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8話 治水の話とか


 天文24年(1555年)1月下旬 出雲 塩治郷 中野村



 神門郡は約3万6千石、出東郡は1万3千石あまりだ。併せて約5万石の領地の代官ということになる。たった8歳の小娘が、だ。


 まあ、今回の件で刺賀岩山城の城代の任を息子の重盛殿に譲って、正式に私の後見役に多胡の爺が付いたのだが。


 多胡の爺曰く、



「姫様と一緒にいる方が、なにかと面白そうですからの」



 などと意味不明な供述をしており、私を困惑させるのであった。






「それでは、始めるわよ!」



 今日、賦役で集めた人数は100人。今回は試し掘りです。今年の稲刈りが終わったあと、秋から本格的に始める予定です。

 どれだけの人数と日数が掛かるのか? どれだけ道具の数が必要なのか? とか、掛かる費用の概算を掴みたいと思います。






 だが、しかし……



「うーん、動きが悪いわね」


「私には、みんなダラダラやっているように見えますね」


「やっぱり春にも、そう見える?」


「はい。嫌々働いてる感じがひしひしと伝わってきます」


「賦役ですからの。こればかりは仕方ないですの」



 そっか、みんな嫌々働かされているから動きが悪いのか。まあ、私がやらされても、ちんたらやって手を抜くだろうし。



「賦役ではダメってことだね。やっぱり、銭を払いましょうか」


「しかし、姫様、賦役に銭を払うなど聞いたことがありませぬぞ?」



 いくら多胡爺が優秀でも、古来からの固定観念に縛られてしまうのか。爺も支配する側だし、こればっかりは仕方ないのかもね。



「だから、賦役ではなくて、自分たちの仕事としてさせるのよ」


「自分たちの仕事としてですか?」


「正当な労働には正当な報酬よ。これをしないと、みんな真面目に働かないでしょ?」


「さすがは、おひいさまです!」



 滅私奉公なんて、ドMのすることだと思います。



「なるほど、御恩と奉公と同じですな」


「似たようなものかもね。爺も父上に、春は私に、ただ働きさせられたら嫌でしょ?」


「はははっ、それは嫌ですな。いやはや、姫様といると勉強になります。某もまだまだですな」


「おだてても、なにも出ないわよ」


「おひいさま……」


「ん? 春どったの?」


「私は、おひいさまからお給金もらってないです…… ぐすん」


「姫様……」



 多胡爺、じと目で睨むな! 初老のオッサンのじと目なんて誰得なんだよ。



「えーと…… ほ、ほら、春は私が赤ちゃんの時から一緒だし、姉妹みたいなものだし!」



 うん、これからは春姉と呼ぼう。そうしよう。






 そういう訳で、お百姓さんたちに集まってもらいました。



「みんな動きが悪いから、やり方を変えるわよ」


「姫様、やり方を変えるだか?」


「どんなふうにだか?」


「まず、今日の賦役は取り止めます」


「おー!」


「帰れるだか?」


「んだんだ、家に帰るべ」



 ちょっ!? 違うから、勝手に帰るな!



「帰るのは待って! そうじゃなくて、賦役の代わりに、あなたたちにちゃんと日当を払って働いてもらうの」


「銭ごせるだと!?」


「いくらくれるだか?」


「んだんだ」


「そうね、男は一日15文でどうかしら?」


「15文ってーことは……」


「えーと、塩が18文だから……」


「酒が……」



 そうか、この時代では計算できる人が極端に少なかったのを忘れてたわ。ましては、百姓なんて普段はあまり銭なんか使わないしね。

 15文でなにが買えるのか考え中みたいだね。



「例えば、あなたたちが商人に米を売ったとしたら、1石で400文から600文の間くらいでしょ?」


「そんな大量に米を売るほど、米は余らないだよ!」


「んだんだ」


「お姫様は世の中に疎いだが」


「んだんだ」



 ぐぬぬ、言わせておけば…… 無礼打ちにすっぞ!


 まあ、尼子の税はそこそこ重税だとは思いますけどね。それはそれ、これはこれと割り切ってもらいましょう。



「ちゃんと最後まで聞きなさいよ! だいたい、1斗で50文、1升で5文。これが売る場合の米の価値なの」


「そうなのか。オラが去年の秋に商人に売った値段は1俵で93文だっただ」



 やすっ! あー、でも半俵ならば普通なのか。1俵が60kgの米俵なんて重すぎるしね。



「その俵は、2斗俵でしょ?」


「んだ」


「それならば、1斗は46文と半だから、収穫直後の秋口での値段でいえば、ほぼ普通の値段よ」


「普通だっただか」



 まっとうな商人に買ってもらえて良かったね。悪徳商人だったなら、この百姓さんたちはコロッと騙されそうだしね。



「それはそうとして、日当15文は米3升を売るのと同じ価値があるってことなの! 塩だって7合か8合は買えるはずよ!」


「「「おー!」」」


「どう? やる気は出たかしら?」


「「「「「オオーっ!!」」」」」



 ふっ、ちょろいぜ。



「おひいさま、みんなやる気が出ましたね!」


「姫様、見事な采配でございましたな。某、感服しましたぞ」



 こんなんで、感服されても困るんだけどね。もしかして、多胡爺もちょろいの?



「私の力ではないわよ。銭の力だよ」


「たしかにそうですね」


「まあ、それだけ銭は偉大ってことだね」






 ザックッザックッザックッ…… グッポッグッポッグッポッ……



「だいたい、こんなものかな?」


「組を作って作業させると捗りますな」


「まだまだだけどね」



 秀吉の一夜城の伝説みたいにボーナスを出したら、もっと効率は上がるのかな?



「これは手厳しいですな」


「あと、道具も改良した方が効率が良いだろうし」



 やっぱり、シャベルは必要だな。この時代にも似たような形の踏み鋤という道具はあるけど、文明の利器は偉大なのだ。

 あとは、ツルハシや鍬、鋤の改良もしないとな。私には、それらの最終形態が分かっているのだから、利用できる知識は利用しないとね。



「おひいさま、それはなんの計算ですか?」


「人員と掛かる日数と掛かるお金の計算だよ」


「南蛮数字とは複雑怪奇でござりまするな。便利そうではありますが」


「慣れたら便利だと思うよ」



 今日の作業の段階で把握した、斐伊川付け替え工事の内容を纏めているのです。


 人夫一人が一日で掘れる土砂の量が概ね、1立米と判明しました。これは、1組が、耕す2人、掘る&もっこに入れる2人、もっこで運ぶ4人、捨て場&堤作り2人の合計で10人ということです。

 1組平均で、横幅6尺、長さ5間、深さ2尺を掘り進めたのです。つまり、1組で1.8m×9m×60cmですね。


 これを元に、まず川幅を2町、面倒だから200mに設定。中野から平田までの距離が2里これも8kmで計算する。深さは、地下水とか出てきそうだし、あまり深くは掘れないかな? 2mで妥協しとくか。


 これを当て嵌めて計算してみますと、200×8000×2=3,200,000…… 320万立方メートル? 東京ドーム何個分ですかね? 想像もつかないのですが。


 けれども! 320万人分の人工賃が掛かることは判明したわけだ。つまり、320万×15文=48,000,000文。えーと…… 4万8千貫ですかね? 計算間違えてないですかね? 一桁多くありませんか?



「おひいさま、どうされました? お顔が青いですよ?」



 おーけー、落ち着こう。クールになろうクールに。



「平田まで80町、2里とちょっと。治水に掛かる費用はいくらだと思う?」


「私には想像もつきませんけど、1万貫とか2万貫ですか?」



 お、いい線行ってるじゃない春のクセに。でも、まだ甘い!



「4万8千貫よ! 4万8千!」


「よ、よんまんはっせん……」


「姫様、ここは、やはり賦役にした方がよろしいのではないですかな?」


「ダメよ。賦役では、ダラダラやるから日数が掛かりすぎるわよ。それに日数が掛かれば掛かるだけ民の不満も溜まるのよ。治水が終わる前に一揆でも起こされたら、目も当てられないわ」



 一日10文にマケてもらおっかな? だけどそれは悪手だよね。最初に、1日15文って言っちゃったからなぁ。前言撤回をすれば為政者の評判を落とすことになるしね。

 それは、郡代の私だけではなく、出雲守護である領主の父の評判も落とすことに繋がるのだから。


 もっとも、まだ不慣れだし、道具もお粗末な物を使用しているから、これらが改善されれば効率は良くなるであろう。幸いなことに、ここら辺の土質が砂が多くて柔らかいのも助かりますしね。

 もしかしたら、途中からは今日の倍や3倍のスピードでできるかも知れないしね! でも、あまり期待しないで、精々が5割増し程度と見積もっていた方が無難ですね。


 それで、1万6千貫の節約になるのかな? 1万2千貫か? 面倒だから適当に間を取って、1万4千貫としておくか。これで、3万4千貫か。まだまだ莫大な金額ですね。


 それに、「あえて現代と同じような川幅にしなくて、もっと狭くてもいいんじゃね?」なんて悪魔が囁いてくるんですってば!

 川幅を半分の100mにした場合は、当然掛かる費用も半分になる訳だからね。うーん…… 狭くしたら治水の意味が加速度的になくなるしな…… 妥協して狭めるとしても、150mは確保しないとダメな気がする。



「タコジイ」


「いまなにか、蛸爺と聞こえたような? 某の気のせいですかな?」


「気のせいよ。それで、多胡爺は、川幅は2町必要だと思う?」


「そうですな、川幅が広ければ広いだけ洪水が起こり難くなりますとだけ、申し上げておきまする」


「やっぱそうだよね。妥協しようとした私が馬鹿でした」



 ここは初志貫徹して、川幅は2町で決まりだね。


 320万人工ということは、3200人働いて、1000日。実働は農閑期だけだから、1年で150日ぐらいと仮定して、7年? 長すぎるな……


 せめて、半分の3年か4年で終わらせないと意味がない。主に時間的な制約で。今年の秋からと言わずに、田植えシーズンまでの間にも少しでも進めていた方が良さそうですね。秋からの練習にもなりますし。


 これは、秋には布告を出して労働力を集めなければなりませんね。


 【労働は強制。でも、銭は払う。】


 なんだか、とっても香ばしいフレーバーな臭いが漂ってきそうな文言ですね。まあ、領内の人口は6万人近くいますので、百姓も足軽も暇な町人も集めれば、6000人ぐらいにはなるでしょう。


 問題は予算ですけれども、3万4千貫。いや、最初の計算のままで、4万8千貫か。これを父上に借金しましょうかね? あとで費用が余分に掛かるよりも、最終的には余って返された方が嬉しいはずだしね。


 といいますか、借金しないと治水できませんし。


 それに、人工賃以外にも出費があるんだった…… 道具代も馬鹿にならないか。毎日6000人を働かせるとして、シャベル2400本、鋤1200本、つるはし1200本、もっこ1200個、そのぐらいの配分かな? あと、予備の分も必要か。


 やる気を出させる為には、炊き出しもやったほうが良さそうだし、お金に羽が生えて飛んで行くのが想像できますね。

 ケチ臭く炊き出しは有料にしよう。そうしよう。具体的には握り飯1文くらいで。


 神門郡と出東郡併せて約5万石。自由になる予算は5000貫程度なのです。でも、大社の門前町と宇竜港と平田港の上がりを分捕ってくれば、プラス2万貫は行くはずだ。


 これは…… よし! 分捕るしかない!


 といいますか、門前町も港も神門郡と沼田郷に在るじゃないですか。これは、私の裁量権の範囲内ということですよね? そう解釈しちゃいますよ?


 これならば、2年分の予算で治水ができる計算ですね。あくまでも、計算上ではありますけれども。


 ついでに言えば、鷺銅山などという素敵な鉱山なんかも、これがまた運良くあったりしたりして。更に言えば、まだ未開発の鉱山も付近に眠っていたりして。石見との国境近くの佐津目にもあって、こっちは金も採れたはずです。


 あれ? ということは、銅銭を私鋳すれば借金しなくても治水できちゃうんじゃね? おまけに、鉱山が枯れるまでは金銀銅とかガッポガッポの入れ食い状態じゃないですか! お金の心配をして、なんだか損した気分です。


 未来知識チート様様であります! インチキ万歳!


 なにげに、出雲と石見は鉱物資源の宝庫なのです。まあ、石見銀山なんてビッグネームがあるのだから、その近くに他にも鉱物が眠っていても不思議ではありませんよね。


 まあ、採取と私鋳銭のことは父上に一応は、お伺いを立てますけども。


 でも、あくまでも私は郡代であって領主ではないのだから、金も銀も銅も私のモノにならないのが、なんともはや……






 未発見の鉱山は黙っておこうかな?



「おひいさま、笑顔がなんだか黒くて怖いですよ」


「そうじゃの」



 そんなことないってば!



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