36話 戦い終わった後に残るもの
永禄元年(1558年)9月下旬 石見 邇摩郡 忍原村
ポクポクポク……
「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色……」
お元気ですか?
忍原の戦場後で、なんちゃって尼さんをやっております玉です。神仏融合のこの時代では、巫女もお経を諳んじれるのです。まあ、私は般若心経と法華経ぐらいしか諳んじられませんけどね!
それで、今回の合戦での毛利方の死者の数は約1000人に上ります。助かる見込みがなくて、これから介錯をしなければならない人を安楽死させて回るのを合わせると、合計で1500人近くまで死者の数は膨れ上がるでしょうか?
そう、私が鉄砲と硝石の生産を始めて、この戦に配備して使用した結果がこれなのです。多少の誤差はありますけど、こういう結果になることは初めから分かっていたつもりでした。頭では分かっていたつもりでしたが、現実は想像以上に残酷ですね……
小笠原殿を救援しに行った時は、江の川の船の上にいましたので戦の臨場感は感じられませんでした。尾張で信長の戦を見た時もそうでした。 ……私は現実の戦を、戦場というモノを理解してはいなかったみたいです。
人々の呻き声と咽返る血と硝煙の臭い。これが紛れもない戦場の現実です。この戦で死んでいった人は、また、これから介錯されて死んでいく人は一体なんの為に戦って死んでいくのでしょうかね……? 私には答えが見つけられません。
ただ言えることは、ひとこと。
「虚しい……」
「虚しい、ですか?」
「うん。この人たち、なんで死んだのかな? いや、なんで死ぬ必要があったのかな? これが正解かな?」
一将功成りて万骨枯る。そう言われてしまえば、それまでなのかも知れませんけれども…… でも、それでは、あんまりではないか!
「死ぬ必要ですか……」
「そう。死ぬ必要なんてあったのかな? この人たちにだって家族は居ただろうし、安芸や備後に帰れば奥さんや子供たちが笑顔でお帰りって出迎えてくれたはずなのに、それを私が奪った。私が作らせた鉄砲が奥さんと子供の笑顔を奪ったんだよ! 春姉っ!」
「おひいさまには失礼な言い方になりますけど、それは傲慢ではありませんか?」
「傲慢……?」
なんで、春姉に傲慢だなんて言われなければならないんだ? そりゃ、確かに私は傲慢かも知れないけど、いま、この場面では死んでいった人たちを悲しんでいるのに、それのどこが傲慢なんでしょうか……?
「おひいさまは、ご自分に酔ってませんか?」
「私が酔ってる?」
私はお酒なんて一滴も飲めないし飲んでなんかいないぞ。そうじゃなくて、私は自己陶酔しているのか? こればかりは、自覚がないから分からないですね。
「はい。おひいさまの手は、まだこんなにも小さいのですよ?」
春姉に言われて自分の手のひらを見つめてみたけど、うん、確かに笑えるくらいに小さな手ですね。
「なんでもかんでも一人で抱え込むな。一人で背負い込むな。そう前にも言ったではありませんか」
あー、そういえば旅に出る前に春姉は、そう言ってくれてたんだっけ? 忘れてた訳ではなかったはずなんだけどなぁ。私の手で握れるモノ掴めるモノは、ほんの一握りでしかないということか。手からこぼれ落ちる方が圧倒的に多いんだよね。
確かに私は自分が転生者だからといって、この時代を世の中をどこか斜めに構えて見ていたのかも知れませんね。それを傲慢と言わずになにを傲慢と言うのかということですよね。春姉の言った傲慢とは少し違うのかも知れないけど。
そうか、そういうことでしたか……
「そっか、そうだよね。私が握れるモノなんて、たかが知れてるんだよね」
「おひいさまは、私たちよりも世の中の先が見えてます。見えすぎているといっても過言ではありませんよね。でも、だからこそ、その分おひいさまの足元がおぼつかなくなることもあるのではありませんか?」
灯台下暗しということですかね。近くても見えないまつ毛みたいな言葉もありましたね。こっちの方が私にはあってるのかな?
「うん。この手では、精々背伸びをしても出雲ぐらいしか握れないよね。いや、西出雲ぐらいかな?」
「杵築の門前町と菱根村だけかも知れませんよ?」
「春姉! さすがに、それは酷くないかな? これでも私は一応は神門郡と出東郡の郡代を任されたんだよ!」
私が敵である毛利の足軽雑兵にまで思いを寄せるのは、おこがましい出すぎた思いだったのかも知れませんね。私は出雲に生まれた人間なのですから。味方である出雲と石見とかの足軽領民の命の方が大切だと、春姉に言われて思い出させてもらいました。
「御屋形様に解任されましたけどね」
「むぅ……」
それを言われると、ぐうの音も出ないではないか。むぅの音は出たけどさ。
「それで話を戻しますけど、ここに屍を晒している毛利の兵たちですが、なんで死んだとか死ぬ必要があったのかとか、そういった話自体が今は必要ではないのではありませんか?」
「釈迦に説法を説くようなモノってことかな?」
「そこまでは言いませんけど、毛利の我と尼子の我。お互い相容れないから、この兵たちは忍原のここで死んだ。ただそれだけの事です。それでいいじゃないですか」
その、お互い相容れない尼子と毛利の仲を取り持とうとしたのが、石見銀山の株式化だったんだよぉぉぉ! まあ、失敗した結果がこのざまなんですがね…… でも、
「毛利の我と尼子の我……か」
「おひいさまは、あれこれ色々と深く物事を考えすぎるのが良い反面、それが欠点にもなっているかと」
「うん、それは否定できないかも知れない」
そこまでは深く考えているつもりもないのですけど、その場の思いつきで行動して後悔することが多々あるのが私なのですから。でも、それを指摘して否定するほど空気の読めない私でもないのです。こんな私でも多少の空気は読めるのですよ?
「ですので、そういう末法の世を嘆く仕事は坊主たちに任せて、おひいさまは自分にやれる、ううん。おひいさまにしか出来ない道を進むべきなのです」
「私にしか出来ない道?」
私にしか出来ないことって、なんでしょうかね? 巫女道を極めるとかですかね? それはそれでありといえば、ありなのだとは思いますけれども、なんか違うような気がしますよね。
「はい。前から思っていましたが、その思いは今日の戦を見て確信に変わりました!」
「その思いとは……?」
なんか嫌な予感がしますね…… こういう時の私の第六感は信じるに足るのですから。多分ですけど。
「おひいさま、天下を目指しませんか?」
玉ちゃんたちの戦いはこれからだ!(`・ω・´)




