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65話 天神山城にて 【地図4】


「私と致しましては、尼子と敵対したのは浦上であって宇喜多ではないと存じますが、兄上は如何でしょうか?」


「左様じゃな」



 うっしゃ! 吉川元春からも宇喜多直家に罪はないとの言質は確かに貰いましたよ。とりあえず宇喜多さんは無実ということになります。腹の中までは知りませんがね。というか、宇喜多直家の腹の中など怖くて見たくもないですけど。



「さすれば、宇喜多は備前の国人。備前は毛利の勢力範囲ですので、宇喜多の領地安堵などは兄上にお願いいたします」


「姫巫女よ。それなんだがの…… 父上から文を預かっておるのだ」


「義父上様から文ですか?」



 なんか嫌な予感がしますね……



「うむ。これじゃ」


「拝見させてもらうわ。宇喜多直家は暫し待たれよ」


「はっ」


「どれどれ……」



『玉姫よ。この文を元春から受け取っておるということは、備前を切り取ったのであろうな。相変わらずの戦上手じゃのぉ。さて、本題じゃが、毛利に備前はいらん。備前は此方の好きなように差配いたすが宜しかろうて。

面倒だからこの際、備中も区切り良く高梁川を国境とする案は如何かのぉ。三村方の国人領主に配慮してくれたら、高梁川の東は尼子方で構いもうさん。知波夜比古神社での約定通りに、高梁川から西は毛利が差配させてもらうがの。

追伸 此方が口酸っぱく五月蝿く言うもんじゃから、大人しく吉田郡山で無聊を託つことになってしもうたわい。春になり暖かくなれば、一度吉田郡山へ遊びに来ることを願うて筆を置くことと致す。』



 えーと…… うん、私の目が悪くなったのかな?


 ゴシゴシ…… 


 ……はっ!?


 ぬわーんですとーっ!! 毛利に備前はいらん。です、と? なにゆえイランアフガン? そうじゃなくて、瀬戸内は毛利方だと取り決めたはずだよね? 私は、尼子には瀬戸内はいらないって毛利ジジイの前で、ハッキリと宣言したもんね。

 おかしいですよね。チートジジイも、ついに耄碌し始めちゃったのかしら?



「ねぇ、兄上ぇ~」


「う、うん?」


「兄上は文の内容をご存知ですか?」



 なんで吉川元春は、顔を引き攣らせ身体をのけ反らして逃げ腰になっているんですかね?



「いや、知らぬが、なんぞ変なことでも書いてあったのか?」


「あったもくそも、ジジイは備前をいらないから私が差配しろって書いて寄越したのよぉぉぉ!」


「おひいさま、落ち着いて下さい! 口調に素が出ていますってば!」


「左様でございますぞ! 吉川殿だけでなく三村殿、宇喜多殿もいるのですから猫を被って下さいませ!」



 いや、春姉と川副の声も十分に大きいですから。それに、それフォローになってませんよ?



「ぶっ、ジジイ…… 確かに父上はジジイじゃが、姫様も無体な言い方じゃのぉ」


「ぶっ」



 あ、宇喜多直家も我慢できずに笑いやがった。こう見えても私は目聡いのですよ。それよりも、



「兄上も良く見て下さい!」


「では、拝見致そう……」



 吉川元春の頬がピクピクしているのが分かりますね。



「これは酷いですな。文の体をなしてない」


「兄上もそう思うでしょ! 理由も書かずに備前はいらんだなんて!」


「しかし、姫巫女よ」


「なんです?」



 またまた、嫌な予感がしますね……



「毛利と尼子の約定では、備前の取り決めはしておらなんだから、毛利が備前を尼子に譲るのは別におかしな事ではないのだぞ?」


「え? だって、私が瀬戸内は毛利の支配を認めると言って、それを陸奥殿も了承したわよ?」


「それは、備中の三村の扱いまでの話であって、毛利では備前の話は、また別の話だと理解しているがの」



 むむむ、そんな話しの内容だったかな? 細かい中身は多胡爺と亀井さんに任せてあったからなぁ。私がした事といえば、国境線の確定ぐらいだし。国境線の確定……? あー、確かに備中までの国境の話しかしてなかったかも知れませんね。

 瀬戸内は毛利方だからといって油断したのが不味かったのかな? でも、実際には、まだ尼子も毛利も支配が及んでいなかった備前の話なんかしても、捕らぬ狸の皮算用でしたしね。


 といいますか、領土が増えそうなのが嫌で悩む大名って、このご時勢では贅沢な悩みなのかも知れませんね。とりあえず、ここにいる重臣たちに確認してみますか。



「美作!」


「吉川殿の仰せの通りにござりまするな」


「左衛門尉そうなの?」


「御意、美作殿に同じでございます」


「おひいさま、時には諦めも肝心ですよ」



 ぐぬぬ、ここには私の味方はいないのか!



「実際に備前支配の象徴である天神山城を落としたのは、毛利ではなく尼子だしの。毛利は尼子の戦の手伝いをしたにすぎんよ」


「抵抗らしい抵抗も受けなかったから落とせたんだよ。それをいうのなら、兄上だって金川城を落としてるじゃないのよ」


「兵糧は尼子持ちじゃよ。兵糧が無ければ戦は出来んのだから、姫巫女の功績じゃな」



 なんですとーっ! 私が毛利に気を遣って兵糧を手配してあげたのが裏目に出るとは…… これは、なんていうのですかね? 恩を重い恩で返す? うん、新しい日本語が完成してしまった。恩が重いです……



「さすがは、おひいさまですよね!」


「春殿の申すとおりじゃの。それに本音を言えば、毛利は九州に力を注ぎたいのじゃ」


「だから、毛利は備前はいらない、と?」


「そういうことじゃな」



 叫びたい! 私も備前なんていらないと声を大にして叫びたい! でも、そう我がままを言っていられる状況でもなさそうですよね……

 うむむ、毛利に嵌められた気がしないでもないけど、毛利が豊前と筑前に傾注したい気持ちは理解できますしね。私からもチートジジイに頼んでしまった手前もあるし、不本意ながらも備前は尼子で引き受けるしかなさそうですね。



「ふー、分かりました。高梁川から東の備中と備前は尼子が差配させて頂きますね」


「すまんな。そうしてもらうと毛利としては助かる」


「兄上、三村殿も不安に思っているでしょうから、その文を見せて安心させて下さい」



 三村家親は毛利の家臣というよりも、毛利の従属小大名といった位置付けなのです。この毛利と三村の関係も、尼子と小笠原の関係とほぼ同じですよね。

 それで、尼子と毛利の大国同士での国境線の確定で、三村の領地は高梁川を境に引き離される格好となったのです。大国の都合に振り回される小国の悲愴さが漂ってきますね。これって、どこぞのミュンヘン会談ですかね?


 私は、どこぞのチョビ髭伍勤上等兵ではありませんので、直轄領に組み込むなんてことはしませんけれども。



「それもそうであったな。修理亮殿、改められよ」


「某が見てもよろしいのですか?」


「見られて困ることは書いてないから大丈夫よ」



 こういうのは、明け透けにオープンにしたほうが相手に疑念を抱かせることもなくて安心させれると思うのです。まあ、話の成り行き上で仕方がなかった面も否めませんけれども。

 ちなみに、修理亮は三村家親の官位名です。まあ、この官位も朝廷から正式に賜った官位ではなくて、なんちゃって修理亮ではありますが。



「まあ、父上の威厳が多少は低下するやも知れんがの」


「では、検分させて頂きまする……」


「父上は玉姫に修理亮殿の配下の領地に配慮するように頼んでおるので心配は無用じゃ」


「確かに、そのように書いておられますな」



 尼子に領地を没収されるのでは? と、私と吉川元春のやり取りを不安気に見守っていた三村家親でしたが、幾分かホっとした安堵の表情に変わってきましたね。ここは一つ正式に文書を認めて、三村の心配を取り除いてあげましょうかね。

 人の上に立つ者は、下の者に気を配らなくてはならないので大変なんですよ。



「私からも正式に領地安堵の朱印状を出しますので安心して下さい」


「玉姫様の御配慮には痛み入りまする」



挿絵(By みてみん)



「成羽川の向うにある成羽村と福地村と同じで、いままでと何も変わらないわよ」


「なるほど、それでしたら安心でございまする」



 さて、三村の件はこれで良いとして、肝心の備前の仕置きがまだでしたね。


 どうすんべ? 頭の痛い問題ですよね。



「さて、宇喜多直家には待たせたて悪かったね」


「いえ、某のことはお気になさらずに。それにつけても尼子の家中は、なかなかに愉快で楽しそうにございまするな」



 愉快だなんて、嫌味ですかね? 私は、いたって真面目なつもりなんだけれど。まあ、『つもり』なだけなのかも知れないけどさ。宇喜多直家は毒舌持ちですね。毒舌だけじゃなくて、懐には本当に毒を忍ばせて持ち歩いていそうで怖いですね。



「他家のことは知らないけど、尼子は小娘の私が当主だからね。どうしても、おままごとの延長に成りやすいのよ」


「さすれば、そのおままごとの中に某も入れて頂きたく存じます」



 メーデー! メーデー! 緊急事態発生! 緊急事態発生! 宇喜多直家が仲間になりたそうに、こっちを見ている。仲間にする→ YES or NO


 混ぜるな危険! まあ、冗談はさておき、



「宇喜多の現状の領地は、邑久郡と上道郡で相違ないか?」


「はっ、相違ございませぬ」



 うん、言質は取ったからね。



「春姉、備前の地図を出してちょうだい」



 うーん、現状の領地安堵は当然として、浦上宗景を討ち取った褒美もあげないと他の家臣にも示しが付かないよね。



「おひいさま、こっちの地図で良かったかな?」


「うん、ありがとう」



 それにしても、備前の郡はごちゃごちゃしていて複雑で分かり難いですね。国が小さいクセに郡が八郡もあるのだから。御野郡や石生郡なんて猫の額と大して変わらないではありませんか。

 それはそうと、ちゃっちゃと宇喜多への沙汰をしませんとね。


 おほん……



「宇喜多直家!」


「はっ!」


「浦上宗景を討ち取りしこと、誠に大義であった!」


「過分のお言葉、恐悦至極に存じ上げまする」


「よって、邑久郡と上道郡の領地を安堵いたす!」


「ははーっ!」



 私の三文芝居に付き合える宇喜多直家、そちは役者じゃのぉ。



「ああ、邑久郡と上道郡に在った浦上方の領地も、其方の領地に組み入れて構わぬ。それと、石生郡の金子山より南、吉井川沿いは吉原村より南を褒美として与える」


「ありがたき幸せに存じまする」



 金子山の南にある岡城の岡家利なんて、モロ宇喜多三老の一人だしね。石生郡は宇喜多の直轄領ではないけど、勢力範囲として現状の追認にすぎないのですが、私が石生郡を宇喜多直家に与えたことに意味があるのです。



「ただし、自領の仕置きについては、ある程度は其方の裁量で行っても構わぬが、尼子旗下に入ったからには基本的に尼子領内の法に従ってもらいます」


「畏まってござりまする」


「領内の治水や街道整備などは、尼子の直轄領と協力して行うことになるが異存はないか?」


「異存ございませぬ」


「で、あるならば、宇喜多直家に銀五十貫を与える」


「お言葉ではございまするが玉姫様、銀五十貫の褒美など某には過分にすぎまする。家中の目もござりますれば、その半分の更に半分程度にして頂けたらと存じまする」



 おろ? 遠慮して辞退するのではなくて、半分の半分、つまり12貫程度の銀は貰って当然ぐらいの仕事はしたと思っているわけだね。でも、この銀の使い道は限定されているのだよ。



「あら? この銀は貴方にあげるのではなくて、領民の為に使う銭よ。領内の整備には莫大な銭が必要なのですから」


「街道整備や治水に新田開発の為の銭でございましたか」


「そういうこと。民は国の宝よ」


「民は国の宝…… いやはや、参り申した」



 うん? なんか変なこと言ったかな? 当たり前のことを言ったまでのはずだよね。



「宇喜多殿! 姫様に対して無礼であるぞ!」


「いや、川副殿、そうではござらぬ。たったいま某は玉姫様の言葉に心から心服致したのでございます」



 たったいま、ということは、いままでは面従腹背だったと言ってるようなモノですよね。さすがに図太いですね。



「民は国の宝と仰った言葉でござるか?」


「左様。その言葉は某の思いと同じにござりますれば、参ったと申し上げた所存でありまして、他意はございませぬ」


「ふふっ、美作の勇み足ね」


「面目ござりませぬ。宇喜多殿も失礼仕った。謝罪いたす」


「いえ、某は気にしておりませぬので、川副殿もお気になさらずに」



 さて、誤解も解けたことだし、仕切り直しをしますか。



「話しを続けるけど、二人ともよろしいか?」


「はっ」


「場を中断させてしまって申し訳ござりませぬ」


「それでは、これより尼子の備前旗頭は宇喜多直家にしたいと思うのだけど、美作以下、尼子重臣一同は異存ある? 異を唱えるなら今のうちだよ」


「「「「異存ござりませぬ!」」」」



 早えーな。間髪入れずに、みんなで揃って答えましたか。この場には、川副久盛と牛尾久信の他にも義叔父の松田誠保や本城常光などの重臣もいるのです。みんな空気に徹して黙ったままでしたけどね。

 まだ、重臣じゃないけど、たろさも重臣見習いで連れてきてます。春姉の子分みたいにされてパシリに使われておりまするが。



「と、いうことです。宇喜多直家、引き受けてくれるな?」


「ははっ! この宇喜多直家、不肖の身ではありまするが、玉姫様御為、尼子の為、粉骨砕身致す所存でありまする」


「うむ、励め! 此度は大義であった!」


「ははーっ!」



 宇喜多を排除できないのであれば、取り込むしか他に方法はありませんもんね。上手いこと手懐けて飼い馴らさなければいけませんね。

 毒を食らわば皿までとも言いますしね!


 ふー、ちかれたびー。



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