極上プリンの謎
消費税がまだ5%だった頃に書いたお話です。懐かしいので敢えてそのままにしています。
あたしは今、あるお店の前に立っている。
人通りの限りなく少ない路地の、しかもその路地裏にあるこのお店は見るからに廃れている。所々にクモの巣とか張ってるんじゃない?コレ。
看板…って言っていいのかな?お店の扉にぶら下げてある木のプレートに、
地図(Map)に載らない魔法のプリンのお店
まっぷりん
…って書かれてある。センスがなさすぎる。まったく、こんな名前をつけた人の顔が見てみたい。あ、そか、これから見られるんだった。
一見、今にも潰れそうなこのお店にはちょっとした噂があった。
『あのお店には今までに味わった事のない極上プリンが存在するらしい。そして、それを作り上げるのはお店の者ではなく自分自身なのだ』と。
無類のスイーツ&噂好きのあたしとしては、行かない訳にはいかないでしょ!
そして、1時間も探し歩いてようやくたどり着いたという訳だ。
お店の中は意外にも明るく、掃除も行き届いていてキレイだった。(まぁ、食品を扱うお店だから、そこのところは当然やっておいてほしい。)
小さなショーケースがひとつ、その隣に小さなカウンター。そしてそこには小さな老婆が立っている。それ以外には何もない。明るい店内とは対照的に、老婆には重くて暗いオーラが漂うようで、何だか不気味に思える。そこだけ異世界みたいだ。
「いらっしゃい。」
老婆はその一言を発したのみで、また黙ったまま立っている。
あたしはゴクリと息をのんだ。ゆっくりとショーケースに近づいてゆく。
プリンが1・2・3・4・5―――…5つしかない。
小さいケースとは言えど、もっと作り置ける大きさなのに。
客が入らず売れないから?…いや、ここには極上プリンがあるんでしょ?
あ、それで5つなのか!!限定数個なんて、抜群に美味しいに決まってる。ここは買い占めておくべきだろう。ウキウキしながら注文する。
「おばあさん。コレぜん…」
「ここのプリンを買うのは初めてかぇ?」
おばあさんが私の言葉を遮り、尋ねてきた。
「…あ、はい。」
「そうでしょうなぁ。ではこれを読みなされ。」
そう言って差し出したのは、ラミネート加工してある1枚の紙だった。かなり年季が入っていて、くすんでいる。…メニュー?でもなさそう。
○魔法のプリンは1回の注文につき1つのみとする。(食べ終える=1回目終了)
○人に5回親切をすること。(ただし、全て違う人とする。)
○1回の親切につき1段階プリンレベルが上がり、最高レベルは5とする。
○購入者が食べたいと思った時点で食することは可能とする。
○プリンの転売禁止。
○魔法のプリンを手にするその時まで、最も親切であること。
以上を踏まえ、守れば、汝の元には最高のプリンが現れる。
しかし、これを無視するような事があれば、プリンは元の状態に戻り、後にどれだけの親切をしてもレベルが上がることはない。注意されたし。
追記 : 魔法のプリンに消費期限は存在しない。
なんだ?このふざけたような内容は。親切をすれば美味しくなるプリンなんて、聞いた事も見た事も、食べた事もない。『魔法のプリン』っていう名前だからって、こんなモンまで用意するなんて呆れたお店だ。
そんな事より、早く商品を売ってくれないだろうか?
私が眉間に皺を寄せながら読み返していると、老婆が声をかけてきた。
「読みなすったかね?初めてのお方。…そのお顔を拝見しますと、信用しておられないご様子ですなぁ。試食用の“ゼロプリン”を食してみますかぇ?」
何だかちょっと変わった喋り方をするおばあさんだなぁ。ますます変なお店。
でも試食とかできるんなら嬉しいかも。では、お言葉に甘えて…
「試食ですか? お願いします。」
さっき見た時には気付かなかったけれど、ショーケースには5つのプリン以外にあと2つほどカップがあった。サイズはお猪口ぐらいのもので、端の方に寄せられていたので、気付かないのも無理はない。老婆がそれを差し出す。
「まずは、一口。…あとの一口は残しておいてくだされ。」
「はあ。」
小さなカップには『試食Lv.0(Lv.1まで)』と記されてある。こんな所にまでつまらない細工を……そう思いながら、言われた通り一口分だけ口に入れてみる。
「!!?」
なにコレ、まっず!!!!
確かにビックリだよ。極上どころか…何だ、極上の対義語は?…分かんない。まぁ、いいや。つまり“極上の真逆”に属する味なのだ。レシピを見ながら自分で作ったプリンの方が格段に美味いハズ。どうやって作ったらこんなモノが出来上がるのか見てみたい。
味だけではなく食感も酷い。『蒸し過ぎて鬆が入っちゃった☆』なんて、可愛いものではない。それはもう“パッサパサ”?“バッサバサ”?なのだ。
水分含有量を言えば、乾燥したケーキやクッキーの方が断然勝っている。
口の中の異物を必死に飲み込む。…水、水が欲しい。
「水、飲むかぇ?……っと。」
差し出された老婆の手から紙コップが滑り落ちる。コップはまっすぐ落下し、床に水たまりを作った。
「やあ!こら、すまなんだ!」
そう言いながら雑巾を持ってカウンターからこちらへ出てくる。なぜそんなすぐに出せる所に雑巾があるんだろう?疑問に思ったが、とりあえず老婆に手を差し出して言った。
「大丈夫です。水かかってませんから。コップも割れるようなものじゃなくて良かった。貸して下さい、あたしが拭きますから。」
「ありがたいことです。」
床の水たまりを手早く拭き取って雑巾を返し、カウンターの奥にあった洗面台で手を洗わせてもらった。私は黙々と手を洗いながら考える。
極上プリンなんて嘘なんだ。とんだガセネタをつかまされたんだ。一刻も早くこのお店から退散しよう。
「さてと、…おばあさん、あたしはこれで失礼します。」
あたしは老婆に頭を下げ、その場をあとにしようとしていた。
「お嬢さん、忘れとるよ。」
「はい?」
「まだ一口残っとるよ。」
この老…ばあさん、これほどまでに激!不味いものをまだ食べさせる気でいるのか。これを拷問と言わずして何と言おう。
「いえ、もう試食はしましたから…」
「まだ途中ですけぇねぇ。」
「(意に反して)存分に味わいましたが?」
「最後まで味見してもらわんと、分かりませんのですわ。」
「みなさん、最後まで味見なさるんですか?」
「…いえ、五分五分でしょうかな。」
味見しない(つまりはもう買う気も失せた)五分に是非あたしも入りたい。
「では、あたしも、もういいです。」
「…お嬢さんは奇跡っちゅうもんを目撃した事はございますかな?」
「奇跡、ですか?…いえ。」
「今なら、それを体験できるんですがねぇ。」
目撃どころか、体験できるらしい。この殺傷能力のありそうなプリンで、あの世にでも逝かせてくれるんだろうか?思わず身震いする。
あたしは老婆に皮肉たっぷりの言葉を浴びせかけてやった。
「正直に言いますと、あたしはこのプリンに全く魅力を感じません。こんな変わった味のプリンに出会える事はまず無いでしょうね。これこそが奇跡でしょうか?」
老婆はさして気にする様子もなく、淡々と話す。
「ほんに変わったプリンなんですわ。先程、私がお嬢さんに親切にしてもらったお陰でプリンが少し変わりましてなぁ。ほら、ご覧なさい。」
プリンに視線を落とすと、…変わっている!?
色が…さっきは牛乳プリンみたいに白っぽかったのに、今あたしの目に映っているものはクリーム色なのだ。明らかに違う事が分かる。どうなってるんだ?…見た目が変わった。…じゃあ、味は?
老婆はあたしの気持ちを察したらしく、ニヤリと不気味な笑みを浮かべている。
「食してみますかえ?」
老婆に言われ、震える手でおそるおそる残りのプリンを口へ運ぶ。
口の中でふんわりと甘みが広がった。…信じられない。味と食感が変わっている。“極上”とは程遠いが、断然美味しくなっているのだ。
確かに、奇跡。これが魔法のプリン…
「気に入りましたかえ?」
老婆に尋ねられ、あたしはコクコクうなずいていた。
あたしの手元には小さなカードがある。
あの後、購入したプリンのカップにマジックで名前を書かされた。
レベルが上がり、自分が引き取りに行くその日までお店でプリンを預かっていてくれるらしいのだ。そして、このカードはかなり不思議なチェックカードで、親切1回につきスタンプ1個が勝手に浮かび上がってくる。
あたしのカードは2週間目で5つになっていた。
つまり、お店ではあたしの極上プリンが出来上がっているということになる。
人に親切なことをするというのは、なかなか難しかった。意識して色々と親切をしても、それが相手にとってはかえって迷惑ということもあったのだ。親切も度を過ぎればお節介になる。紙一重の関係だ。
慣れないことをして、一生懸命頑張ったんだ。きっと、それはもう、すご~く美味しいプリンになっているに違いない。あたしの育て上げたプリンだ。
あたしは早速カードとプリンを引き換えようとお店へと向かった。
すると、お店の扉の前には、小さな女の子が立っていた。小学1年生くらいだろうか?今にも泣き出しそうな顔をして、扉の看板をぼんやり眺めている。
人に親切にするようになってからというもの、あたしは困った人を見ると放っておけなくなっていた。迷うことなく女の子に声をかける。
「どうしたの?」
女の子があたしの方を向いた。
「あのねっ、このお店のプリンって、すっごくおいしいんでしょ!?」
「お姉ちゃんもそう聞いたことがあるよ?」
「やっぱりそうなんだ!」
女の子の目が輝いたが、すぐに何かを思い出したようで、一瞬にして輝きが失せてしまった。表情がどんどん曇り、うつむいてしまう。
「…魔法のプリンはすごく美味しいって前に誰かが言ってたの。だからわたし、ママに食べさせてあげようと思って。」
「お店に入るの怖い?一緒に入る?」
女の子が首を横に振る。また泣きそうになっている。
「毎日お手伝いをしてお小遣いを貯めていたの。やっと買いに来れたのに…500円しかないの。」
魔法のプリンは525円である。…消費税とは無情なものだ。こんなに小さな少女にも容赦ない。
つまり、25円足りない。少女はプリンが買えなくて困っていたのだ。
「ママ、最近お仕事頑張りすぎて疲れているの。だから元気になってほしくて…。魔法のプリンを食べたら元気になるかなって。」
あたしはあることに気がついた。この少女、お金が足りない以前に、魔法のプリンがどんなものなのか分かっていない。その辺のお店のように、購入すれば極上のプリンが手に入ると思っているのだ。
ここはひとまず、説明をしてあげて、とりあえずおうちに帰るように言ってあげるのが親切だろう。
…いや、25円をあげる方が優しいかもしれない。
…待てよ?しかし、25円をあげて無事にプリンを購入できたとしても、味が無事ではない。少女のママが卒倒するかもしれない。
この少女が極上プリンを手に入れる方法…
あたしは自分が持っているカードに目をやる。
…あたしの極上プリンを…少女に…あげる?
いやいやいやいや…待て待て待て待て。それはちょっと、いかがなものか。
これまで2週間、あたしは今日のこの日のために頑張ったんだ。
手塩にかけて育てたあたしのプリンをあげるのは…避けたい。
少女は別にお金がほしいと言った訳ではないし、あたしのプリンを狙っている訳でもない。あたしがそのプリンを、まさに今、もらいに来たとはこれっぽっちも思っていないのだ。
…なら、このままやり過ごせばいいのでは?
あたしはチラリと女の子を見た。女の子は完全に諦めの境地にいる。
…やり過ごすことなど到底できなかった。仮に出来たとしても、それはきまりごとを無視することになり、プリンは元に戻ってしまうだろう。
だって、そうでしょう?
“魔法のプリンを手にするその時まで、最も親切であること。”
最後の項目にはそう書かれてあったんだから。
あたしは女の子の隣に立ち、まっすぐに看板を見つめる。
「あのね、お姉ちゃんがいいことを教えてあげる…」
次にお店に足を運んだとき、そのお店は跡形もなくなくなっていた。
後になって別の噂で聞いたことには、“極上プリンを手に入れようと励んだ人は、皆あと一歩というところで何かしらのアクシデントに見舞われる”らしい。それはすなわち、どうしたって極上プリンにはたどり着けないということではないのだろうか?
それならば、なぜそんなものが、何の為に存在するのか…。アナタには分かるだろうか?
こうして考えている間にも、どこかで、誰かが…
― 封 ―
お読みいただき、ありがとうございました。