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86話 弾正さんとのお茶会その1


 永禄3年(1560年)11月 摂津 住吉郡 和泉 大鳥郡 国境 堺



 コクっ


 コクコクっ



 うん、苦い……


 堺の商人の談合組織である会合衆の纏め役の、今井宗久のお屋敷の茶室を借りて、ボンバーマンが点ててくれたお茶をいただいている玉です。抹茶が苦いといっても、毒は入ってないよ? 多分ですけれども……

 まだ、ボンバーマン渡す予定である、賄賂の五千貫の証文も書いてあげてませんので、ここでボンバーマンが、私を毒殺するメリットなんてありませんから、こうして安心してお茶が飲めているのです。五千貫の証文を渡すのは、堺を離れる最後の日です。


 餌をチラつかせて、おあずけを食らわすのも案外と使える感じですね。保険としては十分に役に立ちそうな気がします。


 まあ、内心では半分以上は、ヒヤヒヤガクブルしているのですがね。


 私は抹茶よりも、緑茶やほうじ茶のほうが好きですしね。教養としての茶道は必要だとは思いますけど、堅苦しい作法も苦手であります。もっと気楽に湯呑みを持って、ズズゥって音を出してほっこりとした気持ちで、お茶を飲みたいですよね。



 コクっ



「うむ、苦い。でも、美味しゅうございました」


「はははっ、姫様には苦うございましたか。これでも薄くしたのですよ」



 あ、一応は、ボンバーマンなりに気を遣ってくれてたのね。道理で苦いなりにも飲みやすかったわけだ。自分の茶を押し付けるだけではなくて、相手に合わせられるのが一流の茶人だと私は思いますので、さすがは、松永久秀といったところでしょうか。

 もてなす客人に、苦すぎる茶を点てて不快な思いをさせるだなんて、本末転倒ですしね。もてなしの心は、押し付けではダメなのだよ。うん、私もボンバーマンを見習って、心に留めておかねば。



「まだ舌が、お子ちゃまの味覚なんだよ」


「左様でしたか。それにしても、姫様の作法は綺麗でございましたな」


「まあ、小さい頃から習わされていましたので、一応は一通り出来るのですよ」



 こういう場面で使う必要があるのですから、教養というのは馬鹿にできないのです。教養とは、相手に侮れないと思わせる為のツールでもあるのですから。私の生まれた家が教養を身に着けられる、良い所の生まれで助かったと思える瞬間ですよね。

 まあその分、私が、ひいこらひいこら半泣きになりながら覚えましたけれども。身体に叩きこまれ、半強制的に覚えさせられたともいいます。



「なるほど」


「これでも、尼子の姫君だったからね」


「そうでしたな。しかし、所作は綺麗でしたが、心は此処に在らずと感じましたが、如何なされましたか?」



 やはり、一流の茶人には見抜かれてましたか。でも、アンタの点ててくれた茶が怖くて、内心ガクブルしてただなんて言えないよなぁ。まあ、心在らずの理由はそれだけじゃないのですがね。



「堅苦しいのは苦手だからね」


「姫様は某の茶に、なにかご不満な点でもおありでしたかな?」


「弾正殿の茶に不満はないわよ。小娘の私に気を遣って、飲みやすい苦さまで落としてくれたのもありがたかったよ」


「それでは、なにゆえですかな?」



 まあ、亭主としては、もてなす客人の心の機敏が気に掛かるのは当然ですので、ここは、正直に答えておくべきでしょうね。内心のガクブルを除いてそれ以外は、ではありますが。



「侘びだか寂びだか知らないけど、この狭い茶室が気に入らないわね」


「姫様は狭い部屋はお嫌いでしたか。某の茶の湯の師匠である、紹鴎殿のこだわりでしょうな」


「みわたせば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋の 秋の夕暮れ。でしたっけ?」


「よくご存じでいらっしゃいましたな。師匠は、京極中納言、藤原定家公の歌に感銘を受けて、このような趣きの茶室を考案したみたいなのです」



 まあ、知っていたのはインチキのおかげですけどね。前世で、裏千家の免状持ちは伊達ではないのだよ! すいません、嘘吐きました。前世では、お試し体験で一度だけしか茶の湯は経験したことありません。

 作法も今世で身に付けたモノです。ですが、侘び寂びの薀蓄は覚えていたのであります。藤原定家が小倉百人一首の生みの親の歌だったから、よけいに印象深くて覚えていたのが、ここでは助かりましたね。


 ちなみに、さっきの歌は百人一首には入ってませんのであしからず。入っているのは、『来ぬ人を 松帆の浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ』これです。なんだか、さっきの歌から連想した派生歌みたいで、クスっとしちゃいますね。

 どっちが先に詠んだ歌なのかまでは知りませんけど。しかし、権中納言定家は、おセンチな歌が好きだったみたいですね。


 それはさておき、



「紹鴎殿を貶すのは本意ではないけど、この茶室の造りは私の趣味には合わないわね」


「先程に仰った狭さゆえでしょうか?」


「それもあるけど、茶室の入り口が一番気に入らないのよ。なんなのアレ?」



 茶室の入り口は、2尺ちょっと、約65cmのほぼ正方形の大きさなのです。もう既に、この形が主流だったみたいですね。私は千利休が考案したのだとばかり思っていたのですけど、松永久秀だけでなく利休の師匠でもある、武野紹鴎が考案者みたいでした。



「確かに、にじり寄らないと入れませんからのぉ」


「足腰が悪い人は、這いつくばって入る破目になるわよ」


「左様ですな」


「茶室の中は平等だか、茶の湯は神聖なモノだか知らないけど、私には人を馬鹿にしているとしか思えないわね」



 天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず。でもあるまいし。残念ながら、生まれながらにして貴賤の上下差別が、確然たる事実として存在し横たわっているのだよ。この時代では、身分の差は歴然としているのです。

 それに、未来でも、触れるのがタブーなだけであって、少しは残っているみたいですしね。


 まあ、私は無意識を除いて差別なんかしませんよ? 尼子領内の民は、みんな私の大事な手駒なのですから。でも、敵は知らん。敵は敵です。これは区別なのであります。詭弁じゃないよ? 強弁です。

 しかし、日の本六十余州の全ての民が日本人だと思います。この時代では異端な思想だとは思いますがね。


 どうやら、いつもの如く思考が脱線してしまったようですね。



「……その理由を聞かせて頂いても?」



 あー、分からないかぁ。ボンバーマンの茶の湯の師匠が武野紹鴎だから、その影響なのか知りませんけど、ボンバーマンの視点が茶人の視点に偏ってしまっている感じがしますね。武士で数寄者の弊害ですかね?



「基本的に、亭主が先に茶室に入って準備して待っているわけでしょ?」


「ほとんどの場合は、そうなるのでしょうな」


「万が一にも、主上や公方様を茶室に招くことがあったとしても、同じことをさせるのかしらね?」


「入り口がああですと…… なるほど、そういうことでしたか……」



 武人と商人の違いがあって、商人のルサンチマンには気が付かなかったとしても、さすがにここまで言えば、いくら茶の湯に傾倒していて、亭主の立場でモノを見ることに慣れていたとしても、ボンバーマンでしたら気が付きますよね。



「そういうことよ。当て擦りというのか、意趣返しというのかまでは知らないけど、随分と屈折している気がするわね」


「亭主が商人であったとしても、茶室に入る時には権力者でさえ、強制的に頭を下げざるを得ないですか。うーむ……」


「目上の者が這いつくばっている様を見て、悦に浸るだなんて、いい趣味していると思わない?」


「なんとも返答に困りますなぁ。しかし、姫様は良く気が付きましたな」



 まあ、私が茶室の入り口のカラクリに気が付いたのは、その不自然さをおかしいと思って、色々とアレコレ捏ね繰り回して考察したからなのですがね。そして、行き着いた先がソレだったのですよ。

 その結論に辿り着いた時には、思わず笑い転げてしまいましたよ。うわー、やっぱり商人って油断も隙もない人種なんだなぁ。そう、再確認させられましたね。商人の腹黒さだけならば、もしかしたらボンバーマンの上を行くのではないでしょうか?



「多分、私も捻くれているのよ」


「なるほど、類はなんとかというヤツでしたか」



 そう、恐らくは、私が捻くれていて、斜めから物事を見る癖が付いていたから気付けたのだと思います。だがしかし、商人の同類と思われるのは心外でござる!



「まあね」


「もう一杯如何ですかな?」



 毒なしプリーズ。



「いただくわ」


「では、先程よりも薄めて点てましょう」



 おー、それは、お子ちゃま舌の私には嬉しい気遣いです。これぞ、おもてなしの心というヤツですよね。



「お願いするわ。それで、弾正殿の茶は、私も素晴らしいと思いますが、」


「なにか問題でもございますかな?」



 おうおう、ボンバーマンの語気が少し強くなっちゃってますよ。茶人としてのプライドを傷付けられたとでも思ったのでしょうね。それは、あなたの誤解ですってば。だから、懐から毒を出さないで下さい。

 というか、懐に手を入れる仕草すなっ!


 本当に、毒を懐に忍ばせて常時持ち歩いてるのかよ!?  茶の湯に愛着とプライドを持っている松永弾正少弼様ともあろう御方が、 ……まさかね? 懐にあるのは、ただの薬だと思いたいでありますですです。

 落ち着け、落ち着くんだたわし。アレは振り、振りだけなのだから。



「おほんっ、 ……どこまで行っても、いまのままだと弾正殿には、武野紹鴎の弟子というのが付いて回るわ」


「うむむ、それは確かに、姫様が仰る通りやも知れませんの……」


「それに、残念ながらも弾正殿の茶人としての名声は、今井殿や津田殿、田中殿とか堺の商人たちに一歩及ばないでしょ?」



 シャカシャカと、音を立てていた茶筅がピタリと止まりましたね。うむ、やはり図星でしたか。といいますか、茶筅を持つ手が小刻みに震えていて怖いんですけどっ!



「……某に喧嘩を売っている訳ではございますまい。であるならばして、姫様は、なにが仰りたいのですかな?」



 シャカシャカシャカ……



 おーけー、まだ、越えてはならない一線の一歩手前でギリギリセーフみたいですね。なんですかね? このチキンゲームは? 心臓に悪いわっ! 大丈夫、保険の五千貫がある限りは、大丈夫なはずなのです。多分……



「かわかもめ 偲ぶよすがも 誰ゆゑに 茶筅乱れて 我ならなくに」



 シャカシャカシャピタッ……。






「河原左大臣ですかな?」


「うん、百人一首のヤツから捩ってみた」


「姫様。そこは、かわかもめ 偲ぶよすがに 影が差し あまご泳ぎし 霜は降りつつ。ですぞ」



 おーのーっ! やってもたーっ!!


 すんませんでした! ちょっと調子に乗ってしまいましたーっ!!






 だから、懐に手を入れる仕草をするなっつーの!











 ズズッ



「ふぅー、やっぱり、お茶は茶室で頂くよりも、気軽に飲めるお茶のほうが良いですね」


「春殿の申す通りですな」


「今頃おひいさまは茶室で、肩が凝っているでしょうしね」



お茶会が終わらなかった……

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