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80話 足利義輝


 永禄3年(1560年)11月 山城 洛中 二条御所



「お初に御意を得ます。出雲などを差配させて頂いております、尼子斎宮勅別当久子と申し上げます」


「尼子別当、出雲より遠路遥々大義であった」



 あーあ、会いたくなかった御仁に、強制的に面会させられるのって憂鬱ですよね。主上に会った後だから、誰と会っても主上よりも格は絶対に落ちるのだから、その分だけ気は楽なのだから良しとしましょう。

 それで、私が面会している相手というのは、第13代室町幕府将軍である、足利義輝さんです。まだ、二十代半ばの兄ちゃんですね。


 上洛しているのに、主上だけに会って将軍に会わないわけにもいきませんので、渋々ながらも、こうやって足を運んだ次第であります。

 なんで、足利義輝に会いたくなかったのかって? いま現在の、この畿内を取り巻く状況で将軍に会いたがる奇特な人のほうが珍しいと、そう私は思うのですけれども?


 まあ、昨年は、信長と謙信が上洛して将軍に謁見しているみたいですけど、私の場合は不本意な謁見になります。足利義輝と実質的な畿内の支配者である三好長慶は、一応の和解はしたみたいですが、三好長慶は息子に家督を譲って、

飯盛山城に引っ込んじゃいましたしね。幕府の権威回復と将軍親政を目指す義輝と、将軍を傀儡のままにしたい三好は、いずれ反目し合うはずなのですから。義輝は三好一派を排除しようとして、色々と暗躍していたみたいですしね。


 それで、史実でも義輝は、5年後には三好三人衆とボンバーマンの息子に殺されたのだから、この世界でも似たような結果が待ち受けているなずなのです。まあ、そうなったとしても、同情はしませんけれども。

 私は基本的には、室町幕府の延命には反対の立場ですので、足利義輝の命を助けるという方針は取れないのです。南無三。それに、もしかしたら、永禄の変が絶対に発生するとは限らないですしね。そうなれば、そうなった時にでも考えましょうかね?


 オマケに、畠山と六角も虎視眈々と蠢いていますしね。畿内は、一触即発の火薬庫なのであります。まるで、どこぞのバルカン半島みたいですよね。ですので、曲りなりにも三好が畿内を統治出来ているのが、不思議な気がしますね。

 私ならば、匙を投げて逃げ出しちゃうぐらいには、畿内という場所は統治が難しい土地なのであります。ようするに、私は、畿内の政争には、首を突っ込みたくないんだよぉぉぉ! 京へ呼びつけた主上のアホぉぉぉ!


 おっと、興奮してしまい、将軍への挨拶の続きがまだでしたね。



「公方様におかれましては、ご機嫌麗しく恐悦至極に存じ上げます」



 絶対に、"奉ります"なんて言ってあげないんだから。私的には、主上と征夷大将軍とで差を付けるのは当然であります。



「うむ。尼子別当も、従五位上、出雲斎宮勅別当の官位を主上より賜ったこと、誠にめでたきことじゃ」


「恐れ入ります」


「なに、謙遜せんでもよい。斎宮の官職を賜ったのは、別当、そちの朝廷への貢献が認められたからじゃ」



 朝廷への貢献といっても、銭束で頬を張り倒したような気がしないでもないのですがね。つまり、銭の力は偉大なり!



「不遜なれど、銭の力にございますれば」


「まあ、主上も霞を食って生きている仙人でもあるまい」


「公方様が仰るとおりにございます」


「うむ。それで、朝廷が出雲斎宮勅別当を与えたからには、余としても、そちに何かを与えねばと思う次第である」



 うん? これは、俺にも銭を寄越せという、遠回しな催促、暗喩の類いでしょうかね? 玉ちゃん鈍感だから、わかんなーい。偉い人は、素直に頭を下げるということを知らないから困りますよね。

 そう考えると、素直に『銭くれ』と、そう言ってこれた山科卿は、実は凄い人間が出来ている人なのかも知れませんね。私の中で、山科卿の評価が上方修正されましたよ。まあ、酒の魔力には弱かったけどね。


 でも、それも、人間味があって、お茶目ともいえるのかな?



「と、申しますと?」


「うむ。いまは亡き尼子修理殿に引き続いて、そちにも相伴衆の地位と、出雲、伯耆、因幡、美作、備前、備中、備後、隠岐の守護職を与えようと思うが、如何かな?」



 なぬ!?


 幕府相伴衆と、山陰山陽と隠岐の合わせて八ヶ国の守護職をくれるです……と!?


 そ、そんな、餌に釣ら、 ……私が、釣られるとでも?






 いやっほーーーっ!!


 義輝さん、いや、公方様! 会いたくなかった御仁なんて思って、ごめんなさい。義輝さん、気前良すぎです! いつでも出雲に亡命してきてもウェルカムですよ! 私が直に、上げ膳据え膳の接待をしてあげちゃいますってば!

 なんなら、毎年、幕府に献金もしちゃいましょうかね! さすがに、朝廷と同じ金額は憚れますので、一千貫ぐらいで! あ、主上も、さっきアホとか思ってしまって、すみませんでしたー! 主上のおかげでもあります!


 公方様が私に守護職を与えるといっても、現状で尼子が支配している、100万石の領地の追認にすぎないのですがね。でも、幕府が尼子の領地を認めるということには、一定の意義があることはあるのです。

 まあ、幕府の言うことなんて、ほとんど誰も聞いていなくて無視してる気もしますけど、それはそれというてことで。


 だがしかし、これは、罠であって、毒だ。私を足利幕府という檻に閉じ込めておく枷ともいいます。しかも、私が絶対に断れない立場なのをコイツは分かって言ってるのだから、なおさら性質が悪いのですよ。

 相伴衆と守護職は、尼子が幕府の体制に組み込まれるという、遅効性の毒なのですから。そのうち、因幡を但馬山名に、備前と美作を浦上か赤松に返せとか言ってくる可能性も否定できないのがなんともはや。


 まあ、でも、私にその因幡や備前の守護職を与えるのだから、おいそれと返せと言うつもりはないという解釈も成り立つのですがね。万が一返せとか言われても素直に、はいそうですか。とは返しませんけどね。

 そうなったら、実力で奪い返しに来いやー! 尼子の領土は、幕府から与えられたモノではなくて、私と家臣が汗を流して切り取ったモノなのですから。返すわけないじゃないですか! そんなことをしたら、私が家臣たちに謀反を起こされてしまいますってば!


『姫様、腐った豚野郎の赤松が、備前に攻め込んできました!』


『かかってこい! 相手になってやる!』


 赤松なんぞ、ボコボコに返り討ちにしてやんよ!


 こうなるのであります。以上、妄想、終わり。


 は~、でも、守護職にも一応のメリットはあるのが悩ましいですよね。その国を支配する大義名分にはなるのですから。権威を使って尼子を取り込もうなどと考えるとはね。これでは、私も幕臣ってことじゃん! 一応という但し書きは付きますけど。

 まあ、幕府も権威にしか価値がないということは、朝廷と同じってことですか。これで、日の本の統治は本当に大丈夫なんでしょうかね? 朝廷と幕府の代わりに守護大名や戦国大名が居るのだから、一応は大丈夫なのかな?


 しかし、うーん、足利義輝。腐っても鯛、落ちぶれても征夷大将軍ということですか。私では、政治的な駆け引きで公方様には敵わないみたいですね。ここは、大人しく従っておくしか選択肢はなさそうですね。


 でも、一つだけ注文を付けさせてもらいましょうか。



「ありがたき幸せなれど、備後の守護職だけは、辞退させて頂きたく存じます」


「備後の守護職は、いらぬと申すのか?」


「左様でございます」


「尼子別当は欲がないの。そうなると、備後守護職の適任者は……」



 欲がないというよりも、毛利にも恩を売るという打算なんだけどさ。実際に備後での支配領域は、尼子よりも毛利のほうが広いのですから、備後守護職を毛利に譲っても、あまり私的には問題がない案件なのです。

 あと、公方様にも、私が野心的に見られないようにする為の保険でしょうか? 保険の効果があるのかは疑問ではありますが、やらないよりはマシということで。


 私自身は、物欲、食欲、性欲、煩悩万歳! な、俗物であらしゃりますのよ。おほほほほ。人間、自分に嘘を吐いて生きるのは、いずれどこかで無理が生じて綻びが生まれるのです。だからなるべく、自分に正直に生きる。これ大切なことだと思います。



「公方様、恐れながら言上つかまつります」


「ん? なんぞ、そちの存念を申してみよ」


「はい、私めの代わりに備後守護職には、毛利大膳大夫殿が適任かと存じ上げます」


「そうじゃの。やはり、そち以外だと、毛利大膳大夫しか適任者はおらんか」



 まあ、備後を支配しているのは、尼子と毛利だけですので、それ以外の選択肢は始めから選べないよね。もし、それ以外を選んだら、尼子と毛利が幕府に対して協力的じゃなくなるもんね。

 そう考えると、足利幕府って基盤が脆弱な政権なんですよね。こんな政権のトップは大変だろうなぁ。と、少しだけ公方様に同情しちゃいそうになりますよ。私ならば、こんな政権の座には座りたくないですよ。逃げます。


 それはそうと、


「なにとぞ、ご検討のほどよろしくお願い申し上げます」


「相分かった。備後守護職は毛利に任せる」


「ありがたき幸せにございます。義兄の大膳大夫に代わり公方様にお礼申し上げます」



 毛利隆元に代わって挨拶をしといてあげる私ってば、なんて優しいのでしょうかね! 隆もっちゃん、お歳暮は期待してるよー。



「うむ、備後以外の守護職と相伴衆は受けてくれるな?」


「はい、謹んでお受けさせて頂きます」


「ふー、これで多少は肩の荷が下りたわい」



 私は逆に肩が凝ったでござる!



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