってきて。

「~~~~っ!!!」

とうとうルカリオは抵抗することをやめた。

いや、不意を突かれて赤くなってしまった顔を隠すのに必死で抵抗する余裕がなくなった、という方が正しい。

「ははは、ルカリオの負けだな」

「してやられちゃったねぇ」

フージャとライカは『金影』と呼ばれる少年のそんな表情を少し意外に思いながら彼をからかうように笑った。

「あれは無理だわぁ…」

「入り込めないですね」

「大丈夫!他にもいい男いるって!」

ルリアーナ以外の女性陣もそう言って彼らにつられるように笑ったが、その中にあってルリアーナだけが意味をわかっておらず、頭に『?』を浮かべながら、それでもルカリオの腕を強く抱えていた。



その後、アデルと共にルリアーナも国王に呼ばれているとのお達しで、その場は解散となった。

ライカ、アデル、ルリアーナと護衛のルカリオはフージャの船を後にして城へと向かう。

そしてフージャとリーネとシャーリーはそのままダイロスに残っていては危険かもしれないと、すぐに船を移動させることにした。

「『半年もの間『金影』を探している少女がいる』というだけでも危ないのに、その子が突然『金影』探しをやめたら、どう思われると思う?」

帰り際のライカのこの言葉が彼らに早めの行動を促したのだ。

「どうせならスペーディア近くまで行っちゃえばいいかも」

「それならウドスがいいかもしれません」

どうせ移動するならと、ルリアーナとアデルからの提案により彼らはスペーディアとの国境の街ウドスへ向かうこととなった。

この後アナスタシアに会うことを考えてだろう。

「わかりました。じゃあ俺たちはひと足先に国境に向かいますね」

「ルナのことは顔見知りの皆さんにお任せします」

「あの!ちゃんとまた会えますよね!?」

船を降りた4人にフージャは手を振り、リーネは敬礼を見せた。

それにすかさずアデルとルリアーナが返したが、他の2人は「なにそれ?」という顔だ。

シャーリーは笑顔で別れを告げるアデルとルリアーナに縋るような目を向けた。

その目は「せっかく知り合えたのにこのままここでお別れ、なんてことにはならないですよね!?」と切実に訴えている。

「もちろんよ!すぐに追いつくから、観光でもして待っていて」

「その時はルナも一緒かもしれませんから、仲良くしてあげてくださいね!」

そんな不安げなシャーリーにルリアーナとアデルは大丈夫だと笑う。

またすぐに会えると。

「じゃあ気をつけてね!」

ルリアーナのその言葉を最後に、4人と3人は別の地へ向けて出発することとなった。


ウドスへ向かうため、フージャは必要な物資を確認する。

万が一遭難した時のために3日分の食料と水、燃料も積まなければならない。

「ま、こんなもんかな」

港での手配を終え、フージャは甲板に上がる。

そこにはリーネとシャーリーの姿があり、何やら黄昏ているようだった。

近くによると怒涛の1ヶ月を思ってか遠い目をしたリーネが

「……思えば遠くへ来たもんだ」

と呟いた。

「なんだそりゃ」

「前世の…誰かが言ってた名言、的な?」

リーネらしくない言葉だと思って聞けば、それはリーネの前世にあった言葉だという。

しかし疑問形の曖昧な答えにフージャは変な顔をした。

名言的な?って言われても俺だってしらねーよ、と。

「えと、シャーリーは知ってる?」

「…言葉だけは」

そして2人の会話からこの疑問は解決することがなさそうだと感じ、早々に忘れることにした。

「なんだっけ?」「日本一周をした人の言葉とかじゃないですか?」「あー、そうかも?」という2人の暢気な会話を聞きながらフージャは操舵室へ移動し、窓から見える遙かな海原に目を向ける。

どこまでも、どこへでも続く海。

その海を渡り続けて自分たちは今、一周して元の場所に戻ろうとしている。

「確かに、遠くに来たよなぁ…」

これでフージャとリーネはこの1ヶ月の間に大陸を一周したことになる。

スペーディアからの短くも長い旅の終わりを感じてフージャはしみじみと息を吐いた。

リーネに助力を請われた時はまさかこんな大掛かりな旅になるなんて思わなかったし、王族を乗せることになるとも思っていなかった。

海賊貴族と蔑まれていた時が嘘みたいで、フージャはこの頃船での旅が楽しくて仕方がない。

「さて、この旅の終わりはどんなものになるのか」

しかし、どんなに名残惜しくても終わらない旅に意味などないので、せめてフージャはその結末に立ち会いたいと考えている。

ここまで付き合って最後を見ずには終われないだろう。

「最後はアナスタシア様、か…」

彼女は一体どんな人生を歩んで生まれ変わってきたのだろうか。

やはり他の女性陣のように辛い最期だったのだろうか。

学園で見かけた彼女の静かな顔を思い出す。

あの時、彼女は何を思って過ごしていたのだろう。

「ま、聞いてみなきゃわからんわな」

出港に向けフージャは錨を上げるよう指示を出す。

願わくばこの旅の終わりが辛い思いを抱えた友人たちが幸せになれる終わりであればいい。

「……出港するぞ!」

「「はーい!」」

出港の汽笛を鳴らし、3人を乗せた船は国境の街ウドスへ向けて出発した。

読了ありがとうございました。


※『思えば遠くへ来たもんだ』は昔のドラマのタイトル及び同名の某3年B組の先生が所属していたグループの楽曲らしいです。

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