69話 石鹸
前話のタイトルを変更しました。
永禄3年(1560年)5月上旬 出雲 月山富田城
ゴシゴシ……
ゴシゴシゴシ……
「姫様、如何でございまするか?」
試作した石鹸で手を洗っている玉です。ちゃんとヌメヌメしていて泡立っております。うん、これは前世でいうところの固形石鹸に多分なってますね。ちゃんと固まるのに半月以上掛かったのは想定外でしたけど。
もしかしたら、もっと良いやり方があるのかも知れませんね。そこらへんは改良を積み重ねて、こなれてくるのを待つしかないみたいですね。今回はこれで妥協しておきますか。現状ではこれが精一杯でしょうしね。
「うん、これで合格みたいだね。鹿之介よくやったわ!」
「ははっ! ありがたき幸せなれど、全ては玉姫様の指示通りでござりますれば、玉姫様のおかげかと存じ上げまする」
「私が命令しても動く人間がいなければ、この石鹸は完成しなかったのだから鹿之介も誇りに思いなさい」
「ははーっ!」
うん、相変わらず鹿之介は堅いね。私が石鹸試作頭に任命したのは、まだ若くて重要なポストに付いてなかった山中鹿之介です。いまは亀井鹿之介だけどね。石鹸の試作を始めてから一ヶ月ちょっとで、ようやく石鹸の完成にこぎ着けれました。
ようやくと言いましたが、一ヶ月と少しで完成したのならば十分に早いのかも知れませんね。まあ、私が石鹸とはどんなモノなのかを知っていたのも大きいとは思いますけど。
試作途中でアルカリ成分が強すぎたのか、見ても痛々しいと分かるぐらい手が荒れてしまった人もいましたが、なんとか無事に製品として世に出せるレベルの試作品が完成しましたね。ちなみに、手が荒れてしまった人には馬油を塗ってあげました。
この時代の日本にも既に石鹸はあることにはあるのです。南蛮からの輸入品ですので、出回る数も少なく貴重なため高級品なのです。同じ重さの銀と等価だなんて、南蛮人もぼったくりますよね。
たとえば、一個が100gちょっとの石鹸が銀30匁、銅銭で約3貫。つまり、3000文の価値に化けるのですから、南蛮人は笑いが止まらないと思います。まあ、高すぎて買い手が限られるのと、南蛮船の船員が個人的に持ち込んだ予備の石鹸みたいですので、
貿易として大々的に行っているわけではないので、銀の流出的には実害はほぼないのですがね。南蛮人もナイナイポッポする銀が欲しいから、個人的に少数の石鹸の流通にとどまっているのでしょう。
それはさておき、
「まずは城内の洗い場とかで試してみるよ」
「おひいさま、直ぐにはたくさん作らないのですか?」
「ある程度の期間試しに使ってみて手荒れや肌荒れとかが出なかったら、それから本格的に石鹸を作っても遅くはないよ」
「なるほど」
そして、私はこの石鹸を庶民でも買える値段で販売したいのであります。具体的には20文ぐらいでしょうか? 現段階では実験や開発の費用を除いた原価で、石鹸一個の製造コストは10文ぐらい掛かりますので、売値は倍の20文となります。
現代でいうと、2000円の石鹸。高級石鹸ですね。それでも、南蛮人のぼったくり価格の1/150の値段ですので、良心的な価格だと自負しております。値段を安くしないと庶民には売れないともいいますよね。
でも、衛生状態が良くなれば、それだけ助かる命も多くなるのですから、儲けは度外視であります。まあ、儲け度外視は言いすぎでしたね。原価の倍の売値ですので十分に儲かるとは思います。
まだ多少は値段が高い気もしますけど、石鹸が庶民に浸透して大量に造られるようになれば、おのずと製造コストも下がって、値段も手頃になることを期待しましょう。最終的には5文程度までは下げられるんじゃないのかな?
しかし、手工芸では大量生産にも限界がありますので、それ以下の値段での流通は産業革命以降に持ち越しだとは思いますけど。石鹸って21世紀では100円とか150円の世界でしたもんね。まあ、それでよく利益が出るもんだと逆に感心もしますが。
「それで作った石鹸も、まず最初は領内の一部に無料で配布するわよ」
「タダで配るのですか?」
「領民に石鹸が便利で綺麗になるモノだって理解させなければ、売ったとしてもそうそう売れないと思うけどな」
「それは確かに、おひいさまが言うとおりかも知れませんね」
月山富田城の城下町でもある広瀬村や石原村と、湯治場である鷺の湯がある古川村とかに無料で配って石鹸を試してもらいましょう。あ、杵築大社と玉造温泉にも渡しておきましょうかね。
それで、綺麗になる汚れが落ちると評判になれば、ガッポガッポのウハウハ状態になるはずなのです。石鹸の製法は暫くの間は尼子で独占して、製造が追いつかなくなるようなら毛利にでも製造法を売って作らせましょうか?
「それと、ダイダイとかで香りを付けたのも作ってみたほうが良いかもね」
「香りづけですか? 確かに馬油で作った方は臭いが少しキツイですね」
「うん、馬油でも荏胡麻でも菜種でも他の香りを混ぜたら高く売れそうだと思わない?」
未来では色々な匂いのする石鹸があったのですから、作ろうと思えばこの時代でも作れると思うんだよね。
「香りが良いほうが、使ってても気持ちが良さそうですね!」
「そうでしょ!」
「でも、おひいさま。香りって混ぜれるのですか?」
「うーん、ダイダイでいえば、煮詰めた煮汁を混ぜるとかかな?」
でもそれじゃあ、煮汁が石鹸の中の不純物っぽくなる気もしますよね。あと、煮詰める段階で香りが飛びそうな気もしますね。ダイダイの油を取って油と油を混ぜるのが正解なのかな? 油同士ならば混ぜても大丈夫そうですしね。
そういえば、アロマオイルは香油とか精油とか言われて、この時代では超高級品扱いでしたよね。まあ、私は香油などに興味はありませんが。でも、博多で買った南蛮渡来の蒸留器を使ったら、香油が作れそうな気がしますね。
そう、この時代にも既に蒸留器が日本に入って来ていたのです。琉球や薩摩などでは焼酎の蒸留も行われているのです。それで、尼子でも蒸留器を作れないものかと、南蛮渡来の蒸留器を真似して試作させている段階なのです。
蒸留器の数が揃えられたのなら、酒の蒸留を二回か三回繰り返して消毒液が作れそうですしね。海藻の灰と混ぜれば、赤チンもどきも出来ると思われます。
あとは、単純に度数の強い酒が出来上がりますよね。私はまだ酒を飲みたいとは思いませんけれども、大人になれば付き合い程度には飲むでしょうし、どうせ飲むのなら美味しいお酒のほうが良いということで、蒸留酒の生産も予定しています。
この蒸留酒は飲兵衛の家臣たちには喜ばれそうですよね。最初は少量しか生産出来ないだろうし、褒美として渡すのもアリかも知れませんね。
っと話が逸れた。
「まあ、なにはともあれ、新しいモノを作るのは試行錯誤の連続だよ」
「それもそうでしたね」
近代文明の恩恵を、なにも考えず最大限に享受して生活していた現代人であったとしても、作ったことなんて皆無なのですから。技術者でもない限りはね。逆に、この時代の職人のほうが私なんかよりも、ずっと優れている点も多いですしね。
そう思ったら現代人って一部の技術者を除けば、この時代の人間よりも退化しているのかも知れませんね。文明が豊かになるにつれて、人々からはサバイバルする力は失われていくのでしょうね。
恐らく現代人では、火打石で火一つ満足に起こせれないと思いますしね。火打石で火を起こすのは面倒なんですよ。私も一応は出来ますけど下手くそですしね。使ったことがなければ出来ないのは仕方がないといえば、それまでだけれどさ。
あー、そう考えると、綿に油を吸収させた火起こし用の綿とかも需要があるのかも知れませんね。
必要は発明の母とは、昔の人は上手いこと言いましたね!




