54話 婚約
※この物語はTS小説です。
永禄2年(1559年)5月 備後 恵蘇郡 本郷村 甲山城
「毛利元就が庶子、虎法丸改め二宮太郎左衛門就辰と申しまする。玉姫様の御尊顔を拝し恐悦至極にござりまする」
「玉です。たろさも、これからは私の婿殿に成るのですから、そんなに畏まらなくてもいいわよ」
「た、たろさ……? 某のことでございまするか?」
「貴方以外に私の婿はいませんよ? 太郎左衛門だから、たろさ、太郎左。良い呼び名でしょ?」
どうしてこうなった?
「は、はぁ…… 玉姫様がそう仰るのでしたら、某に否はござりませぬが」
「私のことも玉と呼び捨てで構わないからね。婿殿に玉姫様なんて呼ばれたら肩が凝ってしまいますもん」
「し、しかし、玉姫様は尼子家の当主であらせられまするのですから、某が玉姫様を呼び捨てなどしようものなら尼子の家中から反発が……」
むぅ、まだ太郎左も若いクセに頭が固いわね。でも、彼の言うことも一理ありますから、ここは妥協してあげましょうかね。彼の婿という立場にも配慮してあげないと可哀想ですしね。
仕事の出来る女は気配り上手とか前世のハウツー本にも書いてあった気がしますしね!
「じゃあ間を取って、玉姫ならば太郎左も問題なく呼べるでしょ? 2年後には正式に夫婦に成るのですから堅苦しいのは嫌だよ」
「わ、分かりました」
「じゃあ、これからよろしくね!」
「ははっ! こちらこそ、よろしくお願い申し上げまする」
うん、まだ堅苦しさが取れないのは仕方がありませんか。これから徐々に尼子に馴染んできて堅苦しさが解れてくることに期待しましょうかね。
しかし、はぁ~、前世的に言うのなら小学5年生で婚約ですか…… そんでもって中学一年生で結婚、と。前世でならば、お巡りさんが押し掛けてくる場面ですよねー。
まあ、私の相手でもある太郎左衛門就辰もまだ数えで14歳ですので、誰を捕まえるのかは判断に迷うところではありますけれども。もし誰かを逮捕するならば、この場合では太郎左の父親である毛利ジジイを捕まえるのでしょうかね?
うん、お巡りさんがチートジジイに返り討ちに遭う場面しか想像できませんでした。
まあ、冗談はさておき、なんでこうなったかと言いますと、先日の交渉での出来事が原因なんですけどね……
永禄2年(1559年)5月 備後 三谿郡 高杉村 知波夜比古神社
「玉殿の婿に、儂の息子は如何ですかの?」
あー、やっぱりその話は避けては通れない問題でしたか…… 今世での私の性別は確かに女ですしね。でも、中身は元オッサンのはずなんだけどなぁ。『はず』なんて言っている時点で、もう既に中身の性別もかなり曖昧な気がしないでもありませんが。
まあ、10年も真ん中の相棒が不在ともなれば、否が応にも自分の性別を自覚させられますしね。おしっこをする時にも、しゃがんで致しますし……
既に立ち小便は懐かしい遠い思い出です。ものは試しにと小さい頃に一度やってみましたけど、『女子が立ち小便などはしたない!』とかなんとか、春姉にこっぴどく怒られてしまったのであります。
それに最近では胸がしこってきてムズ痛いのです。特に先っぽが…… これは所謂、精神は肉体に引っ張られるということなのかも知れませんね。
でもこれで、春姉と二人でイチャコラして過ごせた百合色のモラトリアムも終了ということですか…… まあ、百合は浮気には入りませんので、これからも続けるつもりですけどね!
そうではなくて、私の婿取りの話でしたね。ふーまい? 私は誰? 私は尼子晴久の娘の玉。性別は女。出雲で戦国大名の尼子家の当主なんぞやっております。当たり前ですけど、私が尼子の当主ですから嫁には行けませんので、婿を取る必要があります。
これが、公人としての私の立場なのです。では、私人としての私の立場はどうかといいますと…… ブッブー! 残念でしたー! 大名の子作りに私人としての立場なんてありませんから! この時代では家と家とを結ぶ政略結婚が基本なのですから。
尼子の当主の座を降りて杵築大社の巫女だけの立場に成れるのでしたら、わがままも言えるのでしょうけれども。私が当主の座に居る限りは、私には選択の自由は無きに等しいのであります。あ、誰を婿に迎えるのか選ぶ権利ぐらいはありますよ?
私が婿を取らないという選択肢は選べないのです。うむ、まさしく女は産む機械とは言い得て妙でありますよね。前世では、これを言った政治家が次の選挙で落選したとかあった気もしますがね! 尼子と毛利の絆を深める為には、人身御供が必要なのです。
まあ、この時代の武家の男に生まれて、衆道でケツを掘り掘られする仲になるよりはマシなのかも知れませんね。そう、前向きに考えでもしないと、この大事な交渉の場から脱兎の如く逃げ出したくなってしまいますしね。
私は尼子の当主で、杵築大社の神に仕える巫女。巫女とは元々が人身御供なのであります。つまり、もう既に人身御供なのだから、いまさらもう一つ人身御供に成る事案が増えようと無問題という訳です。うん、これにて自己の防御は完了。
それに結婚とは、我慢と忍耐と諦めと妥協で成り立っているのですから。 ……愛ですか? 愛だの恋だのというモノは、そのうち醒めるモノだと思いますよ? 恋愛感情の賞味期限は3年とかいいますしね。
愛は愛でも時間が経てば情に変わるのですよ。人はそれを惰性とも言いますがね。夢も希望もない話でしたね。うん、済まなんだ。結婚に夢を抱いてる人の希望を、木端微塵に吹き飛ばしてしまったかも知れませんね。
元ニートでしたから、結婚なんてしたこと無いですけどね! でも、結婚ってこんなモノだと思いますよ? 多分ですけど。
また、脱線してしまった。私の婿が毛利元就の息子の誰なのかという話でしたね。といいますか、毛利ジジイの息子で結婚適齢期の男っていないような気がしますが……? 隆景を小早川から尼子に入れるの?
いや、毛利は瀬戸内の水軍に影響力を保持したままでいたいはずだから、小早川隆景はありえないか。そうなりますと私の相手は、穂井田元清に成る予定の少輔四郎か、毛利元秋に成るはずの少輔十郎ですかね?
「陸奥殿の息子となりますと、四郎殿以下まだ童ですよね?」
「左様ですな。しかし、玉殿もまだ娘御じゃから3年後か4年後には、お互いに丁度良い年頃じゃろうて」
なるほど。いま直ぐにという訳ではなかったのは助かったのかな? まだ、心の準備も出来てませんしね。もちろん身体の準備もですけれども。私は数えで12歳ですけど、満年齢ではまだ10歳ですしね! 未来でなら完全にアグネス案件なのであります。
若年齢での妊娠出産は母体に掛かるリスクが高すぎますよね。まあ、前田利家の嫁である松さんなんて例外もいることはいるのですが。でも、最低でも15歳か16歳以上での出産が望ましいはずですしね。
明治以降に成立した民法で女性の結婚可能な年齢が16歳からというのも、恐らくは医学的知見からの意見も踏まえての判断なのだと思われます。
しかし、3年か4年先は長くて遠い気がしますね。ここは、毛利との縁を更に強固にする為にも私だけではなくて、春姉にも犠牲になってもらいましょうかね! 人身御供も一人よりも二人の方が安心ですしね。
「そういえば此処は、備後の二の宮とも言われてましたよね?」
「そうじゃが、二の宮である知波夜比古神社が如何しましたかな?」
「いえ、これも何かの縁ではなかろうかと思いまして。まだ私が小娘ですので陸奥殿の御子息との縁組は数年は先ですから、ここはもう一つ縁を結ぼうかと思い立った次第であります」
「それは重畳ですのなぁ。毛利と尼子の縁が深まるのに越したことはありませんからのぉ。して、誰と誰の縁を結ぶつもりで?」
ふふふっ、これを聞いたら毛利ジジイは驚くかな? 尼子が舐められない為には時にはインチキも必要なのですから。
「ここにいる多胡辰敬の孫の春と、確か二宮虎法丸でしたか?」
「っ!? 玉殿が知っておったとはの……」
あー、やっぱりビンゴだったのね。当たるも八卦当たらぬも八卦ということで、半分は遊びのつもりでカマを掛けてチートジジイを揺さぶってみたのですけどね。これで、歴史は正しかったと証明されましたね。
「ふぇ? おひいさま、私ですか?」
「春姉はちょっと待っててね。陸奥殿、二宮春久の禄は少ないのでしょう?」
「150貫じゃったかな」
「陸奥殿の隠し子だからといって、冷や飯を食べさせるよりは尼子で出世させてあげた方が彼の為にもなるんじゃないかな?」
虎法丸のちの二宮就辰は、広島城の築城に当たって普請奉行を任されたぐらい優秀な人物に成るはずなのです。この人物を毛利から引き抜ければ尼子の家臣団も強化出来ますしね。毛利にとっては損失になるのかも知れませんがね。
まだ、虎法丸も子供とも言えなくもない年頃のはずですし、獅子身中の虫に成る危険性は小さいでしょうしね。
「確かに、いまさら実は儂の庶子であったなどと大手を振って紹介するのも憚れるのは事実で、虎法丸には一人だけ不憫な目に遭わせていると済まないとは思ってはおったのじゃが、玉殿はよろしいのですかな?」
「ん? なにがですか?」
「儂の息子を二人も尼子に入れるのは、尼子が毛利に乗っ取られるやも知れませぬぞ?」
おろ? 謀略でお家乗っ取りが大好きなはずであるチートジジイにしては律儀に忠告してくれるのですね。
「そんな戯けたことは、私の目の黒いうちは絶対に許さないわよ。私も婿殿を殺すような真似はしたくありませんしね。それに、そう成らないように陸奥殿も言い含めて下さるのでしょ?」
「それはそうじゃが、儂が死んだ後がちと心配じゃのぉ」
「姫様、毛利殿が仰ることもそうでございまするが、孫娘の春は既に国造衆に嫁ぐことが決まっておりまするぞ」
あちゃー、そういえば春姉も、そんなことを前に言っていたような気がしましたね。うーん…… どうすんべ?
「うーん…… いくら相手が陸奥殿の庶子とは言っても、国造衆との先約を反故にするのは拙いよねー」
「おひいさま、それは私も拙いと思いますよ」
私の最大の支持母体でもある、出雲国造衆のヘソを曲げさせるのは得策ではありませんよね。良い案だと思ったんだけれど、こんな落とし穴が待っていたとは……
あー、もうこうなったら、四郎でも十郎でも虎法丸でも誰でもいいや!
「あー、もうこうなったら、言い出しっぺの私が責任を取って、私が虎法丸も少輔四郎も引き取るわよ!」
「「「「「……は?」」」」」
なんで、みんなしてハモってるんだよ! これを人は考えることを放棄したとでも言うのでしょうかね?
そんなこんなで、冒頭に戻るのであります……
あ、尼子に来るのは、太郎左くん一人だけですよ? 多少のすったもんだの末に結局のところ四郎は来ませんでした。
誰です? TSで逆ハーのビッチ姫の誕生を期待していた人は?
残念ながら、私は清純派の戦国アイドルです!




