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57話 遺言

 永禄2年(1559年)8月 安芸 吉田郡山城 毛利隆元



「父上、因幡は如何でしたか?」



 父の元就が尼子への援軍を終えて因幡から戻ってきた。『尼子を内部から観察する良い機会じゃ』とか言って、老体に鞭を打って自ら因幡まで行くのだから呆れる。

 まあ、尼子に誠意を見せつつ盗めるものは盗むのは、いかにも乱世を生き抜いてきた父上らしいのだが、少しは自分の年を考えて行動して欲しいところだ。



「うむ、あっけなく尼子の手に落ちたわい。儂が手を貸す必要もなくの」


「尼子は、それほどまでに強うございましたか」



 なんと、そんなにも因幡一国を切り取るのが容易かったとでもいうのであろうか? 因幡を落とすのに一月も掛かってはいないではないか。まるで、近所に散歩をしに行ったついでに因幡を落としたような感じに聞こえるのだが……



「ああ、強いのぉ。鉄砲の怖さは理解していたつもりじゃったが、戦で直接に見たら恐ろしさも倍増じゃ」


「これからの戦では、やはり鉄砲が重要になるとお考えですか?」



 我が毛利も義弟の宍戸隆家や、尼子に降った山内は忍原で鉄砲の恐ろしさを体験しているが、まだ毛利全体では鉄砲の恐ろしさを経験していない。まあ、忍原から戻ってこられなかった兵の数を考えれば、ある程度の想像はできるのだが。

 宍戸勢7千のうち1千5百が未帰還だったのである。安芸と備後に戻ってきた連中も同じ数ぐらい負傷しておった。これは、いままでの戦では考えられない異常な数だったので、ワシも恐怖したものであったの。



「うむ、雨が強ければ使い物にはならんじゃろうが、多少の雨では撃てるしの」


「雨の中でも鉄砲が撃てるのですか!?」



 初耳だ。そんな種子島は寡聞にして聞いたことがない。一体全体どういったカラクリなのだ?



「現に、この儂がこの目で見てきたしのぉ」


「父上が見たというのならば事実でありましょうな」



 恐るべきかな尼子。いや、この場合は玉姫が恐ろしいのかも知れんな。



「うむ、ついでに玉姫が土産に持たせてくれたわい」


「雨でも撃てる鉄砲をですか?」



 いくら鉄砲の数を揃えている尼子といえども鉄砲は高価なのだから、同盟を結んだばかりの毛利にホイホイと土産に渡せる代物ではないはずなのだが?



「いや、雨でも撃てる秘密は火縄にあったのじゃよ。ほれ、これだ」


「なるほど、火縄でしたか」



 見た目は普通の火縄にしか見えないのだが、火縄に何かを仕込んでいるのであろうか?



「作り方も指南書で教えてくれたぞ」


「えらく気前が良いですな」



 ワシが玉姫ならば尼子で独占して毛利には作り方を教えないと思うがの。火縄を毛利に売りつけた方が尼子は儲かるのだからな。



「玉姫も元々は近江の国友で教えてもらったそうじゃ」


「なるほど、他国でも作っているのならば、そのうち作り方は広まるということですか」


「そういうことじゃ。玉姫曰く、『技術なんてモノは、隠していてもいつかは何処からか漏れるモノだから、自分から早めに教えて少しでも恩に感じてもらった方が得よ』そう言っておったわ」


「は、はぁ…… 某でしたら、少しでも有利な状況を長引かせる為にも秘匿すると思うのですが……」



 その有利な状況の間に少しでも他国を切り取ったり、また不利な場合では守りを固めれたりするであろうしの。



「玉姫の考え方は、我々とは発想が違うのであろうな」


「発想ですか?」


「うむ、頭の中身が常人とは違うとも言えるかのぉ」


「確かに、佐摩の銀山を株にして、その株を分割するなど常人では考えも及びませんですからな」



 この話を父上と隆景から聞いた時には、恥ずかしながらも最初は理解出来なんだわ。これでもワシは多少なりとも内政と銭勘定には自負を持っていたのだがな……

 昨年はまだ玉姫の父親である修理大夫が存命であったので、この話は残念ながら実現しなかったのだが、玉姫が当主に就いてからは、あれよあれよの間に話が纏まってしまったのである。開いた口が塞がらないとは、このことを言うのかも知れんの。



「それに玉姫は、鉄砲を年に50挺までなら格安で融通してくれるとも言っておったな」


「格安でですか? 神屋に頼んでいる鉄砲は1挺で100貫しますが、玉姫はいくらで売ると?」


「1挺につき40貫で良いそうじゃ」


「それはまた豪気ですな」



 いままでの値段の半値以下ではないか! これでは、これから神屋から鉄砲を買うのが馬鹿らしくなってしまうの。



「商人を間に挟まないから、その分は安くなるという寸法じゃの」


「そういえば、尼子は鉄砲を自前で作っていたのでしたな」


「うむ、しかも使う玉は4匁じゃ。いままでの2匁半の鉄砲よりも威力があるぞ」


「我が毛利が忍原で殺られたアレですか……」



 いまのワシの顔を鏡で見れば、きっと引き攣っているか苦虫を噛み潰したような顔をしているのだろうな。あの忍原での負け戦は本当に痛かった……



「玉姫が毛利に50挺の鉄砲を格安で譲れるということは、尼子はその何倍もの数の鉄砲を揃えられるのと同義じゃ」


「左様ですな」


「万が一にも毛利が敵に回っても負けない自信があるから、玉姫は毛利に鉄砲を回すのじゃからの」


「それだけ尼子には余裕があるということですな」



 石高でいっても毛利は尼子にやや及ばない60万石ぐらいだしの。ここ数年で出雲と伯耆の石高はうなぎ上りで、羨ましい限りだ。玉姫式と名付けられている通り、玉姫が自らが陣頭指揮を執って普及させたみたいだな。

 我が毛利も少しづつではあるが玉姫式を真似しているのだが、まだ普及には至ってないのが悔やまれるわい。家臣達は『敵の真似をするなどと武士の矜恃が』とかなんとか御託を並べていたが、矜恃では米が増えないと何故に分からん!


 思い出したら、腹が立ってきたの! だが、もう既に尼子は味方になったのだから、来年からは本格的に玉姫式の田植えに取り組めるだろうて。



「そういうことじゃな。よいか隆元、これは儂の遺言と思って良く聞け」


「拝聴いたします」



 まあ、父上もいつ何時にでもお迎えが来てもおかしくはない歳ではあるのだが。しかし、遺言とは穏やかではない。父上は、ここ最近の体調が優れないのであろうか? いや、わざわざ因幡くんだりまで行くのだから、それはないと思いたいの。



「一つ。玉姫を、尼子を絶対に敵に回すな」


「御意」


「これは、毛利から同盟を破棄するのを禁じるだけではないぞ?」


「と、申されますと?」


「玉姫の婿になる就辰を使って尼子を乗っ取ろうなど努々考えてはならん」


「ははっ!」



 これは、就辰はもちろんのことだが、元春と隆景にも釘を刺しておかねばならんの。玉姫を怒らせれば、何千挺もの鉄砲が毛利に向くことになりかねん。想像しただけでも冷や汗が出てくるわい。



「一つ。毛利は天下を望むことなかれ」


「御意」



 天下など、父上に言われなくてもワシには過ぎたる代物だしの。大内は畿内に出張って足元を掬われたようなものなのだから。それに、尼子と敵対するわけにはいかんのだから、必然的に天下は望めないともいうのだがな。



「一つ。最悪の場合は安芸一国になっても、例え尼子の家臣に成り下がってでも、毛利の家を残すように努めよ」


「ははっ!」


「さすれば、毛利は大内の二の舞にはならんじゃろうて」



 大内は滅亡したのだ。その大内を滅ぼした陶も毛利が滅ぼしたのだから、いつ何時にでも毛利が滅ばない謂れはないということか。栄枯盛衰、盛者必衰、この世は諸行無常であるか……

 だが、それを言うのならば、尼子にも当て嵌まることなのだが……? 玉姫はどう思っているのであろうか? ワシも一度会って腹を割って話してみたいものよの。


 しかし……


 そうか!


 父上は玉姫と尼子を人身御供にしてでも、毛利を生き残らせる腹積もりなのか。そう考えると、神輿にさせられる玉姫が少し可哀想になってしまったではないか…… 今度なんぞお礼の品に色でも付けて出雲に送らねばの。






 同日 同時刻 出雲 月山富田城



「くしゅん!」


「おひいさま、どうされましかた?」


「ん、玉姫は可愛いですねって、またぞろどこかで噂しているみたい」


「あー、はいはい。今日中に、この書類全部に目を通して判子を押してくれないと家臣たちが困りますので、ちゃっちゃと済ませますよ!」


「えー? 少しは休憩しようよー」


「おひいさまが因幡を取ってしまった所為で、余分な仕事が増えているのですよ?」


「因幡を取ったのって私の所為じゃないもん!」


「文句を言わずにキリキリと働く!」


「うわーん! 私に休みはないのか……」



 労働基準監督署さん、仕事して下さい!




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