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第零章

この物語に登場する人名、団体名はフィクションであり、現実とは関係ありません。

中にはグロテスクな表現も含まれますので、それを承知の上で閲覧される事をご了承ください。

文字通り粉砕された壁。火に呑まれ、身体に纏わりつく灼熱と形容されるに相応しい空気は喉や肺を焼いていく。もう喋るどころか呼吸をするのも辛いと思わせる。


だが、少年は今この瞬間も生きている。打ち身、擦り傷、切り傷。自分が生きているのが不思議に思える程、今の少年に生きる意志は見られなかった。


何故、こうなったのか。それは少年にも分からない。分かっているのは平和だったコンサートホールが突然爆発して千人以上の人を『人間』から『肉片』へと変え、コンサートホールが地獄に変わったという事くらいのものだ。


「おと……さん、お……あさん」


少年は倒れ伏した状態のまま、虚ろな瞳で呆っと前を見ている。見える範囲にあるのは、血溜まりを作る腕の千切れた死体。何かで腹部を切り裂かれ、鈍い光沢を放つ内臓をはみ出させた死体。そして襲いくる炎に身を焼かれた焼死体。


死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体。


どこを見ても死体以外のものを見つける事が出来ない。これを地獄と言わず何を地獄と言えばいいのか。少年の瞳は絶望に塗り固められていた。


そんな時だった。少年が意識を手離して楽になろうかなと思った時、少し離れた場所から女性の声と男の声が耳に届いた。

女性の声に少年は聞き覚えがあった。聞き間違えるはずもない。これは大好きな優しく暖かい母の声。だが、男の声に少年は聞き覚えがなかった。


「お願い、私はどうなってもいいから!私はあなたの言う通りにするから子供だけは……息子だけは助けて!」


「ほう、息子がいるのか。しかも、ここにいると……そうかそうか、いいだろう。せめてもの慈悲だ」

男の言葉を聞いて少年の母は安堵する。自分は助からないが息子だけは助かる。それなら良かったと、心から安堵した。男の二の句を聞くまでの短い間だけだったが。


「ああ、やはり家族は共に在るべきだからな。息子もすぐに送ってやるから地獄で待っていろ」


直後、パンッという乾いた音が鳴り、何かが倒れる音が聞こえてきた。そして地獄に響く悪魔の笑い声。

少年は理解していた。母は悪魔の凶弾に倒れたのだと。自分もすぐに逝く事になると。


(それも……いいかもしれない。こんな地獄よりお母さんのいる天国の方が幸せ……っ)


そう思ったのも事実だ。だが少年は直視してしまった。床に倒れ伏し、未練を残したまま逝った数多の死体を。

今までは呆っとした、混乱した頭で見ていたので明確な『恐怖』を感じなかった。だが、悪魔が自分を殺しにくると分かった時、少年は恐怖に押し潰されそうになった。

「お前が紅家の息子か……なるほど、確かにヤツの面影がある」


少年は震える身体で視線を男に向けようとする。だが、首を動かすのも辛い現状で何が出来るわけでもなかった。

それこそ、今の少年には男の顔を見る事すら、許されてないのだ。単純に悔しかった。善良な一般市民だけだったかは分からないが、確実に何人かは善良な市民だったはずだ。それを男は殺した。そして母を殺した。恐らくは父も殺されているのだろう。


「………………っ」


何を言ったのか、何を答えたのかも少年は覚えていない。何も言えなかったのかも知れない。何か男を罵倒したのかも知れない。だが、男は満足そうに、新しい玩具を見つけ、親に買ってもらった少年のような笑い声を上げる。


「いいぞ。俺が憎いのだな。ならば俺を殺す為に力を手に入れろ。増悪に染まった絶対的な力をな!」


直後、中東あたりの言葉だろうか、男の傍まで駆け寄ってきたもう一人の男と会話している。そして会話が終わると駆け寄ってきた男が走り去っていく。


「ふむ、お前は運もいいらしいな。軍が派遣されてきたらしい。今は軍と事を構える気はないのでな……俺はお前の両親を殺した。憎いなら、復讐を果たしたいのなら生き残ってみせろ。そして俺を追って来い。俺は――」


そこで少年の意識は途切れた。次に目を覚ました時にいたのは白い部屋。すぐにここが病院だと気付いた。だが、そんな事はどうでもいい。

頭が、身体が、細胞の一つ一つが、あれが現実だと教えていた。つまり、両親は殺されたのだ。あの悪魔に。


「悪魔を殺せるのは悪魔……なら、俺はあいつと同じ悪魔になってやるっ!」


「天使様や神様は復讐する人に手を貸したりしないのよ。どんな事も許せる、優しい人になりなさい」母の言葉が蘇る。

だが、少年の決意は変わらない。

「二人の仇を討てるなら俺は悪魔でいい。復讐する紅い悪魔になってやる」


真っ白な病室で少年の紅い瞳だけが、全てを憎むように揺らめいていた。

それから十年後――あの時の少年は二十歳になっていた。

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