38話 父上と多胡爺の密談
永禄元年(1558年)10月初旬 出雲 月山富田城 尼子晴久
「……日の本六十余州は同じ国である、か」
「御意」
儂の娘以外で、こんな考え方をする人間がはたして日の本にいるのであろうか? いや、恐らくはいないであろうな。それにしても、
「日の本を一つに纏めるから、天下の統一とな」
「左様にございまする」
「のう、辰敬。玉も大言壮語を吐きよったもんよの」
まったく、誰に似たんだかのぉ。儂に似たのではないのは間違えなさそうじゃがの! 桃にもう一度会いたいのぉ…… こんな事を思うのも、儂が歳を取った所為であろうかの? 最近は寝て起きても疲れが抜けんのが悩みの種だ。
「お言葉ですが、御屋形様。いつかはこの戦乱の世を誰かが収めねば、いつまで経っても戦乱の世は終わりませぬ」
「それは分かっておる。だがしかし、儂も既に四十半ばを過ぎた。いまから玉が言った道を目指しても道半ばで終わるであろう。それに、考え方の古い儂ではその役目は無理であろうよ」
いま思えば、玉が毛利に提案したという佐摩の銀山の株式化というヤツも、玉なりの戦の終わらせ方だったのであろうの。あの小娘の眼には儂らには見えないモノが見えているのだな。はてさて、どうしたもんじゃろうの……
日の本を一つに纏めるとはいっても、京には公方様がおられるし、公方様を実質的に傀儡にしている三好が畿内を牛耳っておる。
たとえ尼子が畿内に進出が出来たとしても後ろには毛利がおる。儂も大内と毛利が邪魔する所為で、何度となく備前や播磨から出雲に引き返しことか。前門の虎に後門の狼か……
毛利をなんとかせねば、畿内に進出することなど夢のまた夢であるな。ん? 毛利をなんとかせねば……? 玉は毛利との戦の終わらせ方を提示していたではないか! まあ、それを蹴ったのはこの儂なのだがの。
毛利との和議か…… だが、忍原で大敗した毛利が後には退けんと意固地にならんかの?
「御屋形様、後に続く若い者たちへの道筋を作るのが年寄りの役目では?」
「道筋か。それもそうであるの。だが、どうする? 儂の後を継ぐ義久には、残念ながら日の本六十余州などという代物を治める器量は無いぞ? 義久には出雲と伯耆が精々であろうよ」
だが、玉ならばどうだ? 玉ならば、ひょっとしたらひょっとするやも知れんが…… だが、玉は女子だ。女子が大名など聞いたことがないわ。玉が男であれば儂もどれほど心強かったことやら。残念だが、尼子には上洛するのは無理ということか。
いや、待てよ? 駿河の今川治部大輔の母御、確か寿桂尼とかいったか? あの老婆は女子がてらに名代として、実質的には大名をやっておったはずじゃな。いま現在も息子の治部大輔に影響力を行使しているらしいしの。
「姫様に別の家を興させてみては如何ですかな?」
「尼子の家を割るというのか? ……新宮党の二の舞になるやも知れんぞ?」
仮に義久の代では大丈夫だとしても、その次の代に儂と叔父御のような関係にならないとは言い切れないのだからな。だがしかし、玉の力を活かす為には魅力的な話ではあるのが、なんともはや。
うーむ…… どうするのが最善であろうか?
「しかし、既に姫様の功績は尼子の家中では抜きんでておりまする」
「それはお主に言われんでも、よう分かっておる。だがしかしのぉ……」
この前の忍原亀谷城での戦も、玉がほぼ独断で推し進めて製造していた種子島と硝石が役に立ったのだからの。斐伊川の流れを変える治水もそうだし、私鋳銭を作り続けて尼子が潤っているのも、米の収穫が増えたのも、その全ては玉のおかげじゃな。
こう思い返してみると、尼子は既に玉なしでは立ち行かなくなっているのではないのか?
「姫様は新宮党が粛清された理由は十二分に分かっておりまする。さすれば、その轍を踏むことはございませんでしょう」
「うーむ……」
もしかして儂は、実の娘を粛清に怯えさせていたのか? いや、玉もまだそこまで深くは考えておらんと思いたいが…… もしそうであったのならば、儂は父親失格じゃの。死んだ桃に申し開きできんわい。
「いくら姫様が女子で御屋形様の娘であるとはいっても、功ある者に報いなければ御屋形様の沽券に係わりまするぞ」
「それは至極当然のことであるな。いっそのこと義久を廃嫡して、玉を尼子の次期当主に据えるか?」
「某は、そこまでは申しておりませぬが……」
うむ。我ながら妙案に思えてきたぞ! 義久が当主では、やがて尼子は毛利に飲み込まれてしまうやも知れんからの。その顔と語尾の濁し方は、辰敬も申しておらんだけで、儂と同じ思いを頭の中には考えてはおったということじゃな。
「それで、これから生まれてくるであろう義久の息子と、玉が産むであろう娘を結婚させれば尼子は安泰であろうぞ!」
「御屋形様…… それでは御屋形様と紀伊守殿の場合と同じになりはしませぬか?」
「うぐっ! そうであったな…… では、どうすればよいのじゃ?」
「尼子の次期当主は、あくまでも義久様でございまする。であるならば、姫様には家を別に興して頂くのが家中の者たちも一番納得しやすいかと愚考いたします」
あくまでも、玉は兄である義久の家臣という位置付けにする訳じゃな。だが、玉の功績はこれからも抜きんでた功績になるのは火を見るよりも明らかなのだが、義久が玉に嫉妬して良からぬことに成りはせんか心配じゃの。
狡兎死して走狗煮らる。いや、その前にでも粛清される恐れも過分にあるやも知れんの。家臣が優秀すぎるのも考えものということじゃな。まさか、この儂が息子と娘の争いを心配する破目になるとはの……
いっそのこと、本当に家を完全に分けてしまった方が玉の為には良いのかも知れんな。こんなに思い悩むことになるとはの。まだ戦をしている方が気が楽じゃわい!
「あい分かった。玉には杵築大社がある神門郡を渡すのはもちろんじゃが、その他はどこが良いと思うか?」
「安濃郡と佐摩の銀山以外の邇摩郡では」
「それだと、玉の言う天下統一とやらと逆の方向ではないのか? 日の本の中心は京の都であろう」
邇摩郡だと常に毛利の矢面に立つ場所ではないか。それに、安濃郡と邇摩郡はどちらも一万石程度しかないから、玉の手駒として戦力を強化する場合には不十分じゃな。
「さすれば、飛び地になりますが伯耆より東を切り取り次第というのは如何ですか?」
「東伯と因幡か」
「御意」
因幡を完全に制圧出来たならば、儂が死んだ後で万が一に義久が玉を粛清しようと思っても因幡に逃げて独立も出来るという訳じゃな。いや、その前に儂が玉の別家を認めれば問題の大半は片が付くのかも知れんの。
関東の扇谷上杉と山内上杉の関係みたいになるのかの? だが、あの二家は争って戦をしたはずであったな。うーむ…… ままならぬの!
やはり、儂が隠居して玉に譲る道が一番良い方法の気がしてきたぞ!
「くしゅんっ!」
「おひいさま、大丈夫ですか?」
「いや、ちょっと寒気がしただけだから」
「最近、朝晩は冷えてきましたもんね」
「うん、とりあえず柿の葉茶で温まろっか」
疲れた身体にはお茶が一番ですよね。
迷走中……




