62話 鴨南蛮
永禄2年(1559年)12月中旬 出雲 月山富田城
ズズー…… もぐもぐ……
ズズズゥー…… もぐもぐもぐ……
最近は蕎麦の試食ばっかりしている玉です。懐かしくて美味しいのですが、さすがにこうも毎日の食事が蕎麦ばかりですと少し飽きてきました。
今日は富田のお城に居合わせた重臣連中も蕎麦の実食に参加しています。美味しい食べ物は、みんなで一緒に食べるとさらに美味しさが増す気がしますしね。
この蕎麦を食べた重臣たちが、自分の領地でも領民に蕎麦を広めてくれるでしょう。あとでレシピを渡しておきましょうか。
「うん、やっぱり、そば粉が八割の方が美味しいね」
「そうですね。でも、なんで蕎麦なのに最初は麦を多く入れてみたんですか?」
「モノは試しってヤツだよ!」
い、言えない。二八蕎麦の二がそば粉のほうだと思っていたなんて口が裂けても言えない。二八蕎麦なんだから、普通は蕎麦が二だと思うよね?
でも、その小麦粉が多いほうの蕎麦も、それはそれで美味しかったんですけどね。あえていうのならば、駅の立ち食いそばでしょうか? あのチープな感じがまた美味しいのです。
多分、江戸時代の庶民が食べていた十六文の掛けそばも、そば粉が二のほうじゃないのかな? いつ、二と八が入れ替わったんだろう? 明治以降かな? まあ、どうでもいいことでしたね。
どうして駅の立ち食いそばやサービスエリアの蕎麦は美味しく感じるのでしょうね? 不思議です。あと、海の家で食べる焼きそばやスキー場で食べるカレーとかも美味しいですよね。どれもチープな味のはずなのにね。
「しかし、この鴨南蛮というのは美味ですな」
「叔父上もそう思う? これは鴨の肉が味噌なのよ。猪や鹿の肉だと蕎麦に合わないんだよ」
叔父上というのは、白鹿城主である松田誠保のことです。官位は兵部少輔になります。父の晴久に許されただけの僭称で、なんちゃって兵部少輔だけどね。叔父上といっても、私の叔母、つまり父上の妹が松田誠保に嫁いでいるので、義理の叔父になります。
義理の叔父でも、歴とした尼子の一門衆である御由緒家になります。白鹿城は松江の北のある白鹿山にあるお城です。宍道湖と中海の両方に睨みを利かせれる場所に位置し、尼子十旗の筆頭で重要な城です。
御由緒家とは、曾爺ちゃんが下剋上で出雲を奪取した時に多大な功績のあった家です。尼子の血縁ではあるけど、ぶっちゃけ曾爺さんである尼子経久の娘を送り込んだ家がほとんどなんですけどね。政略結婚まんせー。
他の御由緒家はといいますと、亀井、塩冶、宍道、千家、私の母である桃さんの実家でもある北島家ですね。塩冶は滅亡しましたが。といいますか、塩冶って塩治興久、尼子清久、加藤政貞の親子三代にわたって本家に歯向かって潰されているのか。
塩冶の反骨精神はスゲーわ。加藤政貞は父と祖父が討たれているから、そりゃあ美作で謀反を起こしても仕方がない気もしますわな。同情はしないけどさ。私ならば、すたこらさっさと他国に逃げまする。
隠岐水軍と曾婆ちゃんの実家である吉川も一応は御由緒家に分類しています。しかし、隠岐は佐々木源氏ですが遠い昔に枝分かれしてますし、吉川はチートジジイの息子に乗っ取られてしまいましたので一門としての扱いではありません。
馬来さんのほうが、まだ一門に近い感じですかね。あと、曾爺ちゃんの弟の息子の尼子詮幸さんもいます。私からみれば、大叔父? 大大叔父ですかね? なんて表現したら良いのか分かりません。
そう考えると、尼子家って尼子を名乗る人間が極端に少ないですよね。私、兄の源五郎、弟の又七郎、大叔父の詮幸、この四人しか居ないじゃないですかー! まあ、父上が新宮党を粛清した所為なんですがね! あと、私も兄を殺しましたし……
詮幸さんには息子も娘いませんから断絶する予定です。詮幸さんは種無しだったのかな? あ、又七郎とは腹違いの弟で天文23年の生まれで、まだ数えで6歳の洟垂れ小僧です。まあ、可愛いけどね。
源五郎兄ぃも来年で数え15歳になるし、来年中には元服させないとね。ちなみに源五郎兄ぃとたろさは同い年で二人の仲も良くて安心しました。二年後には、たろさも尼子を名乗るので一人増えますけど、それでもたったの五人しか居ません。
うむむ、いまさら源五郎兄ぃに当主の座を譲るなんて家臣たちが許してくれそうもありませんし、これは私がポコポコと産まねばならん運命なんですかね?
この時代では女は産む機械ですね。石女は離縁されても文句は言えない立場なのです。とほほ…… ちなみに、秀吉さんちのねねさんは例外ですね。まあ、その他でも正室が跡取りを産んでない家も結構ありますがね。
うーむ、保険として源五郎兄ぃの嫁は毛利から貰おうかな?
いかんいかん、思考が脱線してしまった。いまは鴨南蛮の試食会なのでした。
ズズゥー…… もぐもぐ……
「姫様は巫女であらせられるのに肉食に禁忌がござりませぬな」
「能登、禁忌なんてモノは時の権力者が自分の都合の良いように作っているだけだよ」
私がいま能登と言った人物は能登守を称している亀井安綱のことです。亀井さんも御由緒家で、亀井安綱のお婆ちゃんが尼子経久の妹だったみたいです。
「さ、左様ですか」
「おひいさまの辛口が出ましたね」
酒は辛口のほうが美味しいしね。その辛口とは違うか。でも、あー、越乃寒梅や久保田が懐かしいですね。前世の私はビール党で、日本酒はそんなに呑める口ではなかったのですが、冷やは好きだったのですよ。
そうじゃなくて、
「例えば、酒は身体に毒だからといって私が禁酒令を布告したら、みんな守るのかしら?」
「そ、それは」
「うーむ……」
「酒が飲めないのは辛いですな」
いつの時代でも呑兵衛は一定数いるものだしね。娯楽の少ないこの時代では、酒を飲んで酔っ払うのも楽しみの一つですしね。
「守れるかどうか甚だ疑問だよね」
「酒が飲めねば、拙者は謀反を起こすやも知れませぬぞ?」
「あはは、それじゃあ、越中の褒美はこれから全部酒で渡すわね」
越中とは、山吹城代の本城常光のことです。謀反を起こした刺賀長信を討伐した後に山吹城代になった人物です。尼子では新宮党と並び称される猛将として知られています。
多少、いや、かなり猪突猛進の気があるのが玉に瑕ではありますが、新宮党が壊滅した現在では尼子で一番突破力がある武将じゃないかな? 鹿はまだ若造だしね。
「それも、ちと困りますのぉ」
「まあ、私も謀反を起こされたくないので、禁酒令なんて出さないけどさ」
禁酒令なんて出したら、呑兵衛どもは本当に謀反を起こしかねないですから。酒って怖いです……
未来では禁酒法なんて馬鹿げた法律を作ってしまって、マフィアの力を強大にしてしまったという、お馬鹿な国もありましたけどね。あえて、どの国とはいいませんが。どの国とは。なかなかに愉快な国とだけ申し上げておきましょう。
「もし仮に、姫様が禁酒令を出されたとしても、裏でこっそりと酒を作って飲む輩はいるでしょうなぁ」
「はははっ、越中殿とかですかな?」
「拙者は姫様に抗議して御前で堂々と飲むわい」
「貴殿らしいですのぉ」
「そうでしょ? 獣の肉を食うなとか昔の帝が言ってたとしても、実際には食べている人もいるわけだし、それと同じことになるわね」
お偉いさんというのは、いつの時代でも庶民が守れないのに、わけわからん法律を作りたがる生き物なのでしょう。
「それは確かに、姫様が仰るとおりにございますな」
「坊主だって自分たちが定めた戒律も守らずに、女は抱くは酒は飲むは肉を喰らうはしているしね」
まあ、俗物で人間らしいといえば人間らしいともいえるのですがね。
『俗物が!』言ってみたい台詞ベストテンに入る(玉姫リサーチ)格好良いセリフだとは思いませんか?
「左様にござりまするな」
「滋養のあるモノを食べて無病息災でいられるなら、それに越したことはないわよ」
「それはそうですよね」
「坊主を見てごらんなさい。戒律を破っている破戒僧のほうが肌ツヤがテカテカ輝ってるじゃないのよ」
人間とは、なかなかストイックには生きられないモノらしいですね。
「ぶっ! ぐはははっ! ひ、姫様は爺を笑い殺すつもりですかな?」
「だけど多胡爺、実際に本当のことじゃない。肉も女も酒も嗜まない坊主は見ていても生気が薄いわよ」
自制しすぎると老化が早まるなんてデータもあったような気もしますしね。人間、適度に気を緩めるのも大事ということでしょうか? つまり、バランスが大切ってことですよね。
「それは確かに、その通りにござりまするな」
「まあ、肉を食べるのも酒を飲むのも程々が一番だけどね」
「食べ過ぎ飲みすぎは身体の毒ということですね」
「そういうことだね。男連中には耳が痛い話かも知れませんがね」
「は、はは……」
「き、気を付けまする」
本当に気を付けて節制しないと、冬の厠で頭から突っ込んで頓死しちゃいますよ?
ドタドタドタ!
「ご注進! ご注進!」
「なにごとじゃ!?」
嫌な予感がしますね……
「美作の川副様よりの早馬です!」
「申せ!」
「後藤、新免などが兵を集めているとの由にて!」
この年の瀬になんで戦なんか仕掛けるんだよ!
これはアレか? 『オラこのままでは正月の餅も買えなくて年を越せないだよ! そうだ強盗するべ!』
……師走は犯罪件数が一年で一番増えるとかいうアレと一緒ですかね?
「当然だけど裏には浦上がいるわね」
「十中八九は、姫様が仰るとおりかと存じまする」
後藤も浦上も領内が凶作だから押し込み強盗というわけなのかな? 雪で出雲からの援軍も微妙だと思ったのかも知れませんね。だがしかし、尼子は私は、そう甘くはありません。敵に舐められたら私が家臣たちに舐められるのですから。
「姫様、美作に援軍を!」
「後詰を!」
美作への救援は当然としても、問題は、
「早馬は四十曲峠を通ってきたの?」
「御意にございます! まだ辛うじて通れまする」
心配は杞憂でしたか。雪が深ければ、新見から大佐山の横を通る大回りで美作に入る破目になっていたのですから、不幸中の幸いでしたね。
「おひいさまが街道の整備を進めておいて良かったですね」
「左様ですな。姫様の先見の明でございますな」
よせやい、照れるじゃないですか。それよりも、
「陣触れよ! 石見から二千、出雲から八千、伯耆から四千、備中からも二千で後藤と浦上を踏み潰すわよ!」
「「「「おぉーーーっ!!」」」」
みんな戦が好きだよね。私はこんなににも平和を愛し希求してやまないというのにね。
今年はゆっくりとした正月を過ごせると思っていたのに……
この怒りは後藤と浦上にぶつけてギッタンギッタンにしてやりますか!
誰が喋っているのか分かり難いですが、そこはふいんき(なぜかry ふいんきで感じるのだ!
一人称で多数を喋らすのは難しいのです><
 




